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2010.02.24

七月堂

日本脚本アーカイブズの文化庁報告書校正のために明大前の七月堂へ。


七月堂・・・・・・・・・・・


その名前、どこかで聞いたことがある。 と思っていた。

記憶を手繰っていったら、はるか昔の記憶に行き着いた。

かつて夫だった人が詩集を出版した出版社の名前、それが七月堂だったのだ。


彼は「邪飛」とか「麒麟」とかの現代詩の同人誌に参加していて、やがて5人の詩人で一冊の詩集を出した。
「レッスン」というタイトルのその詩集は、ちょうど私たちが別々の方向を向いて生きはじめた頃に出版された詩集で、出版社の七月堂という名前が私の記憶の底に沈んでいたらしい。


七月堂で20数年振りに詩集「レッスン」を開いてみた。

改めて驚く・・・・・・・・・・
個人の署名のない5人の詩人による一冊の連詩。
非常に実験的な詩集。

それにしても、当時も難解だったけど、今読んでも難解です。彼らの現代詩。


その詩集の後、私は詩集一冊出した後、シナリオの世界へ。
かつて夫だった人は、詩を書き続けていると人伝に聞く。



あれから、はるか遠くへ来たものだと、ついしみじみしてしまった日だった・・・・・・・・。


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2010.02.23

Hallelujah(ハレルヤ)@John Cale

つけっ放しのテレビから「Hallelujah(ハレルヤ)」の曲が聴こえてきた。
バンクーバー・オリンピック開会式で歌われていた。


映画『バスキア』のラストで流れる「Hallelujah(ハレルヤ)」は心にしみじみと沁みてきて、私にしては珍しくサウンドトラックまで買ってしまった。


Leonard Cohen (レナード・コーエン)の作ったこの曲はボン・ジョヴィなど多くのミュージシャンが歌っている。開会式で歌っていたのは k.d.lang という女性歌手だそう。


そんな中で私はやはり『バスキア』で歌われたJohn Cale(ジョン・ケール)の 「Hallelujah(ハレルヤ)」 が好き。

この「Hallelujah(ハレルヤ)」 を1月17日にお亡くなりになった浅川マキさんと、2月8日に亡くなられた立松和平さんに捧げます。


むか~し、京都でフォーソングをやっていた頃、浅川マキさんは憧れのアーティストで、「浅川マキの世界」や「Maki Ⅱ」などを聴き倒していた。

その頃、大学のクラブで知り合った知人が某有名フォークシンガーのバンドのメンバーで、浅川マキさんと同じステージに立つと聞き、その知人に頼み込んで浅川マキさんに会わせてもらった。

確か祇園会館(京都)だったと思うけど、楽屋を訪れた。
浅川マキさんは、トレードマークだったあの長いつけ睫毛を付けている最中で、私は片目つけ睫毛、片目つけ睫毛前の浅川マキさんを見てしまった・・・。

何を話したのか・・・超緊張していたので記憶にありませぬ。



立松和平さんにはお目にかかったことはありませんが、作品「白い空」のテレビドラマの脚本を書かせていただきました。



お二人のご冥福を心よりお祈りいたします。



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ラブの闘病日記

ようやく、ラブの闘病記をUPできました。


乳がん手術(2008年6月)
がん再発、転移。肺がん闘病開始(2009年12月)
丸山ワクチンでの治療開始(2010年1月)


同じ病気で闘っているペットちゃんたちの参考になれば幸いです。

LINKleftright 『新・たたかう犬@セント』


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2010.02.12

好きなところにいても、いいよ

セントが旅立ったのと同じ場所から見送ってあげたくて、ラブはそれまでエンジェルパックに包まれてお母さんのそばにいます。

まるで眠っているように穏やかなラブの顔。

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仕事をしていると、ラブの匂い、ラブの気配がします。

ラブはいつもお母さんの座っている椅子の背後か横かデスクの下にもぐりこみ・・・要するにいつもお母さんの姿が見えるところにいました。
本当に本当にお母さんっ子でした。


そんなラブが1月中旬くらいから、椅子の周りにいなくて、振り向くと、廊下にじっと立っていることが。
動くのがしんどくなったのかな・・・

逆に、私が仕事部屋からリビングに行くと、いつもならリビングにスッスッとついて来るはずのラブがついてこなくて、仕事部屋にじっと立ったまま。

そんな時はいつも声をかけていました。

「好きなところにいてもいいよ・・・居たいところにいてもいいよ」

深夜~朝はラブの体のことが心配なので、どんなに来たがっても朝まで明かりのついている仕事部屋には入れませんでした。
でも、それ以外の時は「好きなところにいてもいいよ」です。

※ただし、セントのところ以外は。
※セントには「まだ、ラブ姉ちゃんを呼んじゃダメだよ」と毎日お祈りしてました。

我が家は真冬でもリビングのドアと仕事部屋のドアは少し開けておきます。
ラブが自由に出入りできるように。
なので両部屋の入り口にはカーテンを下げているわけで。


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2月のある日、仕事をしている時、視線を感じて振り向くと、ラブがリビングの入り口からじっと仕事部屋を見ています。

(←2月4日撮影)

「こっちに来てもいいよ」

そう声をかけてもじっと動きません。











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よほど歩くのが辛くなったのかな?

と迎えに行きました。

「お母さんのお部屋でも、リビングでも、好きなところにいてもいいよ」

そう声をかけたら、やっとカーテンをくぐってやってきました。








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一見、普通でも、少しづつ少しづつ、動くのが辛くなっていたんですね。


セントが亡くなってからは本当にラブが心の支えでした。

今、仕事をしていても、ラブがいるような気がして時々振り返ったり、椅子の横を見たり、そしてラブに向かって大きな声で話しかけている自分がいます。


知らない人が見たら、気が・・・っていうかボケたと思うでしょうね。

今、何もかもが空っぽになったようで、自分だけモノクロの世界にいるよう。


きっときっと、ワンちゃんの数だけ、他の方もこんなお別れを経験して、淋しさ辛さを乗り越えてきているんでしょうね。


・・・・・時間が癒してくれるのを待つだけです。

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2010.02.10

ラブ、虹の橋へ・・・

2月10日 午後2時30分、ラブは一人で虹の橋に旅立ってしまいました。
       10歳と11ヶ月でした。

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2月8日(月)
ついに酸素ハウスの出番を迎えることに。
セントの時に使ったサイズと全く同じものをレンタルしました。

この酸素ハウスは酸素ボンベを使用せず、向かって右の酸素発生器から酸素を供給するので、取り扱いも簡単で安心です。

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セント使用時に、試しにラブを入れてみたらちょっとパニックを起こしかけたので、ちゃんと入ってくれるかどうか、実は今回とても心配でした。


しかし、案ずるより生むが易し。

大きな抵抗はなく入ってくれました。

中のほうが楽と分かったのかな。





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2月9日(火)

朝、酸素ハウスから出してやると、仕事部屋にやってきて、動こうとしません。

いつも、ずっと一緒にいたいのはお母さんも同じだよ。
だけど、ラブの荒い呼吸を見ていると、やはり酸素ハウスの中にいるほうが楽だと思う。

なので母は心を鬼にする。

出ようとするラブの目の前に大好きなソフトジャーキーをちらつかせて・・・





はい、回れ右・・・

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気がついたら、ドア閉められて、中に入れられたラブさん。



中のほうが楽だからね。

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2月10日(水)

朝、酸素ハウスから出すと、真っ先に仕事部屋に来て動こうとしません。

昨日まで食べていたご飯にまったく反応を示さず、口をつけようとしない。

だんだん息も荒くなってくる。

お薬だけでも飲まそうと大好きなはずのささみに包んで食べさせようとするが全く食欲ない。バナナもダメ。

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水だけは自分で飲みに行く。

結局、錠剤をすりつぶして水で溶き、注射器のシリンジに入れて飲ませる。

仕事をしていても1時間置きぐらいに気になり、何度か様子を見に行く。

見に行くごとに息が荒くなっており、ついに酸素マスクで濃度の濃い酸素を吸わせる。

一度は見る見る元気になって、また仕事部屋へやってくる。

再び、酸素ハウスへ戻したりを何度か繰り返す。

そして、午後2時過ぎ、酸素ハウスから出たがるので出してやると、初めてパタッと倒れる。

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酸素マスクで高濃度酸素を吸わせる。とまたまた元気回復。

しかし、息はだんだん荒くなる。

背伸びして自分の顔をくるっと回して大きな目で私の顔をじっとみて、動かなくなった。

午後三時からの診察時間にはまだ早いけど、電話してラブを抱いて車に飛び乗り病院へ。

ドクターは蘇生処置の準備をして待っていてくれたけど、心電図はもうピクリとも動いてなかった・・・

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本当に本当によく頑張りました。
本当に本当によく病気と闘いました。

ラブは本当に頭がよくて、我慢強くて、頼り甲斐があって、お母さんの最高・最愛のパートナーでした。

今は、ラブのいない明日からの生活は想像もできず、体の一部がなくなったように辛いです。

セントを失った時も辛くて淋しくて号泣しましたが、その時はまだラブがいてくれた。
でも、ラブまでもが旅立って、私の手の中には何にも残っていない・・・空っぽ・・・





ラブのことでご心配いただいた皆様、ありがとうございました。

きちんとお礼をお伝えするまで、もう少しだけ時間を下さい。

すみませんが・・・

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2010.02.01

余命一ヶ月・・・・・・・・・

いろいろと書きたいことがあるんだけど、なんだかいろいろと重なってしまって、どうも気持ちが落ち着きません。


ラブのことで心配いただき、早くお返事を・・・と思いながら、遅れてしまっています。
もう少しだけお待ち下さい。


ラブは昨日、レントゲンを撮ったところ、また肺の腫瘍が大きくなっており、余命一ヶ月といわれてしまいました。


丸山ワクチンで以前に比べて少しだけ呼吸も落ち着いてきているかな・・・と感じ始めていただけに、ショックです。



余命一ヶ月といわれても、何をどうしたらいいのか分かりません。



食欲はあるし、おやつはしょっちゅう欲しがるし、便も毎日立派なのが出てます。
外の風に当たると嬉しそうで、お散歩に行きたそうにします。
宅配便のおじさんが来ると、ぴょんぴょん跳ねて歓迎します。



そんな毎日が一ヶ月といわず二ヶ月、三ヶ月、半年とずるずると続いてくれることを願っています。


いつものように、平常心で、ラブが苦しまずに毎日を過ごせるよう、できるだけ一緒にいること・・・


それしかできない。


とにかく、ラブとの生活がなくなるなんて今は想像もできないし、想像もしたくないし、今のままがず--------っと続くことだけを考えてようと思う・・・。

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