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2004.07.10

映画『コンクリート』のこと

昨日は映画『コンクリート』の最終上映日。
批評(批判ではない)は「見てから」と思っていたので行くつもりにしていた。

が、大失敗。
朝から調子が悪かったものだから、「調子の悪い時だけ飲むように」とかかり
付けのドクターからもらっていた薬を初めて飲んだ。
体調スッキリ! のはずだったが、なんと・・・眠くて眠くて、頭の中がボーーッ!
結局、家を一歩も出られなかった(泣)

なもんで、例の映画について内容以外のことについて一言だけ。

これまで、実際の事件を基に作られたテレビ・映画はたくさんあります。
ですから、事件を原作にして作ることは問題ないと思います。
もし、内容的にモデルになった人を誹謗中傷するものであったなら、ご本人、
あるいは遺族が本人に代わり法的に訴えを起こすことでしょう。
出来上がった作品への評価については、観た人の主観に任せるというのは
当たり前のことです。
良いという人もいれば、嫌悪する人もいるだろうし、一旦作品を世に出した
以上、作品製作に関わった人たちは、心してそれらの評価を受け止めるしか
ありません。

この映画に関して、私が「変」だと思うのは、一部の人たちの声で早々に
「上映中止」にしたことと「HPを閉鎖」したこと。
反対派の人々に対して、製作者サイドは「表現の自由」を阻害されたと自分
たちは被害者と思っているようだけど、私は「上映中止」&「HP閉鎖」をした
時点で、製作者サイドは「表現の自由」を自ら放棄したものと思っています。

製作者サイドに、この作品への愛情があり、取り上げたテーマに社会的意義
があるという揺らぎない信念があるのなら、まず戦うべき相手は、一部の批判
で上映中止を決めてしまった「上映館」であるはずです。
また同様に、一部の批判に動揺して「HP閉鎖」してしまったのは、製作者サイ
ドに作品に対する信念がないのではと勘ぐられても仕方がないと思います。

それらのことから、私はこの映画に対する「表現の自由」問題で、一部批判者
の声に対して製作者サイドが自らを「被害者」とすることはお門違いだと思って
います。

※追記
私は、この作品の脚本家とは何度もお会いしたことがあり、人間的にはとて
もいい人で、すごい勉強家でもあり、脚本の仕事に対しても熱い想いを持っ
ていることを知っています。
また、監督に関しては別のショートフィルム作品を拝見したことがあり、(良い
意味で)独特の感性をお持ちの方だと思っています。

その上で、今回の映画の紆余曲折に関してはちょっと厳しい感想をあえて書か
せていただきました。

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コメント

この事件の加害者4人の少年の1人、副主犯格の当時17歳の
男が最長10年の保護観察期間を塀の内側で過ごし、33歳の
今、再び、同僚に監禁事件を起こして捕まったといいます。

未だ、更生しているとは言い難く、監禁された同僚が脅されて
保護を求めても、この事件を知る警察は、動かなかったとか。
起きようとする犯罪を未然に防ぐことを、なぜ躊躇するのか?
宗教法人への捜査を躊躇した坂本弁護士事件を思い出します。

…少年法の「建前」では、あるいは表現の自由の「建前」では
許されても、被害者の「人権」に配慮しているのでしょうか?

…犯罪被害者を、再び傷つける権利が、誰にあるというのか?
私は、この映画を作った人の基本的姿勢に、疑問を感じます。
被害者人権を侵害してるなら、表現の自由はないと思います。

投稿: たまり | 2004.07.10 23:09

>被害者人権を侵害してるなら、表現の自由はないと思います。

それには全面的に同意です。

映画「コンクリート」への批判が起こっていると知った時に、真っ先に思い
浮かんだのが、少し前にテレビで放映された桶川ストーカー事件のドラマの
ことでした。

正直に言って「桶川ストーカー事件」はドラマとしては物足りない部分が多い
「ドラマ」でした。犯人と加害者の人間像が今ひとつ堀り下げられていない
と感じました。

しかし、その事件をドラマとして取り上げた第一の目的は、男女の馴れ初めと
ストーカー行為をワイドショー的に再現することではなく、ストーカー行為の
異常さ・卑劣さと何度も訴えながらもきちんと対処しなかった警察への批判だ
と受け止めました。おそらく、作り手側は被害者の人権に十分配慮した結果が
あの「ドラマ」になったんでしょうし、その意味ではあの「ドラマ」の内容に
納得しました。

私自身、実在の方の原作をもとに、その人をモデルにしてドラマを作ったこと
があります。当然、何度も取材に行き、もし当人とその関係者(家族など)が
ドラマを見た場合、「どう感じるか?」常にそれを意識して脚本を書きます。

問題の映画の場合、HPの内容だけ(キャッチフレーズやキャスティングや、
など)であれだけの批判が起きたということは、ハッキリ言って作り手側の志し
の低さを、それらから直感的に見破られたのだと感じました。

同業者の立場から言うと、脚本家は書き始めると「自分の世界」にどんどん
のめり込んで行きます。そんな時に客観的にテーマに沿うように舵取りをして
くれ、方向を修正してくれるのがプロデューサーであり監督です。
この作品の場合、結果的には、脚本家も監督もプロデューサーも、被害者への
配慮や被害者サイドの視点を欠いてしまったのでは・・・と感じています。

作品を見てないので断定はできませんが、「現象」を見る限りそのように判断します。

投稿: ラブママ | 2004.07.12 03:15

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