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2008.03.30

映画シナリオ、準備稿が届く

今年に入ってから何度も打合せと直しを重ねた映画シナリオ、ようやく準備稿として製本に。

撮影に入るまでには、まだまだいくつかのハードルを超えなければならない。

まず第一に原作者の承認がなければ先に進めない。

企画書の段階では、出版社を通していくつかの注文があったものの、内容に関してはほとんど直しはなくOKして下さった。

ストーリー展開はほぼ企画書通りだが、原作者が漫画で表現している奇妙でエキセントリックで、かつ独特の社会風刺や人間への愛がシナリオにちゃんと反映されているかどうか?

原作者の大ファンとしては、原作の持つ雰囲気を壊さないようシナリオを書いたつもりだけど・・・

企画書の時は、出版社に預けてから原作者の返事が来るまでに1ヶ月余。
ちょうど、原作者の漫画作品が初めて映画化され、公開された時期だったものでかなりお忙しかったよう。

準備稿の返事も1ヶ月待ちになるかも・・・coldsweats01
ワクワク、ハラハラ、ドキドキの1ヶ月になりそう。

   pen   pen   pen   pen   pen 

ところで、準備稿の印刷ミスのことなど監督と電話で話していて、意外な事が分かった。
監督は同居しているお母さんに準備稿を読ませたという。
この監督に関しては、家庭に仕事は持ち込まない人・・・と勝手にイメージしていたので、ちょっとビックリ。

それで私も一週間前に上京して我が家に滞在中の母に、「今こんな仕事をしてるんだけど、時間のある時に読んでみる?」と(私にしては)遠慮がちに準備稿を渡した。

それから数時間後、母のいるリビングに行ってみると、なんと母が泣いていたsign02
準備稿を読んで、泣いてくれたのだ。

この作品は仕事設定や人物造形等が現実離れしている為、母には理解できないかもと思っていたけど、母はだんだん明らかになって来る主人公の親子関係に感情を揺さぶられて、泣いてしまったらしい。

私は心の中で「バンザーイ!」notes

シナリオで最も大切なことは、人間を描くこと。

主人公の心の動き(主に葛藤)をきちんと描くことで、観客は感情移入し心を動かし(感動し)てくれる。

その意味で、たった一人といえども母がシナリオを読んで泣いてくれたということは、シナリオライターとしてはとても嬉しいっscissors

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2008.03.29

波乱万丈のはじまり:初就職の頃

唐突だけど、私がシナリオライターという仕事に行きつくまでのこと、(アトランダムになるけど)少しづつ書いていこうかと思う。

高校卒業後、入学した学校は3校、正式に就職したのは3回、結婚2回、離婚2回、引越し17回・・・自分としてはその時、その時、精一杯生きていて、すべてが必然だった。

なので、この記事のタイトルに“波乱万丈のはじまり”なんて書いたけど、実は自分ではちっとも波乱万丈なんて思ってないわけで、普通に生きてきたつもり。
しかし、上記の数字を見ると、人より多いかも・・・

そんな私がシナリオライターという仕事についてほぼ20年近く。
それまでを振り返るに、“人生は何度でもやり直せる”ものだと確信する。
大事な事は、全ての始りと終わりを自分で決めること。
だから私は、なに一つ後悔してないし、その過去があったから今の自分がいると思っている。

というわけで、「ねんきん特別便」のおかげで初就職の頃を思い出したので、ちょいとその頃の事を。

clock  clock  clock  clock  clock

短大に入るまでの事はいずれ別の時に書くとして、私がなぜ京都の短大に入学したかというと・・・
大分県N市の高校卒業後、私は博多のある学校に推薦入学した。
しかし、その学校がどうしても自分が学びたい分野の学校ではなかったもので、親に内緒で学校に行くのを止めて、アルバイトをしながら受験勉強をし、次の春、龍谷大学短期大学部社会福祉科を受験、入学した。

なぜ龍谷大学短期大学部を選んだかというと、西日本の社会福祉科のある短大の中では学費が一番安かったから。

父が早くに病死して、母が女手一つで子供三人を育てており、長女である私は親戚から進学を反対されていた。
しかし、私はどうしても社会福祉を勉強したくて、母に頼み込んだ。というか「進学できなければ死ぬ」と親を脅迫したというか・・・
そうまでして入った最初の学校だったけど、そこは教職課程しかない学校だっために違和感が付きまとい、ついに勝手に中退・・・となってしまったわけ。

短大では念願の社会福祉を学びながら部活にものめりこんだ。
部活は社会福祉系ではなく、フォークソング同好会へ(正式名はなんと世界民謡研究会)
高校生の時に初めてアマチュアのフォークコンサートを見て、舞台照明の美しさに感動したが、それ以来、心の奥底に舞台への憧れがあったのかもしれない。

龍谷大の場合、短大は大学の学部の一つであり、部活などは全て大学と合同だった。
なので私は経営学部の一つ先輩の男子学生・Aさんとデュオを組んで、当時流行っていたアメリカやカナダのプロテストフォークなどをコピーして、ギターを弾きながら毎日歌ったものだ。

このAさんとは歌のことでは意見の対立は全くなかったけど、それ以外の考え方ではよく対立していた。

例えば、戦時中、特攻隊で出撃していった若者達は最後にどんな言葉を言って死んでいったか?
私は咄嗟に「おかあさん」か恋人の名前ではないか、と思った事に対してAさんは「天皇陛下万歳」という言葉のはずだと信じ込んでいた。

それが、初めて「天皇って、なに?」「日本人にとってどういう存在なの?」と調べてみるきっかけになった。

本を数冊読んだだけだったけど、それでも私の考えは変らなかった。
しかし、Aさんの考えも変らなかった。

結局、Aさんは経営学部を卒業後、自衛隊に入隊した。
先に卒業していた私に届いた手紙には「大砲は自分の恋人です」と書いてあり、私は唖然とした。
この平和な時代に、仮想敵国が現実に攻めて来るとリアルに危機感を持っている人と出合ったのはAさんが最初で最後だったような気がする。

(ネットの世界では未だいるようだけど)
(その後、Aさんがどのような人生を送ったかは不明)
(この時のAさんとの議論は、シナリオライターになった今でも、何らかの影響を残していると感じている)

卒論は「少年犯罪」がテーマだった。
その頃の私は世間知らずで思い込んだら一直線。徹底的な性善説でどんな犯罪者も話し合うことで分かりあえると単純素朴に思い込んでいた。

そこで自分と同性である少女達を理解したいと思い、「非行少女の性的非行」というタイトルで卒論を書いた。(“非行少女”は今では死語だけど)

そのために大阪のある教護院に数ヶ月実習に通った。
そこで出会ったのは、小学校低学年から高学年の少女達で、ほとんどが“売春”で教護院に入っていた。おじさんたちから(当時の)五十円、百円を握らされて“売春”していたのだという。

彼女達に将来の夢を聞いたら「お嫁さんになること」とはにかんで答えた。
彼女達にとって“売春”が“悪”だという自覚はほとんどなかったような気がする。

何度も通った割には、彼女達とやった作業などほとんど記憶がないんだけれど、唯一鮮明に覚えているのは、一人の少女が打ち明けてくれた内緒話のこと。

母親が面会に来るたびに、隠れてタバコを吸わせてくれるのだという。
小学校五年の少女にタバコを差し入れする母親がいるのだ・・・

世の中は、私が考えるほど単純ではなく、話し合っただけでは解決しないことが多い、ということを思い知った実習でもあった。

卒論の内容については・・・
「テレビや週刊誌などマスコミの過激・過剰な性描写が若年層に大きな影響を与えているのではないか」という内容だったと思う。

(後に私はシナリオライターとして、にっかつロマンポルノの一作品を共同執筆した。その時、一瞬、自分の卒論のことを思い出し、自己矛盾に陥った。

しかし、作る側に立ってみた時、表現はロマンポルノであろうとテーマは“人間の心の深部を描く”ことであり、そのために何日も徹夜して議論して一本の脚本を作った。刑法に触れるような表現は論外だが、表現の自由内での作品であれば、あとは見る側の自己規制の問題だろうと結論付けた。

大人の場合は、自分で見る見ないを判断できるが、子供に対しては親は“自由”の名のもとに野放図に情報を与えないで、親の責任で情報や作品などを取捨選択するべきだと思う)

そして、いよいよ、就職を決めなければならなくなった時期、ひとつの求人情報に心を奪われた。
龍谷大学は西本願寺系の大学で、西本願寺のブラジル別院の保育園からの求人だった。
私は教職課程(中学社会科)しか取っておらず保母の資格はない。その件で担当教授に相談に行ったら、教職の資格でもOKということだったので、母から一方的に承諾を取って、ブラジルの保育園への就職を決めた。

それで、てっきり就職は決まったと思い込んでいたが、更なるハードルが立ち塞がった。
それは宗教の壁。

就職の条件として、得度(とくど・キリスト教の洗礼のような儀式)を受けろといわれたのだ。

私の実家は西本願寺系だが、私個人は無宗教だ。
龍谷大学を選んだのも、仏教系だからではなくて学費が安かったから。
なのに、就職のためにだけ宗教を利用する(得度を受ける)ことは自分自身が許せない。
それで得度だけは断り続けた。
しかし、結局、受けなければならないことになってしまった。

その時のことは今でも忘れない。
御影堂にびっしりと埋まった全国から集まった信徒さん達の最前列に座った私は、ご門主さまの“おかみそり”が軽く髪に触れた瞬間、滂沱の涙が溢れてきて、歯を食いしばって声を殺そうにも嗚咽が漏れて、ハンカチがぐしょぐしょになるほど泣いてしまった。

信徒さん達から見たらその涙は“ありがたくて感激した涙”に見えたかもしれない。
でも、私にとっては“宗教に妥協してしまった自分に対する悔し涙”でしかなかった。

(私は、浄土真宗を拒否していたわけではない。子供の頃から親戚のオバサンに仏陀や親鸞の話は聞いてきたし、親鸞の映画も素直な気持ちで見たことがあるし、それに対する拒否反応はなかった。

ただ、高校生の頃から「人間にとって宗教ってなんだろう」という漠然とした疑問があり、その疑問を引きずっている渦中に、就職のために特定の宗教に入らなければならない状況に陥ったため、どうしても得度を受け入れられなかった。

この時、私が親鸞に強く興味をもって、もっと知ろうとしたならば、私の将来も変っていたかもしれない。でも、その時点では、組織の力で宗教を強要されているように感じてしまったのだ)

得度の件が影響したのかどうかわからないけれど、結果的にはブラジル保育園就職の話は流れてしまった。

それで、就職先が決まらないまま私は卒業。
だが、心配してくださった担任教授の紹介で西本願寺宗務所の婦人青少年部に就職することになった。

しかし、そこは三ヶ月ももたなかった。
男性の職員はほとんどが僧衣の人で女性職員は少なかった。
浄土真宗に対しては無知のまま、内心は無宗教の私が長く勤められるはずがない。
夏の日、真っ直ぐ伸びた廊下をフワフワとよろけながら歩いている自分に気がついた。
まるで自律神経失調症・・・
夏が過ぎて秋に入った頃、退職届を出した。

(新たに見つかった年金記録によると、ここでの記録は7月15日から10月1日となっている。私はてっきり試用期間三ヶ月の間に辞めたと思い込んでいたが、もしかしたら試用期間3ヶ月を過ぎて本採用になってから辞めたのかもしれない。う~む、そこんとこ記憶が曖昧)

無職になって二ヵ月後、部活の別の先輩の紹介で就職することになるんだけど、それは全く社会福祉とは関係のない仕事で、この仕事辺りから社会福祉から離れて、私の人生は大きく変わって行くことになる・・・

(つづきは不定期に)

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ねんきん特別便、加入記録もれ発見!

電話で問い合わせた結果、加入記録に漏れがあったことが分かりました。

短大卒業後、教授の紹介で就職した仕事。
この仕事は3ヶ月経たないうちに辞めてしまい、本採用前のことだったので厚生年金には加入してないと思い込んでいた。

それに加えて、年金手帳が初めて交付されたのが次の就職先からで、その前に就職した仕事に関しては一切記録がなかったので、まさか最初の就職先で厚生年金を支払っていたとは知らなかった。

というわけで、人生で初めて支払った厚生年金3か月分の記入漏れが見つかった。
なんだか、ちょっとだけ嬉しいhappy01
支払った分がちゃんと記録されている、それが当然。当然のことが出来てなくてそのことに怒りはあるけど、“なかったこと”にされるよりは不明分が発見できてよかったsweat02

昨年9月に問い合わせた支払い免除1年分に関しては、昨日現在で未だ審査中との事。結果は文書で届くらしいので、とりあえず待つしかない。

過去の仕事の事などいろいろ調べ直していて、紆余曲折の人生の始まりの頃を思い出した。
ん~む、いろいろあったなぁ(次の記事へ続く)up

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2008.03.28

ねんきん特別便が来た?!

080328_nenkin まさか、年金特別便が来るとは思ってなかったので、ちょっと意外・・・
過去の加入履歴は自分なりに全部整理しており、漏れはないと思っていたんだけど、漏れている記録があったのか?

シナリオライターの仕事以前は、2ヶ所の会社に正式入社して厚生年金に加入していた。
その前後は様々なアルバイトをやったけど、漏れていたとしたら2ヶ所以外の会社ということになるけど、ムムム、どこの会社だろう?

ところで、先日、年金支払いの件でかなりムカついて、社会保険事務所に電話したばかりなんだわ。

というのも、引越しで管轄の社会保険事務所が変ったために自動引き落としの手続きを改めてしなければならなくなった。ところがバタバタしていてその手続きを忘れていたために、振込票での支払いとなった。

そのため、6か月分まとめて郵便局から振り込んだ。
それから間もなく、振り込んだはずの年金の督促状が来た。
督促状の日付が、私が振り込んだ日になっていたので「時差のせいで督促状が来てしまった」んだろうと納得した。

ところが、それから2週間近く経ってから、また振込済みの年金の督促状が来た。

シミズ、怒りました!
社保庁よ、いったいどうなっとんじゃ
!!!


払った分まで迅速に催促するくせに、こっちが過去に払った分についての調査はもう半年も音沙汰なしじゃないか・・・pout

そうなんです。昨年、年金問題が大きく話題になった時、改めて過去の自分の年金記録について調べてみたら、支払免除を申請した3年分のうち1年分だけがいまだ未納扱いになっているのを発見。

支払い免除の申請をしたのは20年以上前。その時の事は今でも鮮明に記憶している。

離婚した直後、出張歯科衛生士のアルバイトをしながらシナリオの勉強をしていた。
とても国民年金を支払うゆとりなどなく、世田谷の社会保険事務所に行き、ちょっとミジメな気持ちで生まれて初めて支払い免除申請をした。

それから数年後、再婚して間もなく支払い免除していた3年分に関して「国民年金追納勧奨状」というのが来た。
支払わなければ、いざ受給の時にかなり減額されてしまう・・・と慌てて3年分を支払いに行った。

なのになのに、3年分の内、きっちり1年分が未納扱いになっている・・・

昨年夏、引越しを機に20年近く前の領収書を探したんだけど、当然見つからない。
しかし、当時届いた「国民年金追納勧奨状」の葉書はしっかり残っていた。

この「国民年金追納勧奨状」には、3年間の年度別の内訳と同時に「追納対象期間 合計 36ヶ月 250.320円」と明記されている。

いまだ未納扱いになっているのは、36ヶ月の内の最初の12ヶ月分だ。

お上のご指摘通り(笑) 36ヶ月分まとめて払っているはずなのに未納になっていることに納得行かず、「国民年金追納勧奨状」を持って、昨年9月末に社会保険事務所に調査の依頼に行った。

自由業の身にとって、国民年金というのは老後の唯一の収入源。
それよりも何よりも、不安定な収入の中からコツコツと支払っていたものが丸々一年分未納になっているなんて、許しがたい。

我々国民が、そんなふうにしてコツコツと支払ってきた年金が、社保庁に湯水のごとく無駄遣いされていると思うと、さらに怒りは倍加、沸点近くにまで達する。bomb

なのに、なのに、この件に関しては、今日の今日まで何の音沙汰もなし。
痺れを切らして昨年12月に経過を問い合わせたところ、「審査待ち」だといわれてそのままだ。

話は最初に戻って、直近の支払済み年金の督促に関して、口から怒声が出そうなのを抑えてdespair、冷静に社保事務所に問合せをしたところ、振込先の郵便局から社保事務所に振込済みの連絡が届くのにそれなりの日数がかかってしまうのだと電話に出た職員は言い訳を。

コンピューター処理の時代に、郵便局から社保事務所に入金処理の通知が届くのに1週間も2週間もかかるというのか?!
冗談じゃない! 口先三寸で言い訳するんじゃないよ!punch と怒鳴りたいところだが、とりあえず冷静に対処。

しかし、そのことでますます社保事務所・社保庁の事務処理能力を信頼出来なくなってしまった。

昔、お役所はお上と言われて、利潤追求の一般企業と違い公僕である「お上のすることに間違いはない」と思われていたが、今のお役所仕事は油断も隙もない。

間違いを発見したら「間違っている」と国民の方から声を上げなければ「お上丸儲け」になってしまう。

自分の身は自分で守る・・・この大原則が切実に大事だと感じられる今の日本だ。

さてさて、ねんきん特別便の記入もれというのが、いつの時期のことなのか?
本日問い合わせてみます。
結果はまたご報告ということで。

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2008.03.15

備忘録:『ゆれる』『親切なクムジャさん』など

最近見た映画DVDの中でも『ゆれる』『親切なクムジャさん』は見ごたえがあった。
一方は、罪人となった兄に対する揺れる心、一方は13年間冤罪で囚われていた罪人の一瞬の揺るぎもない復讐心を描く。
『親切なクムジャさん』は1回観ただけでは分からない部分もあるが、観終わって両作品とも構成、ストーリー、映像とも衝撃的で心に残る作品だった。

0803yureru 『ゆれる』

製作年 : 2006年

監督 ・脚本: 西川美和

出演 : オダギリジョー 、 香川照之 、 伊武雅刀 、 新井浩文 、 真木よう子




0803_kumujya3 『親切なクムジャさん』

製作年 : 2005年
監督: パク・チャヌク
脚本: パク・チャヌク  チョン・ソギョン

出演者: イ・ヨンエ 、 チェ・ミンシク 、 クォン・イェヨン




資料倉庫『See-Saw☆サロン』に未UPの作品が溜まりすぎてしまった……coldsweats02

2年前から短期指導に行っている映画学校で、生徒に指導する際、いろいろな映画作品を引用することが多い。

『See-Saw☆サロン』にあらすじや感想をUPしている作品は、だいたい記憶にインプットされているので引用しやすい。
そういう意味で、資料倉庫の存在意味はあるなぁと思っている。

この4月から別の学校で前期の脚本指導をすることになった。
資料倉庫、そろそろ整理しなくては……
確定申告が終わったら、毎日一本づつでもUPしていこうかと思っている。
(あくまで予定sweat01

【備忘録:未UP作品】

★親切なクムジャさん
★愛しのローズマリー
★ドリームガールズ
★Mr.Pのダンシングスシバー 
★アタック・ナンバーハーフ
★アタック・ナンバーハーフ 2 全員集合!
★ゆれる
★ハサミを持って突っ走る
★勝手にしやがれ 
★気狂いピエロ 
★シムソンズ 
★キトキト! 
★チャーリーとチョコレート工場 
★明日があるさ スペシャル 
★人間の條件 第6部 曠野の彷徨
★人間の條件 第5部 死の脱出 
★人間の條件 第4部 戦雲篇 
★人間の條件 第3部 望郷篇 
★人間の條件 第2部 激怒篇 
★人間の條件 第1部 純愛篇 
★白昼堂々
★想い出を売る店 
★天国までの百マイル
★ニコラス・ケイジのウェザーマン 
★カンゾー先生 
★ベティ・サイズモア
★ほえる犬は噛まない
★独裁者
★市民ケーン オーソン・ウェルズ
★グランドホテル
★夜逃げ屋本舗2
★大夜逃 夜逃げ屋本舗3
★エデンの東 
★憂鬱な楽園
★ぷりてぃ・ウーマン
★ニューヨークの王様 
★プラダを着た悪魔   
★マスク   
★ジム・キャリーのエースにおまかせ! 
★フラガール
★地下鉄(メトロ)に乗って   
★フライ,ダディ,フライ   
★MONDAY   
★ホールドアップダウン   
★セプテンバー11(イレブン) 
★ジダン 神が愛した男   
★ゲロッパ! GET UP   
★バス男   
★トイレ、どこですか?   
★ファーザーズ・デイ   
★オーロラの彼方へ 
★微笑みに出逢う街角 
★カビリアの夜   
★イブラヒムおじさんとコーランの花たち   
★輪舞   
★ベロニカは死ぬことにした 
★フェリーニ 大いなる嘘つき 
★ホテル・ルワンダ   
★もし、あなたなら~6つの視線 
★パッチ・アダムス コレクターズ・エディション   
★県庁の星   
★続 一ダースなら安くなる 
★一ダースなら安くなる   
★嫌われ松子の一生   
★小さな贈りもの   
★ベリースタートっ! 
★私が私であるために   
★モーターサイクル・ダイアリーズ   
★サイダーハウス・ルール   
★佐賀のがばいばあちゃん 
★アトミック・カフェ   
★硫黄島からの手紙   
★ジャック
★パッチギ!   
★ヴェラ・ドレイク 
★チャンス   
★サイモン・バーチ   
★マイ・レフトフット   
★2番目に幸せなこと   
★スパニッシュ・プリズナー   
★アリ・G

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2008.03.06

梅満開の小金井公園

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昨日はセントの通院帰り、お蕎麦でも食べようと久々に小金井公園へ。

なんと梅林の梅の花が真っ盛りhappy01

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セントの通院がなければ、いつまでも家の中に閉じこもっている日々。

セントのおかげでお日様の下、花の中を歩けば、いろんな人が優しく声を掛けてくれて、
気持ちが暖ったかくなる。

やっぱ、閉じ篭ってばかりでなくて、時々、(仕事以外で)外にでなくちゃダメだね。
ちょっと反省coldsweats01

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2008.03.04

情緒不安定、脱出した?

2月は上・中旬と下旬のテンションが違いすぎて、ちょっと情緒不安定気味のまま3月に突入した感じ。

上・中旬は映画シナリオの打合せ5回、ドキュメントの取材2回と仕事で動き回り、カウンセリングセミナー初級クラス全10回が終了、その間にDVDで映画6本鑑賞、セントの通院も3回と、良い意味の緊張感が漲り時間が上手く回転していた。

ところが、3年半使っていた携帯電話の電池パックが限界になってしまい、それを期に新しく携帯を買い換えた辺りから、回転がおかしくなった。


携帯でテレビなんか見るのは邪道だ! 音楽も携帯なんぞで聴かん!
ゲームもいらん、デコメもいらん、おサイフケータイもいらん・・・

・・・のはずだったのに、買ったのは DOCOMOのP905i 
決め手は 510万画素のカメラだったんよ。
電話が通じて、メールが出来て、カメラがキレイならあとの機能はいらん!

・・・のはずだったのに、次の日、出先の喫茶店でワンセグでサッカーの試合を見ている私がいる(ーー;)・・・“ぷよぷよ”をやり出したら止まらない私がいる(ーー;)・・・

さらに、分厚いマニュアルを読み出したらきりがなく、ネットで安い付属機器を探し、加えてデスクトップPCのメモリ増設もすることにしたりと・・・
気がついたら、そんなことばかりで数日経っており、機械に振り回されている自分に今度は自己嫌悪・・・。 

なんか、上中旬の良い緊張感が途切れてしまった感じ・・・(ーー;)

はい、すべて自分の責任です(^^ゞ

2008021712
情緒不安定の原因の一つは、セントの病状も関係あるかも。

セントのクッシング症候群、見た目には大きな変化はないんだけど、月に一度の検査結果は、お薬を増量しているにもかかわらず悪化している。

検査結果の数字だけ見ると、1月は悪化してても正常範囲内の数字だった。
自宅でのセントの様子から、2月は絶対、良くなっているはずとかなり自信を持っていたのに、1月の倍の数字が出て、悪化していることが明らかになり、大ショック。

どんなに手を尽くしても良くならないことに、無力感さえも。

3月に入ったら1年ぶりに大学病院で検査をしてもらい、もし、脳の下垂体腫瘍が大きくなっているようであれば、放射線治療も選択肢に入ることになった。

でもでも、そんなママの心配をよそに、セントは相変わらず食いしん坊で元気です。

情緒不安定も、ラブとセントを見ていると、癒される気がする。

そんなこんなで気がつけば、締め切り2本が目の前。
3月は大車輪でがんばらにゃ。

4月はぜひお花見会を実現させたい。

そのためにも、人参を目の前にぶら下げて、3月をしっかり乗り越えるのだ!

花粉症の皆様は、どうぞお大事に(^.^)/~~~

【お知らせ】

■ 映画『明日への遺言』 に 小野孝弘さんが出演しています。
   ぜひ劇場でご覧下さい。

■ ネットトラブルのサイトに下記をUPしました。
   関心のある人は、どうぞご覧下さい。

   『国内の主なネットトラブル・名誉毀損事件など一覧 』

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春遠からじ

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先日、郵便ポストまでラブを連れてお散歩がてら歩いていたら、ついに遭遇しました。

農家の庭先販売。

引っ越し前から、近くに庭先販売店がたくさんあると聞いていたんだけど、ほとんど遭遇したことがなかったんだわ。

庭先直販案内地図を見て、車で探しに行ったこともあったんだけど、それでも見かけなかった庭先販売。

ようやっとその仕組みの一端が分かった・・・

☆庭先販売は各農家がその日の収穫の状況によって販売したりしなかったりしている。
☆販売している時は、上の写真のような赤い旗が掲げられている。

なので赤い旗を探せば庭先販売のお野菜に辿り着くんだった。

さて、ようやっと遭遇した庭先販売だけど、“大根100円”はすでに売り切れで、“ふきのとう100円”が残っていた。

ふきのとうのてんぷらは美味しいけど、自分で作ったことがない。
下ごしらえなど必要そうだし、今回はパス。

“大根100円”なら即買いだったのに、惜しい(^_^;)
絶対、庭先直販のお野菜を買ってみたい・・・コレ、引っ越してからの楽しみの一つなんですわ。
きっと近々実現させます(ちと大ゲサ?)

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