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2016.02.20

まだら記-2

1月末、母にとって、かなりハードルの高い出来事が起こった。

ちょうど母の87歳の誕生日の夜、妹からメールが届いた。
I叔父さんが亡くなったという。

母の誕生日が、叔父さんの命日になってしまった・・・

母は5人兄弟のちょうど真ん中で、上に2人の兄、下に2人の弟がいるが、上2人は数年前に既に亡くなっている。
すぐ下の弟・T叔父は早くに宇佐市の実家を出て千葉に居を構えている。

一番下のI叔父は、宇佐市内で独立して事業を始め、順調に業績を伸ばしてきたと聞いている。
距離的にも一番母と近かったI叔父は、29歳で未亡人になってしまった姉(=母)を折にふれ、気遣ってくれていた。

私が高三の時、「どうしても社会福祉の勉強がしたい」と大学進学を望んだ時、「福祉というなら、長女として、まず家の福祉を考えろ!」とガツンと言ってくれたのはこの叔父だけだった。

なんだかんだあって京都の短大の社会福祉科で学び、そのまま京都で仕事をしていたある日、電報が届いた。
「ハハ、キトク。スグカエレ」
急いで列車に乗ったものの、よくよく考えたら何かおかしい。卒業しても実家に帰らない私に対して強硬手段で連れ戻す・・・電報はI叔父の窮余の一策か?!
私は、気が付いたら夜の岡山駅に途中下車していた。
このまま帰るべきか、帰らざるべきか・・・初めて降り立った街で途方に暮れた・・・。

はっきり分ったことは、I叔父がいつも母の立場で心配してくれていたこと。

いつも母の味方でいてくれた、この叔父の死を母はどう受け止めるか?

“今夜はとてもじゃないけど伝えられない。明日、母さんと叔父さんに会いに行ってくる”との妹からのメール。

これまで、母と親しい友人や親戚の訃報のたびに、母にどんな影響が出るのか予測が付かず、迷いながらも母には事実を伝えて来た。
しかし、今度は肉親で、しかも弟の死・・・。
母はどれほどのショックを受けるか・・・。

翌日の午後、妹からメールが届いた。
別府の病院から帰宅した冷たくなった叔父を見て、母は悲しみながらも、とくに取り乱す様子はなかったとのこと。その帰り、翌日のお葬式の用意のために買い物に行ったが、ここでも母の様子は変わらず。意外に淡々とし過ぎている・・・。その時の母について妹はメールの最後にこう書いていた。

「平坦になるのかな。感情が」

母が弟の死を淡々と受け止めているのなら、それはそれで安心。
ということで、その日の夕方、母に直接電話してみた。

ところが、母は受話器を取った時点で、声を上げて泣いていた。
「Iがね、Iが死んで、会えなかったのよ・・・」と泣き続ける母。
自宅に戻って一人になって、悲しさや寂しさがこみ上げたのだろうか?

「今朝、叔父さんに会ってきたでしょ?」といっても、それは記憶にないらしい。
「Sちゃん(叔父の奥さん)が、もう(棺は)出たと言ってた。知らないうちにお葬式が終わったらしく、会えないままなんよ・・・」とすすり上げる母。

母の言葉をもとに、話を整理。
「Sさんが出た、と言ったのは“(遺体が)別府の病院を出た”という意味で、今朝、母さんは妹の車で叔父さんに会いに行ったし、明日のお葬式でちゃんと叔父さんをお見送りできるから、安心していいよ」
としつこく説明して、ようやく母は安心してくれた。

公の場では感情の起伏を見せない母も、一人になるとやはり記憶が混乱してしまうのか?

その日の母について、数日後、新たな事実が分かった。
叔父の遺体に会って帰宅した母は、疲れて昼寝をした。その時に、“会いに行ったら、お棺が空で叔父の遺体が無くなっていた”という夢を見たと妹に言ったそう。
それで悲しくなって泣いている時に、私からの電話・・・だったらしい。

そんなこんなで、無事、叔父のお葬式は終了。
親戚が多く集まった席で、母はきちんと応対できていたとのこと。

一番心配なのは、“弟の死”のショックが、ボディーブローのように母に効いてくるのではないかということ。認知症への影響は出てくるのだろうか?

お葬式から数日後、心配になって母に電話してみた。

「大丈夫よ。現実を受け止めるしかないから」

なんと、母の力強い言葉が聞こえて来た。
そして、数日前、何ヵ月ぶりかで母から電話が掛かって来た。
以前と変わらず、私の暮らしを心配してくれている母。
もしかしたら、認知症が治ってる?! と思ってしまうくらいの普通の会話。

認知症は進むことはあっても、元に戻ることはない病気。
ならば、このまま進行が止まってくれたら、と強く祈らずにはいられない。


《余談》 I叔父さんの思い出・・・。
子供の頃、母の実家に行くと、こっそり叔父さんの部屋に忍び込んでた。
母の実家は大きな農家で、その頃、実家にいたのは祖父母と当時、まだ独身だったI叔父。叔父は広い屋根裏の一部を改造、ベッドを置いて自分の個室にしていた。

で、叔父の部屋での密かな楽しみは・・・積まれた映画雑誌『スクリーン』 を読むこと。というか、写真を眺めること。オードリー・ヘプバーンとかソフィア・ローレンとかミレーヌ・ドモンジョとか、叔父の部屋でこっそり見た『スクリーン』で知った女優さんたち。一番のお気に入りはジャクリーヌ・ササール。清楚な雰囲気で子供心にも憧れた。

I叔父さん、洋画が好きだったんだね。映画の話したかったよ。
叔父さん自身、映画に出てくるようなイケメンだった。

『スクリーン』で映画の世界を教えてくれて、ありがとう、I叔父さん!

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