2013.01.23

出版記念シンポジウム:アカデミズムは原発災害にどう向き合うのか

130211

日時
2月11日(月・祝)10:00〜18:30(開場9:30)

会場
東京大学本郷キャンパス法文2号館文学部 1番大教室、2番大教室
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_02_j.html

参加費
500円(資料代)

共催
TGF(東京大学原発災害支援フォーラム)
FGF(福島大学原発災害支援フォーラム)

協力
こどもふくしま緊急支援チーム

詳細・申し込み http://311tgf.org/archives/313

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2012.04.29

核・原発関連映画三本

三本の映画をまとめて一気に視聴。

『チェルノブイリ ハート』 (2003年 監督:マリアン・デレオ)

 チェルノブイリ原子力発電所事故による子どもたちの健康への影響をフィルムに収めた作品。この地域では多くの子どもたちが、生まれつき「チェルノブイリ・ハート(Chernobyl Heart)」と呼ばれる未知の心臓疾患や放射線障害に苦しんでいる。

『100,000年後の安全』 (2010年 監督:マイケル・マドセン)

 フィンランド・オルキルオト島にある放射性廃棄物処理施設(オンカロ)。
 安全なレベルに達するまで10万年掛るとされる放射性廃棄物の危険性を後世の人類や知的生命体に伝えることの難しさを説いたドキュメンタリー映画。


『カウントダウンZERO』 (2010年 監督:ルーシー・ウォーカー)

 ゼロになるのは<核>か、それとも<人類>か・・・・
 冷戦終了後の核兵器の脅威に着目した社会派ドキュメンタリー。現在の核兵器が置かれている状況などを多くの人物のインタビューを交えて紹介。


 原発事故の健康被害、放射性廃棄物問題、核兵器問題・・・それぞれの角度から核問題に迫ったドキュメント作品。部分的にはネットで観た映像もあるが、改めて1本の作品としてそれぞれじっくり視聴。


 『赤富士』を撮った黒澤明は、「核は人間の力でコントロールできる」というノーベル賞作家、ガルシア・マルケスに対して「人間が思い上がっている」と断じたという。

 三本のドキュメンタリー作品は人間の力でコントロールできない核の実態をそれぞれの角度から描いている。

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『福島原発行動隊―今、この国に必要なこと』書評

出版労連(日本出版労働組合連合会)原発問題プロジェクト委員会 の機関紙に、書評が掲載されました。

以下、一部抜粋。

『シニア決死隊いまだ待機中』

       出版情報関連ユニオン 小山比路志

 前略

 この本の見どころは、志願者隊員や賛同者が経歴と実名(一人だけ匿名の医者がいるが)を明かして、綴った「遺言書」ないし「決意書」ととれる1000字程度の短いメッセージである。

いったいどのような思いで志願したのか、賛同したのか興味深い。 「罪滅ぼしを、少しはしたいという思いで行動隊に参加した」(高多亨・元私大職員)。「孫や曾孫が歴史で福島原発の大事故について勉強したとき、『うちのジージもこの事故収束に参加した』と思いだして欲しい」(笠原嘉幸・元機械会社社員)などなど。

 脚本家の清水喜美子は、ボツになった映画の脚本を紹介する。マイホームの購入で崩壊した家族の再生の物語だ。再び家族が一つになってピクニックを楽しむ、その最後の最後のシーンに「原発で大事故発生」のラジオニュースを入れたのだ。平穏で幸せな日常も、原発で大事故が起これば、たちまちすべてが壊されてしまう。そのことに気づいて欲しいと。チェルノブイリから二年後に書いた脚本だ。映画化されていたら観てみたかったと思う。

 もう一つ映画を紹介していたのは、森哲雄(元機械会社社員)である。米映画『始めか終わりか』(1950年)で、広島に原爆を投下後、被曝死したマンハッタン計画の技術者の言葉を乗組員が思い出す。「我々は何を造ったんだろう。これは世界の始まりだろうか終わりだろうか」と。昨年公開された『100,000年後の安全』の「人類が最後に見付けた火は、点けることはできますが消すことはできません」と。森は、「原子力工学と政府と産業界には、この二つの映画の問いに答える責務がある」と、怒りを込めて突きつけている。

書評全文は以下よりご覧ください。

『原発のない未来へ』 No. 7 2012 年3 月24 日発行:書評は7ページ

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『福島原発行動隊―今、この国に必要なこと』

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『福島原発行動隊―今、この国に必要なこと』

山田恭暉 編著 批評社刊 1680円(税込)

2012年1月25日 発売


原発反対派・推進派などのイデオロギーを超えて、今、私たちがやるべきことについて、行動隊員と賛助会員50名によるエッセー集。

私のエッセーも賛助会員の一人として掲載されています。

放射能との長い長い闘いは始まったばかり。                   

ぜひ読んでみてください。

                   

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2011.11.07

「パパ ママ ぼくの脱原発ウォーク 」 in 武蔵野・三鷹&井の頭公園

「子ども達の未来と原発を考える1000人アクション」主催の「 パパ ママ ぼくの 脱原発ウォーク 」 in 武蔵野・三鷹に参加しました。


雨混じりの曇天、風邪が治っておらず、しかも仕事は遅れており・・・

くじけそうになる気持ちを立て直して、とにかく井の頭公園へ。

吉祥寺の井の頭線ホームで手作りのプラカードを持ったおじいさん二人組みを見かけて、嬉しくなって思わず声をかけてしまいhappy01、一緒に井の頭公園へ向かうことに。

おじいさんの黄色いセーター(黄色はこのパレードのシンボルカラー)は、奥さんのお古だとか、微笑ましいエピソードを聞いているうちに井の頭公園駅着。

会場に向かっていると、つい友(=FB友)の東京G座・K氏が案内のお手伝い中。
知らない人ばかりの中で知り合いの顔を見つけるとホッとします。

11110611 会場にはすでにかなりの人々が集まっている。
止んでいた雨がまたポツリポツリと降り出したけど、黄色いセーターのおじいさんは雨具の用意なしで「雨くらい平気だよ!」とすごい気合!

風邪をこじらせないために、傘とビニールコートを用意していったんだけど、おじいさんにビニールコートを差し上げた。

おじいさん、最初はビニールコートを固辞された。その理由は「パレードではぐれてしまったら、お返しできないから」となんとも気配りの利いた理由。おじいさんの美意識からすると借りっ放しは許されないらしい。

1111062_2 なので種子あかしを。「これ、100円ショップで買ったものなんです。だから、お返しいただかなくても結構ですよ」

そしたらおじいさん、キッパリと「では、お言葉に甘えて、いただきます」

なんとも潔くて、気持ちのいいおじいさんだった。

※手作りプラカードのおじいさん

いよいよ、パレードスタート。
吉祥寺の閑静な住宅街を抜けて、吉祥寺駅付近の繁華街へ。

住宅街ではシュプレヒコールも音も出さないようにとの事前の注意通り、パレードは粛々と進む。

私のすぐそばのグループは高円寺のサウンドデモの参加者たちらしく、あまりに静かな行進に「お葬式みたいだなぁ」「デモは楽しくやらなくっちゃ」って。

「楽しく」ってのは私も必要だと思う。だけど、音入りで賑やかにやればいいってもんじゃないし、住宅街をドンチャカ騒ぎながら行進しても、多分、騒音を出す集団として反感を買う恐れのほうが大きい。

住宅街を抜け、繁華街に出たら、みんなで大きな声で脱原発をアピール。
今回は、こどもたちや高齢者も多く、またわんちゃんたちも一緒。
(雨に濡れっ放しで歩かされていたわんちゃんもいて、それはちょっと可哀相だった)

音楽の代わりに、男も女も、老いも若きも、みんなで「子どもを守ろう 原発いらない!」のシュプレヒコールで充分意思は伝わったと思う。

1111064 小金井のパレードの時に作ったプラカードが今回も役に立った。

プリントアウトして、厚紙に張って濡れないようにしただけのもの二種類。

今回、おじいちゃん、おばあちゃん世代の人は手作りのプラカードを持っている人が多かったような。

子供たちや孫たちの世代を守りたいという熱い思いが感じられた。


ゆっくりしたペースで進み、井の頭公園のゴール地点まで1.8km. 約二時間のパレード終了。

K氏たちにご挨拶して、私は井の頭公園散策に。
吉祥寺といえば「いせや」。昔、詩人やジャズメンの友人たちと昼間っから飲んでたお気に入りのやきとりやさん。
久々に一緒に行きたかったんだけど、彼らは明日には公演先の大分に飛ぶというし、私は仕事が残っているし・・・今回「いせや」は断念。

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方向音痴の本領発揮! ラブとセントと何度も来ているのに、自分の居る場所がどこかわからなくなり、まずは銭洗い弁天へ。

1111067 ここを起点にして、ラブとセントとお散歩した場所、上京した母と歩いた場所などをぶらぶら。

どこを歩いてもラブとセントの微笑ましい思い出ばかりが甦る。

小金井公園についで、想い出の多い公園なのです。



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胡桃みそだれのおだんご。

どんな福を運んでくれる?

帰り道通りかかった「いせや」さん。日曜のせいかすごい行列(@_@;)
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2011.10.06

「フクシマに行こう!」第二回

       「フクシマにいこう!」 第二回

  ~ いわき市久之浜で 望まれる事・できる事を ~
.

 福島原発災害収束に関心をお持ちの皆様

 <フクシマにいこう!>」第二回(10月22日土曜日)を、前回に引続き【行動隊】の有志及び外部の方々を含めたボランティアによる活動として、下記のように企画いたしました。

 8月に除草作業を行なったいわき市久之浜地区において、災害復旧の若者グループと共同で、現地のニーズに即応する活動をいたします。原発29km地域であり、地震・津波・原発・火事の多重災害からの復旧が切実に求められている地域です。現地では、閉鎖されていた小学校が10月11日に再開されます。そこで今回は、子どもたちが安心して登下校できるようにするため、通学路の除草を中心とする作業を行う予定です。

 ぜひ多くの方々にご参加いただきたいと思います。

 参加者の大方をしめる【行動隊】メンバーにとって、このいわき市再訪の意義をそれぞれにお考え頂く機会となれば幸いです。

 例えば呼びかけ人である私達は、現地での活動の傍ら、【行動隊】の存在を出来るだけ多くの人に知らせ、【行動隊】が政府・東電に提案している20キロ圏内でのモニタリング・瓦礫処理などの早期実施を政府などに求める強い声が、被災地からわきあがってくるようにしたいと考えています。

 腕に覚えのあるskilled veteranは、【行動隊員】としての活動実現に備えた予行演習をお考えになるでしょう。

 寒冷期を迎えるに先立ち、少しでも被災地の方々に役立つ活動に取り組むことを通じて、【行動隊】にかける多くの人びとの期待実現の一助としましょう。

           世話人 : 安藤博

           木下かずえ、清水喜美子、西本武彦、平井秀和

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                記

日時 : 10月22日(土) 日帰り

集合 : 7時15分、7時30分出発 (時間厳守)

集合場所 : 日本橋3丁目交差点ローソン前

費用 : バス料金(税込み115,500円)、高速道路料金等の合計を
      参加者数で按分

募集 : 先着50人 締切10月20日24時

申し込み:記入項目=氏名、メールアドレス、住所、携帯&自宅電話、生年月日、緊急連絡先 

郵便/Fax=安藤博 Fax:047-327-2004、
                           〒272-2004市川市原木4-2-7

メール=木下かずえseas@sea.sannet.ne.jp

以後の連絡の関係もありますので、可能な方はメールでお申込をお願い致します。

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PDFでもごらんいただけます。

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2011.08.28

想像力欠如の老害⇒曽野綾子

歳を取ると、ここまで想像力が衰えてしまうのだろうか?
自分の経験に固執して、他人の痛みへの想像力が枯渇している。

ここまで酷い高齢者は私の周りにはいない。
どんなに頑固だとしても、どの人も他人の痛みへの思いやりは失っていない。

曽野綾子・・・こんな年寄りにはなりたくない・・・。


『不幸からの贈り物が日本人を鍛える』 (渡部昇一、曽野綾子)「WiLL」6月号

※東北大震災・原発事故について

 (前略)

 過剰な原発アレルギー

 曽野 「こんなにひどい津波は見たことがない、一千年に一度の災害、と言われて
     いますが、予想の範囲を超えていて、誰にも責任はないことをハッキリしない
     といけません。その代わり、決められていたよりも手を抜いてつくられていた
     ものに対しては、厳罰を下す。そこを分けて考えないと、誰もやる人がいなく
     なります。

     私は水力発電のことしか知りませんが、建設には仕様書があって、どこまで
     の事態を想定するのか、決壊したら何トンの水が何分後にどこに到達する
     のかが考慮されています。しかし、それを考えるのは東電ではありません。
     そもそもの想定が甘かったなら、責任は東電ではなく設計側
   
にあります①

 編集部 「天災には文句が言えないので、東電がスケープゴートになっている面が
       ありますね。」

    ※①原発の発注、管理運営、電気の販売も東電なんですが。
       経産省・保安院と組んで、甘い想定、甘い安全基準、事故隠しを延々
          とやって来たのも東電。
       それでも責任はないと?

 (中略)

 渡部 「過剰な原子力・放射能アレルギーのある日本社会のなかで、これだけの
     原発を建設した人たちは偉い と思う。今となっては、
     これ以上の地震がきても耐えられるように、より頑丈にするから応援
     してくれ②
、というしかないでしょう。」

   ※②「安全神話」をまだ頑なに信じてる?
      原発推進派の典型的な理屈ですね。
 


(中略)

 瓦礫を薪にして暖を取れ

 曽野 「原発や被災者支援などに対するマスコミの質問もおかしかったですよ。
     「明日はどうなるんですか」「物資は公平に配られていますか」ですって。
     もうやめてもらいたいですね。この非常時に、予定どおりの明日がくるなんて
     誰にも分からない。

     そして、電気が消えた時点で、民主主義というものは停止するんです
     公平も平等も機能しないんです③。それがわかっていない。もっとひどい
     のは、「その委員会はいつ立ち上げたんですか」。緊急の時に過去のこと
     なんか聞くな、でしたね。
 
     私は報道に関しては、あれだけの地震や津波の映像をきっ
     ちり記録してすぐに国民に知らせたり④、原子力保安員や
         東電がきちんとぺーパーをつくって毎日現状報告をしてい
         ることは⑤、すばらしいことだと思う」

   
※③電気が消えると民主主義が停止?
      電気が消えたら公平も平等も機能しない?
      意味ワカラン・・・・

         ④⑤嘘の現状を報告した東電&保安院、
       それをそのまま垂れ流す報道がすばらしい?


 (中略)

 曽野 「私は、未だに答えのない疑問を持っているんです。「避難所が寒くて凍え
     そうだ」「低体温症で体調を崩している」「温かいものが食べられない」という
     報道がありましたが、あれはなぜ? 
     そこらじゅうにあんなに薪があるじゃないですか。瓦礫の処理が大変だと
     言っていますが、どうして木片は燃やさないんですか⑥。


     同じ高さの石を三つ積めば竈(かまど)ができるんです。そこに、あれだけ燃や
     すものがあるんだから、あとはどこからか鍋を拾ってくればいい。
     私だったら、あそこで薪を集めて食事をつくります⑦。」

   ※⑥木片? 地震で倒壊した家屋や、津波で流された流木のこと?
      ・水に濡れていて、薪として使い物にならない
      ・建材は塗装されていたり、化学物質を含む新建材を使っていたりで、
       安易に燃やすとダイオキシンが発生(テレビで燃やさないよう注意)
      ・自然の木材だとしても、避難所内で薪を焚けとか、雪の降る中、外で
       薪を焚けと?
       地震と大津波、加えて原発事故で家や家族を失い、恐怖の記憶も
       生々しい被災者の心情も想像できないのだろうか、この人は!

     ⑦お得意の、薪・竈(かまど)・鍋理論(笑)
      この人のこの理屈を聞いていると、戦前・戦時中のイメージしかわいて
      こない。

      ご自分が“競艇の上がり”で施しをなされた、後進国の貧困層と比べ
            て、「贅沢いうな」といわれてもねぇ・・・・・

      便利なモノ(文明の利器)は、ないよりあったほうが快適だけど、モノ
            が豊かだから幸せだとは限らない。

      私も、アジアやヨーロッパで、生活のために働く幼い子供たちを見た。
      その子達に足りないものを支援することは大事なことだとは思うが、
      貧しいから不幸との観方は
傲慢だと思う。



 (中略)

日本人は立派すぎる

 (中略)

 渡部 「日本が立派すぎるんだな。」

 曽野 「ほんとうにそうなんです。そこがいいところではあるんですが、甘さにもなる。
     だから、ゲリラ学を教えたいんです。

     もう一つ言うと、私は定年制には大賛成で、ある程度、歳がいった
   老人は黙ってろ
、と思うんです。
     けれど、世の中には実にたくさんの体験を持つ高齢者がいらっしやる。今回の
     ような場合、そういう人たちの知恵を暫定的にどんどん使えばいいと思う。

     放射線の強いところだって、じいさんばあさんを
   行かせればいいんですよ
。何も若者を危険にさらすことはない。
     私も行きますよ⑨。もう運転免許は失効していますが、あそこは私有地
     だから無免許でも構わないでしょう(笑)。

     ほうれん草からヨウ素が出たときも、ある人が「五年後に症状が出るなら、
     そのころは八十五歳だからちょうどいい」なんて言っている人がいました。」

 渡部 「養老院で使うとかね。」

 曽野 「かえって元気になるかもしれません⑩(笑)。水道水だって、ヨウ素は八日
     経てば半減するんでしょう。私は空き瓶に水道水を詰めて日にちを書いておく
     ことにしました。飲まないでいるうちに八日以上経ちま
   したから、もういいはずですね
。」

 (以下略)

   ※⑧おまえモナ~!
           自分は“老人”、という自覚が時々欠落するんでしょうかね(笑)

     ⑨すでに福一に突入した有言実行のシニアたちがいます。
      率先垂範。三浦朱門氏とご夫婦で、ぜひ行って下さい!

     ⑩曽野さん、渡辺さん、どうぞじゃんじゃん食べてください。
      誰も止めませんから。

     ⑪水はそのまま置いとけば、バクテリアが増えて腐ってきます。
      半減期を過ぎたヨウ素+バクテリアで腐った水、飲むのは勝手です。

    
しかし、いい子は絶対マネをしてはいけません!




『地震に思う 災害時の知恵 訓練必要』 2004年10月29日 産経新聞より

※新潟県中越地震について

 (前略)

 「私なら余震の間にどこかからお鍋を手に入れて来て、ガス洩(も)れの恐れのない
 遠くで、すぐに自分でご飯を炊く・・・(中略)そのために即席の竃(かまど)を作る。」

 「薪はその辺のどこにでもある。壊れた家から出たゴミは焼却場に運ぶよりは、
 当分の間、被災地の燃料として使うことだ。出し味噌(みそ)1つあれば味噌汁も
 できる。知り合いの店なら、食料品はツケで買える。普段の信用が大切だ。」

 「お握りやパンの配給があるまで、どうして手を拱(こまね)いているのだろ
 うか。年寄りは年寄りなりに、自分が今まで生きてきた体験上の知恵を働か
 せて、なぜ自分たちで生きることに努力しないのだろうか。

 それでいて国家に不平を言う人もいる。」

  ※地震発生日の2004年10月23日に計164回の有感地震、
   翌24日も計110回の有感地震を観測。
   その後も余震が続き、10月31日までの間に計600回、
   11月30日までの間に計825回の有感地震を計測。

   死者68人 、重傷633人、軽傷4,172人
   住宅の全壊3,175棟、半壊13,810棟、一部損壊105,682棟

   そんな大地震の最中、絶えず襲ってくる余震に怯えながら、鍋を探し、米を
   借りに行って、壊れた家からゴミを拾い、石を集めて竈を作り、味噌をツケ
   で買ってきて・・・

   ・・・って、
出来るわけないだろっ!

   曽野綾子以外はね。
   



『台風 教育のチャンス 利用を』 2004年10月22日 産経新聞 より

※大型台風被害について

 (前略)

 「学校その他に避難した人たちは、ラベルのついた新しい毛布を支給されていた。
 一晩のことに何でそんなに甘やかさねばならないか私はわからない。

 避難したら新聞紙を床に敷いて、何枚も重ね着をして眠って当たり前だ
 それがいやなら、早めに毛布や蒲団(ふとん)を背負って避難するだけの
 個人の才覚の訓練が要る。


 お弁当なども行政は配る必要はない②
 天気予報を聞くことができるシステムがあるのだから、自分で歩けない老人や
 障害者は別として、避難する時、食料は自分で持って来るのが世界の当然だ。
 台風は教育のチャンスでもあるのに、それを少しも利用していない③。」

  ※①②天災も自己責任ですか?
    ③主語は誰?



 

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2011.08.25

復興支援ボランティア:福島県いわき市久之浜へ

8月23日(火) 復興支援ボランティアでいわき市久之浜へ行って来ました。

午前7時15分 東京駅八重洲口集合
午前7時30分 出発
午前11時頃  ほぼ予定通りに現地着
         現地若者たちの復興支援チーム 結(YUI)からの説明があり、その後、
                    作業開始。
         作業は瓦礫撤去や草刈と聞いていたが、現地チームのニーズに従い、
                    27日に行われる復興花火大会の準備で川の両岸の草取りを。

昼食やチーム結との懇談を挟んで午後4時まで草取り作業を。

以前は、通り道であったらしい原っぱだけど、震災以後、放置されているうちに草が生い茂り、まったく通れなくなっていた。
それが作業が終わる頃には、草が遮り見えなかった陸前浜街道の道が見え、再び通り抜け出来るように。

震災で見えなくなっていた道が、再び見えるように・・・
復興に向けて、とても象徴的な感じで、少しでもお役に立てたことにホッとしました。

今回、私が参加したのは福島原発行動隊の有志からなるボランティア・チーム。

福島原発行動隊は、隊員資格60才以上。

(1)原発の暴発を防ぐには、10年作動する冷却設備を設置しなければならない
(2)高度に放射能汚染された環境下での作業となる
(3)それができなければ広範な汚染が発生する可能性がある
(4)阻止するには、現場作業や技術を蓄積した退役者たちが次世代のために働く。

上記のような目的で結成されました。

京都大学助教の小出裕章先生も、行動隊員として参加されています。

賛助会員には、年齢制限はなく、誰でも参加できます。

※8月23日現在 行動隊員 515人 / 賛助会員 1,490人


私の場合、4月くらいから、この福島原発行動隊に関心を持っていましたが、いろいろ考えて、7月末に賛助会員として登録。

8月に入って、早速、参議院会館での院内集会のために衆・参両院の全議員にご案内をして回るという、ボランティアに参加。

8月11日、参議院議員会館で行われた第8回院内集会に初めて出席。
そこで、このいわき市への復興支援ボランティアのことを聞き、即参加を決めました。

今回の復興支援ボランティアは行動隊本隊とは別個の自主活動で、50名余が参加。
メンバーの年齢は20代~70代。

行動隊には大学教授や設計技師、溶接工に大工やとび職、クレーン運転手、福島原発の建屋の建設に携わったという人もいてバラエティーに富んだシニアの技術者・技能者集団です。

今回のいわき市へのボランティアもそんな様々な職種のシニアたち、加えて20代からの賛助会員+OLさんたちなどフリー参加のメンバーたち。

また、東京、神奈川、埼玉などの関東圏だけでなく、大阪、滋賀、広島からの参加も。

あ、帰りのバスの中の自己紹介で、劇画作者や同業のシナリオライターの方もいて、お互いにビックリ!

いろんな職種、年代の人々と知り合い、同じ目的で協力し合いながら一つの作業ができ、本当に充実した時間を過ごさせていただきました。


この日は、我々以外にも東京からのボランティアグループなども参加しており、現地作業は総勢70名以上だったかも。

たまたま話す機会があった若者は、大阪から夏休みを利用してボランティアに来たという大阪の大学生でした。


この動画 ↓ は東京のボランティアグループの人がUPしたもので、1分39秒~2分50秒に、当日の草刈り作業の様子が映されています。
(私も最後のほうにチラッと・・・^_^;)


現地の復興状況は、まだまだ、こんな ↓ 感じでした。
海に向かって岩肌の見える崖がありますが、現地の人に聞いたら、小高い山だったのが地震で山が半分崩壊した結果、あのような姿になったそう。
また、堤防の近くにお社が見えますが、見渡す限り壊滅しているのに、お社が毅然と建っている姿は、とても不思議な感じでした。↓

下 ↓ は、大震災から10日後の久之浜。
地震、津波に加えて火事が発生したそうです。
この時から見れば、今はずいぶんと瓦礫も撤去され、道もキレイになっていました。

ガレ花プロジェクト↓
少しでも町を明るく元気にしたい・・・そんな思いで若者たちが立ち上げたガレ花プロジェクト(ガレキに花を?)。
取り壊しの決まった建物に、若者たちが花を咲かせました。
町の中のあちこちにガレ花が咲いています。

今週の27日(土曜日)は、震災で亡くなられた方々の鎮魂と復興を願い、夜空に大きな花を咲かせます。

ご案内:福島県いわき市久之浜「奉奠祭(ほうてんさい)花火大会」


また、機会があれば、ぜひお手伝いに行きたいと思っています。

がんばっぺ、福島!




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2011.08.15

●陸前高田・被災松、大文字送り火騒動経過

【しだらでん】更新

●陸前高田・被災松、大文字送り火騒動経過

 お盆の迎え火・送り火はご日本の伝統的宗教行事であり、東北大震災でお亡くなりに
なった人々へのご供養として京都・五山送り火で陸前高田の松が焚かれることには、
何の異論もない。ただし、福島の原発事故さえなければ・・・・・。

 犠牲になられた人々を悼む気持ちはもちろん、大震災の痛みは日本人全てで分かち
合いたいと思う。

 しかし、原発事故由来の放射能汚染に関してはどうか? 
 痛みを分かち合うために、日本全土に放射能汚染を広げる?
 それは違うと思う。

 個人的には、関東に住んでいる私自身は原発事故前に比べたら多くの放射線を浴び
ているだろうし、その事実を受け入れて、ここで生きていくしかないと覚悟している。

 だからこそ、まだ原発放射能汚染がひどくない地方には、汚染を広げてはいけないと
思っている。 

 かつて、京都市内に13年住んで、五山の送り火を見てきた。
 五山のうち、とくに「大文字」は夜空に赤々と燃え立つ「大」の字は壮大で、よく山火
事にもならずにあれだけの野焼きが出来るものだと、伝統を守る人々の想いに感動し
たものだった。

 震災で亡くなられた人々のご供養が、この五山の送り火でできたら、どんなにかいい
だろうとは思う。

 文化の視点から見るか、原発事故という科学の破綻から起きた現実を重視するか、
難しいところだ。 

 とにかく、まずは起こった事実を知っておきたい。ということで経過を整理してみた。

 『陸前高田市・被災松-京都・送り火問題』経過
      ↓
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2011.06.24

「予定を確認=適切に実施」 by不安院

Blog『しだらでん』更新

 保安院はやっぱり不安院。改名のススメ!

 6月18日、保安院は、東京電力福島第1原発事故のような設計基準を上回るシビアアクシデント(過酷事故)対策について、各原発への立ち入り検査などを実施した結果、「水素爆発などへの措置は適切に実施されている」と評価した結果を公表。


 しかし、その結果というのが実は、
予定 のオンパレード。
 つまり、シビアアクシデントの対応は現時点では全く出来てないということ。

 なのに保安院は


 予定を厳格に確認して、適切に実施されている と。


 さらに、保安院の結果を鵜呑みにして「これにより、運転停止中の原発についても再稼働は可能」という海江田経産相の目は節穴だらけというほかない。


事実を隠蔽、歪曲、自身に都合のいいことしか言わない保安院不安院に改名したらどうよ


 
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