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2005.12.06

境界性人格障害(4)

 実は、私が初めて自殺を考えたのは小学校5年の時でした。

 「私のような何の役にも立たない人間はいないほうがいい。私一人がいなくなったところで世の中なにも変わらない」

 ナフタリンを砕いて飲もうとしました。(それ以外に自殺の方法が思い浮かばなかったもので) でも、飲めなかった。

 そこで私は考えた。どうせ居ても居なくもいい人間だったら自分の欲を捨てて人のために生きよう。社会福祉の仕事しかない・・・・・そう思い込んだわけです。

 今思えば、「自分の欲を捨てて」どころか、私は思いっきりワガママな人生を歩いてきています。
 高校を卒業した後、最初に入った学校は勝手に中退したし、その後、社会福祉の勉強のために短大に進み、さらに数年後、歯科衛生士の資格を取るために専門学校へ。
 その時その時、私は自分の欲する方向に勝手にどんどん進んだ・・・・・

 同時に心の中ではいつも「何かが足りない」「きちんとした愛が欲しい」と飢えていました。

 やっと、「今まで、よく頑張って生きてきたね」と自分で自分の存在を認めることができて、なぜあれほど「死にたい病」「自分を消したい病」に取り付かれていたか冷静に考えることができるようになった。
 そこで一つの言葉に行きついたんです。

 「エゴイスト!」

 小学校5年の時、母から言われた言葉。
 当時の私は「エゴイスト」という言葉の意味を知らず、辞書で調べました。

 “ 自分の事しか考えない人。利己主義者。 ”

 私は自分がそういう人間だと母から言われたことで、すごくショックを受けました。
 こんな迷惑な人間なら居ない方がいい・・・そこで、初めて自殺を考えたわけです。

 それ以来、自覚してなかったけれど、私は自分の存在を否定し続けていたらしい。
 生まれてきたこと自体、歓迎されなかったのではないかとも思うようになった。

 恋愛した相手、結婚した相手に「ちゃんとした愛」を求め続けたのも、私が相手にとって「必要な存在」「生きていてもいい存在」と確かめたかった。そうでなければ自分の存在が不安で不安で仕方なかった のです。

 今は、母がなぜあの時、子供の私に「エゴイスト!」と言ってしまったのかが良く分かります。

 私が小学校三年の時に父は病死しました。その時、母は29歳。29歳で三人の子供を抱えて母は父が残した商売を継いで一人で必死に働いていました。なのに、長女の私は商売の手伝いよりも本を読んでいる方が好き、家事も下手でそれより本を読んでいる方が好き。

 仕事も家のことも手伝わない私に、疲れ果てた母は思わず言ったんですね。 「エゴイスト!」 と。

 何年か前、母にその時のことを話したら母は自分がそんな言葉を言ったことすら忘れていました(笑)
 しかし、あの時、その言葉に込められた否定的なメッセージは長いこと私の中に根付いて、対人関係に大きな影響を及ぼしました。

 自分で自分の存在を認められるようになってから、心はものすごく軽くなりました。

 自分を認めるということは、相手をも認めることができる ということ。
 「相手が自分をどう思っているか」と勝手に相手の感情を背負い押しつぶされそうだった気持ちが、「あなたの感情はあなたのもので、私には変えられない」と自分と相手を区別できるようになった。
 白か黒かしかなかった選択肢にグレーもあるんだと受け止められるようにもなった。

 また、シナリオという仕事にも私はものすごく助けられたと思う。
 それまで、誰にも分かってもらえない激しい葛藤を詩というカタチで吐き出していた。しかし、詩は一人相撲のようでもあった。
 だが、シナリオは、私の中に噴きでるいくつもの激しい葛藤を、何人もの登場人物に振り分けて語らせることで、私自身をきちんと整理できる。
 その意味で、私にとってシナリオはセルフカウンセリングをしているような気もする。


 『境界に生きた心子』を読むにつけ、その本に描かれた心子さんの行動・言葉はかつての私と重なり、私は自分が境界性人格障害だったような気がする。

 もしかしたら、境界性人格障害ではなく、「愛が欲しい病」「私をちゃんと見て病」は多かれ少なかれ誰もが抱いていることなのかもしれない。

 どっちにしても、他人に望む前にまず、自分が「自分を認め、愛してあげる」ことが他人をも認めること だということが、長い長いトンネルを抜けてようやく分かったことだった。
 
 いつかきっと、トンネルを抜ける時が来る・・・・・

 今苦しんでいる人には、そう伝えたい。
 同時に 日本ではやっと精神科に心療内科ができて、以前より心と体のケアの敷居は低くはなったが、カウンセリングももっともっと日本で普及して欲しいと思う。

 現在曖昧なカウンセラーの資格も国が基準を決めて国家資格にするとか。
 境界性人格障害に関しては、アメリカでの治療から治癒に至るケースは一割程度だと言う。
 しかし、患者にとっては「他人が自分の言葉にちゃんと耳を傾けてくれる」そんな安心できる場は大切だと思うから。

参考過去記事 「ノンフィクション『境界に生きた心子』」

追記:誤解されるといけないので書き加えておきますが。
  トンネルを抜けた後の母との関係はとても良好です。子供3人抱えて必死で生きてきた母の生き様は私には真似できないし尊敬しています。それに、今は友達以上に母には何でも話せるし、二人きりで海外旅行にも行ったりしていますので。

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コメント

母親の何気ないたった一言が、こんなに子供の半生を呪縛し歪めてしまうなんて、やはり子供にとって母親の存在は絶大なのですね。でも清水さんとお母さんの関係は、現在は良好だということですし、根本的には良かったのでしょうか。

投稿: 稲本 雅之 | 2005.12.09 22:45

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