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2006.08.29

創作:「天邪鬼タマ」の独白(3)

※注:ここに記されたことは、あくまでも創作であり、事実とは異なります。

創作:「天邪鬼タマ」の独白(3)

わたしの体がどんどん重くなっていく。
新しい命の重さ。
時々、お腹の中で新しい命の動く気配も感じるようになった。
そして、ご主人もやっとわたしの妊娠に気がついた。
同時にお腹の子供の父親がトトラであることにも。
途端にご主人の形相が鬼のように変わった。

「雑種のバカ犬の子供を孕むなんて、お前もどうしようもないバカ犬だ!」

ご主人は庭にいるトトラを見るなり、そばにあった棒切れで何度も何度もトトラを叩いて追い出した。
足が傷つき、血を流しながらトトラは逃げて行った。
その途中、ふと振り返った。

[ごめんよ。出産まで一緒にいてあげられなくて]

トトラの目はそう言っていた。

(大丈夫。きっと可愛い子供を産むから)

わたしは目でそう返事をした。

そして、いよいよ出産の時。
ベビーたちがお腹の中から外に出たがっている。
同時に今にもお腹が割れるんじゃなかろうかと思うほどの痛みが襲ってくる。
ここで踏ん張らなきゃ・・・
早く出ておいでベビーたち。
ようやっと最初のベビーがこの世に姿を現した。
続いて次のベビーが・・・全部で三匹。
羊水で濡れたベビーたちを急いで舐めてやる。
するとどの子も“キューッ”と小さな声を発して、空気を食べるように口をパクパクさせている。

(わたしたちの世界にようこそ。わたしのベビーちゃんたち!)

安心すると同時にどっと疲れが押し寄せてきて、いつの間にかわたしは泥のように眠っていた。

水が流れているようなさらさらという音でわたしは目を覚ました。爽やかなアリゼ(貿易風)が椰子の葉をそよがせている音だ。
赤いブーゲンヴィリア、ピンクのティパニエ(プルメリア)、そして白いティアレ・・・咲き誇る南国の花々の香りの中でいいようのない充実感と幸福感に包まれた。

だが、次の瞬間、わたしは信じがたい現実に直面してしまった。
わたしのベビーたちの姿が忽然と消えている。
いったいどこへ行ったの?

わたしは必死になって探し回った。
床下、物置き、庭の隅々・・・

そして、ハッとした。
トトラが隣の崖の下を覗きこんでいる。

「ちょうど、うちの隣の崖の下が空地になっているの。だから、生れ落ちるや、まだ目が開かないうちに、そこに放り投げるのよ」

ご主人の声が脳裏に甦る・・・。

(そんな、バカな・・・)

わたしはトトラのそばにとんで行き、崖の下を覗こうとした。

[見ない方がいい]

トトラはそういうけど、でも、今こそわたしは勇気を出して確かめなければならない。
わたしのベビーたちがどこにいるのかを。

わたしは勇気を振り絞って、崖の下を覗いた。
するとその空き地には・・・

ご主人が捨てた生ゴミが散らばっている。
よく目をこらして見ると、子猫の残骸が何体も何体も転がっている。
野鼠にかじられ、鳥についばまれ、腐り、干乾び、骨になり・・・。

そして、ついに見つけた。
目も開かぬわたしのベビーたちがゴミの中に投げ捨てられ、ベビーたちの死体に蟻が群がっている。
この子たちも、野鼠にかじられ、鳥についばまれ、腐り・・・

そう思うとわたしの体中に悲しみがこみ上げ、代われるものなら代わってやりたい、あの子たちのそばにいてやりたい・・・
わたしの体は、崖の向こうに一歩踏み出していた。
片足が宙を踏みグラッと体が揺れた。
その時、トトラがわたしの体の上に覆いかぶさった。

(行かせて・・・)

わたしは絶望的な目でトトラに懇願した。
しかし、トトラは首を横に振った。

[きみまで失いたくない・・・]

わたしはどうすればいいの?
わたしはあの子たちに死の苦痛を味あわせるためにだけに、あの子たちを生んだの?
あの子たちのために何が出来るの?

わたしは泣いた。
宇宙の果てにいるかもしれない神様に、わたしの悲しみが届くようにわたしは泣いた。声が涸れるまで。

わたしの体は軽くなった。
あの子たちがいなくなっただけじゃない。わたしの魂の一部も欠けてしまったから。

ママだけはそんなわたしの悲しみを察してくれて、塞ぎこんでいるわたしに自分の犬小屋で休むようにと言ってくれた。

わたしはママの犬小屋に入って目を閉じた。
ああ、なんだか、とても懐かしい匂いがする。
生まれる前から知っているようなママの匂い。

「あら、タマってば、ミツの犬小屋にいれば、ミツになれると思ってるんだわ。あんたはどこまでいってもミツにはなれないの。バカな犬。これから天邪鬼タマって呼んでやろうかしら」

ご主人は愉快そうにカラカラと笑った。
本来、ご主人が喜ぶことは犬にとっても喜びである。
だけど、今のわたしは喜べない。悲しみのほうが大きいから。

わたしはご主人から顔を背けようと体を動かした。
その時、わたしは初めて気がついた。
わたしの乳房から母乳がにじみ出ている。

あの生まれる前から知っている懐かしい匂いは、わたしの体から出ていたのだ。

わたしの目から、ポタポタと涙がこぼれ落ちる。
わたしは犬。
なのに、涙がとまらない・・・。

わたしは犬。
人間は神様なのですか?
私の子犬たちの命を、放り投げて殺すというのは人間だけに許された権利なのですか?
それがあなたにとって自然を大切にするということなのですか?
自然であること、野生であることが動物にとって本当に幸せなことだと思うのなら、なぜ“動物を飼う”という不自然なことをするのでしょう?
もし、動物と人間がいい関係で共生できるとして、ならば、せめて、あの子たちに恐怖と苦痛を味あわせなくて済む方法はなかったのですか?

いろんな疑問が脳裏に飛び交う。だが、ご主人にそう問うすべもない。
わたしは犬だから。

今、私が分かっていることは“極楽と地獄は紙一重”だということ。
やはり、涙がとまらない・・・。

表に数台の車がやってきた。
動物愛護協会の車と警察の車と通報者の車。
ちょうど通りかかった人が、ご主人が子犬たちを崖の下に放り投げるのを見て、通報したのだ。
トトラが彼らを崖の方に案内して行く。

ああ、まだ希望は残っている。
すべての犬や猫が、二度とこんな辛い思いをしなくていいように・・・。

おわり

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