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2006.08.29

創作:「天邪鬼タマ」の独白(2)

※注:ここに記されたことは、あくまでも創作であり、事実とは異なります。

創作:「天邪鬼タマ」の独白(2)

夜、お庭のバナニエ(バナナの木)の根元にうずくまって星空を見上げた。
まるで降ってくるような満点の星。

(アイタペヤペヤ!)

わたしは星に向かって微笑んだ。
(アイタペヤペヤ)っていうのはタヒチ語で「なにも問題ないさ」という意味
。つまり細かいことは気にせずにケセラセラってこと。タヒチの人の好きな言葉でわたしも大好きな言葉。

ところが、突然、空と海が青白く光り、遠くに雷鳴が聞こえた。
いつの間にか風は爽やかなアゼリ(貿易風)からマッラム(季節風)に変わっ
ている。マッラムが吹くと常夏の島といえども夜は冷える。
おまけに、雷雲が急速にやってきたようで、雨粒がバナニエの木にポツリポツ
リと音を立てて落ちはじめた。

こういう時、犬小屋のないわたしは早速、床下に避難だ。
やがて雷は地面を轟かせるほどの音でわたしを怖がらせ、本格的に降り出した
雨はわたしの体温を奪っていく。
寒さに丸くなってうずくまっていると、背後にふと温かい気配を感じた。

[イアオラナ!(こんばんは!)]

その声に振り向くと、知らない雄犬がいた。
わたしは返事をしなかった。だって、ご主人から野犬と仲良くしてはいけない
って禁じられていたもの。
その雄犬は、気を悪くした様子もなく、わたしの横に座ってわたしと同じ格好
で雨を見つめた。
急に周りの空気がほんわりと暖かくなった。
一人でいた時には寒さに震えていたのに。

[雨が上がったら、すぐに出て行くから]

彼は遠慮がちに言った。
なんと彼は野犬ではなくて、ちゃんと帰る家があるんだって。
彼の名前はトトラ。タヒチ語でチョコレート、美味しそうな名前。なるほど毛
の色がチョコレート色をしている。

雨が上がるまでの間、わたしはトトラがタヒチに来るまでの話を聞いた。
トトラはランギロア島で生まれたそう。
同時に生まれた兄弟は9匹。そのうち2匹は体が弱すぎて生まれて間もなく死
んでしまい、3匹は引き取り手が見つかった。だけど残った4匹は引き取り手がなくて、タヒチの獣医さんのところへ送られた。そこで出合った里親が彼のご主人だった。

トトラのご主人はもと黒蝶貝真珠の核入れ技術者で、なんとタポネ!(日本人
わたしのご主人と同じタポネと分かって、わたしは急激にトトラに親しみを感
じた。

雨が上がり、空が白みはじめてトトラは自分の家へ帰って行った。

[マウルル(ありがとう)]

そう言って去って行く彼の後姿をずっと見送っていた。
冷えていた体はいつの間にか温まり、心までも温かかった。
わたしは、彼に恋をしていた。

その日以来、わたしとトトラはご主人に見つからないように逢引を重ねた。
わたしは、もうちっとも寂しくなかった。

血統書がないことや雑種であることも・・・
パパやママよりもらえるお肉が少ないことも・・・
ご主人の微笑がわたしには向けられないことも・・・
犬小屋がないことも・・・

なにひとつ不足はない。
トトラさえいてくれたら、わたしは幸せな犬でいられた。
そして、もっと素晴らしいことに、わたしはトトラの子供を身ごもった。
これ以上の幸せがある?

わたしがそんな自分の幸せに浸っていた時、家の中から悲痛な鳴き声が聞こえてきた。ハナの声だ。

この家には、三匹の犬以外に、サクラ、チヨ、ハナという名の三匹の雌猫がいる。
彼女達は年に何度か切なそうな声で鳴き続ける。
その季節が過ぎると、彼女達のお腹は日々大きくなり、やがてその中に新しい
命が宿っていることが誰の目にも明らかなほど膨らんでくる。
そして、いよいよ出産の時を迎える。

だが、わたしは生まれた子猫の姿を見たことがない。
生まれた子猫の鳴き声を聞いたことがない。

そのかわりにハナたちの悲痛な鳴き声を聞く。
生まれた自分の子猫を必死で探す母猫の鳴き声・・・。

猫に母性などあるものか、ですって?

では、、ニューヨーク州ポートワシントンのスカーレットと名付けられた猫のことを知っている?
ある空家が火事になった。消防士でさえ入って行けないほど燃え盛る家の中に
一匹の母猫が入っていき、子猫をくわえて出てきた。その母猫は大火傷を負い体を真っ黒に焦がしながら何度も何度も炎の中に向かっていき、ついに5匹の子猫を助け出した。
大量の煙を吸い、全身火傷で瀕死の重傷を負った母猫は多くの人々の祈りが通じて一命を取りとめ、その勇敢さから映画「風と共に去りぬ」に出てくる勇気あるヒロインにちなんでスカーレットという名前がつけられた。

子を産んだ獣の本能の中に、母性はあるんです。
その母性がどう育つかは個体差による。それは人間も同じでしょう?

ところで、一度も見たことのないハナたちの産んだ子猫は一体どこへ行ってしまったんだろう。
いつもそれだけは不思議に思う。
ご主人しか知らない謎・・・。

それから数日後、ハナはついに子猫探しを諦めたらしく子猫を求めて鳴くことは止めた。
そして、ご主人が誰かと電話で話している声を聞いて、謎の一端が見えた。

「不妊手術はどうも気が進まないのよ。それって、人間の都合を押し付けているだけで、不自然よ。できるだけ自然なカタチで処分するのがベストじゃない
ちょうど、うちの隣の崖の下が空地になっているの。だから、生れ落ちるや
、まだ目が開かないうちに、そこに放り投げるのよ。
残酷? それは人工的な
都会生活に毒された人の感覚にすぎないわ。うちの周りは、草ぼうぼうの空地や山林が広がっていて、そこには野良犬や野良猫、野鼠などの死骸がごろごろある。子猫の死骸が増えたところで、人間の生活に何の被害も及ぼさないし、子猫たちは自然に還るだけ。
日本だって昔、いえ、今でも田舎の方に行けば、
生まれたばかりの子猫や子犬を川に流して間引きする、それと同じことよ」

隣の崖の下・・・放り投げる・・・

そういうことだったのか。
でも、わたしはその事実を確かめる勇気はない。
崖の下を覗いて見る勇気も、その事実をハルたち母猫に打ち明ける勇気も。

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