« また泣いた・・・ | トップページ | 創作:「天邪鬼タマ」の独白(3) »

2006.08.29

創作:「天邪鬼タマ」の独白(参考)

参 考

■この創作のモチベーションになった事件の経過が詳しく載っています。

「子猫殺し 坂東眞砂子」
 http://news.80.kg/index.php?%B5%B4%C3%DC%BB%D2%C7%AD%BB%A6%A4%B7%BA%E4%C5%EC%E2%C3%BA%BD%BB%D2#n1ae18e5

■仏領ポリネシア(=タヒチ)にも動物愛護団体「Fenua Animalia(主要ポリネシア動物愛護協会)」があり、動物の保護や繁殖の問題に熱心に取り組んでいます。

「FENUA ANIMALIA」HP
http://www.fenua-animalia.org/FA/index-us.htm

和訳してHPを読むと「虐待は、法律によって罰せられます」とハッキリ書いています。

■「J-CASTニュース 「子猫殺し」直木賞作家 タヒチ刑法に抵触か」によると
http://www.j-cast.com/2006/08/28002728.html

「Fenua Animalia(主要ポリネシア動物愛護協会)」によれば、「子猫殺し」にはフランス刑法「art.R655-1」が適用されるという。
これには、「むやみに、飼っているあるいは管理している動物を意志を持って殺害すると762.25~1,524.5ユーロの罰金(再犯の場合は3,049ユーロまで)が課される」とある。

「むやみに(必要なしに)」が該当すれば、あきらかに「違法」だ。
また崖から突き落とす行為が「残虐行為」に該当すれば、「禁固2年と30,000ユーロの罰金」が該当し、さらに罪は重くなる。

J-CASTニュースがコンタクトをとった同協会副会長のエリックさんは、「子猫殺し」のエッセイで描かれた行為は、「個人的な安楽死行為」にあたり、フランス刑法「art.R655-1」が適用され、「法律に触れる」と見ている。

「ペットの安楽死は獣医にのみに許されている行為です。個人によるすべての安楽死行為は法によって虐待とみなされ、最も重い刑を科されます」
しかし、こうした事例によって実際に法が適用されて処罰されるケースは日本と同様にタヒチでもほとんどないという。

タヒチ観光局では、坂東さんの「子猫殺し」のエッセイに対して次のよう述べた。

「すごく残念です。結果的にタヒチに対して悪いイメージを持たれたかもしれない。坂東さんが持っていた意志とは違った意味で捉えられてしまったのだと思います」

タヒチの動物愛護団体も観光局も、「タヒチでも到底受け入れられることではない」といった思いが強い。法的にも、倫理的にも、である。

|

« また泣いた・・・ | トップページ | 創作:「天邪鬼タマ」の独白(3) »

創作:「天邪鬼タマ」の独白」カテゴリの記事

コメント

「むやみに」&「残虐な」という基準が、人によって異なり、
おそらく、見解の相違で「水掛け論」になるんだと思います。

気になるのは、子猫や子犬は「かわいいんだから、殺すな」と
聞こえること。かわいいか、かわいくないかは、主観の問題。

反捕鯨団体のように、イルカが「かわいいから、殺すな」とか。
白装束集団のように「かわいくない」蛇が、「かわいい」野鳥の
巣に入ったのを排除しなかったタレントを「悪魔」と非難したり、
はては「タマちゃんを保護しよう」とするのと区別がつかない。

無責任な餌やりで「増えすぎて」周辺住民の生活に支障が出ても、
「かわいいから、餌をやるのが、なぜ悪い?」ということになる。
「かわいいのに」という感情だけで、全ての問題は、片付かない。

この問題が議論を呼ぶ背後には、人間の「胎児殺し」があります。
生まれたての子猫を投げ殺すのは、人間の胎児殺しを連想させる。
胎児殺しは罪だが、避妊を禁じる宗教もある。妊娠中絶はいいか?
隠された胎児殺しはどうなんだ?親の児童虐待による幼児殺しは?

「命を大切にする」というのは、いったいどういうことなのか?
人間は?家畜は?ペットは?野生動物は?いちいち違うのか?
ダブル・スタンダード、トリプル・スタンダードは、おかしい…

投稿: たまり | 2006.08.30 17:28

誤解を招くといけないので、補足しますけれど。

私自身は、子猫殺しは「嫌な」感じがしてます。
一般的な感性なら、誰でも「そう」だと思うし、
なぜ避妊より、子猫殺しか。よく分かりません。

推測すれば「めす(女)である」ことのほうが、
「殺すなかれ」という規範よりも、優先する、
あるいは、根源的だ、というのではないかな?

動物愛護法では「殺処分」が許されているし、
(生きたままの「捨て猫」は許されていない)
繁殖もあるので、避妊の義務化も不可能です。

自己責任で自分のペットを管理するのが現実。
「人のペット」は、可哀相にというしかない。

但し「人の子供」は、可哀相にじゃ済まない。
「人の子供」でも「社会の宝」でもあるから。

投稿: たまり | 2006.08.30 20:06

いつもながらの冷静なコメント、ありがとうございます。

まだまだいろんな議論が続いているようですが、この問題は「個人の責任」「社会的責任」「避妊」「間引き」「生」「性」「命」ひいては「宗教」「(食)文化」「法律」「歴史」などなど、さまざまな角度からの問題を含んでおり、まさに語る角度(見解)の違いから「水掛け論」の様相が多く見られますね。

今、私が一番強く感じているのは・・・

過去の歴史的事実というのは誰も否定することができません。
動物と人間との係わりに関しては、1800年の初頭にイギリスで初めて動物に関する法律が出来、間もなく動物保護団体が設立されました。

以後、動物との共生のために世界各国の人間が知恵を絞って、その結果、生まれ出た命を不必要に殺さなくて済むように「間引き」よりも「避妊手術」が推奨されているわけで。

これは日本だけの問題ではなく世界の流れでもあります。
坂東さんはその流れに異議を唱えている訳であり、愛玩動物にとって「間引きこそ幸せ」と信念を持っているのなら、ぜひ、日本だけでなく世界に向かって、その信念を発信してほしいと思います。

動物達の豊かな幸せのためにも・・・

投稿: ラブママ | 2006.09.02 17:16

「殺すのが可哀相だ」と「捨て猫」をするほうが
「犯罪になる」から。避妊せず子猫が生まれたら、
(商品価値のある「血統書付き猫」でもない限り)
飼うか、あげるか、子猫の引き取り手がなければ
「殺処分」することが「社会的責任」になります。

子猫の「殺処分」を当然と考えれば「生まれてすぐ
崖に投げ捨てる」のは、残虐とはいえないでしょう。
投げ捨てるのは、苦痛を長引かせる殺しかたでなく、
首を切るなど、残虐な印象をあたえるものでもない。

「残虐」というなら、どのような「殺しかた」なら、
「残虐じゃない、殺しかた」なのかと、聞きたい。
特殊な器具とかガスは、普通の家にはないでしょう。
絞首台や青酸ガスがあったら、そっちが「変」です。

自分で殺せず「保健所に代わりに殺させる」ほうが、
「自分で手を下す」より残虐じゃないというのなら。
「自分で責任を取れない・卑怯者」の差別偏見です。

このへんに、小説家の「企み」を感じるんだけどね。

投稿: たまり | 2006.09.02 18:00

たまりさんのおっしゃるように、避妊派や坂東論嫌悪派の人々は、育てきれない愛玩動物を保健所に「殺処分」依頼することは「自分の手を汚さない間接的間引き」であることを自覚すべきですね。

その上で、「直接的間引き」も「間接的間引き」もしないで済むようになればいいんですが。

投稿: ラブママ | 2006.09.04 11:42

仔猫を飼えない、引き取り手を探せない、
親猫を避妊させるのは嫌。
だったら飼わなきゃいいだけのこと。
全部自分の都合だけじゃないか。

赤ちゃんが欲しかった、
けど育てられなかった、
だから殺した。
仕方ないじゃん。
と理屈は同じ。
経済力もないのにパカパカ子供作るなってのと同じ。

投稿: んなもん | 2006.10.15 10:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/25950/11664434

この記事へのトラックバック一覧です: 創作:「天邪鬼タマ」の独白(参考):

» 坂東眞砂子:注目の言葉 [えっ?今はそんなことが流行ってるの?!]
生と死について、あなたはどう思いますか? [続きを読む]

受信: 2006.08.29 22:06

» 坂東眞砂子氏の選択(子猫殺し) [時評親爺]
何やら「子猫殺し」で、ネット世界で騒動になっている。発端は作家である(らしい)坂東眞砂子(H8年『山妣』で直木賞受賞)氏の日経新聞(販売紙面夕刊)に掲載されたエッセイのようだ。これを報じたニュースを21日付livedoorニュースから主要部分を抜粋引用する(文中の太字・下線は筆者による)。 ※尚24日付エキサイトニュース・毎日配信でも報じられた。 女流作家「子猫殺し」 ネット上で騒然 2006年8月18日付け日経新聞(夕刊)「プロムナード」に掲載された、直木賞作家・坂東眞砂子さんのエッセイ... [続きを読む]

受信: 2006.09.02 08:51

« また泣いた・・・ | トップページ | 創作:「天邪鬼タマ」の独白(3) »