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2009.10.20

悲しくてやりきれないです、加藤和彦様

加藤和彦さんが自殺=「あの素晴しい愛をもう一度」-遺書2通、軽井沢のホテル

天才ゆえの葛藤か 加藤和彦さん最後のインタビュー


大学に入って初めて、出身の有名人に加藤和彦さんがいると知った。

その時は、流行った『帰ってきたヨッパライ』を歌ったグループの人、というだけであまり関心はなかった。

大学のフォークソングクラブで先輩たちが『イムジン河』や『オーブル街』『アーサーのブティック』を歌っているのを聞いて、不思議な優しさに満ちた『アーサーのブティック』が大好きになり、自分でもギターを弾きながらよく歌ってた。

だいぶ後になってから、加藤さんが作曲した曲だと知った。



それからずいぶん経って、ある日、ふと耳にした曲が『あの頃、マリー・ローランサン』。


優しくて、柔らかくて、スタイリッシュな加藤和彦さんの歌の世界に魅かれてアルバム『パパ・ヘミングウェイ』『ベル・エキセントリック』『あの頃、マリー・ローランサン』『ヴェネツィア』と聴き倒し、加藤和彦&安井かずみの世界にはまった。


私にとって加藤和彦&安井かずみのカップルはジョンとヨーコに匹敵する、最高のカップル、憧れのカップルだった。


安井かずみさんが亡くなった時、加藤和彦さんは後追い自殺するんじゃないかと心配した。


その1年後に再婚のことを知った時は、まず信じられなかった・・・・・
でも、後追い自殺するよりは生きてて欲しいし、生きるために支える誰かが必要ならば再婚もありか・・・と勝手に納得した。

安井かずみさんを失くした心の穴が、そんなに簡単に埋まるとは思えなかったけど・・・。






うつだったのか・・・・・・・・・



加藤和彦さんの希死念慮がどれほどだったのか、誰も分からない。


ただ、


うつのせいで、仕事の出来ない辛さだけは分かる。




私の場合、2、3日の徹夜も平気で仕事にひたすら集中できた状態から、気がついたら5分とパソコンの前に座ってられない状態になっていた。

約7年ほど前のある日のことだ。
最初のうちは、いつになく重いだるさに襲われて、ベッドに横になってはパソコンの前にというのを繰り返しながらでもシナリオを書くことは出来た。

しかし、やがてベッドから起き上がってパソコンの前に座ると5分も経たずに異常なだるさが全身を包み、体を起こしておくことも出来なくなり、ベッドへ・・・。
こうなると当然集中力どころではなく、シナリオも書けなくなってしまう・・・。


ここまで来て、私はやっと自分の意志の力ではどうにも出来ない異常が自分の体に起こっているんだということを認めざるを得なくなった。


実はその1年くらい前に、人生の中でも最も愚劣で酷いトラブルに遭遇して、どこにいて何をしていても、自然に涙が出てきてしまうという状態が起こるようになった。心療内科では初期のうつ病の疑いと言われた。

その時、投薬での治療を断り、心理カウンセラーを紹介してもらった。

私は自分が遭遇したトラブルを客観と主観の両面から乗り切るために、家庭裁判所には客観的・法的な見解を求め、私自身の心のケアのためには約半年カウンセリングを受けた。


そして、すべて解決したと思っていた。


しかし、一度狂いはじめた脳内のセロトニンやドーパミンは、心の治療とは別のところで異常さを増していたらしい。


ベッドから玄関までのわずか数メートルの距離でさえ、異常なだるさのため這うようにして動かなければならなくなって、ついに私は以前行った心療内科に駆け込んだ。


「薬を飲みます・・・薬で治してください・・・」


うつ病が単に「心」や「気力」の問題ではなくて、内分泌系の異常から来る「体」の病気だということを身をもって認めた瞬間だった。


1日でも早く、もとのように仕事に戻りたい。
その一念で始まったうつの治療で約3年薬を飲み続け、仕事にも復帰することが出来た。



私の場合は、幸か不幸か、希死念慮だけはなかった。
思春期から20代前半までの多感な時期、リスカや自殺行為にとらわれ、たどり着いたのがキリスト教の洗礼を受けるということだった。

死は自分で決めなくても(決めてはいけない)、やがてその時になれば、誰にでも訪れるものだからと思うことが出来るようになった。


好きな人と恋愛もし、好きな仕事に就いていたのに、なぜか「生きていても意味がない」という思いにとらわれ続けていた若い頃の日々を思い出すにつけ、うつによる希死念慮がどれほどのものか、本人にとっては一般人の想像を超えた辛さ、苦しさなんだろうなということだけは想像できる。


それに加えて、集中力が続かず、創造的イメージを喚起することが出来ず、作品を作ることの出来ない辛さ、苦しさ・・・。



加藤和彦さんのファンの1人としては、そこを乗り越えて生きていて欲しかった。


でも、


今頃は、安井かずみさんのそばで子どものようにホッとしているのかもしれない。


どうか安らかに・・・・・・・。







【試聴できる私の好きなアルバム作品】

パパ・ヘミングウェイ(紙ジャケット仕様)

09kazuhikokatopapahemingway
1.スモール・キャフェ
2.メモリーズ
3.アドリアーナ
4.サン・サルヴァドール
5.ジョージタウン
6.レイジー・ガール
7.アラウンド・ザ・ワールド
8.アンティルの日
9.メモリーズ(リプライズ)


ベル・エキセントリック(紙ジャケット仕様)


09kazuhikokatobelle_exccentrique
1.ロスチャイルド夫人のスキャンダル
2.浮気なGigi
3.American Bar
4.ディアギレフの見えない手
5.ネグレスコでの御発展
6.バラ色の仮面をつけたマダム
7.トロカデロ
8.わたしはジャン・コクトーを知っていた
9.Adieu,Mon Amour
10.Je Te Veux


あの頃,マリーローランサン

09kazuhikokatolaurencin
1.あの頃、マリー・ローランサン
2.女優志願
3.ニューヨーク・コンフィデンシャル
4.愛したのが百年目
5.タクシーと指輪とレストラン
6.テレビの海をクルージング
7.猫を抱いてるマドモアゼル
8.恋はポラロイド
9.優しい夜の過し方
10.ラスト・ディスコ



ヴェネツィア


09kazuhikokatovenezia 1.首のないマドンナ
2.ハリーズ・バー
3.トパーズの目をした女
4.真夜中のバレリーナ
5.七つの影と七つのため息
6.スモール・ホテル
7.ノスタルジア

8.ピアツァ・サンマルコ
9.ソング・フォー・ヴェネツィア
10.水に投げた白い百合

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» 主人のうつ病、そして克服 [うつ病克服@ブログ]
主人がうつ病になって3カ月が過ぎ、会社を休み続ける日々を送っていました。私ができることは、 「変に優しくしない、普段と同じ扱いをする」 「“がんばれ”と言わない」 [続きを読む]

受信: 2009.10.20 16:02

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