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2008.11.28

久々にDVD三昧

溜まっていたDVDを一挙にまとめ鑑賞。

『TOKKO-特攻-』 、『HARUKO』 、『パフューム~ある人殺しの物語』
プロデューサー氏からお借りしていたTVドキュメンタリー『佐藤真の贈り物~「我が家の出産記録」』
ドラマケーションの指導プログラムDVD2枚


『TOKKO-特攻-』
は9月末にぽすれんでやっと借りることが出来たのに、ゆっくり観る時間が取れなくなって2ケ月も経ってしまい、やっと観たcoldsweats02 (定額料金内なので遅延金は無し)

『パフューム~ある人殺しの物語』
はかつて夢中で一気に読んだ原作の映画化作品。やっと観ることが出来た。



で時間がある時にとまだ『See-Saw☆サロン』にUPしていないDVDのUP準備。
昨年後半から約1年半(ゲッcoldsweats02sweat01)に観た作品が約120本shockshockshock
私にとって、観た作品を整理しておくことは仕事の上でも大事なことなので、コツコツと感想を書いてUPしていく予定です。

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2008.11.27

金融詐欺事件:ワンクリック詐欺も?

久々に『悪徳商法?マニアックス』さんのHPを覗いていて、ふと思い立って悪徳サーチで「株式会社日光」を検索してみたら……


「ワンクリック詐欺?」という投稿に「株式会社日光」の名前がヒットしました。

過去ログの年度を調べたら投稿日は2006年3月19日。

えええっ、2006年11月、 『株式会社日光』のことを調べるに当たって、一番最初に開いたのが『悪徳商法?マニアックス』のHP。ここで検索したのに、その時はヒットしなかった……。

ん~~~……株式会社『日光』と会社名に『』をつけて検索したのでヒットしなかったのかもしれない……。


ワンクリック詐欺で挙がった『株式会社日光』と知人が騙された金融詐欺『株式会社日光』が同じメンバー、もしくは同じ系列のグループかどうかは分からない。

しかし、詐欺グループは『株式会社日光』という名前がお気に入りのよう。

ネットでググると似たような名前の会社がたくさんあり、みんなきちんとした会社。
そんな会社にとって、類似名の会社が詐欺会社なんて迷惑な話だよね。

詐欺グループはまさかもう『株式会社日光』名は使ってないと思うけど、くれぐれもご用心を。

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2008.11.25

金融詐欺事件:被害者の心理と犯人野放しの実態

■被害者の複雑な心理

 2006年11月28日、Bさんからの電話で「株式会社日光」の話を聞いて、私はすぐに金融詐欺だと思った。

 ネットをやっていれば、未公開株や新規上場株の詐欺事件の手口の情報がいろいろと入ってくる。

 Bさんも薄々、怪しい話だと感じたので東京在住の私に電話をしてきたのだろう。

 しかし、A氏はこの時点では不安が過りながらも、詐欺であることは認めようとしなかった。

 株式会社日光の登場人物は三人・花田宮下和田

 三人ともが投資を進めるにあたって具体的な銘柄を出してきた。

 株の知識がそれなりにあったA氏はついつい株の話で彼らと話が盛り上がった。
 最初は彼らの話に反発していたA氏だが、彼らは言葉巧みにA氏のプライドをくすぐり「他の人には言えない特別の投資情報をアナタだけにお伝えします。アナタのような人にぜひ買ってほしい」などと畳み掛けるように電話をしてきて、A氏の気持ちを取り込んでいった。

 なので、詐欺の可能性が99%だと周囲が言っても、A氏は「花田さんも宮下さんも和田さんも、いろいろと話したが、みんないい人たちだった」と詐欺の可能性をはねつけようとした。

 そんなA氏に、相手は詐欺グループだという現実を受け入れてもらうためには、まず会社の存在を確認しなければならない。
 そういうわけで、会社を探しに行ったのだが、やはり会社の実態はなく住所はレンタル私書箱だった。

 その事実が判明しても、A氏の心は揺れ動いていた。

 11月30日以降、消費者センターへの問い合わせや弁護士会への相談、そして12月5日に内容証明を郵送した。

 この段階では、A氏は「せめて元本さえ戻してくれたら、事を荒立てずに何もなかったことにできる」と思っていた。

 彼らは親切だった、彼らは本来悪い人たちじゃない、きっと元本だけは返してくれる……そう信じていた。

 しかし、返金約束期限の12月15日に返金がされてないことを知って、A氏は激しい抗議の電話を入れた。
 この日までは電話が通じていた。

 そして、12月17日、内容証明郵便が返送されて、電話も通じなくなっていた。

 犯人たちにも良心があるだろうと一縷の望みを持っていたA氏の期待も祈りもここですべて断ち切られ、A氏の怒りは頂点に達した。

 警察に被害届を出すことを決意、次の被害者を出さないためにもテレビの取材に応じることに気持ちが傾いていった。

 12月19日、Bさんに付き添われてA氏は最寄りの警察署に被害届を提出
 この時、調書作成のために長時間を要し、高齢のA氏は心身ともに疲れ果てたようだ。

 警察ですべてを話した安心感と疲れのためか、テレビの取材は断るという。

 対社会に向けて被害防止のために取材を受けては……と第三者として願う気持ちはある。

 しかし、年金をやり繰りしてコツコツ貯めた金で株をやっていたA氏。そのなけなしの金が騙し取られたと同時に、真面目に正直に生きてきたA氏の人間に対する信頼感が踏みにじられ、また、“騙されたバカな老人”と見られてしまうのではないかとプライドはズタズタにされ……
 激しいショックで憔悴しきったA氏の様子を聞くにつけ、テレビの取材を勧めることは出来なくなった。

 親戚のBさんはもちろん、他人である私でさえ、犯人たちに対してははらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じる。

 しかし、誰よりも一番傷つき、後悔し、反省しているのはA氏であり、彼の傷口を広げるようなことはできない。

 以後、A氏が精神的に回復するまで、この事件についての話題は避けてきた。

 Bさんによれば、上記事件以後も株投資関連だけでなくさまざまな勧誘電話やパンフレットなどがA氏に送られてきているという。A氏の名前が記載された何らかの名簿が闇で売買され、いろんな詐欺グループが利用しているのではないかと思う。

 もう二度と騙されることはないと思うが、あれから二年経ち、気持ちを引き締めてもらうためにも「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページのことを報告したという次第。

■一網打尽のチャンスは何度もあったのに……

 ①11月×日    100万円振り込み
 ②11月××日   225万円振り込み

 二回目の振込が確認されたその日の内に、犯人グループは次の投資を勧めてきている。
 ①②とも、恐らく振り込んだ日にお金はすべて引き出されているだろう。

 しかし、犯人グループはA氏からもっとお金を騙し取るつもりらしいので、電話で連絡が取れるうちは彼らは株式会社『日光』として存在しているはず。

第一のチャンス:11月29日 
  株式会社『日光』の住所がレンタル私書箱であり、会社の実態がないと判明した時。

 その事実があったにもかかわらず、消費者センター弁護士会に相談に行くようにいい、弁護士会は銀行口座の凍結には手続き(弁護士に正式依頼や被害届提出など)が必要である。しかし、犯行グループはすでにお金を全額引き出している可能性のほうが大きい。なので、弁護士に依頼して手続きを進めても元本は返ってこず、弁護士費用だけがかかるという結果になるだろう、という。

 犯行グループはまだこちらの動きを察知しておらず、A氏からなんとか金を引き出そうと電話してきている。
 犯行グループが逃げ出さないうちに、A氏に一刻も早く被害届を出すように勧める。
 しかし、A氏は元本さえ返してもらえば、必要以上に事を荒立てたくないという気持ちが大きかったよう。

 
第二のチャンス:12月2日 
  警視庁へ電話。被害者でないと詳しい相談には乗ってもらえないだろうとは分かりつつ、とにかく電話してみた。
 株式会社『日光』の住所・電話番号など伝え、住所が虚偽の住所であること、さらに業務内容から証券取引法違反の疑いが濃いことを伝える。

 しかし、被害者本人が被害届を出さない限りは動けないという。
 被害届を出した地方の最寄り警察署→警視庁に捜査依頼、この形式を踏まないと疑わしいだけでは動けないと。

 警察の言うことも分かる。組織とはそういうものだろうとは思う。しかし、そんな手続き踏んでいる間に犯行グループは逃げてしまう……。

 
第三のチャンス:12月8日
  詐欺口座のある銀行へ通報。口座番号と口座名義人を伝える。

 ここもまた、警察からの依頼がなければ動くことは出来ないという。
 口座の金の出入りを見れば(多分、他にも被害者がいただろうし)、怪しい口座だということは一目瞭然だと思うのだが……。結局、銀行も何も出来ず。

 
第四のチャンス:12月5日~
  テレビ局の取材。

 詐欺グループと電話連絡が取れている限り、彼らはまだ解散・逃亡せずに詐欺行為を実行しているはず。
 なので、テレビの取材力で彼らのアジトを突き止めてもらいたい。今の時点で警察も銀行も動けないのなら、頼れるのはメディアの力だと思った。
 彼らもこの詐欺事件に積極的に関心を持ってくれた。しかし、肝心のA氏が……。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 12月5日元本返還要求の内容証明を送り、その後12月15日まで犯行グループとは連絡が取れ、彼らはまだその役割を演じていた。

 しかし、12月8日に親戚の者としてBさんが犯行グループに電話を入れた(あくまでも、詐欺に気がつかない振りをして)あたりから、彼らは用心し始めもうA氏から金を搾り取る余地はないと判断し始めたよう。

 12月19日、被害届提出
 「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページによると、同日、該当口座が凍結されている。その時の残金は298円也。

 この事件の経過から思うに……

 ★詐欺だと気がついた時点で、すぐに被害届を出していれば詐欺グループは捕まっただろうか?

  今のシステムだと、被害届→銀行口座凍結だ。おそらく銀行口座の凍結が分かった時点で、彼らは蜘蛛の子を散らすように跡形もなく逃げ出しただろう。
  振り込まれた金は、振り込んだその日の内に引き出しているだろうし。

 ★なので、詐欺グループの存在が分かり、まだ彼らがターゲットに執着している第一、第二、第三のチャンスのうちに警察が動いてくれたら、彼らを一網打尽にするチャンスは十分あったのにとつくづく思う。

 振り込め詐欺に関しては、例え被害届が出ていなくても、詐欺の疑いが濃厚なケースに関しては内偵とかしてもらえないものだろうか……。

 今のままだと法律と現実の狭間で、一般国民は結局、泣き寝入りするしかないみたいだ。

 最大の防衛は、自己責任で引っかからないようにするしかないんだけど。

 それから、最後に気になったのは……

 「振り込め詐欺救済法に基づく公告」のことを一般の人は、どれほど知っているのだろうか?
 私はたまたまテレビを見ていてニュースでチラッと耳にしたので、インターネットで調べてそのホームページのことを知った。

 しかし、振り込め詐欺の被害者は高齢者が多く、インターネット環境にない人も多いはず。
 例え詐欺口座に残金が残っていて、少しでも騙し取られたお金が戻ってくるシステムがあったとしても、その存在を知らなければ、分配金の申請も出来ず、結局は泣き寝入りのままだ。

  ネット環境にあるものにとってはありがたい情報システムだけど、ネット環境にない高齢者の方々のことが気になってしまう。

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ある金融詐欺事件の顛末

 関西在住の知人から相談を受けた、ある金融詐欺事件の経過です。

 ○被害者:A氏 74歳(知人Bさんの親戚) 関西在住
 
  ○株投資歴:約15年(定年退職前後から)
 
  ○A氏、Bさんともインターネット環境は無し。
 
  ※イニシャル:Sは筆者

 同様被害を防ぐため、関連会社名、詐欺団が使用した名前など実際に使われた名前をそのまま記しています。

 詐欺グループは、もうこの会社名も、個人名も使っていないでしょう。
 しかし、別の名前、別の手口で犯行を重ねている可能性は十分あります。

 この記録が、A氏のような被害者を出さないために、少しでも参考になれば幸いです。

2006年 .
10/24  東京の株式会社『日光』・花田と名乗る男性よりA氏に電話。
      ファンドへの投資を勧誘されるが断る。

10/25 再び花田より電話。A氏、やはり断る。しかし、この時のやり取りで2銘柄の
     名前が具体的に出てA氏はちょっと興味を示す。
     株式会社『日光』より会社案内のパンフレット(コピー)と推奨銘柄の実績が
     送られてくる。
           A氏、日々、2銘柄のチェックをしてみると、確かに利益が出ている。

    06111 06112

11/10  A氏が少々興味を持ち始めた時、花田の上司の宮下から電話が入る。
           口座開設を勧められるが、断る。
           しかし、「100万円の元金で、推奨銘柄で利益を出して中長期に大きく殖やした
     ところで僅かでもファンドに移せばよいし、返金も随時可能」と言われ、A氏は
     ついに口座開設を決める。

11/×  株式会社『日光』に100万円振り込む。契約成立。

11/18  株式会社『日光』より「お取引における規定・約款書」が届く。
           第18条解約の項に「お客様から解約の申し出があった場合、本章に定める
     契約は解除になります」とある。

11/20  宮下の上司・和田より電話。
           11月28日にマザーズ上場決定のマ○シークを1株65万円で10株勧める。
           未公開株と異なり、この種の株は普通、証券会社では入手できない。A氏は
     現在の持ち株を売却して資金を作り、5株買うことに決める。

11/××
 
1株65万円×5株分 計 325万円の内、16日に振り込んだ100万円を
       差し引いた残金225万円を株式会社『日光』に振り込む。

            その日の内に、和田より電話。初値84万円で売れた、利益は95万円出たと
      の報告。

            そして、和田は12月1日上場決定の2銘柄の投資を勧めてくるが、A氏は
            断る。

            電話を切った後、株に詳しい知人に株式会社『日光』のことを尋ねるが、そん
      な会社は聞いたことがない、知らないとのこと。

            株式会社『日光』という会社に対して、少し疑問が湧いてくる。
            そんな時、再び和田から電話で投資を強く勧められる。
            A氏は迷いつつも、今回の売却益を元手にするなら投資してもいいと1株
            50万円を3株買うと返事をしてしまう。

            今回の売却益95万円に関して、和田は返金は3カ月後になるという。
            A氏が不信感を見せると、返金は1カ月後と変更、さらに20日後には返金する
            など言うことが変わってくる。

            電話を切った後、和田への不信感が募り、A氏はやはり取引中止の申し入れ
            電話を入れる。

            ところが和田は「もう約定書を作ったので、キャンセルは不可能」と言う。

            投資を決めてまだ僅かの時間しか経っていない。
            A氏はキャンセルを強く訴えるが、和田は一切受け付けてくれない。

            電話のやり取りに疲れたA氏は、結局、和田の主張を呑むことになってしまう。

            電話を置いた後、A氏の不安と不信感は募る一方・・・。
      ついに、近くに住む親戚のBさんに株式会社『日光』のことを話す。

            ※BさんよりSに電話が入る。
             新宿にある株式会社『日光』という会社のことを聞かれるがSは株には関心
       なく、そんな会社は全く知らない。

             インターネットで調べるが、該当する会社はない。

              この時点で、金融詐欺だと直感。


11/29  ※S:Bさんから聞いた新宿の住所に行ってみる。
     しかし、該当のビル(CATS23)が見つからない。

     探し回っていると、警らの警官が2名通りかかったので探している住所を見せる
     が、近くの交番に行くよう勧められる。
     また、「詐欺会社の疑いがある」と話したところ、被害者本人が警察に行くよう
           勧められる。

     まだ、詐欺と断定されたわけではないので、そのままとにかく花田宮下
           名刺にあったビル(CATS23)を探し回る。

0611cats_004_2  そして、ついに見つけた。
しかし、CATS23というのはビルの名前ではなく、レンタル私書箱の名前CATS)だった。23という数字は、私書箱のナンバーのよう。

これで、株式会社「日光」実態のない幽霊会社だということが決定。

CATSに乗り込んで株式会社「日光」のことを聞き出そうかと思ったが、今、下手に動いて詐欺団に察知されたら、逃げられる可能性がある。

0611cats_0092_3 詐欺団はA氏に次の投資話を持ちかけており、まだまだA氏から金を騙し取るつ もりらしいので、今の段階で手を打てば詐欺団を一網打尽に出来る可能性がある。なので、今は中途半端に勝手に動かないことにする。

帰宅後、インターネットで消費者センターなどの相談窓口を探し、Bさんに情報を伝える。

11/30    Bさん、A氏の件で消費者センター
             相談の電話。
             消費者センターから弁護士会を紹介され
             る。

12/1      A氏、Bさんと一緒に弁護士会の有料相談へ。
             銀行口座の凍結などについて相談。
             しかし、弁護士からは、銀行口座を凍結してもすでに振り込んだお金は引き出
             されている可能性のほうが大きく、お金を取り戻すのは難しいといわれる。

12/2     ※S:警視庁へ電話。
            株式会社「日光」は会社の実体がないと同時に金融庁の「証券業の登録」を
            受けておらず
証券取引法違反の可能性が濃厚。

            相手とまだ連絡が取れているうちに、なんとか手を打つことが出来ないかと
            相談。

            しかし、被害者が居住地の警察に被害届を出さない限り、警察としては動け
      な
いとの返事。

12/4 .   S:弁護士も警察も今の段階では全く動いてくれないと分かり、今の段階で
      動いてくれそうなのはメディアだと判断。

             在京キー局4社(C・D・E・F)へメールで情報提供してみる。
            (各局のホームページよりニュース番組宛にメール)

            その日の内にC局より電話があり、経過を話す。

12/5     A氏、株式会社『日光』に対して契約解除と返金要求の内容証明を送る。

            S:C局の担当者と会い、株式会社『日光』に関する資料を見てもらう。
                C局担当者、取材に積極的。


12/6     A氏にテレビの取材のことを伝えるが、いまいち乗り気でない。

12/7    夜、A氏より電話。
            内容証明について株式会社『日光』に確認の電話を入れたが、株式会社
          『日光』
には届いてないといわれたという。

            返金については必ず返金する。すでに経理に返金の書類を回しているが返金
            の期日は分からないとのこと。

            A氏はまだ自分が騙されていることに半信半疑。
            相手を信じて返金されるかもという希望を捨てていない様子。よって、警察へ
            の被害届も消極的。

            D局より電話あり。一応、経過を伝える。
              D局も取材に積極的。


12/8      Bさん、株式会社『日光』に電話。
             こちらが疑惑を持って行動していることは悟られないように、親戚の立場から
             A氏は体調を崩しており、返金の期日をハッキリするよう要求。
             株式会社『日光』は12月15日までには振り込むと返答。

             株式会社『日光』からA氏に電話。12月15日までに振り込むことをA氏に
             確約。
             A氏はその言葉を信じて15日まで待つという。

             S:株式会社『日光』の振込口座である東京S銀行新宿西口支店に電話。

                 ※詐欺口座の濃厚な口座番号等伝える。
                   銀行側からは警察に被害届を出すよう勧められる。


12/15     株式会社『日光』から振り込みナシ。

              相手を信じようとしていたA氏、約束が履行されなかったことで、株式会社
            『日光』
へ怒りの電話を入れる。
             相手は月曜日まで返金は待ってほしいと引き延ばしを言ってくる。

12/17     内容証明郵便が返送されてくる。
              郵便局に経過問い合わせ。

            12/7   CATSに配達に行く。受取人不在のため不在票を入れ、
                       1週間郵便局に保管。
            12/14 再配達。しかし、受取人不在のため返送処置がとられる。
            12/17 返送されてくる。

            株式会社『日光』の電話、一切通じない。

             A氏、ようやく騙された事実を受け入れ、警察に被害届を出す方向に心が
             動く。
             また、今後の悪の連鎖を断ち切り、同様被害の防止のためにもテレビ局の
             取材を受けてもいいと心が動く。

12/19    A氏、Bさんに付き添われて地元の警察署に被害届を提出
             13時30分~18時くらいまで調書作成。

             以後、捜査は警察に一任することに。

12/22    S:C局担当者より、取材に積極的な連絡。

             今後の被害を防止するためにも、匿名での取材に応じてはどうかとA氏に
             話す。

             しかし、詐欺被害が決定的になったA氏の心の傷は深く、激しく落ち込んで
             おり、自分の失態を他人に晒したくないという。

             S:C局担当者にA氏の状態を伝え、残念だけど取材の断念をお願いする。

                 担当者は絶対にプライベートなことは分からないようにするので、なんとか
                 取材できないかとのこと。とりあえず現地に行ってみたいとの申し出。


12/26     C局担当者、A氏の居住地に行き、Bさんと会う。
              Bさん、激しく落ち込んでいるA氏の様子を担当者に伝え、やはり取材は無理
              であることを伝える。

2007年 .
1月
         E局より、金融詐欺事件に関して問い合わせの電話がある。
               A氏は依然取材拒否状態にあるため、経過を説明して取材はお断りする。

               以後、犯行グループに関しての情報はなし。

2008年 .
6/21
      
振り込め詐欺救済法 施行

             「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページ 開設。

9/16      「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページ内の「08年度第5回 
           対象
預金等債権の消滅手続が開始された旨等の公告」の中に、
             A氏が振り込んだ該当口座を発見。

       対象預金等債権の額        298円
       債権行使の届出等に係わる期間
                開始 2008年9月17日0時~     
                満了 2008年11月17日15時
       権利行使の届出の方法
                所定の届出書を提出
       振込み時期  2006年11月~12月
       取引停止等の措置時期 2006年12月19日

“債権行使の届出等に係わる期間”というのは、詐欺に使われたと思われる口座に対して、口座名義人が異議申し立てが出来る期間であり、この期間に詐欺口座でないという申し出がなければ、それは詐欺口座と認定されて、口座残高が被害額に応じて被害者に分配される。

しかし、「振り込め詐欺救済法」によると「消滅預金等債権の額が千円未満の場合には、消滅手続終了後の支払手続は行われません。なお、この場合、当該資金は金融機関から預金保険機構に納付され、預金保険機構は、犯罪被害者等の支援の充実のために支出するものとされています。」とある。

つまり、この時点で、この口座は詐欺口座だったと確認され、そして、詐欺口座の残金が298円ということは、A氏には1円も戻ってこないということも確定したということ。

11/18  改めてA氏に「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページ内の「08年
             度第5回 対象預金等債権の消滅手続が開始された旨等の公告」の中に、
             A氏が振り込んだ該当口座が掲載されており、未だ犯人グループがまんまと
             逃げおおせていることの事実を伝える。

      A氏にとっては二度と思い出したくない辛い事だろうが、今後、A氏が二度と
             同様の被害に遭わないよう事実を知っておいたほうがいいと判断して、
            上記の事実を伝えることを決断した。

関連ホームページ

預金保険機構

振り込め詐欺救済法
(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律)

「振り込め詐欺救済法に基づく公告」ホームページ

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2008.11.22

I can Change!

やっと、夜型から朝型への Change を決行updash

080110912_004 昼2時~3時くらいに寝て、夜起床。

この夜型生活の第一の犠牲者はラブ、次にお花たち。

いつも私のそばにいるラブ。私が仕事中は椅子の後ろのほうで寝そべっている。

セントがいた頃は、夜10時を過ぎると2匹をリビングに連れて行き、暗くて静かな中でしっかり寝かせていた。

けど、セントがいなくなってからは、ラブだけを一人っきりにしてリビングに寝かせるのが可哀相で……。
仕事部屋に屋根付きのハウスを置いて、その中で寝かせるようにしていたけれど、一晩中明かりはついているは、ワンセグのテレビの音は煩いは……despair

そんな中で熟睡できるはずがない。

なので、ある夜、心を鬼にしてラブをリビングに連れて行き、一人で寝かせることにした。
これは、上手くいく夜もあるし、上手くいかない夜もある。

0801212 上手くいく夜は、朝まで何事もなく静かに一人で寝てくれる。
上手くいかない夜は……寝たと思っていたら、リビングのドアをガリガリ掻いている音がして、次に遠慮がちに吠え始め、やがて吠える声が大きくなる。

「ひとりはヤだよ……お母さんの部屋に行くぅ……ドア開けてぇ……」って感じで。

最初の頃は、慌てて様子を見に行っていたけど、何度目かからは私のほうがじっと我慢。
ラブには長生きしてほしいし、そのためには動物の生活時間を人間の都合で歪めちゃいけないもんね。

080111222 そんなこんなで、寝る時間のことは何とかなったが、食事時間、とくにラブの夕飯の時間がまちまちになってしまった。

お花の水遣りも毎朝だったのに、私の生活サイクルが変わったおかげで、気がついたら二日もお水をやってないことも起こるようになって……




夜型生活が続いて、一番感じたのは、1日が短くなってしまったこと。
それから、それでなくても必要以外は外に出なかったのに、ますます外に出なくなってしまった。
朝型の時は、タバコを買いに行く時はラブの散歩も兼ねて昼間、ぶらぶら出かけていたが、夜型になったらタバコは夜、車でさっと買いに行くのみ。昼間は夜起きっ放しなので身体が疲れており外に出る気が起きない。
なので、家事も溜まるし、洗濯物も溜まるし……


danger夜型生活は、時間を損してるdown danger生活の活性化が損なわれるdown

年齢的なものもあるだろうけど(それが大きいかもcatface)、やはり朝型生活のほうが1日の時間を長く使えるような気がする。

それで、やっと昨夜、切り替えを実行。

深夜1時を過ぎた頃、焼酎のお湯割を作ってグビグビと2杯bottle
眠気が込み上げてきて、湯たんぽでホカホカのベッドの中へ。
さて、これでぐっすり眠って、朝、7時頃に爽やかに目覚める……

のつもりだったが、ベッドに入って間もなく猛烈な吐き気に襲われて、何度もお手洗いに吐きに行き、それで疲れて眠ってしまった。

たった2杯のお湯割でここまで気分が悪くなるって信じられないsweat01
もしかして、夜型に慣れた身体が抵抗していた?sad

そんな、レジスタンスを乗り越えて、今朝は予定通り7時過ぎに起きることができた。
ラブの食事もちゃんと与え、お花に水を遣り……

なんだけど、今、「学問の秋SP第3弾」を観ながらこれを書いてて、なんだか頭の中がスッキリしてて、全然眠くなりそうにない。このまま朝まで起きていたら、また夜型に逆戻りcoldsweats02

夜型・朝型って簡単にチェンジできると思っていたけど、結構、難しいもんだと実感中です。

今夜は、お酒飲まずにちゃんと寝て、朝ちゃんと起きるぞ~sun

普通のことなんですけどねぇcoldsweats01

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2008.11.17

昼夜逆転生活の素

なんてことでしょうflair
10月の末辺りから、昼夜逆転生活になっちまいました。

なにが変わったかというと……10月に入ってから(↓)を飲み始めたんですよ。

                0801002_001

6、7年前に体調を壊して以来、徹夜する体力がガクンと落ちてしまって。

15年前くらいから完全夜型から朝型に移行して(やたら明るい部屋に住むことになって、自然に朝型に)、普通に仕事をするには支障はないんだけど、でも、どうしても徹夜しなければならない時なんかは、体力が持たないってのは辛い。

それで、これまで、いろんなサプリメントを試してみたんだけど、もともとクスリ嫌いなので長続きしない。

10月に入って、ある時、ふっと養命酒を飲んでみようか、となぜか閃いたthunder

養命酒といえば、昔、知り合いのジャズピアニストの若い女性が飲んでいると聞いた時、「20代なのに養命酒をsign02」とびっくりした。
養命酒は年寄りの飲むもの程度に思っていたから。

そんな私が飲んでみようかと思ったのは、もしかしたら、原田美枝子さんのCMの効果もあるかもしれないcatface あの未病に効くってCM。

それで、近くのドラッグストアに見に行ったら、ちょうど1Lが1680円で売っていた。ネットで買うよりずっと安い!というわけですぐ買って朝晩だけ飲み始めた。

すると、何だか体力が徐々に戻ってくる感じがあって、徹夜しても辛くなくなったhappy01shine

というわけで、現在2本目。オーケーストアで1Lが1630円だった。
(オーケーストアは養命酒まで最安値で感激っheart02

ちょうど養命酒で体力が快復している時期、仕事関連でブログを作成することになったんだけど、これが超手こずってしまった。

ブログを作るのは簡単簡単と思っていたけど、そのブログはMovableType(MT4.2)を使って作らなくてはならなくて……

しかし、ダウンロードもインストールもマニュアル通りにやればいいと思っていたので、気軽に作り始めたんだけど……何度マニュアル通りにやってもサイドバーが表示されない。

パソコンそのものの不具合だったら、最後の最後はサポセンに電話して聞くことができるが、今回の無償MT4.2の場合、電話でのサポートがないし、とにかくできるところまで自分でやってみようと、あれこれ格闘。

次々に立ち塞がる、訳わかんないタグに記号に言葉の数々……
パソコンの基本的なことは知らないのに、これまで見よう見まねでやって来た自分の甘さを思い知らされる日々……

おりしも、体力が快復してきて徹夜できる身体に戻ってきたものだからcoldsweats01、ついつい徹夜が続いた挙句、昼に寝る……という生活パターンになってしまった。以来、二週間。

ようやっと、昨日、詰まっていたところを教えていただくことが出来て、ホッ……
サイドバーも普通に設定できた。

できるなら、もう、MovableType(MT4.2)のブログなんか作りたくな~いcrying


それにしても思うのは養命酒の効果。スゴイsign03


が、昨夜、電話してきた母に養命酒の話しをしたら

「まあ、そんな年より臭いものを飲んでるんね」

と79歳の人に呆れられた……coldsweats01

というわけですが、決して養命酒に頼まれて宣伝しているわけではありませんのでwinesmile

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2008.11.14

秋の味覚と冬支度

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maple 秋の味覚

大好きなラ・フランス。
そしてご近所で取れたばかりの無農薬の柿。

秋の味覚、たくさんいただきました~delicious

maple 冬支度

先日買ってきた湯たんぽ、使ってま~す。

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お湯を入れて・・・

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添付の袋に入れて・・・




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バスタオルで包もうかと思ったけど、ユニクロのフリースひざ掛けの袋があったので、バスタオルの代わりにその袋(フリース)を利用。


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これを毛布の下に入れておくと、かなり長時間暖かい。
今年は電気毛布を使わなくて済むかもgood




子供の頃、ブリキの湯たんぽを使っていて、朝起きたら湯たんぽの熱で火傷して足に水ぶくれが出来てた……なんて思い出があって、ちょっと敬遠していた湯たんぽ。
数十年ぶりに使ってみると、なんか優しい温度で見直しました。

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2008.11.12

父の眼差し・父の記憶

【父の眼差し】

Imgp50182 10月の中旬に行われた『ホームムービーの日』、北千住会場には9家庭から120本以上の8ミリフィルムが集まった。
ほとんどが押し入れの奥に眠ったままのフィルムで、中には捨てられる寸前のフィルムもあった。

そのうち、当日上映されたのは約20本余。
一番古いフィルムはなんと1957年(昭和32年)に撮影されたもの。
新しいものでも1987年(昭和62年)のもの。

昭和の後半約30年間のそれぞれの家庭の風景や家族の歴史、街の様子など8ミリフィルムに映された映像はまるで日本の庶民の歴史を見ているようでもあった。

Imgp50232 そんなフィルムを見ていて、ひしひしと感じたのは“父の眼差し”だ。

今のように女性でも子供でも簡単に撮れて現像の手間も必要ないデジタルビデオと違って、その時代、家庭用の8ミリフィルムを撮っていたのはほとんどが男性。

今回上映されたホームムービーを見ていて、スクリーン上の映像が「父親の視線」で映されたものだということに気がついた瞬間、そんな「父親の視線」に見守られて育った子供たちはなんと幸せなんだろうと思った。

上映会場では、そんな幸せな子供たちのうち数人にお会いした。

8ミリフィルムの中で中学生だったW家のTK君は中年男性に、幼児だったO家のTY君は立派な青年に成長していた。
また叔父さんが8ミリマニアで、叔父さん夫婦に我が子のように可愛がられていたOI家の幼いT子ちゃんは主婦になっており、そのフィルムが撮られた時(昭和33年)まだ生まれていなかったT子ちゃんの妹は30代の女性に。
 Imgp50412  
この上映会がなければ決して出会うことも見ることもなかった他人の家族の歴史だけれど、過去の町並みや、人々の服装、家の中の様子などまるで「ALWAYS 三丁目の夕日」そのまま。8ミリフィルムに焼き付けられた映像が立派な昭和の記録だということを改めて認識しました。

(※上の写真はすべて『放送映画文化講座【てら】』HPより)

一家の大黒柱としてファインダー越しに家族を暖かく見守る“父の眼差し”……そんな親子・家族関係も昭和から遠く離れて変わってきているのではとも感じてしまった。

そして、そんな8ミリ好きの父がいたから今がある……と思わせてくれたのはTK君とTY君。

TK君とは11月8日の日記に書いた北千住でカフェバーをやっているT氏のこと。(ここではTK君と書く)。TK君は日本映画学校に進んでいる。
また、TY君は今や若手の放送作家として活躍中。

二人とも、少なからず父親の影響があったのではないかしらと勝手に感じてしまった。

というのも、気がつけばシナリオライターになっていた私自身、書く仕事はいろいろあるのになぜシナリオライターになったんだろうと考えた時、父の存在を考えずにはいられないもので……。

【父の記憶】

私の父は私が9歳の時に39歳の若さで亡くなった。
当時、7歳と4歳だった妹たちには父の記憶はあまりないらしいが、私は父の亡くなったその日のことは鮮明に覚えている。

その日、父の寝ていた奥の部屋の戸は閉ざされたままで、中の父がどうなっているのか子供の私には全く分からなかった。と、いきなりその部屋から母が出てきて、アイスクリームを買ってくるようにいわれた。何か切迫した雰囲気を感じて私は急いでアイスクリームを買いに家を飛び出した。

そして、アイスクリームを買って帰ってから間もなく、父の部屋からかかりつけのお医者さんが出てきた。そのお医者さんにすがりつくように母が泣き叫んでいた。
「あんたが殺した……あんたが殺した……なんで助けてくれんかったんね……」
私は何が起こったのか判らなくて、茫然と母とお医者さんを見ていた。

それからどのくらい時間が経ったのか……次に覚えているのは、私が買ってきたカップアイスを母が泣きながら食べていたシーン。母は溶けてしまったカップアイスを泣きながら黙々と口に運んでいた。

母の実家から駆けつけた祖母によって、私はようやく父が死んだのだということを知らされた。
死の間際、父はアイスクリームを食べたいと言ったのか……
父の早すぎる死を母は受け入れることが出来ずに医者を責める言葉を叫んでいたのか……

祖母は4歳の妹を抱いて「父さんにお別れしよう」と父の枕元に行き、顔を覆った白布をめくった。
だが、その時、私はどうしても父の顔を見ることが出来なかった。

なぜか突然「死んだ人の顔を眺めるのは、死んだ人に失礼だ」と子供心に思ってしまった。
なぜ9歳の子供の心にそんな言葉が浮かんだのか未だに分からない。
でも私は頑なにそう思い込んで、父の死顔を一度も見なかった。

(大人になって、長い間、私が人の死というものを実感を持って受け留められなかったのは、その時の体験が影響しているのではと思った。もしかしたら、私は父の死に顔を見ないことで父の死という事実を認めたくなかったのかもしれない。死というのは人間にとって未知の領域であり、未知のことを分からないままに納得して受け入れることが出来なかったのかも)

父が亡くなって以後、私は父が欲しいとは一度も思ったことがない。
9歳の子供でも、死んだものは二度と戻ってこないということは十分に分かっていた。だから「父が欲しい」と思うことは究極の“ないものねだり”でしかなかった。
父は病気と闘い、そして二度と戻れないところに行ってしまった。

どんなに泣いても叫んでも喚いても絶対に手に入らないものがある……
私にとって父はそんな存在だった。

少し大きくなって私は自分の中の父の記憶を整理してみた。

母の実家に行った時、バスを降りようとしたら、降りる人を押しのけるように乗ってきた人がいた。その時、「降りる人間が先だろう!」と怒鳴った正義感の強い父さん。

釣りが好きで、家族で耶馬溪まで釣りに行ったのに、気がついたら母がいない。どうやら夫婦喧嘩をして母は先に帰ってしまったらしい。坊ちゃん気質で夫としてはちょっとワガママだったかもしれないけど、子供には優しかった父さん。

ある日、家の中にカバヤのキャラメルが大量に買い込まれていた。理由はカバヤキャラメルの中に入っているクーポン券(サービス券?)の点数を集めると小鳥がもらえるとのこと。父はどうやら小鳥屋を始めるつもりだったらしく、我が家の中庭はたちまち十姉妹や文鳥やカナリヤなどの小鳥の箱だらけになった。私が学校から帰ると数十箱はあった小鳥の箱の水替えなどをやらされた。しかし結局、小鳥屋は開けなかった父さん。

浪曲が大好きで、いつもラジオで浪曲を聞いていた父さん。

ある夜、母がなかなか帰ってこず不安がっていたら、いきなり日本手ぬぐいをほう被りして鼠小僧治郎吉の真似をして笑わせてくれた父さん。

070620_kyusyufather2  
鉄工所の長男として生まれながら若い頃から病弱で徴兵検査にも撥ねられて戦争に行けなかった父さん。

また病弱ゆえに家業を継がず、本家の隣で趣味の店を開いてそれを生業としていた父さん。

↑若い頃(20歳)、思いっきり気取ったポーズで写真に写っている父さん。

ある日、シナリオライターの仕事に就いて間もなく、そんな父の記憶の断片を思い出している時、ふと思った。
もしかしたら、シナリオライターの仕事って、父がやりたかった分野の仕事ではなかったのか?
身体が弱くて外に出て普通の仕事が出来なかった父は芸能や文化的な仕事に対して夢を持っていたのではないか?
だとしたら、シナリオライターの仕事は父が自分がやりたかった分野に私を導いたのではないか?

否、もしかしたら、私は記憶の断片から勝手に父を想像して、実像と違う父を作り上げてしまっているのかもしれない。
だとしても、幼い私が初めて接した芸能は父の好きな浪曲であり、父の扮した鼠小僧治郎吉だったことには変わりない。

そんな父が残してくれた記憶は私の細胞に浸み込んで、今の私が作られているような気がする。
たった9年しか父の子供でいられなかったけれど、私は父の子供でよかったと心から思う。


『ホームムービーの日』のフィルムから感じた“父の眼差し”は、改めて私自身の父との関係までも思い出させてくれた。
そんな『ホームムービーの日』に感謝。

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2008.11.08

ランチバイキング

目痛い、頭痛い、首痛い、肩痛い……
が、ワイン飲み放題のランチバイキングの魅力には抗えず、昨日はいそいそと地下鉄に乗って「国会議事堂前」へ。

『ホームムービーの日』に8mmフィルムを多数提供してくださったW氏、K氏と当日のスタッフたち6人が日比谷高校裏手の星陵会館レストラン『シーボニア』に集合。


お昼時、ワインを飲みながらのランチタイム。8mmの話やら映画の話やらで久々にちょっと贅沢な気分を味わいました。

飲み放題だったんだけど、飲んだワインは結局一杯のみ。やっぱ昼間は飲むより食べるでした。

0801107_0042 帰り道、黒澤明監督ゆかりの「永田町黒澤」の前で、(なぜか自然に)みんなで記念撮影。

千代田線で帰る皆さんと別れて、私は丸の内線の「国会議事堂前」駅へ……向かっているつもりだったら、案の定、間違って南北線の「溜池山王」駅に向かっていた(汗)

←途中、水が流れる人工池発見。
都会の真ん中で水の音を聞くとなぜか嬉しくなって、思わず写真をパチリ。

どうにか首相官邸前交差点まで戻って、無事丸の内線入り口まで辿り着く。

この近辺は警備が厳重で、角々に警察官が立っているので、道に迷ったら即尋ねることが出来る。
私のような超方向音痴に、警備の警察官の人々はありがたかった(行き帰りに計三度も道を尋ねたcoldsweats01


飲むといえば……夏以降、仕事で外に出かけることが多く、それに応じて外で飲む機会も増え、再び行ってみたいお店が出来たり。

北千住ではW氏の息子さん・T氏がやっているカフェバーに連れて行ってもらい、T氏が日本映画学校出身と判明! 映画学校時代に書いた手書きの長編シナリオや今、コツコツ書いているというシナリオを見せていただき、なぜか感激。
このお店だったら一人でもフラッと立ち寄れそうで嬉しくなる。

それから先日、打ち合わせも兼ねて同業のI氏と行った高円寺の沖縄料理「きよ香」も落ち着いた感じでまた行ってみたいお店。なんといっても沖縄料理が美味しかった。

ここ何年か、沖縄の島々を舞台にした企画書を書くことが続いて、名前だけ知っていた料理の数々……グルクンのから揚げ、島らっきょう、パパイヤの漬物、スヌイ(もずく)の天ぷら、ゆし豆腐などを初めて食した。

極めつけは、噂の「豆腐よう」に初チャレンジ。臭いがすごいと聞いていたので恐る恐る口に入れたのだが、ここで出された「豆腐よう」はまるでチーズのように美味しかった。
他の店で食べた「豆腐よう」がひどく不味かったと言っていたI氏も恐る恐る再チャレンジしてビックリ。このお店の「豆腐よう」は美味しいとのこと。



それにしても、どこで飲んでも確かにお酒の量は減った……。
食べるよりは飲むほうとばかりにセッセセッセと飲んでいた昔に比べて、今はペースはゆったり。飲み方にも歳が出ているということかも……wineshock

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2008.11.07

「脚本塾」などご案内

放送映画文化講座【てら】 (日本脚本アーカイブズ倶楽部)では、後期受講生を募集中です。

《脚本塾》

■第1回、2回 「感動をどう仕掛けるか」前・後編 
①11月 1日 15:00-17:00  講師:香取俊介
②11月15日 15:00-17:00 講師:香取俊介

■第3回 「シナリオを書こう! ストーリーの作り方」
 12月6日16:00-1800  講師:清水喜美子

■第4回 「時代劇の書き方」
12月13日16:00-1800 講師:井川公彦

■第5回「シーン作り、セリフ作り」
12月20日16:00-18:00 講師:津川 泉

■第6回 09年1月10日(土)15:00~17:00 講師:熊谷知津
■第7回 09年1月31日(土)13:00~15:00 講師:大石もり子
■第8回 09年2月 7日(土)16:00~18:00 講師:南川泰三

《ザ・殺陣!》 講師:滝洸一郎

①11月 1日(土)  ② 11月15日(土)  ③ 1月10日(土)
④ 1月17日(土)  ⑤ 2月 7日(土)   ⑥ 2月21日(土)
(全6回)

《こども作文教室》 講師:熊谷章一

①12月13日(土)  ②12月20日(土)

《朗読講座》 講師:高谷信之

⑪ 11月16日(日)  ⑫ 1月18日(日)
⑬ 2月15日(日)    ⑭ 3月15日(日)

《アニメ特別講座》

第1回 1月17日(土) 15:00~17:00 講師:翁妙子

第2回 1月31日(土) 16:00~18:00 講師:西沢七瀬

場所・アクセス・受講料・申し込み方法など詳細は下記HPへ。
http://www.nk-archives.com/tera-top.html



日本脚本アーカイブズを多くの人に知っていただくための営利を目的としない講座で、低料金で受講いただけます。
ご都合の良い日、1日だけの受講も可能です。

脚本に関心のある方はぜひ、お越しください。

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2008.11.06

仕事の敵・ドライアイ

ここ数日、またドライアイがひどくなって、深夜は十数秒に一度目薬を点眼しまくり。
それでもついに目を開けてられないほど痛むように……weep

こんな時は、仕事は諦めてさっさと寝る。
そして、翌日は久々にラブを連れて緑たっぷりの公園へ。(昨日です)

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紅葉が見られるかもと思ったけど、それほど紅葉してなかった。






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表が工事中の「江戸東京たてもの園」の前では、民間の日米親善(?)ドッヂボール大会をやってた。

のんびりした午後……

この日、日本では小室哲哉音楽プロデューサーが天国から地獄へ……down

アメリカではバラク・オバマ氏がアメリカ第44代大統領に決定up


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世の中、天国と地獄の間で何かと慌ただしいけど、私はというと、公園に来る前に久々に入れたガソリンが129円まで下がっていて、小さな幸せ気分good

空からセントが駆け下りてきてくれたら、それが最高の幸せなんだけどね。


この後、ドライアイ用の目薬と湯たんぽを買って帰宅。

今年の冬は湯たんぽで省エネにチャレンジの予定spa

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