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2011.06.26

ドキュメンタリー『放送禁止歌~唄っているのは誰?規制するのは誰?~』

TVドキュメンタリー『放送禁止歌 〜唄っているのは誰?規制するのは誰?〜』

    ディレクター:森達也
    出 演:高田渡 なぎら健壱 とうじ魔とうじ 朴保 湯浅学ほか

    フジテ レビ NONFIX 1999/5/22放送
    http://www.fujitv.co.jp/nonfix/library/1999/368.html


 横浜放送ライブラリーに行けば見られるかもしれない、と思い検索したら、横浜放送ライブラリーにはこの映像が残されてないことが分かった。

 ガックリ。念のためyoutubeで検索したら・・・しっかりありました!















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今更ながら愕然:『放送禁止歌』を読んで

ずっと前から気になっていた森達也さんの『放送禁止歌』。
読み出したら止まらなくて、あっという間に読んでしまった。

放送禁止歌の実態・・・
メディアのあり方・・・

それらに今更ながら驚いたのはもちろんだが、個人的にもっと衝撃的な事実が分かった。

私が、『竹田の子守唄』の竹田のすぐ近くに住んでいたという事実!

なんということだろう・・・
なぜ、今までそのことに気がつかなかったんだろう・・・




私が赤い鳥の歌う『竹田の子守唄』を知ったのは京都の大学(短期大学部)のフォークソング部にいた頃。

クラブの誰かが歌っているのを聴いて、いい曲だなぁと思い、1人でギターを弾いて歌ってみたりした。

その頃、私の関心はアメリカンフォークに向いており、日本のフォークソングを人前で歌ったのは五の赤い風船の曲ぐらい。

日本のフォークソングはクラブの人が歌っているのを聴いて、心動かされた曲(岡林信康とか休みの国とか)は家で1人で弾き語りしていた。

それで『竹田の子守唄』は初めて聴いた時から、私の出身県大分県竹田市の竹田だと思い込んでいた。

私が幼い頃、寝る前に祖母が『五木の子守唄』(熊本県)や『稗搗き節』(宮崎県)を歌ってくれたのが記憶の底に残っている。

子供心に祖母の歌う『稗搗き節』の悲しいメロディーに心惹かれていた。

なので竹田&子守唄で大分県の竹田の子守唄と思い込んでしまったのかもしれない。



『放送禁止歌』を読み進めているうちに、竹田が京都の地名だと分かり、いろいろな記憶が蘇ってきた。


京都の大学に進学して、初めて住んだのは学校から紹介された女子専門の下宿。
といっても、南区東寺のすぐ近くのお寺の中に作られた女子大生専用の寮のような建物だった。

そこから伏見区深草の大学まで通っていた。

いろいろ経過があって、社会福祉の勉強がしたくて選んだ学校がたまたま京都にあったわけで、京都のことは何も知らないまま京都に住み始めた。

それから間もなく、誰かから京都市内のある地域について、そちらは行かないほうがいいよと忠告された。
理由を聞いてみたらいわゆる“部落”といわれる地域だからと。


私は驚き、そしてショックを受けた。
九州の小さな地方都市で育った私だけど、部落の差別については全く聞いたことがなかった。
韓国人や朝鮮人の友達はいた。しかし、普通に友達だったし、親からも友達について一切差別的なことは言われた記憶がないし。


私の周りには“差別”はなかった。
そう思った瞬間から、私の中に“差別”という言葉が重く沈んでいった。
本当に“差別”はなかったのか?
私が「なかった」と思っているだけではないのか?


(この思いは、シナリオ習作時代、初めて書いたコンクール用の長編シナリオに繋がっていった・・・。そして、やがてこの作品がプロデビューのきっかけを作ってくれた)


ともあれ、知人から忠告された地域には行く機会もなく、学生生活を送っていた。


やがて、お寺の中の女子寮のような下宿から、大学の近くの伏見区深草のおばあさんが1人暮らしをしていた家に下宿先を変え(他の大学の女子学生と2人で一部屋づつ借り)、さらに伏見区深草七瀬川のアパートに転居。

そして『放送禁止歌』を読んでいて、突然、思い出した。
確か、伏見区深草七瀬川の近くに“竹田”という地名があったことを。

大学のすぐ傍の道は師団街道といい、さらに竹田街道の地名も記憶に蘇る。


『放送禁止歌』に書かれた駅名や川の名前を地図で辿ってみたら、やはり、かつて私が住んでいた伏見区深草七瀬川のすぐ近くの“竹田”が『竹田の子守唄』の竹田だったのだと分かった。


なんてことだ・・・
そもそも『竹田の子守唄』が放送禁止歌としてステージから消えていたことも、
その歌が歌われていた場所が京都だったことも、
かつて住んでいたすぐ近くに重い歴史を抱いた土地があったことも知らなかった。


身近な“大事なこと”に、気づかずに人生は過ぎてしまう・・・。

『放送禁止歌』にそのことを突きつけられ、愕然としてしまった。

今、自分の中で何かが揺れている。
この痛い教訓をどう生かして生きていくべきか・・・と。


          

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祝・世界遺産決定!小笠原諸島&平泉

bell  6月25日 小笠原諸島 世界自然遺産に決定!

bell  6月26日 平泉      世界文化遺産に決定!
       

book 世界:自然遺産180件、文化遺産704件、複合遺産27件
  日本:自然遺産4件:①屋久島 ②白神山地 ③※知床 ④※小笠原諸島
  日本:文化遺産12件:
              ①※法隆寺地域の仏教建造物 ②※姫路城、
              ③※古都京都の文化財 ④白川郷・五箇山の合掌造り集落
              ⑤※原爆ドーム ⑥厳島神社 ⑦※古都奈良の文化財 
              ⑧日光の社寺 ⑨琉球王国のグスク及び関連遺産群
              ⑩紀伊山地の霊場と参詣道、
              ⑪石見銀山遺跡とその文化的景観
              ⑫平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群

pencilこの機会に、行ったことのある世界遺産をチェックしてみたら・・・

イタリア 1989年旅行
      ※ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
      ※ナポリ歴史地区 
      ※ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域

スペイン 1979-1980年&1989年旅行
      ※コルドバ歴史地区
      ※グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン
      ※古都トレド
      ※セビリアの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

ドイツ  1989年旅行
      ※ライン渓谷中流上部

スイス  1989年旅行
      ※スイス・アルプスのユングフラウとアレッチ

フランス 1989年旅行
      ※ヴェルサイユの宮殿と庭園 
      ※パリのセーヌ河岸
      ※ノートルダム大聖堂、サン=レミ旧大修道院、トー宮殿

アメリカ 1999年旅行 
      ※グランド・キャニオン国立公園  

カナダ  1999年旅行
      ※カナディアン・ロッキー山脈自然公園群

ざっと思い出して、訪れた有名観光地はだいたい入ってる。多いのか少ないのか分からないけど・・・。

パリからタクシーをチャーターして行ったバルビゾン村などは文化遺産に入ってもいいような気がするけど、入ってないんだ。

アメリカは4回行ってるけど、世界遺産は1カ所だけ。全部個人旅行で、いわゆる団体旅行に組み込まれているような観光巡りしたのは母と行ったグランド・キャニオンとカナディアン・ロッキーだけ。

日本は全16カ所のうち、7カ所。(※印:訪問)

沖縄は与論島に渡る時に1泊だけなので観光は全くしていない。改めて行きたいと思いつつまだ実現していないなぁ。
 

小笠原諸島は、1992年の年末から2002年の12月の間に6回訪れている。

泳ぐわけでも、潜るわけでもなく、原付きバイクを借りて島内をブラブラするだけ。
また、陸や船からクジラやイルカを見るだけなんだけど、この島には東京の日常と違う時間が流れているんだよね。

  ☆小笠原諸島 父島へ・・(2000/12/28) かつて父島について書いた記事

  ※1992年から毎回ホームビデオで父島を撮ってきた。
    境浦に見えた戦時中の沈没船も毎回ビデオで撮っていたが、6回目に行った時、
    すっかり海に沈み沈没船は見えなくなっていた。
    戦争の記憶が風化し、忘れ去られていくようで、複雑な気持ちになった・・・。


    父島には、その他にも戦争の傷跡が残っています。    


ところで、1999年、母と2人でナイアガラ⇒カナディアン・ロッキー⇒グランドキャニオンに旅した時(全部母が行きたいとリクエストした場所)のこと。

団体旅行に申し込んだつもりだったのに、母と2人だけの団体旅行だった?!

で、カナディアン・ロッキーに行った時、迎えてくれた現地の日本人コーディネーターの人とゆっくりいろんな話が出来た(団体さんといっても母と私だけだから)。

その時、コーディネーターの人がかなり厳しい口調で言っていたのは、カナディアンロッキーでは、松ぼっくり一つでも持ち帰ることは許されない。しかし、日本人は気軽に拾って持ち帰ろうとする・・・と。

その話を聞いて、確かに日本の国立公園などの規制は緩いのかもしれないと感じたものだった。

今思えば、私たちが訪れた時はカナディアン・ロッキーもグランドキャニオンもすでに世界自然遺産に指定されており、観光客への規制もより厳しかったのかもしれない。


小笠原諸島に関していえば、本土と小笠原諸島を結ぶ船の入り口は父島しかなく、その父島では固有種を守るために植物などの持ち帰りは規制されていると記憶している。


めでたく世界遺産となった小笠原諸島だけど、多くの人にその自然を知って欲しいと同時に、心無い観光客に荒らされることなく今の自然が今のままに保護されていくことを祈らずにはいられない。

(これで飛行場は作れなくなったので、正直ホッとしています)








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2011.06.24

「予定を確認=適切に実施」 by不安院

Blog『しだらでん』更新

 保安院はやっぱり不安院。改名のススメ!

 6月18日、保安院は、東京電力福島第1原発事故のような設計基準を上回るシビアアクシデント(過酷事故)対策について、各原発への立ち入り検査などを実施した結果、「水素爆発などへの措置は適切に実施されている」と評価した結果を公表。


 しかし、その結果というのが実は、
予定 のオンパレード。
 つまり、シビアアクシデントの対応は現時点では全く出来てないということ。

 なのに保安院は


 予定を厳格に確認して、適切に実施されている と。


 さらに、保安院の結果を鵜呑みにして「これにより、運転停止中の原発についても再稼働は可能」という海江田経産相の目は節穴だらけというほかない。


事実を隠蔽、歪曲、自身に都合のいいことしか言わない保安院不安院に改名したらどうよ


 
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2011.06.21

コーシンちゃんねる録画撮り

先日、日本脚本アーカイブズ・メルマガ連動企画の録画撮りを行いました。

昭和30年代から放送作家としてご活躍の奥山侊伸さん。

「シャボン玉ホリデー」でデビュー。以後、「巨泉・前武のゲバゲバ90分!!」「11PM」「8時だョ!全員集合」「お笑い頭の体操」「クイズダービー」「ザ・ベストテン」「アッコにおまかせ!(初期)」「世界まるごとHOWマッチ!!」」「オールナイトフジ」「なるほど!ザ・ワールド」など人気番組を手掛けてこられた超ベテラン放送作家です。

また、放送作家以外にも歌手・DJ・プロデューサー等々の肩書きを持ち、狩人の『アメリカ橋』やダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『カッコマン・ブギ』、坂本九さんの『何かいいことありそうな』などの作詞家でもあり、さらに『立川侊志ん』の名前を持つ立川流の落語家でもあります。

そんな奥山さんに自作を語っていただきました。


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進行役は同じ立川流のホープ! 立川こしらさん


こしらさんは月一の落語会を数ヶ所で行っているほか、「立川こしらと古原奈々の"こしらにフルな?!"」(すまいるエフエム)などのラジオパーソナリティーとしても活躍中。


←いつも爽やか、そしてちょっとお茶目なこしらさん(左)とかの秋元康さんのお師匠さんでもある奥山侊伸さん(右)


録画は、今後、youtubeで公開していく予定。


乞うご期待を!

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2011.06.17

さようなら原発1000万アクション

6月15日、「さようなら原発1000万アクション」の署名活動と、9月19日に開く5万人集会の発表記者会見が。

「さようなら原発1000万アクション」
   http://www.peace-forum.com/no_nukes/

呼び掛け人    大江健三郎
          内橋克人
          鎌田 慧
          坂本龍一
          澤地久枝
          瀬戸内寂聴
          辻井 喬
          落合恵子
          鶴見俊輔






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日本の「発送電分離」の経過:かつて潰された「発送電分離」案

Blog『しだらでん』更新

日本の「発送電分離」の経過:かつて潰された「発送電分離」案

 
電力会社の高収益体制は地域独占、発送電一体、総括原価方式によって支えられている。

 電力自由化で誰もがクリーンエネルギーの発電に参入できたとしても、送電網が一社独占で、その送電網を使って電力を売ろうとすれば送電網使用料(マージン)が上乗せされ、市場の自由競争を削ぐばかりか、低コストのエネルギーも結局は電力会社を儲けさせることになってしまう。

 10年ほど前、この発送電独占システムを根本から変えようとした官僚がいた。
 経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二氏だ。

 【村田氏による発送電分離案:経過】

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日本卸電力取引所って?

blog『しだらでん』更新

 「日本卸電力取引所って?」

 河野太郎さんのメルマガ6月16日号の記事「脆弱な電力取引基盤」に 日本卸電力取引所 のことが書かれていた。

 日本おろし電力取引所 って?

 電力会社が民間の余剰電力を買い取っていることは知っていたけど、日本卸電力取引所ってのがあるとは知らなかった。

 日本卸電力取引所 
  Japan Electric Power Exchange 略称:JEPX

  2003年設立。2005年より取引開始。
  電力の現物取引及び先渡取引を仲介する一般法人。

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2011.06.14

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略

【しだらでん】UP

 「原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略

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「福島原発事故の行方、原発・エネルギー政策をどうするか」講演会

テレビ局の脚本アーカイブズの現状調査のため、13日、テレビ朝日へ。

こちらからの質問状に対して、プロジェクターを使って現状を説明していただいた。

その中で、画像アーカイブされていた私の作品を見せていただく。

『保健室のオバサン』という1時間の連続ドラマの脚本。

プロジェクターで大写しにされた自分の脚本を同行の脚本家たちと見るっていうのは何とも気恥ずかしい。
でも、局にきちんとアーカイブされているんだと思うと嬉しい!


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テレ朝を終えてから文京区民センターへ。

映画人九条の会のメルマガでこの日の講演会を知り、タイミングよく参加できた。


『福島原発事故の行方、原発・エネルギー政策をどうするか』

 主催:マスコミ関連九条の会連絡会
    (新聞OB九条の会、出版OB九条の会、民放九条の会、映画人九条の会、
     音楽九条の会、マスコミ文化九条の会、マスコミ九条の会など)

 講師吉井英勝氏(衆議院議員・日本共産党)

 これまで共産党の人の話はちゃんと聞いた事がないし、実は吉井氏のお名前もこの日まで知らなかった。
 共産党というのがちょっと引っ掛かったが(どうしてもラベリングしてみてしまう^_^;)、それよりも多様な人の意見を聞きたいという思いのほうが強くて行ってみたんだけど、講演を聴いてすごく勉強になった。

 吉井氏は京都大学工学部原子核工学科を卒業しており、原子力の問題にはとりわけ詳しい。
 2005年以降、国会でも原子力の安全性に関する質問を何度もしているが、結局は政府の甘い対応の果てに、この大事故に至ってしまったという。

 【講演内容】

 1-福島第一原発事故は人災・・・災害の性格を明確に規定

 2-原発事故は二重の人災

 3-2000年代以降の原発問題

 4-「工程表」と収束の見通し

 5-海外メディアの関心事の一つ=「何故、東電は秘密主義」

 6-東京電力に全面的に責任を取らせる。

 7-浜岡原発廃炉と世界の「スタンダード」に合わない地震列島日本の原発

 8-解決の道

 USTでライブ中継をしていたので、録画を探したけどUPされてない。
 講演内容と重なる映像があったので、リンクしておきます。


  原発問題について 吉井議員の会見
     2011年5月16日 自由報道協会主催の記者会見


 
 
講演は1時間余、質問に約1時間半。
 それでも質問の時間が足りないくらい多くの質問が。
 一人一人が原発事故に関して言いたいことが一杯あるんだということをひしひしと感じた。


 講演が終わって、少しだけ吉井議員とお話しさせていただいた。
 
 というのも、「8-解決の道」でお話しされた、
  diamondエネルギーの地産地消
  diamond自然エネルギーの固定買い取り制度
  diamond送電線やスマートグリッドについて

 その内容が6月12日に首相官邸で行われた自然エネルギーに関する 「総理・有識者オープン懇談会」での岡田武史氏(元サッカー日本代表監督)やソフトバンクの孫正義氏の話と99%重なっている。


2/8:http://www.youtube.com/watch?v=cdzyT-Y4Bt0
3/8:http://www.youtube.com/watch?v=RxLwvzSiV_k
4/8:http://www.youtube.com/watch?v=QggdseuYNWc
5/8:http://www.youtube.com/watch?v=PeHQffEbQy0
6/8:http://www.youtube.com/watch?v=uMNFv6_tPSU
7/8:http://www.youtube.com/watch?v=uaGLnCEKitY
8/8:http://www.youtube.com/watch?v=OwGGDjCeC1s 

よって、民間と超党派でぜひ自然エネルギー政策を進めて欲しいと吉井議員にお願いした。

ところが、なんと、吉井議員は孫さんが提唱した「エネシフ・ジャパン(エネルギーシフト勉強会)」 の超党派の呼びかけ人の1人なのだという。


代替エネルギーに関しては、(時間がかかったとしても)実現の希望がふつふつと沸いてきた講演会でした!


帰宅して、イタリアの国民投票で、原発再開拒否が94%との結果に、心からホッ。
ぜひぜひ日本でもと前向きな気持ちに!

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「6.12 さよなら原発!小金井パレード」で歩く

6.11脱原発100万人アクション」に賛同したアクション「6.12 さよなら原発!小金井パレード」に参加して歩いてきました。


twitterや主催サイトを見ていると、参加者は少ないかも?
それでも、NO原発の意思表示ができる場所として、とにかく集合場所に向かった。

集合場所のジャノメ跡地って、小金井市に引っ越して三年余、近くにあるスーパーまで行くのにその前の道は何度何度も車で通っていたのに、その道の奥にジャノメ跡地があるということ、この日まで知らなかった。

会場には予想以上に子供たちやお母さんたち、大人たちが集まっていた。

私と同じく一人参加の人たちもかなりいて、たまたま隣りにいた若い女性と話が弾む。
小さい子どもがいるお母さんなんだそう。

ごく普通のお母さんたちが「子どもを守りたい」という一心で参加しているんだということをひしひしと感じる。


20数年前、原発の危険性について一番話ができたのが、九州に住む妹だった。
妹とは政治経済の話などしたことがなかったけど、電話でふと原発の話になった時、妹が原発に強い関心を持ってちゃんと勉強しているということが分かり、以来、九州と京都(当時)で、原発の危険性に関して情報交換、電話で話が盛り上がったものだった。

その頃、妹には幼い子どもがいて、脱原発への思いは切実だったと思う。


当時も今も、子の健やかな成長を願う親の気持ちは同じだね。

いよいよ、出発~。

最終的には、(警察によると)子ども150人、大人350人の計約500人の立派なパレードに。

パレードの様子がUSTREAMで中継されました。
録画で観ることができます。



私はどなたかが持ってきたエスニックなベルのような鉦を使わせてもらい、私の手作りプラカード(A4)2枚は、他の方に使ってもらいました。

パレードの中に、私のカードも映ってました(^^♪


中継してくれたのはUSTの中継で有名な高校生ののびた君。
前日、岩上安身さんの611のUST中継にゲスト出演していたけど、この日はナマのびた君を見ました(笑)

また611デモイベントを取材に来ているフランスの撮影クルー(映画「未来の食卓」監督一行)が、前日に引き続き小金井にも撮影に来てました。


原発超大国・フランスで日本の脱原発デモはどのように伝えられるんでしょう。


flair サウンド・デモについて

シュプレヒコールを叫びながら歩くだけのデモから、サウンドデモへとデモのカタチも変わりましたね。

先日の高円寺デモのUST中継を観ていて、正直、ふと、ご近所の人はうるさいだろうなと思った。
路上の一ヶ所に留まったまま延々と音楽を演奏されるのは、参加者以外にとっては迷惑千万かもしれない。


しかし、歩きながらのシュプレヒコールに相当する音楽に関しては、意志表現行為の一つとして許容して欲しいなぁと思う。

あくまで移動しながらの音についてはだけど。
音がするのは通り過ぎるだけの間なので。


もしかして、音を許容できるかできないかは、音そのものの前に基本的な考え方の違いが大きいのかも。

原発推進賛成の人が、脱原発のデモを見たら、音があってもなくてもイラつくだろうし。
脱原発主張の人が原発推進派のデモを見たら反感が高まるだろうし。

それに、他人に対する個人の許容量の問題もあるし・・・


デモのカタチについて私個人は、旧来の深刻そうな顔をしてシュプレヒコールを叫ぶデモより、参加者が楽しみながら自己主張・意思表示できるデモのほうがいいなぁと思う。


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