見逃した悔しさ・・・
今年に入って新聞をS新聞からT新聞に替えた。
昨年の衆院選辺りからS新聞の報道姿勢や論調があまりにも政府広報的なことにイライラするようになり、ついには新聞を開くことさえ苦痛になっていた。
S新聞の前はY新聞を取っていた。しかし、02年の田中眞紀子・鈴木宗男関連の外務省のゴタゴタの時のY新聞の記事に私にとっては“我慢の限界”を超えた記事があって、長年講読していたY新聞を止めて、いろいろ迷った末にS新聞に切り替えた。
そして、今年ついにS新聞も止めてしまった。
もちろん、Y新聞やS新聞にも良い記事、タメになる記事の方が圧倒的に多いんだけど、根本的な報道姿勢(不偏不当原則)に疑問を持ちはじめると、もうその新聞を開くことさえ楽しくなくなる。
これだけネット上で情報が簡単に手に入るようになって、新聞を止めてしまうことも考えたけれど、私にとって、“画面で読む”ことと“紙面で読む”ことにはかなりの“温度差”がある。
脳の機能に関してちゃんと調べたことはないんだけれど、同じ視覚から入ってくる情報でも画面と紙では脳機能の情報受信システムが違っているような気がしてならない。
例えば、私の場合、原稿のほとんどはPCで書いている。書き終わると当然、何度も読み直し、最後の仕上げに原稿をプリントアウトしてチェックする。すると、画面であれだけ何度もチェックしたにもかかわらず見逃していた誤字脱字が、紙面で読むと一発で見つかる。
そのたびに“画面と紙面の違いってなんだろう?”と思ってしまうわけで・・・。
そういうことと同時に、もの書きにとってはあらゆる分野での情報発信最前線でネタの宝庫である新聞を止めてしまうってことは、自分から貴重な情報源を手放すようで、新聞のない生活ってのはやはり考えられない。
自分と違う意見に耳を傾けることは大事なことであり、自分自身の意見を検証する意味でも必要なことだとは思っている。
しかし、立っている場所があまりにも自分と違っていると感じ、開くたびにイライラしたり嫌な気分になるんだったら、そんなことの為にお金を払うなんてもったいない。
違う意見はネット上でもあふれているわけで、いつでもタダで読むことが出来る。なので、新聞にお金を払うんだったら、“不偏不当原則”がまだ先の2紙よりもましそうな新聞・・・ということでT新聞に辿り着いた。
ハッキリ言って、以前に比べたら明らかに新聞を読むことが“楽”になった。
新聞から受けるストレスって、こんなにも違うんだとシミジミ実感している。
で、ここまでが前置き(長すぎる~ )
新聞を読む時間はまちまちなわけで、10日の金曜日は深夜にやっと新聞を開いた。
ショック・・・わたしのバカバカ・・・なんでもっと早く開かなかったのか・・・
金曜エンタテイメント『指先でつむぐ愛』
見逃してしまいました。
というか、深夜、この日の新聞のラテ欄を読んで初めて、このドラマが作られて放映されたことを知った。
このドラマのモデルは、日本で初めて盲ろう者で大学助教授になられた福島智さんご夫婦だ。
福島さんは私が95年に書いた 金曜エンタテイメント『おふくろシリーズ11 おふくろの逆襲』(主演:浜木綿子、松岡昌宏)のモデルでもあって、福島さんは勿論、結婚前の奥様にもお会いしたことがある。
おふくろシリーズの場合は、母と息子で“指点字”を発見することがテーマだったが、ドラマ的に福島さんの実話とは大きく設定を変えた部分もある。
あくまでも「実話を基にしたドラマ」ということで福島さんに了承していただき、指点字の指導で撮影現場にも来ていただいた。
以後、福島さんが結婚なさったことや、金沢の大学助教授になられたこと、東京大学先端科学技術研究センター助教授になられたことなど、ご活躍の情報は時々耳にしていた。ご夫婦で『徹子の部屋』に出演されていた時もしっかり拝見。
いつか再び、今度は等身大の福島さんをモデルにしたドラマを作ってみたいと思っていた。
その福島さんをモデルにした最新のドラマが放送されたというのに、気が付いたのは放送が終わった深夜だったというわけだ。
この日ばかりは、新聞を早い時間に開かなかったことを、深~~~く後悔しましたです。
新聞は何度も読み直すことが出来るけど、テレビはまさに一過性。その時見逃したらいつか分からん再放送の日まで待たにゃならんもんな(泣)
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