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2014.06.11

死にゆく過程のチャート(死の受容プロセス)

『最高の人生の見つけ方』(2007)の中で、映画が始まって24分頃に、末期ガンの化学療法の辛さに耐えるエドワード(ジャック・ニコルソン)とカーター(モーガン・フリーマン)が次のような会話をする。

エドワード「……自殺を考えたことは?」
カーター 「自殺? 私が? まさか」 
エドワード「やっぱりな。第1段階だ」
カーター 「何が?」
エドワード「死の受容プロセスは?」 
カーター 「否認だろう、怒り、取り引き、抑うつ、受容」 
エドワード「だから自殺を考えないのは、当然ながら第1段階に当たる。否認だ」
カーター 「じゃあ、あんたは?」 
エドワード「否認だ」
カーター 「だが自殺を考えてる」
エドワード「ちらっと頭を過ぎっただけだ」 

この『死の受容プロセス』は、アメリカの キューブラー・ロス(Kubler Ross)が約200人の末期患者とインタビューを行い、「死にゆく人の心理過程」として、否認、怒り、取引、抑うつ、受容という5つの反応段階をあげ、末期患者が心理的にどのように変化し、死を迎えるかのプロセスについて提唱。日本では『死にゆく過程のチャート』と訳されているよう。

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◆第1段階「否認」(denial)

末期がんであることを告知されたり、残り少ない命であると医師から告げられたときに、まず現れるのがこの「否認」。

「これは何かの間違いに違いない」
「自分に限ってそんなことは起こりえない」

という具合に、否認をすることで自分を防衛しようとする。

否認は臨死患者が長期に渡って、その中で生き続けなければならない、不快な、痛ましい事態に対する健康な対処方法であり、予期しない衝撃的なニュースを聞かされた時の緩衝装置として働く。

◆第2段階「怒り」(anger)

「否認」が維持できなくなると、次第に自分の命が短いことを認めざるを得なくなる。
すると、「怒り」が現れる。

「なぜ自分がこんな目にあうんだ!」
「一体私が何をしたというのか!」

というように、あらゆる方向に対して「怒り」が向けられる(転移)。

この場合、患者の言うことを聞いてやり、時には患者の理不尽な怒りをすら受け入れてやることが重要である。患者は、怒りを表出することによって解放が得られ、鬱屈したものの放散によって、最後の数時間をよりよく受容できるようになる。

◆第3段階「取引」(bargaining)

十分な「怒り」を体験した後は、もはや避けられない今の現実を少しでも先延ばしにできないものかと、交渉する段階に入っていく。これが「取引」。

「何か人々の役に立つようなことをするから、死を避けたい」
「もう2度と悪い行いはしないから、命だけは助けて欲しい」

このような「取引」は、主に個人が信じる「神」と行われる。

取り引きは、本当は延期すること、例えば、死を先へ延ばすこと、恐ろしい手術、疼痛、肉体的不快などを一日でも先へ延ばすことなどのためのあがきである。また、取り引きでは必ず、患者自身が自らに、「一度だけ歌わせてくれればよい」、「長男の結婚式に出席させてくれさえすればよい」、などのような期限を付け加えるものである。

◆第4段階「抑うつ」(depression)

神との「取引」が成立しない、自分はもう死ぬしかないのだ、という心理状態にたどり着くと、「抑うつ」という段階に移行する。

「愛する人々と別れなければいけないのか・・・」という死への”準備的な抑うつ”と、
病気に関する”反応的な抑うつ”がある。

a.反応抑うつ: 大きなものをなくしたという喪失感による。手術による肉体的喪失、長期入院による経済的喪失や、失職による社会的喪失などである。 

b.準備抑うつ: 反応抑うつのように過去の喪失からでなく、差し迫った喪失を思い悩むことから生じる。

末期患者が世界との決別を覚悟するために経験しなければならない準備的悲嘆であり、最終的受容への踏み石となる。

末期患者が受容と平和の段階のうちに死ぬためには、準備抑うつが必要であり、苦悩と不安とを苦しみながら耐え得た患者だけが、受容と平和の段階へ至ることができる。

◆第5段階「受容」(acceptance) 

この段階まで来ると、自分の死を「受容」できるようになってくる。
ゆったりとした平安な気持ちになり、死に向けて気持ちが整ったような状態になる。

自分を取り巻く多くの意味深い人々や場所などを、もうすぐすべて失わなければならないという、その嘆きも悲しみもし終え、今ある程度静かな期待を持って、近づく自分の終焉を見つめることができる。

しかし、受容を幸福の段階と誤認してはならない。受容にはほとんどの感情がなくなっている。
また、不可避の死を回避したいと闘えば闘うほど、死を否認しようとすればするほど、平安と威厳に満ちた受容の最後段階に到達するのが難しくなる。

患者が漸進的デカセクシス(周囲対象からの執心の引き離し)へ進み、この受容段階へ到達するためには、すさまじいタスクを通過しなければならない。


『最高の人生の見つけ方』のカーターとエドワードは、最も辛い第2、第3、第4段階をベッドの上ではなく、外に飛び出すことでポジティブ&アグレッシブに乗り越えようとする。

当然、どこにいようと、2人は間もなくやっている死の影からは逃れられず、死を迎える準備のための話題を語り合うシーンが多々ある。

★46分~:プライベート・ジェット機から北極上空の神秘的な光景を眺めながら、神の存在や信仰心について語り合う。

信仰心の厚いカーター(モーガン・フリーマン)に対して、無神論者のエドワード(ジャック・ニコルソン)。

エドワード「「あんた、俺がこうして空を見上げて、あれやこれや誓えば“ガンが消える”と信じてると思うか?ありえん……生きて、死ぬだけだ。それまで車輪はただ回り続けるのさ」

★59分~:エジプトのピラミッドの頂上で、天国の門について語り合う。

カーター「古代のエジプト人はこう信じてた。死んだ魂が天国の扉の前で神に2つ質問され、その答えによって入れるかが決まる……自分の人生に喜びを見つけたか? 他者の人生に喜びをもたらしたか?」

のちにエドワードはこの話を思い出し、カーターはダンテの『神曲』に描かれた案内人ウェルギリウスかもしれないと思い始める。

暗い森の中に迷い込んだダンテは、そこで出会った古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、地獄、煉獄、天国と彼岸の国を遍歴して回る。
ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、煉獄山に辿り着く。
煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。
そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する。

エドワードにとってカーターがウェルギリウスだったとしたら、ベアトリーチェは娘あるいは孫かもしれない。カーターの導きにより娘と再会し、神を信じなかったエドワードに奇跡が起こった。

そう考えたら、この作品はダンテの『神曲』をベースにした物語だということが見えてくる。

★64分~:インドのタージ・マハルでは葬儀について、土葬か火葬かについて語り合う。

エドワード「葬儀については、未だに迷ってる。特に土葬か火葬かをな…土葬の場合、死後とはいえ俺は閉所恐怖症だ。万一、地中で目覚めたら、どうする?……火葬の場合、遺灰はどうするかが問題だ。埋めるか、撒くか、棚に置くか、花と一緒にガンジス川に浮かべて流すか。 炎の中で目覚めたらどうする?」 

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カーター「私は絶対に火葬がいい」 そして骨壷は「“チョック・フル・オブ・ナッツ”(インスタントコーヒー)のコーヒー缶で十分だ」
エドワード「あれはいいな。“天国のコーヒー”だ」

↑と、この作品では“チョック・フル・オブ・ナッツ”の錆びた缶が大活躍する(冒頭では灰皿代わり)

それにしても、エドワードの「地中で目覚めたら?」 「炎の中で目覚めたら?」の心配はまさに私にも“あるある”で、そんなエドワードを抱き締めたくなってしまう(笑)

★67分~:エベレストの山小屋で、仏教の輪廻転生について語り合う。

★そして、カーターへの別れの言葉の中でエドワードは天国の門について語る。

徹底的に無神論者だったエドワードが、こうして徐々に死の準備=死の受容をしていく過程がしっかりと描かれている。


死の受容・・・・・・

私は10代から20代にかけて宗教に関しては広く浅くいろいろ考えていた。
どんな無神論者でも、死を前にしたら神や仏に祈り、すがるのではないか?
では、その時のために……とキリスト教の洗礼を受けた。

私にとって宗教は死ぬ瞬間の恐怖を除くためだったわけだが、どんなに天国を信じていても……やはり、エドワードと同じく土に埋められたり、火に焼かれたりを想像すると怖い!

天国を信じることによって、そちらに行けば、先に逝ったラブやセントと再び会えるという楽しみはあるが……こればかりは、その時になってみないと自分がどんなふうに死を受容するかは分からないなぁ。

理屈じゃなくて、感情だからなぁ……。

 

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