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2005.12.06

境界性人格障害(3)

kyokai < 愛はどこにありますか? 誰が私を必要としていると言うのでのでしょう? 欲しいものは愛だけなのに。しんこ >

 自ら命を断った心子さんは、その時、35歳だったそうです。
 私も、上の心子さんと同じセリフを30代の半ばまで抱え込んでいました。

 『境界に生きた心子』に描かれた心子さんは、半分は「私」だと感じました。

 私と心子さんが違ったのは、もしかしたら私は、自分の中の「原因」に気がつくと同時にシナリオという仕事に出会えたことかもしれません。

 私は10代の終わりから20代の半ばにかけて、何度もリストカットを繰り返し、自殺を図りました。当時、医療関係の仕事をしていたため精神安定剤が容易に手に入ったもので、薬による自殺です。

 そして、もう本当にこれで最後にしようと覚悟を決めて薬を飲みましたが、薬の量が多すぎて吐いて目が覚めた・・・・・・。
 胃洗浄をしてもらったお医者さんからは精神科に行った方がいいとアドバイスされました。
 その後、いろいろ考えていて、気がつきました。本当は私は死にたいという思いと同じくらい生きたい のだと。
 その私が選んだのはキリスト教の洗礼を受けること。

 キリスト教では自殺は罪です。
 自らは絶対に死なない・・・・・自殺を自分に禁ずるためだけにクリスチャンになった。

 自殺を自ら封印したわけで、では、それで私が楽に生きられるようになったか?
 答えは 「NO」 です。

 短大時代の教授の紹介で何度かカウンセリングセミナーに参加させてもらい、カウンセリングの勉強をしたりもしました。それで私が楽に生きられるようになったか?
 答えは 「NO」 です。
 勉強したという事実だけで、私の中に根深く在る原因は何も変わらなかった。

 20代の後半に人間としても男性としても最も尊敬できる人に出会い、結婚しました。
 それで私は楽に生きられるようになったか?
 答えは 「NO」 です。

 自殺は自ら禁じているので、今度はお酒に逃げるようになっていました。
 夫はとても知的で冷静な人でした。一歩引いたところからいつも私を見守ってくれていた・・・・・
 しかし、私にはそれが「無関心」「無視」されているように思えて、勝手に傷ついて、お酒を飲んでは、夫を非難し、口論をふっかけていました。

 心子さんのように「愛が欲しい」と口で言えなかった私は心の中でいつも「愛が欲しい、愛が欲しい、私に分かるように愛を見せて。私のことを分かって」と叫び続けていました。

 夫の仕事の都合で関西から東京に転居して、環境が一変。それで私が変われたか?
 答えは 「NO」 です。

 アルバイトで歯科衛生士の仕事をやったり、シナリオの勉強を始めたりで、すぐに友人・知人もたくさんできましたが、家ではお酒の量はますます増えて・・・・・

 今、思えば飲んでは荒れる私に対して、夫は本当に辛抱強く接してくれていたんだと思います。

 このままでは二人とも不幸になる・・・・・そう思った私は結局、自分から家を出て行きました。

 二度目の結婚を考えた相手は年下だけどシナリオの勉強では先輩の人。
 彼とはやっとやっとお酒を飲まずに、ちゃんと向き合えるようになった。
 でも、私の中の根深い「愛して欲しい病」はすぐには治りません。

 ある日、大喧嘩をして、彼とはもう終わりだと思いました。
 世界中で私は一人ぼっちになってしまった・・・・・
 一人ぼっちの部屋で涙が涸れ果てるほど泣いて・・・・・

 そして、なぜだか突然、気がついたんです。

 私は彼に「私のことを100%分かって欲しい」と願っていた。
 しかし、他人に100%を求めるのは無理というものだ。この世で私のことを一番知っているのは私。物心ついてから、その時その時、私は一生懸命生きてきた。それをいちいち他人に理解してもらおうなんて、不可能だ。

 世界中の人が私のことを否定しても、私が生きて在る という事実だけは誰も否定できない。だったら、せめて私一人だけでも自分の存在を認めてやろう。
 そして、一人ぼっちになったこの事実をもすべて受け入れて、自分で自分に言ってやろう。

 「今まで、よく頑張って生きてきたね」

 そう思った時、自分でもビックリしたんだけど、私は自然に笑っていました。
 その時の気持ち、光景は今でもありありと思い出す。

 
子供の頃に迷い込んだ、長い長いトンネルを抜けた瞬間だったから。

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コメント

清水さんがこんな壮絶な生き方をされてきたとは知りませんでした。心子と多くの所で重なられたのですね。心子はそのまま旅立っていきましたが、清水さんがどん底で感得したものは一種の悟りだったのでしょう。それはすごい体験だったと思います。(僕も拙著で触れたどん底の経験がありますが、全然異なるものでした。)

投稿: 稲本 雅之 | 2005.12.09 22:45

はじめまして、清水さんは、お一人で愛情の飢餓を乗り越えていらっしゃったのですね。
私は、いまだにその中をさまよっております。
愛情に飢えていたし親も嫌だったので20代の前半に結婚子供もおります。
結婚して21年目旦那さんは、私の病気を理解して出来るだけそばに居てくれます。
物欲も名誉よくもありません。
本当に、愛してくれるだけで良かった。
オセロのような私に付き合ってくれます。
発作的に、ODをしたり、包丁を持ったり、夜逃げ出そうとしたり他にもありますが、死にたくなる私を止めてくれます。
彼とめぐり合わなければ、私は、今生きていたかも定かではありません。
一人で気がついて一人で理解できるほど私は、強くないです。
私は、病気を理解して私を愛してくれる家族に感謝しつつ何とか生きています。

投稿: 高田由美子 | 2005.12.13 09:11

>高田由美子さん

ようこそいらっしゃいませ。
結婚されて21年目ですか!
それこそ私にはできないことをされています。その意味では尊敬します。

今思えば、私は相手の欠点を論理的にきちんと指摘するのが得意で(笑)、相手が反論できないくらい完璧に近く相手を非難していました(これもBPDの特徴らしいですね^_^;)

その結果二度の結婚とも私の方から去っていった・・・。
理由は二度とも、「貧乏でもいいから、二人で生きているという実感が持てる生活がしたい」
二度とも夫は優しく人間的にも良い人だったし、経済的に困ることは全くなくてなに不自由ない結婚だったのに。

なぜ自分の方から去っていったかというと、私は「甘え方」が分からないんです。
相手に包み込んで欲しいのに、それを伝えようとすると相手を非難するだけになってしまう。
甘え方が分からないというのも辛いです。
結局、そんな自分が嫌で自分から去ってしまう・・・んですね。

そういった意味で、理解し受け止め包み込んでくれる相手と出会った高田さんや心子さんが本当に羨ましいです。

私の場合は死ぬに死ねず、人とも寄り添えず、なので一人で自活の道を選ぶしかなく、シナリオという治療行為にも通じる仕事と出会ったことが最大のラッキーでした。
やっとその仕事に自分の存在する意味を感じることが出来た・・・ということかな。

高田さんには、あなたを必要とするご主人や子供さんがいる。
彼らのためにも生き続けてくださいね。
完璧でなくてもいいじゃない(^^♪
母親の笑顔って子供を幸せな気持ちにさせますので、怒った後も笑顔を忘れずに(^_^)/~

投稿: ラブママ | 2005.12.14 06:58

コメントのお返事ありがとうございます。
子供に言わせると「離婚したい」と言うのは、私からばかりで、旦那さんから言ったことは、1度も無いと指摘されました。
相手を攻めて非難する事は、私も散々しました。
でも、結局、彼の所にしか私の生きる場所は無いのです。
お互いに、依存しあって生きるしかない夫婦なのだと思います。
心に、深い傷を持つ2人が作った家族が今の私たちです。
来年早々長男は、成人式です。
私も少しずつ成長して行きたいです。
旦那さん、子供たちのためにも不完全な危なっかしい母親でも生きていくことを考えたいです。
旦那さんは、私の笑顔が好きなようです。
出来るだけ、笑顔で過ごせる日が増えていくようにしたいです。
読んでいただきありがとうございました。

投稿: 高田由美子 | 2005.12.14 08:25

今の場所に落ち着いてから、何年かに一度、母が九州から上京して数ヶ月滞在するようになりました。
こんなにも母と近く寝起きするのは初めてでした。

仕事部屋に閉じこもって仕事をしていると、リビングから我が家のワンコたちと遊ぶ母の笑い声が聞えてきました。
その時、母の笑い声を初めてちゃんと聞いたような気がしたこと、それから人の笑い声って周りの人を幸せな気分にさせてくれるし、いいもんだなぁとシミジミ感じました。

いくつになっても新しい発見があります。
どうか焦らずに、ご自分のペースで歩いてくださいね。

投稿: ラブママ | 2005.12.15 06:59

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