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2013.07.03

映画『ミスト』 まさか! しばし絶句のラスト。原作者のスティーヴン・キングは賞賛?! 賛否両論確信犯の監督の意図は?

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『ミスト』 The Mist 
2007年/アメリカ/125分
監督・脚本:フランク・ダラボン
原作:スティーヴン・キング 『霧』
製作:フランク・ダラボン、リズ・グロッツァー
製作総指揮:リチャード・サパースタイン、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン
音楽:マーク・アイシャム
撮影:ロン・シュミット
編集:ハンター・M・ヴィア

出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン

【ストーリー】

キャッチコピー 「映画史上かつてない、震撼のラスト15分

■嵐が過ぎて…

7月19日の夜、メイン州西部の全域が、未曾有の激しい雷雨にみまわれた。嵐に脅える住民たち。湖のほとりに住むデヴィッド(トーマス・ジェーン)は、妻のステファニー(ケリー・コリンズ・リンツ)、5歳の息子ビリー(ネイサン・ギャンブル)と地下室に避難していた。
翌日は晴天。しかし、デヴィッドは湖の向こう岸に発生した霧の壁を見て不安になる。それは不自然にこちらに流れてくるのだ。とにかく彼は、息子と隣人の弁護士ノートン(アンドレ・ブラウアー)と買出しに行くことにした。

大通りに着いたデヴィッドは妻に連絡を取ろうとするが、携帯電話も公衆電話も不通だった。

■霧がくる
3人がスーパーマーケットの中へと入ると店内は大混雑。スーパーマーケットのレジ・カウンターには長い行列ができ、その中には骨董品店の女主人カーモディ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)、軍服を着た3人の兵士、老女教師アイリーンや新人の教師アマンダ(ローリー・ホールデン)がいた。
突然、鼻血を流した中年男ダンがマーケットに駆け込んできて必死の形相で叫んだ、「霧の中に何かがいるっ!」
人々が窓ガラスの方へ群がると、深い霧が駐車場の半分以上を覆っているのが見える。マーケットが霧に包まれると、突然大きな衝撃音が響きわたり、壁や天井にひび割れが起きた。
カーモディが言う「外は死、この世の終りよ」

■恐怖の襲来
発熱したビリーのため、デヴィッドが毛布を取りに店の倉庫に入った時、不気味な物音を聞く。
発電機を動かすために、外にある排気口を調べに行った男ノームが、突然、触手を持った不気味な物体の襲撃を受ける。デヴィッドたちは懸命に彼を助けようとしたが、彼はその生物と共に霧の中へ消えた。
デヴィッドは皆がパニックを起こさないよう、まずは、弁護士のノートンに事件を説明するが信じてもらえない。そこで全員に呼びかけた。「霧の正体は不明だが、その中に危険な生物が潜んでいる」と。
周囲から笑いが起きた。カーモディは、「終末の時が来た」と持論を展開するが、アマンダに一蹴される。
デヴィッドが店長のバドを連れて倉庫へ行き、床に転がった不気味な触手を見せて、ようやく事態を納得してもらう。


■醜悪な対立とサバイバル

デヴィッドを信じた者たちは、肥料やドッグフードの袋を防御用砂袋のように積み重ねバリケードを作る。また、武器になるようなナイフ、モップの柄、液体燃料を集め闘いの準備をする。
一方、カーモディは「神の意志に逆らうことはできない」と言い「今夜、彼らはやってきてあなたたちを捕まえる」と人々を不安に陥らせる。
ノートンと数人の男性たちは、未だにデヴィッドを信じようとしなかった。また、3人の兵士は、離れたところで激論を戦わせている。 
 夜になり、男がランプをつけた。すると突然、霧の中から巨大な虫や鳥のような生物が飛来。ガラスを打ち破りマーケット内に侵入。
人々はパニックに陥り、悲鳴が響き渡った。巨大生物の飛来に逃げ回る人々。      
デヴィッドも火をつけたモップで巨大生物たちと必死で戦う。
カーモディは神の怒りを語り、聖書の引用文を叫んだ。


■脱出
生物の襲来から生きのびた人々は絶望の中にいた。襲われて死んだ者、やけどを負う者、恐怖から自殺した者…。
1人の女性が、カーモディが正しかったと言い出し、少しずつ彼女の信者が増えていった。
そんな中、霧と軍の関係を疑ったカーモディによって、兵士の1人が儀式の生贄として外に放り出されてしまう。兵士は霧の中に潜む生物に捕まり連れ去られてしまった…。
贖罪のため生贄を求め始めたカーモディから息子ビリーを守るためにも、ついにデヴィッドはマーケットから脱出することを決めた。
カーモディは「神の意志に反する」と言って激怒するが、デヴィッドは賛同する数人と一緒にマーケットから出る。
ついに姿を現す“霧”の正体とは?
人間は見たことのない恐怖の前にどのような選択をするのか。
絶望の果てに待っている衝撃の結末とは…。

参考 週間シネママガジン

【感 想】

冒頭、スーパーマーケットに向かうデヴィッドの車がなにやら慌しそうな軍の車とすれ違った時、弁護士のノートンとこの街の軍についての噂について会話する。


ノートン「(軍の)“アローヘッド計画”? 君は地元民だ。何か知ってるか?」
デヴィッド「ミサイル防衛に関する研究らしい」
ノートン「基地には墜落したUFOと宇宙人の冷凍死体があるとか…」

えっ、じゃあここはロズウェル事件で有名なエリア51の近く?
ということは、怪物ってのは映画『スーパー8』みたいなやつ?
と即、思ってしまった。

『ミスト』の設定ではデヴィッドたちの住む街の名前はキャッスルロック。
スティーヴン・キングが自作の舞台によく登場させる、アメリカ合衆国メイン州にある架空の街だけど、ノートンとの会話からエリア51を連想させる。
正直“またエリア51絡みの怪物かぁ”と安直に予想してしまったのだが、この予想は見事、裏切られた…。

デヴィッドらがスーパーマーケットに入って以後は、ほとんど店内の密室劇。

密室劇の部分がとにかく長い・・・それでやっと気がつく。この作品は得体の知れない生物の存在という外部からの恐怖と同時に、人間の心という内面の闇の恐怖を描くのが目的なんだと。

人間同士の普段は見えなかったもの、抑圧されていたものがこの密室の中で露わになっていく。

・田舎(現地人)と都会(よそ者)の反目
・学歴についてのコンプレックス
・職業差別
・隣人同士の反目
・キリスト教原理主義とリベラルの対立
・宗教と科学の対立

この中で、最も重いのがカーモディを代表とするキリスト教原理主義者の描き方だ。
街の人々から“変人”として嘲笑されていたカーモディが、外からの得体の知れない恐怖を前にして、人々を洗脳していく過程が段階的に分かり易く描かれている。
ついにカーモディは恐怖に慄く人々にまるで預言者のごとく振舞うようになる。

そして、軍の兵士の話から今回の事態の原因が分かってくる。
軍内の噂では、“アローヘッド計画”というのは、この世界は異次元の世界に囲まれており、そこに”窓”を開けて、異次元を観察する研究だった。ところがその研究に失敗して、異次元の生物が我々の世界に侵入してきたらしい。

カーモディは神に背く、そんな人間の傲慢を激しく糾弾する。

カーモディ「(デヴィッドに向かって)あなた。まだ分からない?真実が見えない?
  私たちは罰を受けている。神のご意志に背くことをしているから。禁じられた神の
  古き掟を破っているから。月面を歩いたり、原子を分裂させたり、幹細胞の研究や、
  中絶!生命の神秘を破壊する。神だけに許された世界への冒涜よ! 」

カーモディの信奉者たちから拍手がおきる。

カーモディ「だから罰を受けている。神の審判が下ったのよ。地獄の魔物が解き放た
  れた。燃える星が、天から落ちてきた。彼のせいよ(兵士を指さす)」
兵士「違う、僕じゃない!」
カーモディ「彼らがやった。神を冒涜したのよ!」

そして兵士を生贄として、外に放り出す。


さらにカーモディは脱出しようとするデヴィッドらの前に立ち塞がり「神の意志に反する」と行く手を阻む。

このシーンを見た途端、映画『ファニーゲーム』を思い出した。
「最高に後味の悪い映画」として有名な『ファニーゲーム』だけど、あの二人の青年を“アメリカ合衆国”に置き換えてみると、あの映画の全てが納得できる。

ごく平凡で平和な家庭に、「卵を貸して欲しい」と無害そうな顔をして現れる二人の青年。ところが青年はわざと卵を落としては、壊れたからもっとちょうだいと要求する。そんな青年たちに不審を感じ、不機嫌になった主婦とその夫に対して青年たちは突然、ぶち切れ、凶暴さを露わにして…ついには…。

真っ白なテニスウェアのような上下を着ている二人の青年はまさに「白い悪魔」だ。
理由を捏造して、他国に戦争を仕掛け多くの他国民を殺戮してきた「白い悪魔」=U.S.A.

オーストリアのオリジナル版では青年の1人は濃い色のズボンをはいている。がアメリカ版ではわざわざ二人とも上下真っ白の衣装になっている。

この「白い悪魔」は、平和だった一家を惨殺した後、次のゲームを始めるべく別の家のドアを叩く。「白い悪魔」をU.S.A.に置き換えた場合、当然のラストだ。

『ファニーゲーム』は戦争という暴力大国アメリカ、さらに暴力をエンターテイメント化して稼ぐハリウッド映画に対するミヒャエル・ハネケ監督の批判と告発に溢れた作品だと受け止めた。

では『ミスト』と『ファニーゲーム』の共通項は何だろう…?

密室に閉じ込められたことで見えてくる人間たちの内部の闇の中でも、見えない恐怖に怯える人々がカーモディという狂信者に操られていく集団心理の描写が最も印象に残る。


 (「福音派(evangelicals エバンジェリカル)」または「原理主義者(fundamentalists ファンダメンタリスト)」の伝統の重要な一部である神学=)ディスペンセーショナリズム(天啓史観、経綸主義、前千年王国説)は、米国が反キリスト教国かキリスト教国かで揺れ動いているが、前者のウェートが高いところ、ディスペンセーショナリストの中には、9.11同時多発テロは、米国の世俗化・・・すなわち、米市民的自由連合(American CivilLiberties Union) や中絶提供者、同性愛者の権利の支持者、学校の祈祷に関する連邦裁判所の判決などにより、霊的に弱体化した米国民への「神の審判」である・・・という主張を行った者すらいる・・・
 その後、ディスペンセーショナリストを多く含む福音派・原理主義者はブッシュのイラク侵攻・再建を支持することで、より愛国主義的で楽観的な後者の見解と完全に一体化してしまったかのようである。
参考 http://blog.ohtan.net/archives/51459495.html
    http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/bitstream/harp/2324/1/kenkyu2006280403.pdf


U.S.A.の人口の4分の1を占め、レーガン大統領やパパ・ブッシュ、子ブッシュ(大統領)の支持母体であり、外交や軍事にまで影響を及ぼすといわれているキリスト教原理主義。

『ファニーゲーム』の好戦的な「白い悪魔」を操っているのはキリスト教原理主義ではないのか?(ラスト近くで「白い悪魔」は主婦にキリスト教の祈りの言葉を言わせる。しかし、主婦は祈りの言葉を知らない・・・)

『ミスト』で描かれたカーモディにもそんな原理主義者の姿が投影されている。

そのカーモディと対立するのがデヴィッドをはじめ新人教師アマンダらリベラリスト(自由主義者)たち。

「霧の中に危険な生物がいる」というデヴィッドの言葉を信用せず、論理的・合理的に助けを呼んでくると外に出て行こうとする黒人弁護士ノートンに対して、

カーモディ「知的で結構ね、弁護士さん。でも神のご意思には逆らえない。地獄で
  上告はできないわ」


女子トイレの暗闇の中、蝋燭の下で一人祈るカーモディ。

カーモディ「どうか私に、この人たちを助けさせてください。あなたの言葉を説かせ
  てください。光で導かせてください。悪人ばかりではないはず。全員が悪人では
  ありません。何人かは救うことができるはずです。そう、あなたの赦しによって
  ・・・天国の門をくぐれるはずです。でも彼らのうちの多くは・・・永遠の地獄の炎
  の中にいる。もし何人か救えたら、たとえ1人でも・・・私の人生に意義が見いだ
  せます。私は役割を果たせるのです。そしてあなたのおそばへ行ける。あなた
  のご意思をまっとうできるのです」


そこへアマンダが入ってくる。入れ違いに出て行くカーモディにアマンダが心配そうに声をかけた。
アマンダ「当然のことだわ。恐れるのは誰でも同じよ。友達か、話し相手が必要な
  時は私が・・・」
カーモディ「友達はいるわ、天の神様よ。毎日、話をしてる。偉そうにしないで!」
アマンダ「私が?そんなつもりはないわ」
カーモディ「あなたを友達にするくらいなら、トイレの汚物のほうがマシ!」


以後、カーモディとアマンダはお互いを敵視するようになってしまう。

トイレから出てきたカーモディは何かに取り付かれたように演説を始める。

カーモディ「怪物が哀れな若者をさらった。霧の中にいる物を疑うの? そうなの?
  なら外へ出て。挨拶でもしなさい!」
男 「黙れよ!頼むから。子供たちが怯えてるじゃないか」
カーモディ「怯えるべきよ。そう、怯えるべきだわ。(少女の頬を撫ぜ)彼らの美しく
  純粋な心は、多くの嘘で汚されたのよ。空疎な”現代の神”や無神論にさらされて。
  神はただひとつ。ユダヤの神よ。過酷で、復讐心を持つ神。我々は神を無視して
  きた。だから神は償いを求めている。今こそ立場を選ぶ時、救われるか、呪われ
  るか。聖書にあるとおり、生贄が必要。血よ!」
アマンダ「何ですって?」
カーモディ「血よ!ノームは最初の生贄。神は我々の犠牲を望んでいる。神へのツケ
  を支払わねば。アブラハムが息子の命を差し出そうとしたように」
アマンダ「(思わずカーモディの頬を叩く)やめなさい!」
カーモディ「(切れた口からの血を指につけ見せつける)これも支払いの一部、血の
  一滴よ。怪物が襲う、 たぶん今夜、闇と共に。今夜襲いに来て、誰かの命を奪う。
  見てなさい。怪物が来た時、あなたたちは神に叫び、この私に導きを求めるのよ。
  (アマンダに)あんた、今度ひっぱたいたら。もし、やれるなら・・・。私にひざまず
  いて、助けを乞うはず」

理性で会話しても通じないカーモディに呆れ果てるアマンダ。


アメリカの政治を左右しかねない勢力であるキリスト教原理主義とリベラルとの対立がくっきりと描かれている。

民主主義もリベラリズム(自由主義)から生まれた概念。しかし、キリスト教原理主義から見たら、“人間の意志”によって全てが決定されるリベラリズム(民主主義も含む)は反キリスト教である。キリスト教原理主義にとっては“神の意思”がすべてだから。

まさに、現代アメリカの宗教的、政治的現実を描いている『ミスト』。
その意味で『ファニーゲーム』と同じ臭いがしたのです。


デヴィッドやアマンダら脱出組は命の危機を感じ、カーモディを殺して、外に脱出する。

「神の名の下に“好戦的”なキリスト教原理主義」を抹殺?!

ということはリベラリズムの勝利?

普通ならば、主人公であるリベラリストたちの脱出成功!を描くところだけど、フランク・ダラボン監督は原作とは全く違う結末を用意した。

普通に考えればあり得ない結末を・・・。

これはリベラリズムの傲慢さに対する警告でもある?

映画評論家・町山智浩氏がダラボン監督から直接聞いた話として・・・
「勘違いしている人がいるから言っておく。『ミスト』のラストが意味するのは、人類は霧に勝利しつつあった、主人公たちは最後まで頑張るべきだった。絶対に希望を捨てるな!あきらめるな!というメッセージ」だそう。

それにしても・・・
目の前の絶望に打ちひしがれたとしても、せめてヒッチコックの『鳥』のようなラストにして欲しかったような気もする。

脅威・恐怖がどこまで、いつまで続くか分からなくても、待っているのが希望なのか絶望なのか分からなくても、ひたすら前に進むような・・・

しかし、『ファニーゲーム』より、より絶望的な結末にしたことで、このように観た人に決して忘れられないような問題提起が出来たのだと思うと、ダラボン監督の凄さにひれ伏すしかない・・・。

原作者のスティーヴン・キングは、原作とは違うダラボン監督の結末に、もし自分がその結末を思いついていたらそうしただろうと賞賛したそうだ。


   

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コメント

こんにちは。私もあの映画の結末は素晴らしかったと思います。本を読んだ後だったので、あっけに取られつつも「すごいっ」と思いました。ミセス・カーモディを演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンもすごかったけれど、エンディングでノック・アウトです。

投稿: kaz | 2013.09.18 08:44

 キリスト教国と言われるアメリカでは、
 インテリ層のほとんどが、キリスト教を棄てているという。
 親戚や近隣の手前、教会に通うというが、
 今では、テレビでの教会が流行って、
 そのキリスト教会へ通う人も少なくなっていると。
 そして、キリスト教会が作ってきた社会のつながりも崩壊してきていると。

 キリスト教は時代が見放している。そして
 キリスト教を棄てる、棄教は「もっとも大きな愛の行為」。
 キリスト教は、民衆・世界の皆様を欺(あざむ)く歴史だった。
 人々を殺戮して来た歴史だった。
 この様なキリスト教を棄てる行為は、
 世界の人々に「もっとも大きな愛の行為をした事になる」。

(参考)インテリ:インテリゲンチア【(ロシア)intelligentsiya】の略、《19世紀の帝政ロシアにおいて、自由主義的な知識人の一群をさした語》知識・教養を持ち、知的労働に携わる社会層。知識階級。知識階層。インテリゲンチャ。インテリ。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/

投稿: ねこにゃんちゃん | 2013.10.20 00:29

大変興味深い内容でした。
私は中篇の「霧」も本作も大好きでして。
『ファニーゲーム』の解釈なんかもじっくりと読ませて頂きました。

どちらもひとつの作品の中に様々な要素や議論を提起する「問題点」を含んだ傑作だと思います。

投稿: しんた | 2017.03.19 07:26

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