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2014.11.17

生演奏&弁士で『カフェ・エレクトリック』(1927)を観た。映画初主演の26歳のマレーネ・ディートリッヒは・・・・・!

シネマの冒険 闇と音楽 2014 from ウィーン 
  
フィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション

映画の上映は午後と夜の二回で、夜の部の発券・開場は開映30分前の18時30分から。18時過ぎにジャック・ドゥミ展の7階から1階に降りて、ビックリ。休憩スペース「映画の広場」には入場待ちの人々がギッシリ!

「いつもより多いね」
「マレーネ・ディートリッヒの初主演作だからじゃないの」

そんな会話が聞こえてきた。
私の場合はたまたまこの日に来たのだけど、マレーネ・ディートリッヒをお目当てに来ている人も多いのか! なるほど!

本日のプログラム

『理想の映画づくり』 IDEALE FILMERZEUGUNG
1914年(7分・無声・染色・ドイツ語インタータイトル)

トリック撮影や染色による色の使い分けを駆使して、フィルムの穿孔、撮影、現像、プリント、字幕作成など映画製作の各工程を解説。
映画というメディアの技術的側面を主題にした初期映画にはきわめて珍しい作品。

全編、奇麗に染色されていて、今のアニメを見ているような感じで、映画製作の工程が楽しくテンポよく見れた。当時のカメラにフィルムをセットする様子なんてネットの画像でしか知らなかったので、勉強になりました!

日本語訳の説明字幕が出るので、内容は読めば分かるんだけど、ただ、7分間、無音です。会場がシーンと静まり返った中で全員がスクリーンだけ見つめ続けるって、なんか妙に緊張してしまった……。


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『カフェ・エレクトリック』 CAFÉ ELEKTRIC
1927年(91分・無声・白黒・ドイツ語インタータイトル)

監督:グスタフ・ウチツキー
原作:フェリックス・フィッシャー 
脚本:ジャック・バハラハ
撮影:ハンス・アンドローシン  
美術:アルトゥア・ベルガー

出演:フリッツ・アルベルティ、マレーネ・ディートリッヒ、
    イゴ・スム、ヴィリ・フォルスト



[解 説]


撮影から転向したウチツキー3作目の監督作。副題は「女が道を踏み外すとき」。
マレーネ・ディートリッヒとヴィリ・フォルストが、それまでの端役から一挙に主役に引き上げられて脚光を浴びた。本作完成後、サーシャ創業者のコロヴラート伯爵が死去。ウチツキーも本作の成功を機にウィーンを離れ、ドイツに活躍の場を移すことになる。
現存するフィルムはラストが失われている。

[あらすじ]

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街の中で親切そうに女性に近づくフェルディ(ヴィリ・フォルスト)
が、女性のバックをひったくって逃げた。
近くにいた男たちがフェルディを追いかけるが、結局見失う。
物陰から出てきたフェルディはほくそ笑む。
そして、風紀のよろしくない酒場カフェ・エレクトリックへ。ここでは、ホステスのハンジィ(ニーナ・ヴァンナ)から金を巻き上げたりとジゴロっぷりを発揮。

そんなフェルディが目を付けたのが資産家の令嬢エルニ(マレーネ・デートリッヒ)。ジゴロの手練手管でエルマを誘い出す。

エルニには父の会社の建築士で生真面目なマックス(イゴ・スム)という恋人がいるが、面白みのないマックスよりもフェルディに惹かれ、エルニはついにフェルディと一晩を過ごしてしまう。

その夜、マックスはエルニが自分に嘘をついて他の男(フェルディ)と出かけていくのを目撃。一人落ち込んでカフェで新聞を読んでいると、そこに仕事前のハンジィがやって来て、同席する。だが、マックスはハンジィには無関心。ハンジィはテーブルの上に口紅で悪戯書きをする。それを見てマックスはやっと笑顔を見せてくれた。

自分を酒場の女としてではなく、普通の女としてみてくれるマックスに新鮮な驚きを感じ、恋に落ちてしまうハンジィ。

ジゴロ=フェルディの計算どおりエルニはもうフェルディに夢中で、借金のある彼のために父親(フリッツ・アルベルティ)のお金と指輪を盗んでフェルディに渡してしまう。

そのことが元で家を勘当されてしまうエルニ。
フェルディは冒頭のひったくり事件で警察に捕まり、刑務所行きになる。

まさに副題の「女が道を踏み外すとき」です。

一方、ハンジィはカフェ・エレクトリックの仕事を辞め、マックスと結婚する。
マックスはハンジィにカフェ・エレクトリックにはもう行かないよう、昔の仲間たちとも会わないよう約束させる。
二人の生活は苦しかった。それでもなんとか二人で助け合って生きていこうとするのだが……。

しかし、カフェ・エレクトリックのことで誤解が誤解を生み、マックスはハンジィに裏切られたと思ってしまう……。

※このあとラストの部分のフィルムが失われているが、字幕で内容説明がある。

刑務所を出所したフェルディは、自分が刑務所行きになったのはハンジィのせいだと逆恨みして、彼女に斬りつける。

その事件を通して、ハンジィがカフェ・エレクトリックに行ったのは、自分のためと知ったマックスは彼女と和解。
その後二人は幸せに暮らした。

※参考 http://www.puettner.com/film05.htm


令嬢から、悪い男に引っかかり、転落していったエルニ。

娼婦に近いどん底の生活から、誠実な男と出会い、ささやかながら確かな幸せを得たハンジィ。

享楽的、退廃的、かつ物質的な生活よりも、貧しくても愛に満たされた生活をしていれば、きっと幸せになれる……う~む、勧善懲悪的? 間違ってはいないけど。

ストーリーは前半はエルニ(マレーネ・デートリッヒ)の転落が中心で、後半はハンジィ(ニーナ・ヴァンナ)の幸せ探しが中心。なので、マレーネ・デートリッヒは前半の主役といった感じでしょうか。

この作品を見て一番驚いたのは、マレーネ・デートリッヒがあまりにもピチピチしてて健康的なこと。

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マレーネ・デートリッヒといえば、

←こんな感じで『リリー・マルレーン』を歌っている女優さんのイメージが強かったから。

デートリッヒ『カフェ・エレクトリック』から2年後の1929年に師匠のマックス・ラインハルト演出の舞台で初主役を獲得。

翌1930年、この舞台が『嘆きの天使』の撮影のためドイツに来ていたハリウッドの監督ジョセフ・F・スタンバーグの目に留まり、中学教師を堕落させる踊り子ローラ=ローラ役に大抜擢される。


その年、パラマウントに招かれてハリウッドへ行き『モロッコ』の主役を。

スタンバーグ監督は「マレーネは私の創造物である」と言ってます。

退廃的なムードを出すには頬をくぼませた方がいいと考え、奥歯を抜かせるような手荒なことまでして独特のキャラクターを創造したそう。
ディートリッヒはスタンバーグ監督の期待に見事に応えて退廃的な美貌、官能的な歌声、素晴らしい脚線美を最大限に活かしてこの大役を見事に演じ切り、映画は世界で大ヒットし、国際的な女優になりました。


まさに、身を削るような努力……。



『カフェ・エレクトリック』の中で、思わず笑ってしまったのは、フェルディ(ヴィリ・フォルスト)がエルニ(マレーネ・デートリッヒ)に「ギャンブルのツケを払わないととんでもないことになる」とお金を無心する時、コップの水を目の下に付けて泣いてる振りをするシーン


これは、奇才エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督・主演の『愚なる妻』(1921年アメリカ)では有名なシーン。ヨーロッパの貴族出身と偽って上流階級の女を狙う詐欺師がシュトロハイム。彼は、金持ちの女だけではなく、自分の家のメイドが金を溜め込んでいると見るや、結婚をちらつかせて「ギャンブルのツケが……」とフィンガーボウルの水を素早く目の下に垂らすんです。

シュトロハイムもオーストリア出身。オーストリア方面では女を騙すテクとして一般的だったんでしょうかね(笑)



ディートリッヒ以外のその後。

監督のグスタフ・ウチツキーはこの作品の後、ドイツへ行きナチス政権下で映画を撮っており「ナチお抱え映画監督」の一人といわれたこともあるよう。


ヴィリ・フォルストは俳優としてだけでなく、監督、脚本家としても作品を多く製作。
『未完成交響楽』(1933)監督、脚本、『たそがれの維納』(1934)監督、脚本
『マヅルカ』(1935)監督、『ブルグ劇場』(1936)監督、『維納物語』(1941)監督、出演
など大活躍しています。


それから、
ゲアハルト・グルーバー氏のピアノ生演奏は素晴らしかった。

一人で90分以上も、画面に合せての演奏だけど、本当に映像にピッタリのテンポと曲調で、映画の中に浸ることができました。

また、この回の弁士は片岡一郎氏。
弁士つきのは初めてだったのでちょっとワクワク。でも、日本語字幕はついてるし、生演奏もあるし・・・サイレントはそれで十分伝わってくるので、余計なト書きとかも語られたら作品に入っていけないかも・・・と心配になり始めた。でもでも、映像の流れ、感情の流れを遮らない、最小限のセリフで構成された素晴らしい語りでした!

【伴奏者・弁士紹介】

ゲアハルト・グルーバー Gerhard Gruber/ピアノ

1983年に劇場の作曲・音楽家になり、1988年より無声映画の伴奏を始める。レパートリーは約490本。この分野の第一人者として本国のフィルムアルヒーフ・オーストリアやオーストリア映画博物館の他、世界中の映画祭や上映会で活躍している。

片岡一郎(台本、語り
2002年に澤登翠に入門。これまで手掛けた無声映画は洋・邦・アニメ・記録映画と約300作品。活動弁士の他に、紙芝居、声優、書生節、文筆も手がける。行定勲監督『春の雪』や奥田民生のパンフレットDVDにも弁士として参加している。

下の動画はフェルディ(ヴィリ・フォルスト)エルニ(マレーネ・デートリッヒ)が初めて出会いダンスを踊るシーン。ピアノはゲアハルト・グルーバー氏。
グルーバー氏がUPしている動画です。

  



 

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深刻な問題を扱う軽い映画のほうが、軽い問題を扱う深刻な映画よりも価値がある(ジャック・ドゥミ)…『ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑』展へ

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『ローラ』(1961)と『天使の入江』(1963)を観たのは昨年のこと。Gyao!で公開されていたのでたまたま観たのだが、驚いた。
まず、第一にあの『シェルブールの雨傘』(1963)のジャック・ドゥミ監督のデビュー1作目と2作目だということに。
さらに、『ローラ』アヌーク・エーメ(当時29才)、『天使の入江』ジャンヌ・モロー(当時35才)が驚くほど奇麗だったこと。

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アヌーク・エーメ『ローラ』の前年の『甘い生活』(1960)にも出ているのだけどあまり印象に残ってなくて、『男と女』(1966)の“大人の女”のイメージが強かった。

ジャンヌ・モロー『死刑台のエレベーター』(1957)や『突然炎のごとく』(1962)などで個性的な美人だとは思うものの、個人的にはそれほどとは思ってなかった。

だが、『ローラ』『天使の入江』を見て、それまでのイメージがぶっ飛んだ。
二人とも本当に奇麗……とくにジャンヌ・モローがどれだけ奇麗な女優だったかということがよく分かった。

『ローラ』の撮影は、ジャン=リュック・ゴダールフランソワ・トリュフォーなどのヌーヴェルヴァーグの作品を多く手がけているラウール・クタール
『天使の入江』の撮影は、この作品に続いて『シェルブールの雨傘』を撮ったジャン・ラビエ

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『ローラ』…7年前に街を去った恋人。彼の子供を生み、彼が戻ってくるのを一途に待ち続けるキャバレーの踊り子、ローラ。このローラの周りでいくつかの出会いと別れがある。巧みに構成された“すれ違い”は見事だった。
また、何が待ち受けていたとしても「人生は美しい」という素敵なセリフにも出会った。
一見、娼婦的だけど、内面は純粋なローラをアヌーク・エーメが魅力的に演じていた。



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『天使の入江』…キャンブルにのめり込む金髪の美女・ジャッキー(ジャンヌ・モロー)。そんなファム・ファタールと出会ってしまった真面目な若い男。すっからかんになっても「金持ちと貧乏の両方を味わえるのがギャンブルよ」というジャッキーに悲壮感はない。ギャンブル依存症の女の危うさと強さをジャンヌ・モローが美しく演じていた。

カトリーヌ・ドヌーブ『シェルブールの雨傘』も素晴らしかったけど、私は『ローラ』『天使の入江』のほうが好き。ちなみに音楽はすべてミシェル・ルグラン

というわけで、わくわくしながらジャック・ドゥミ展を訪れた。



ジャック・ドゥミ監督 プロフィール】

1931年:フランスのロワール・アトランティック県ポン・シャトー生まれ。

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1945年:14歳の時、ロベール・ブレッソンの「ブーローニュの森の貴婦人たち」を見て、映画の魔力にとり憑かれる。

人形劇を自作自演してみたり、幻燈を作ったりしながら、映画の世界へのめり込んでいく。

やがて、父の反対を押し切り、ナントの美術学校に学ぶ。

1949年:18歳の時、パリに出て、'51年(20歳)まで写真映画学校に通う。

その後、アニメのポール・グリモーやドキュメンタリーのジョルジュ・ルキエらの助監督をつとめる。

1956年:25歳の時に短編映画第一作『ロワール渓谷の木靴屋』を撮り、以後59年まで短編映画を5本撮る。

1961年:(30歳)『ローラ』で長編映画デビュー。

1962年:映画監督アニエス・ヴァルダと結婚。

1990年10月27日没。59歳。死因は白血病。
しかし、
2008年に公開された妻のアニエス・ヴァルダ監督の映画『アニエスの浜辺』(Les Plages d'Agnès)の中で、ジャック・ドゥミ監督の死因がAIDSであったことが明かされている。





『ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑

       Le monde enchanté de Jacques Demy』

会   期:8月28日(木)~12月14日(日) ※月曜日は休室
開室時間:11:00~18:30 ※入室は18:00まで
住   所:東京都中央区京橋3-7-6
料   金:一般210円、大学生・シニア 70円、高校生以下無料


概 要 (※抜粋)


昨年パリのシネマテーク・フランセーズで行われた展覧会の初のアジア巡回で、スチル写真や撮影スナップ、美術デッサンや製作資料、さらにドゥミ本人のアート作品も紹介しながら、ある時は晴れやかに、時にはメランコリックに、色とりどりのファンタジーを観客に届けてきたその生涯と業績を振り返ります。


展覧会構成 (※作品名は当ブログで加筆しました)

movie ナントという磁場 <1931-1963>

『ローラ』Lola(1961)、
『新・七つの大罪』より「淫乱の罪」Les Sept Péchés capitaux , La Luxure(1962)
『天使の入り江』 La Baie des Anges (1963)

movie しあわせのメロディ <1963-1967>

『シェルブールの雨傘』 Les Parapluies de Cherbourg (1963)
『ロシュフォールの恋人たち』 Les Demoiselles de Rochefort (1967)

movie ロサンゼルスへの旅 <1968-1969>

『モデル・ショップ』 Model Shop (1968)

movie 夢のリボン <1970-1978>

『ロバと王女』 Peau d'âne (1970)
『ハメルンの笛吹き』 The Pied Piper (1971)
『モン・パリ』(1973)
  L'Événement le plus important depuis que l'homme a marché sur la lune
『ベルサイユのばら』Lady Oscar (1978)

movie 心の鼓動 <1979-1990>

『都会の一部屋』 Une chambre en ville (1982)
『パーキング』 Parking(1985)
『想い出のマルセイユ』 Trois places pour le 26 (1988)

movie ドゥミの世界


以下は撮影が許可されていたポスター
『ローラ』   『シェルブールの雨傘』
『ロバと王女』『ロシュフォールの恋人たち』

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ジャック・ドゥミは「生涯に映画を四十本ぐらい撮って、その四十本の映画に登場する人物がみなどこかですれちがい、出会い、かかわり合い、愛し合い、別れ、再会する、といった構想を実現することが自分の夢だ」と語っていたそうで、『ローラ』の終盤、パリに向かったローランは『シェルブールの雨傘』では宝石商として成功しており、ジュヌビエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)と結婚。
また『モデル・ショップ』ではヴェトナム戦争の渦中、ロサンゼルスに住む青年・ジョージは徴兵され兵役に向かう前日で虚無的な思いに囚われている時に、ふと見かけた白いワンピースの女に心引かれて後をつけてしまう。

その女とは『ローラ』の中で待ち続けた恋人・ミシェルと再会して彼とアメリカに渡った芸名ローラことセシル(アヌーク・エーメ)だ。あれから数年が経ち、ミシェルと別れたセシルは、故郷ナントに置いてきた息子のためにもフランスに帰ろうとモデルショップで写真のモデルをして旅費を貯めていた。セシルの部屋にはフォトアルバムがあって、その中には『ローラ』の頃のミシェルやお客だったアメリカ兵・フランキーや幼い息子の写真があった。
調べれば他の作品との関連ももっと出てくるかもしれない。


『シェルブールの雨傘』はロマンティックな悲恋物語ではなく、

「これは戦争に反対する映画です」


とはっきり言ったジャック・ドゥミ監督。
『シェルブールの雨傘』はアルジェリア戦争、『モデル・ショップ』ではベトナム戦争という背景があり、悲恋や若者の虚無感を描くことで、戦地ではない場所でも戦争が人々の人間性を奪っていた残酷さや愚かさを告発している。

またおとぎ話を描くことで、権力や宗教の欺瞞を描いたという作品の数々。

ジャック・ドゥミ監督の作品は調べれば調べるほど深くて、未見の作品もぜひ見てみたい。
たまたまYouTubeで『モデル・ショップ』全編を見つけた!
(フランス語版だけど……)

ドゥミ監督が主役のジョージ役に切望していたのは当時まだ無名だったハリソン・フォードで、会場にも無名時代のハリソン・フォードの写真がありました。

 

『モデル・ショップ』のハリソン・フォード テストフィルム  わっ、若いっsign03

 



 

  

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最新日本映画試写会に行ったのに、弁士&生演奏つきの無声映画を見ることになった理由(わけ)……

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11月13日、仕事でお世話になっているプロデューサー氏関連で、これから公開される新作映画のマスコミ試写会のために京橋へ。

中央線快速に乗ったものの、な、なんと次の駅・武蔵境でなぜか電車が緊急停止。
「緊急停止信号を受けての緊急停止」とのアナウンス。

「なぜ、緊急停止信号?」が明かされないまま、ひたすら待たされる。

15時30分開始の試写会に間に合うように家を出たつもりだったけど……停まったまま時間だけが過ぎていく……

ようやく動き出し、荻窪で丸の内線乗り換え、赤坂見附で銀座線乗り換え……かくて、京橋の会場到着はなんと16時shock
映画か始まってすでに30分経っている……。

はい、そうです。それもこれも、余裕を持って出かけなかった私が悪いんですぅcrying

試写会はあと二回あるので、別の日に参加することにして、今回は断念。

というわけで、歩いて数分の国立近代美術館フィルムセンターへ向かう。

実は、試写会が終わった後、フィルムセンターで映画を見ようかと、前もって調べておいたのよね。

7階展示室では『ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑 Le monde enchanté de Jacques Demy』(2014.8.28~12.14)

大ホールの上映はシネマの冒険 闇と音楽 2014 from ウィーンフィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション』(2014.11.11~11.16



上映は19時からなので、『ジャック・ドゥミ』展をゆっくり見ることができる。
試写会が終わってからでは『ジャック・ドゥミ』展は駆け足で見るしかないかと思っていたので、ある意味、災い転じて福となす……かも。

で、新作日本映画を見るつもりが、オーストリアの無声映画の日になってしまったというわけでした。

ま、予定通りにゃ行かない、こんな日もあるさ……coldsweats01

 

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2014.11.03

フェリーニの『道』…雨のシーンがないのに、“雨”にまつわる二つの台詞があるのは、なぜ? その理由がやっと分かった!

フェデリコ・フェリーニ監督の名作『道』(1957)のGyao!無料視聴が10月31日までだったので、その日の午後、とにかく観た。



実は、この作品、もうかなり昔に観て、もの哀しい名作だったことだけは記憶していた。

フェリーニの作品は『甘い生活』(1960)、『8 1/2』(1963)、『女の都』 (1980)、『ジンジャーとフレッド』 (1985)など観ているが、実は観たのはすべてシナリオの勉強を始める前のこと。

昨年、たまたま『甘い生活』を見直す機会があって、改めて観たところ、冒頭のヘリコプターで吊るされて運ばれてくる巨大なキリスト像に度肝を抜かれて、「やっぱ、フェリーニは天才!」と(心の中で)叫んでしまった。

(OPタイトルの後、1分37秒から本編)



話は『道』に戻って……

今回、自分でも驚いたのは、主人公であるジェルソミーナに対する印象が昔と全然違うこと。

ジェルソミーナは“頭が弱い子”というのが定説のようになっているが、私にはそうは見えなかった。

いつも海や火や木などと自然に会話できる想像力豊かな、感受性の強い女の子。家事は苦手で不器用だから、周りからは“変な子”と思われている。

今で言う、学習障害などの軽い程度……に感じた。

1万フランで旅芸人のザンパノに売られることが決まり、ジェルソミーナは皆に背を向けて、海のほうに歩いて行く。売られて故郷を離れる哀しさ……かと思いきや、海を見つめるジェルソミーナの目はキラキラ輝いていて、顔には嬉しそうな笑顔が広がっている。

いつも姉のローザと比べられて、“役に立たない子”と思われてきたジェルソミーナだが、死んだローザの代わりにやっと自分が役に立つ。そして、一度も離れたことのない故郷から外の世界へ行ける……まるで、冒険に旅立つ少年のようにワクワクしているジェルソミーナ……そんな彼女が私には“頭が弱い子”とは思えなかった。

そうなると、物語全体のイメージも(以前の印象とは)変わってくる。

物語の冒頭では、自分は“まったく価値のない人間”と思っていたジェルソミーナだが、なんとかザンパノの役に立とうとけなげに頑張る。

しかし、ザンパノはジェルソミーナを「私の女房」と客の前で紹介したかと思うと、平気で他の女たちと寝る。そんなザンパノに怒り「もう家に帰る」とジェルソミーナはザンパノと別れようとする。

ジェルソミーナ「私は何の役にも立たない女よ。生きてることがいやになった」

そういって泣き出したジェルソミーナに、天使の羽根をつけた綱渡り芸人、イル・マット(=the fool:大ばか者)が言う。

イル・マット  「惚れてるんだ」
ジェルソミーナ「ザンパノが? 私に?」
イル・マット  「奴は犬だ。お前に話しかけたいのに、吠える事しか知らん」
ジェルソミーナ「かわいそうね」
イル・マット  「そうだ、かわいそうだ」

イル・マットとザンパノはずいぶん昔からの知り合いだが、飄々とした自由人のイル・マットに比べて、威嚇と暴力でしか他人とコミュニケートできないザンパノにはイル・マットの冗談も通じず、二人は顔を合せば喧嘩ばかりしており、ついには警察沙汰になるほどの大喧嘩をしたばかり。それほどの仲だからこそ、イル・マットはザンパノのことがよく分かっている。

イル・マット  「しかし お前以外に誰が奴のそばにいられる?」
ジェルソミーナ「私は何の役にも立たない女よ」
イル・マット  「おれは無学だが、何かの本で読んだ。この世の中にあるもの
         は何かの役に立つんだ。例えばこの石だ。こんな小石でも、
         何か役に立ってる」
ジェルソミーナ「どんな?」
イル・マット  「それは……おれなんかに聞いても、わからんよ。神様はご存知
         だ。お前が生れる時も死ぬ時も人間にはわからん。おれには
         小石が、何の役に立つかわからん。何かの役に立つ。これが
         無益ならすべて無益だ。空の星だって 同じだとおれは思う。
         お前だって何かの役に立ってる。アザミ顔のブスでも」


           ジェルソミーナはイル・マットが手にしている小石を貰う。
          小石をじっと見て頷き、小石を握り締めるジェルソミーナ。

ジェルソミーナ「私がいないと 彼は独りぼっちよ」

           元気になったジェルソミーナを見て喜ぶイル・マット。

このイル・マットとのシーンで、ジェルソミーナは大きく成長する。

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マズローの欲求階層でいうと、第4層の「承認の欲求」が満たされたシーンだと感じた。
ジェルソミーナは、買われたとはいえザンパノに少しづつ愛情の欲求を確認し始めている。だから、平気で他の女を抱くザンパノに怒り(嫉妬)を募らせ、彼と別れようとする。

しかし、ジェルソミーナは、初めて自分の存在を全肯定してくれる(下手なトランペットさえ“上手だ、いいぞ!”と褒めてくれる)イル・マットに出会うことにより、自分が生きていることに充実感を感じ、“求める愛”から“与える愛”を知る。

行動分析的にいうと……

ジェルソミーナ   I am NO、You are OK
ザンパノ       I am OK、You are NO
イル・マット     I am OK、You are OK

イル・マットと出会うことによって、ジェルソミーナは「I am OK、You are OK」と変化した。

あとのシーンで、ジェルソミーナは海を見ながら言う。

ジェルソミーナ「前には家へ帰りたくて仕方なかった。でも今では どうでも
         よくなったわ。あんたといる所が私の家だわ」


小石でも役立つなら、この人と一緒に暮らそうと決意しているジェルソミーナ。

そんなジェルソミーナに対して、ザンパノはいつもながらに憎まれ口を言い、ジェルソミーナを怒らせる。しかし、ザンパノは怒っているジェルソミーナを見て、多分初めて、心から楽しそうに笑った。

ザンパノが変わった! と見えたが、本当の悲劇はその後から始まった……。


ここまで見てきて、ジェルソミーナが頭の弱い知的障害者だとはどうしても思えない……というのが、今回観た感想だ。


「神の愛は信じぬ者にも及ぶ」というフェデリコ・フェリーニ監督の思いがひしひしと伝わってくる作品だった。



観終わってから、どうしても気になる台詞があった。

前半、「きらめく炎 かがやく火  とぶ火花 夜!」と焚き火を見ながらマントを翻すジェルソミーナはそのあと「あさっては雨」と言う。

そして中盤、結婚披露宴で大道芸を見せた夜、女からもらった服を上機嫌で着ているザンパノに「覚えてる?」とあの曲をハミングし「雨の日に聞いた歌よ」と言うジェルソミーナ。

雨? 雨のシーンはなかったはず……私が見落としたんだろうか……雨にまつわる二つの台詞が気になって気になって……。

ネットで調べてみたけど、この二つの台詞の起源を気にしている記述は見当たらない。

では、“頭の弱い”ジェルソミーナの妄想から生じた言葉なのだろうか?
だとすると、“頭の弱い”女ではないという私の感想はもろくも崩れて、やはり、どこか“頭が変”な女だということになる。

納得できないというか、諦めきれずに、さらに調べたところ、すべてが解決する答えが見つかった。

答えは“削られたシーン”の中にあったのだ。

以下、大学の先生らしいひとの記事より抜粋。
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2012-08-24

○外のシーン。四つ角。日中。土砂降り。

   日が暮れかかっていて、ザンパノとジェルソミーナが到着したばかりの
   ほとんどがらんとした通りでは、すべてが古びていて活気がない。
   カメラに写らないところにあるラジオからかすかに音が流れる
   (17世紀の曲)。
   ザンパノとジェルソミーナは、ある家の壁にもたれ、屋根の軒下で立って
   いる。
   互いに話しかけることもない。二人とも虚空を見つめている。とても寒い。
   彼らはコートの襟を立てる。
   通りの向こうの小さな作業場の通路で、機械工がバイクのエンジンの
   修理の仕上げにとりかかっている。
   ジェルソミーナの顔は、ますます深くなる悲しみを表している。
   通りの向こう側には明かりのついた窓がある。中に何があるのは判らない。
   ときどき、その部屋を静かに歩き回る女性の横顔が見えるが、その中から
   ラジオの柔らかな音が聞こえてくる。
   ジェルソミーナはその窓をじっと見つめる。
   機械工が立ち上がり、通りの向こう側のザンパノに向かって大声で叫ぶ。

機械工「全部なおったぞ!」

   ザンパノは壁から離れるが、ジェルソミーナはついて行かない。
   彼女は、またここを去らなければならないことを理解していなかったようだ。
   ザンパノが歩きはじめて初めて彼女はハッとする。
   彼女は、涙を目に浮かべ声を苦痛でつまらせて、突然こう告げる。

ジェルソミーナ「わたし帰る!」

   ザンパノは立ち止まり彼女を見つめる。わけが判らない。
   さらにいっそう声を荒げて、ジェルソミーナはこう告げる。

ジェルソミーナ「わたし家に帰る!」

   ザンパノは脅すような沈黙のうちに彼女をしばらく見つめる。彼は返事を
   しない。
   彼は通りをわたり、バイクのもとにやって来る。
   通りの向こう側で、彼は、意を決し、叫びはしないが強い口調でこう言う。

ザンパノ「行くぞ!」

   ジェルソミーナは、もう数秒間、壁に張りつくようにもたれ、悲しみから
   黙っていた。
   それから、今度は自分が通りをわたる以外にすべがないと知り、雨に打
   たれてザンパノのもとに行く。
   暗転

このシーンは、ザンパノが酒場で知り合った女と一夜を過ごした翌日、ジェルソミーナと次の目的地に向かう途中で「どんな女とでもいいの?」と荷台からジェルソミーナがつめ寄るシーンと、田舎の農場での結婚式のシーンの間に置かれる予定だった。
ザンパノが誰とでも寝る無節操な男であることがわかり嫌気がさしたジェルソミーナが、「もう帰りたい」という気持ちを募らせるシーンだ。



「あさっては雨」のジェルソミーナの予言は当たり、「雨の日に聞いた歌よ」はこの削られたシーンのことだったのだ。

※当初、音楽は17世紀の音楽を使う予定だったが、実際にはニーノ・ロータのあのメロディーに変わったらしい。

ジェルソミーナの「わたし帰る!」「わたし家に帰る!」は「雨の日に聞いた歌よ」のシーンの後に、まったく同じように繰り返される。

繰り返しを避けるために、上記のシーンを削ったようだが、それによって“雨”にまつわる台詞に整合性が取れなくなってしまった。

それでも“雨”にまつわる台詞を残したということは、フェリーニ監督の中に何か意図があったのか?

フェリーニ監督は、この作品の最初のイメージについて次のように語っている。

 「僕が『青春群像』を撮影している最中に、(共同脚本の)トゥリオ・ピネッリがトリノの家族に会いに出かけたことがあった。 

当時は、ローマと北部の間に自動車道路などなかったので、山道を進んで行かなければならなかった。

くねくねと曲がりくねった道の一つで、一人の男がカレッタ(防水布に包まれた荷車の一種)を引っぱっている姿が見えた・・・。小柄な女性が後ろから荷車を押していた。

ローマにもどると、トゥリオは自分が見たことや、路上での彼らのつらい生活を物語にしたいという願望を僕に語った。   

「次の映画にうってつけのシナリオになるよ」と彼は言った。僕も同じようなストーリーを夢想していたのだが、決定的な違いがあった。僕のストーリーは、旅回りの小さなサーカス団とジェルソミーナという名前の頭の弱い少女が中心のストーリーだった。

そこで僕たちは、僕のみすぼらしいサーカスの人々と、トゥリオの火をおこして自炊しながら山々を放浪する人々を一つにしたのだ」(http://en.wikipedia.org/wiki/La_Strada)。


“雨”が“頭の弱い少女”の妄想だと受け止められても構わない……と、そのままその台詞を残したのだろうか?

「あさっては雨」の台詞に関しては、ジェルソミーナに予言的性格があるというよりも、海辺で暮らしていた生活の知恵で身についた知識からの台詞だと受け止めており、私の中では整合性は取れていたが、「雨の日に聞いた歌よ」を残した意図については、いまだ分からない。

その台詞さえなければ、あの有名なメロディーはイル・マットのバイオリン(フィドロ?)で初めて聴いたという印象を観る人に与えるし、イル・マットとの絆を思い起こさせる。

あの曲はイル・マットを想起させるための曲ではなく、孤独な魂たちにそっと寄り添うための曲だとしたら、あえてそのままあの台詞を残したということだろうか。

深い……また、観たくなってしまった……。


(ジェルソミーナの原イメージ)   (ザンパノの原イメージ)

Lastrada1

Lastrada2

 













http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2012-08-22 より


  

 

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