映画『華氏911』
明確なテーマと明確な主張を持って作られたドキュメンタリー映画であり、テーマを浮かび上がらせるための構成は見事だった!
おそらく膨大なフィルムの中から、セレクトにセレクトを重ねて数秒の映像を切り取り、それを繋げて、ユーモアも含めてM・ムーア的ドキュメンタリー映画に作り上げられていた。
ドキュメンタリーだけでなくドラマだって映画だってそうだけど、作品制作のきっかけは、ほんのちょっとした疑惑や疑問、怒りや悲しみや感動から生まれることが多い。
M・ムーアの場合・・・
M・ムーア: 9.11同時テロの8週間後、ホワイトハウスとFBIがビン・ラディン一家の自家用機の離陸を許可したと聞いたときだった。すごく不思議に思ったんだよ。さらにひっかかっていたのは、一人の人物が選挙をぶち壊したということだった。すべてはそこから始まった。何でも許されるという、うぬぼれた態度は、9.11以降ますますひどくなってしまった。「(声色を使って)さあ、イラクだ。イラクを爆撃しよう」ってね。「いや、イラクは関係ありませんよ」って言っても「そうか。イラクを爆撃しよう」って。でも、こんなことを許してしまったのは僕らアメリカ人なんだ。
最初の疑問とひっかかりをきっかけに、多くの人が知り得なかった部分まで掘り下げて1本のドキュメンタリーを作り上げたM・ムーアの執念と追求心はスゴイと思う。
脚本を仕事とする私にとって、M・ムーアの在り方に憧憬すると同時に私も自分のテーマに対してそのように向かい合いたいと心から思う。
さて、内容のことだけれど・・・
熱く共感しながら見ている自分と、あくまでも「この映画はM・ムーアから見た真実」だと冷静に見ている自分がいた。
言い換えれば、感情的にはこの映画を楽しみ拍手喝さいしながらも、「ここに描かれていることすべてを鵜呑みにしてはいけない、誘導されてはいけない」と用心しながら・・・。
それらのことを踏まえて、観終わった感想としては、納得できるものだった。
9.11直後からいろいろな情報が飛び交った。
実は私もビン・ラディン一族がアメリカから出て行ったというニュースを聞いた時、「なぜ?」と思った口だった。
しかし、あそこまでブッシュ一家と繋がりが深かったとは、この映画を見るまでは知らなかった。
世界貿易センタービルに飛行機が激突した時、ブッシュがどこで何をしていたかも知らなかったし・・・
アメリカが戦争を仕掛けるまで、独裁者・フセイン時代にもかかわらずイラクには鮮やかな色があり子供たちの笑顔があったことも知らなかったし・・・
(イラクの米兵に貧困層が多いと情報としては知っていたが)
海兵隊募集係りのことも知らなかったし・・・
アメリカの産業空洞化の現実も知らなかったし・・・
(米軍の負傷兵の後遺症はベトナム戦争、アフガン戦争よりも重篤だと情報としては知っていたが)
あれほどひどい負傷兵たちの実態は知らなかったし・・・
愛国者法のことも知らなかったし・・・
突然、イラクの民家に踏み込んで民間人を連行していく米兵の実態も知らなかったし・・・
(戦争で我が子を亡くした母の悲しみは想像できるが)
侵攻賛成派の母が、息子をイラクで亡くしたあとの怒りや悲しみや現実の慟哭の場面は知らなかったし・・・
M・ムーアがこのドキュメンタリー映画で世界の人々に訴えたかったことが、ちゃんと伝わってくる作品だった。
人によっては、この作品はドキュメンタリーではないという。
しかし、使われている映像はすべて作り物ではなく、現実を切り取った映像だ。
どう並べるか(構成するか)の問題であって、私はこれはまさしく9.11をM・ムーアの視点から抉った優れたドキュメンタリー映画だと思う。
(追記)
この映画を見る前日、テレビでこの作品について「一つ抜けている視点がある、イスラエルのことに触れてない」と識者が言っていた。識者の指摘通りかどうか、それを確かめながら見た。確かにイスラエルとの係わりについては触れられていなかった。しかし、見終わってなぜM・ムーアがそこに触れなかったかが分かったような気がした。
映画という限られた時間の中で重要なテーマを明確に浮かび上がらせるために、「ブッシュとイラク戦争の実態」に絞って構成したんだと納得できたから。
次はぜひ、“ブッシュ-ネオコン-イスラエル”ラインを掘り下げて欲しい。
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