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2015.02.28

映画『M』(1931年 監督:フリッツ・ラング):もっと早くに見ておくべきだった。凄い映画!

M1

『M』 (1931年・ドイツ)白黒トーキー/109分

監督:フリッツ・ラング
原作:エゴン・ヤコブソン
脚本:テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング

出演:
ペーター・ローレ:ハンス・ベッカート(M)
オットー・ベルニッケ:カール・ローマン警部(殺人課)
グスタフ・グリュントゲンス:裏社会のボス
エレン・ウィドマン:ベックマン夫人(エルジーの母)
インゲ・ランドグット:被害者エルジー・ベックマン
フリッツ・グノス:押し込み強盗フランツ
ゲオルグ・ヨーン:盲目の風船売りハインリヒ

【解 説】
 1920年代、ドイツを震撼させた連続殺人鬼“デュッセルドルフの吸血鬼”ことペーター・キュルテンに材を採ったフリッツ・ラング初のトーキー作品で、光と影を効果的に使い、犯人の恐怖感や民衆の狂気を巧みに描き出している秀作。

幼い少女が次々と惨殺される事件が発生。警察当局の懸命な捜査にも関わらず犯人の見当は全くつかず、やがて暗黒街にまで捜査の輪は広げられる。これを機に暗黒街の面々は独自で犯人探しを開始、浮浪者や娼婦まで動員し憎き少女殺しを追い求める。やがて盲目の老人の証言が有力な手掛かりとなっていくが……。
http://movies.yahoo.co.jp/movie/M/3056/ より



【感 想】
 ※注意:ネタバレあり

M2

子どもたちが輪になって、遊んでいる。

♪ちょっと待って あと少しだよ 
 もうすぐ 黒衣の男がやってきて
 よく切れる大きな肉切り包丁で
 お前をひき肉にするのさ


その歌を歌いながら無邪気に遊ぶ子どもたち。
そんな不吉で不安な歌からこの映画は始まります。

M3

そして学校帰りの少女・エルジーが口笛(『ペール・ギュント組曲』の一節「山の魔王の宮殿にて」)を吹く男に風船を買ってもらい、そのまま姿を消してしまう。

少女連続殺人事件の8人目の犠牲者となってしまったエルジー。

犯人逮捕に結びつく情報には報奨金が出されており、8人目の犠牲者の号外に街中が恐怖に陥ります。
街の人々は、疑心暗鬼になり、密告や喧嘩が多発。

警察は、犯人から送られてきた犯行声明を分析、精神病院を退院した人間をリストアップして1件づつ、捜査していきます。

一方、裏社会ではこの事件のせいで町中の警備が厳しくなり、自分たちの仕事(金庫破りや、窃盗、スリなど)ができなくなり、ついに自分たちで犯人を探そうということに。

データに基づき地道な捜査を重ねる警察。
ホームレスや娼婦など人脈を総動員して街中の人々を監視する裏社会。

そして、盲目の風船売りがあの口笛を耳にして、ハッとします。
エルジーが殺された日、少女に風船を買った男もあの口笛を吹いていた!
盲目の風船売りは、仲間にそのことを伝え、口笛の男を追跡するよう頼みます。

ここから、口笛の男の追跡が始まる……

映画のちょうど半分です。
え、えっ、もう捕まってしまうの?!  と意外な展開。

追跡していた男は口笛の男を見失わないように、自分の手に白チョークで“”(ドイツ語で殺人者を意味する「Mörder」の頭文字)と書き、ぶつかった振りをして口笛の男の背中にMの文字を転写します。

警察では重要容疑者としてハンス・ベッカートが浮上。ベッカートの行方を追います……。


※ここから先は完全ネタバレになります。
 ネタバレが嫌な人は、ここから先は読まないでください。





















一方、裏社会の面々はついにM(ハンス・ベッカート)を追い詰め、今は廃墟になっている蒸留工場にMを連れて行きます。

そこで、Mを待っていたのは、なんとMの犯罪を憎む市民たちや裏社会の面々、100人以上の群集!

最後十数分の、ここからの展開が凄かった!

(以下、部分採録)

     不気味な沈黙の中、自分を注視する100人以上の視線に慄くM。

M 「助けてくれ ここから出せよ……お願いだから、今すぐ出してくれ」
ボス「お前は出られない」
M 「皆さん、お願いします。一体僕にどうしろと? お願いだから出して。これは何か
   の間違いです。これは……」

     その時、誰かがMの右肩を叩き、上着を掴む。
     盲目の風船売りだ。

風船売り「(風船を手に)覚えてる? これと同じ風船をエルジーに買っただろう。
   違うか?」
M 「エル……エルジー……エルジー……知らない。僕じゃない」
ボス「マルガ・パールをどこに埋めた?」
M 「僕は知らない。会ったこともない」
ボス「会ったことがない? この子は?」

     ボスは被害少女たちのチラシの写真を次々に見せる。
     逃げ出そうとするMだが、取り押さえられる。

M 「こんなの許されない! こんなことをする権利はない」
女1「権利? 生きる権利もないくせに」

     群集から「そうだ」「早く死ね」「やれ」「奴を殺せ」の声が上がる。

ボス「静粛に!(Mを指差し)“権利”と言ったな。お前の権利は、ここにいる法の
   専門家たちが決める。テーゲル刑務所で6週間、あるいは北東の牢獄で
   15年。全員でお前の処分を決める。弁護人もいる。すべて法律どおりだ」
M 「弁護人? そんなものは要らない。原告はお前か? 」

     その時、低い仕切りの上から誰かがMの背中を叩く。

弁護士「あんた、あまり大口を叩かんほうがいい。今から、あんたの命が裁かれるん
   だから」
M 「お前は誰だ?」
弁護士「ありがたくない光栄を授かった弁護人だよ。効果はないだろうが」
M 「僕を殺すのか? 抹殺したいのか?」

ボス「我々は静かに暮らしたいんだ。お前には死んでもらう

M 「僕を殺す権利はない

     群集の中から笑い声。

M 「警察への引渡しを要求する!」

     群集の笑い声、さらに大きくなる。

M 「本物の法廷で裁かれることを要求する!」

     「傑作だ」「引き渡せだと」「偉そうに」などと群集、爆笑。

ボス「精神異常を主張して、国に面倒を見てもらう? それから? 脱走するか、
   恩赦を受けて無罪放免になる? 精神異常を理由に法に守られて、再び
   自由の身で子どもを追い回すか? そんなことは許せん


M 「でも、どうしようもないんだ。どうしようもないんだ。僕にはどうすることも……」
男1「分かってる。みんなそう言うんだ」

M 「何が分かる? 何を言ってる? お前はどうなんだ、お前もだ……お前ら全員、
   犯罪者だ。しかも金庫を破ることや、家に忍び込むことを誇りに思ってるんだろ。
   でも、やめようと思えばやめられる。もし手に職や働き口があってまじめに生き
   る気があれば。でも、僕は? 僕はどうしたらいいんだ? 僕の中には呪われ
   たものが潜んでる。怒り、声、苦しみ……」

ボス「仕方なく殺すのか?」

M 「道を延々と歩き続けていると、分かるんだ。誰かがついてくる……自分だ。
   自分の影だ。静かに、でも聞こえる……時々、感じることもある。追ってくる影を
   感じるんだ。自分の影から逃げたい。でも、決して逃げられない。影に追われる
   まま先へ進む。僕はどんどん走り続ける、逃げたい一心で。気づくと亡霊も走っ
   てる。母親と子どもの亡霊だ。いつまでも走り続ける、永遠に……どこまでも
   永遠に……。でも、あの時だけは解放される……」

     そして、全身の力が抜けるM。

M 「……あとは覚えてない。気づくと貼紙の前に立って、記事を読んでいる。読んで
   いるうちに、僕の仕業か? 何も覚えてない。でも誰が信じてくれる? 誰も何も
   知らない。いつも体の中の誰かが叫ぶんだ。嫌だと言っても“やれ!”と叫ぶ。
   声が叫ぶ……我慢できない……仕方なかったんだ! 助けてくれ、仕方なかっ
   たんだ! 仕方なかったんだ……」

ボス「被告人の主張は“仕方がなかった”……つまり殺したということだ。これで
   死刑は確定だ。奴はこう主張する。“殺さずにはいられなかった”。そんな
   危険人物は抹殺するしかない。跡形なく完全に消し去ってしまえ!

      群集から拍手が沸き起こる。

弁護士「ただ今陳述した博学なる友は、警察への引渡しを求めていました。
    被告人が無意識のうちに犯した罪について死刑が求刑されました。
    しかしながら、強迫観念による行為は無罪です。強迫観念の場合、
    被告人に責任能力はありません。従って、責任のない行為に対して
    は罰せません

      群集たち「バカな!」「そいつを釈放しろって言うの?」「殺すなと?」

弁護士「彼は病気だと言ってるのです。必要なのは処刑人ではなく医者です

男2「治ると保証できるか?」
弁護士「保護施設がある」
男3「脱走したらどうする? 退院したら?」

ボス「また子ども殺しが始まる。捕まえても精神異常で保護施設、また脱走して
   人殺しが始まる。永遠に続けろと?

弁護士「誰一人として、責任能力のない行為で人間を殺す権利はない。
    国家もだ。ましてや我々は当然だ。国家は、その人間が社会に害を
    及ぼさないよう、確実な方法で収容する義務がある

     笑い声が起こる。

女2「あんたは子どもを失ったことがないだろう?子どもを奪われるのがどんな
   に辛くて苦しいか、殺された子たちの親に聞いてみな。何が起きたかも
   わからず過ごす日々。やっと見つかったと思ったら……母親に聞きな!

     耳を押さえてうずくまっているM。

女3「ちゃんと聞くんだよ! そいつが殺した子どもの母親の声をね

     「そうだ!」「人殺しに情け無用!」「殺せ!」「処刑だ!」「殺してしまえ!」
     「ぶっ殺せ!」「抹殺だ!」などの声が群集から沸き起こる。

弁護士「私の前で殺人を行うことは断じて許さない。この人間には普通の……」
男4「普通の人間じゃない」

弁護士「普通の犯罪者と同様に法の下で保護されるべきだ

男5「ふざけるな!」
弁護士「警察への引渡しを要求する」
女4「役立たずの警察に?」

      ブーイングの口笛が沸き起こり、群集たちがMに向かって押し寄せていく。
      その時……

そしてオールラストに向かいます。

Mに子どもを殺された母親たち。
エルジーの母は悲しみと怒りで張り裂けそうな思いに必死に耐えながら、画面のこちらの私たちに向かって訴えます。

「こんなことをしても、子どもは返ってこない……子どもから、絶対に目を離してはいけない……絶対に!」

フリッツ・ラングの初めてのトーキー作品だけど、この映画にBGMはありません。

だからこそ、殺人鬼の吹く口笛が不気味に耳の底にこびりつく。
またなかなか帰ってこない娘を心配する母の不安が鳩時計の音で増強する。

逆に、Mが群衆の前に引き出された時、無音の中でMを凝視する人々をパンで映していく時、私は思わず鳥肌が立ちました。
Mにとって、見ている私にとっても、これほど怖ろしい光景はありません……


トーキーの初作品で無音も含めて、これほど音を効果的に使うなんてやはりラングは凄い映像作家です。

音だけでなく、映像もドイツ表現主義の特徴がよく現れています。

ドイツ表現主義映画というと真っ先に浮かぶのがロベルト・ヴィーネ監督の『カリガリ博士』(1919)。
『カリガリ博士』は最初フリッツ・ラングに監督の要請が来たが、ラングが他の作品に関わっていたため、ヴィーネが監督をすることになったらしい。そして、この作品の改稿はラングの手で行われた(ノンクレジット)そうです。

『カリガリ博士』では殺人のシーンは影を使って見せており、殺人そのもののシーンは見せない。
『M』もそこは徹底していて、一切殺人シーンはないし、子どもの死体も見せない。
エルジーが遊んでいたゴムまりが野原を転がり、そしてMに買ってもらった風船人形が電線に引っかかって、やがて風に飛ばされて消えていく……それだけで少女が殺害されたことを暗示しています。

音声が先行するシーンの見せ方や、警察と裏社会の捜索状況を速いカットバックで見せていくやり方など、84年前に作られたとは思えないほど驚きばかりです。


そして何よりも何よりも心に響いてきたのは、ラスト十数分の人民裁判のシーン。

折りしも、連日、川崎の上村遼太君の事件が報道されていますが、あの冷酷で残酷な殺し方を知るたびに、激しい怒りで涙がこみ上げます。

どんなにか、痛く、辛く、苦しく、悲しかったことか。

もし、私が遼太君の親、もしくは家族だったら、誰にも告げずに犯人を探し出して、同じ苦しみを与えてやりたい……そう何度思ったことか。

そんな渦中に、たまたま観たのが『M』で、人民裁判の中の精神異常の言葉を少年法に置き換えた場合、まさに今、日本で起きたあの事件(だけではなく少年法で守られた多くの残虐事件)と重なります。


『M』は異常犯罪の恐怖と同時に、マス・ヒステリーの怖さをも描いており、客観的に冷静に見れば確かに群集心理は怖い……

ではでは、
精神に異常をきたしたものの犯罪をどう裁くか?
あるいは
未成年者の残虐犯罪をどう裁くか?


この映画が作られた84年前から、まだ答えの出ていない課題……
そんな時代を超えた普遍的なテーマを提示するこの作品。
名作といわれる所以だと心から納得しました。


最後に、まだ子どもの面影の残った上村君のご冥福を心よりお祈りします。


 

※パブリックドメイン(著作権フリー)なので、Youtubeでも英語字幕なら全編見ることができます。
※amazonで日本語字幕版は514円で新品が買えます。

     

 

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2015.02.25

テレビ朝日アスク「脚本家養成 短期集中特別講座&ブラッシュアップ講座」 受講生募集中!

受講生募集中!


この春からテレビ朝日アスク

「脚本家養成 短期集中特別講座」
が始まります。

シナリオコンクールを目指している人のための講座です。

期間:4月18日(土)~6月27日()
曜日:土曜日 (毎土曜日 全10回)
   
時間:18:30~20:30
協力:日本放送作家協会
テレビ朝日アスク「脚本家養成 短期集中特別講座」に続いて

「脚本家養成 ブラッシュアップ講座」も開講します。

少人数のゼミ制で一人一人の執筆進行状況に応じた指導が受けられます。

こちらも受講生募集受付が始まりました。
期間:7月4日(土)~9月/19日(土)
曜日:土曜日 (隔週土曜日 全6回)
時間:18:30~20:30
協力:日本放送作家協会

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