2016.05.25

『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 キアヌ・リーブスが製作&ナビゲーターのドキュメンタリー映画(2)監督、映画関係者の声


ドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』
2012年 アメリカ 99分
監督:クリス・ケニーリー 
企画・製作・ナビゲーター:キアヌ・リーブス

 およそ100年間の映画史において、唯一の記録フォーマットはフィルムだった。だが、過去20年間のデジタルシネマの台頭により、今やフィルムは消えつつある。
 本作は、デジタルとアナログが肩を並べ─ side by sideで─併存する現在を俯瞰しながら、映画におけるデジタル革命を検証していく。

 長年、俳優として表舞台に立つ一方、スクリーンの裏側でプロセスの変遷を見てきたキアヌ・リーブスが、自らホスト役となり、映画関係者へのインタビューを通じて、映画史の過渡期である今を切り取っていく。

 ハリウッドの錚々たる映画監督たちと、撮影監督、編集者、カラリスト、現像所やカメラメーカーの社員らが、キアヌの質問に答えていく。

 これは、「デジタルシネマの未来」についての映画ではなく、モノクロからカラーへ、サイレントからトーキーへと、技術とともに常に変化し続ける「シネマの未来」についての映画である。
             公式サイトより http://www.uplink.co.jp/sidebyside/ 

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マーティン・スコセッシ Martin Scorsese
『タクシードライバー』『グッドフェローズ』『シャッターアイランド』監督
『ヒューゴの不思議な発明』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリ Alexa)

デジタルという新たなメディア改革にワクワクしている。フィルムが支えてきた映画文化にはさらに先がある。新たな手段は有効に使えばいい。

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ジョージ・ルーカス George Lucas
『THX 1138』『アメリカン・グラフィティ』『スター・ウォーズ』監督
『レッド・テイルズ』(2012年/製作総指揮) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F35)

『スターウォーズ』を撮り終えた1978年には、デジタル映像の実験を始めていた。専門部門を立ち上げ、専用のコンピュータを開発した。「業界を破壊する悪魔の化身だ」と大いに非難されたよ。

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ジェームズ・キャメロン James Cameron
『ターミネーター』『アビス』『タイタニック』監督
『アバター』(2009年) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F950)

想像したことを実現するために、フィルムではできなかったことをすべて試したかった。デジタルの登場で、可能性の扉が開いたように感じた。

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デヴィッド・フィンチャー David Fincher
『セブン』『ファイトクラブ』『ソーシャル・ネットワーク』監督
『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One, Epic)
デジタルを見下す人もいるだろう。金の卵を産むガチョウを殺すだけではなく、まず辱めようとするのさ。

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デヴィッド・リンチ David Lynch
『エレファント・マン』『ブルーベルベット』『マルホランド・ドライブ』監督
『インランド・エンパイア』(2006年) 撮影:デジタル(カメラ/ソニー PD150)
全員に紙と鉛筆を持たせたからといって、秀逸な物語がたくさん生まれるわけじゃない。今の映画の状況も同じだよ。

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クリストファー・ノーラン Christopher Nolan
『インソムニア』『インセプション』『ダークナイト』監督
『ダークナイト ライジング』(2012年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex235)
デジタルメディアによって可能なことは、一見、魅力的だが中身がない。クッキーにたとえると、焼き立ては軟らかくてとてもおいしい。でも数か月経ってみるとひどい味で食べられたものじゃない。

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スティーヴン・ソダーバーグ Steven Soderbergh
『トラフィック』『オーシャンズ11』『チェ 28歳の革命/39歳 別れの手紙』監督
『マジック・マイク』(2012年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Epic)
初めてレッドの製品を試した時、これこそ未来だと、誰かに伝えたいと思った。解像度もトーンカーブも光も新しい感触だった。撮影者とカメラ製作者の密な関係は、フィルムカメラの時代には考えられなかった。

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ラナ&アンディ・ウォシャウスキー Lana&Andy Wachowski
『暗殺者』『マトリックス』『クラウド アトラス』監督
『スピード・レーサー』(2008年) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F23)
デジタルカメラのおかげで、とても安上がりに物語を伝えられるようになった。限られた人たちのみによって作られてきた芸術が、多くの人々に開放された。

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ラース・フォン・トリアー Lars von Trier
『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『アンチクライスト』監督
『メランコリア』(2011年) 撮影:デジタル(メインカメラ/アリ Alexa)
僕にとってデジタルへの移行は当然のことだった。カメラに収められる映像の量が圧倒的だからね。役者との向き合い方を変えようとしていたから、必然だった。

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ダニー・ボイル Danny Boyle
『トレインスポッティング』『28日後...』『スラムドッグ$ミリオネア』監督
『127時間』(2010年) 撮影:デジタル(メインカメラ/シリコンイメージ SI-2K)
伝統的なフィルムのリズムを破る自由を僕は楽しんでいる。デジタル撮影を通じてその魅力を知った。求めていたものだと思った。

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ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
『デスペラード』『フロム・ダスク・ティル・ドーン』『シン・シティ』監督
『スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
デジタルはまだまだ発展する。僕らはその一翼を担ってるんだ。フィルム撮影で気に入らないのは、成果がすぐ見えないこと。暗闇で絵を描くようなものだ。だからこそ僕は自分でカメラを回し演技を指導する。

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リチャード・リンクレイター Richard Linklater
『スクール・オブ・ロック』『ファーストフード・ネイション』『スキャナー・ダークリー』監督
『バーニー』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
フィルムの時代には、映画製作なんて途方もないことに思えた。仲間たちとよく喫茶店で、もし誰かがチャンスをくれたら、すごい映画を作ってみせるなどと話したものだった。

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ジョエル・シューマカー Joel Schumacher
『評決のとき』『バットマン・フォーエヴァー』『ヴェロニカ・ゲリン』監督
『ブレイクアウト』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
先人たちは、僕らに夢を見る新たな手段を提供してくれた。それと同じことを続けていって、新たな夢を見る手段を人々に与えるのが僕らの仕事だと思う。

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レナ・ダナム Lena Dunham
『Girls』『タイニー・ファニチャー』『ディーリング』『クリエイティブ・ノンフィクション』監督
『タイニー・ファニチャー』(2010年) 撮影:デジタル(カメラ/キヤノン 7D)
デジタルビデオがなければ映画は作らなかった。私は脚本家としてスタートしたから、機械の知識もないし、撮影は無理だと思っていた。

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バリー・レヴィンソン Barry Levinson
『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』『レインマン』『グッドモーニング, ベトナム』監督
『トラブル・イン・ハリウッド』(2008年) 撮影:デジタル(メインカメラ/アリ Arricam ST/LT)
デジタルは変化を続け、ストーリーテリングの性質も、想像もできない形に変わり続けるだろう。大きな革命だよ。

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ヴィットリオ・ストラーロ
『地獄の黙示録』『ラスト・エンペラー』撮影監督
『フラメンコ、フラメンコ』(2010年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One)
撮影監督には芸術の知識も必要だ。芸術と技術のいずれも、今の映画には欠かせない。この革命に参加しなければ置き去りにされる。無関心を装い、他人任せにしてはならない。関わるべきだ。

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アンソニー・ドッド・マントル
『セレブレーション』『スラムドッグ$ミリオネア』『127時間』撮影監督
『第九軍団のワシ』(2011年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex 235)
ソニーのPC3でサッカーの試合の観客を撮影していて、その親近感と明るさが神秘的に感じられた。映像を見てそのカメラの可能性に気づいた、カメラの動きが醸し出す情感がカギになると思った。

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ウォーリー・フィスター
『インソムニア』『インセプション』『ダークナイト ライジング』撮影監督
『マネーボール』(2011年) 撮影:フィルム(カメラ/アリ Arriflex435ES)
映像の質が劣る手段がフィルムを脅かしている現状を残念に思う。油彩画を捨ててクレヨンを使うようなものだ。僕は一番最後までフィルムを使う撮影監督になるよ。でも、10年以内には自分もデジタルを使うと思う。

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リード・モラーノ
『フローズン・リバー』『リトル・バーズ』『ザ・マジック・オブ・ベルアイル』撮影監督
『フォー・エレン』(2012年) 撮影:フィルム(カメラ/アリ Arricam LT)
フィルムは独特の質感と粒状構造が魅力ね。個人的には、温かみがあるフィルムの味わいに、とても心を癒やされる。5年後10年後にもフィルムが残ってほしいわ。

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ミヒャエル・バルハウス
『グッドフェローズ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『バガー・ヴァンスの伝説』撮影監督
『ディパーテッド』(2000年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arricam ST)
あらゆることに共通する真理がある。自分が納得した上で誠心誠意、真剣にやるなら、何を使おうが関係ないよ。

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ヨスト・ヴァカーノ
『U・ボート』『トータル・リコール』『スターシップ・トゥルーパーズ』撮影監督
『インビジブル』(2006年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex 435)
デジタルカメラはフィルムほど明暗の幅が広くない。だからフィルムなら撮れる範囲内でも、デジタルでは撮り切れない事態が起きる。

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ヴィルモス・ジグモンド
『未知との遭遇』『ディア・ハンター』『ブラック・ダリア』撮影監督
『死と乙女という名のダンス』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One)
フィルム撮影には100年の歴史があり、今も健在だ。ルーカスは20年前にフィルムは死んだと言ったが、今もフィルムを好む人がいる。映像が美しいからだ。

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ウォルター・マーチ Walter Murch 
『ゴット・ファーザー』『イングリッシュ・ペイシェント』編集


デジタル技術によって、映像も音声も加工の幅が広がった。映像と音声の加工をする僕らにとって、それはフィルムにはない魅力だ。
フィルムではあれほどの加工は実現できない。

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アン・コーツ
『アラビアのロレンス』『エレファントマン』『エリン・ブロコビッチ』編集


コンピュータの習得は素人の私には大変だった。マウスは床を這うと思ってたけど、一から勉強して使えるようになった。すっかり気に入ったわ。

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クレイグ・ウッド
『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』『あの日、欲望の大地で』『ランゴ』編集


フィルムを扱うことで、コンピュータでは得られない訓練ができる。フィルムにハサミを入れ接合する作業には、決断力が要るからね。

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クリス・レベンゾン
『トップガン』『PLANET OF THE APES /猿の惑星』『ダーク・シャドウ』編集


編集室は静かなものだよ。フィルムの回る音はもう聞こえない。昔は騒々しくてにぎやかだったが、今はとても静かだ。香をたけるくらいだね。ロウソクもいい。

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ティム・スティパン
テクニカラー社  DIカラリスト


仕上げにおけるカラリストの役割は重要だ。僕のボタン操作1つで作品が変わる。もちろん監督たちから指示は受けるが、調整は直感に頼る部分が大きい。映像を完成させる最後の人間なんだ。

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ジョナサン・フォークナー
フレームストア社 VFXスーパーバイザー


視覚効果部門は、まるでサンドイッチのようにフィルムを重ねていた。それがフィルムを劣化させる原因になっていた。デジタル化の利点は、劣化がまったくないことだ。

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デニス・ミューレン
ILM社 VFXスーパーバイザー


視覚効果も100年の間は模型で工夫が重ねられた。だが昔の方法では限界があった。スターウォーズでは、大変な苦労を強いられた。

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ゲーリー・アインハウス
コダック社 最高技術責任者


フィルムは撮影と保存のための媒体だ。だから正しい条件の下に保管すれば、100年後でも映像を見ることができる。フォーマットは変わらない。

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ヴィンス・ペイス
キャメロン・ペイス・グループCEO



3Dにするにはカメラだけでなく、レンズ効果などもペアにする必要がある。2倍大変だと言われるが、それ以上だね。僕にとってのだいご味は、人びとを想像を超える世界に運べることだよ。


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ジム・ジャナード
機材メーカー:レッド・デジタル・シネマカメラ社 創設者


デジタルはフィルムの良さを軽視し、質もフィルムより劣っていた。地上に存在するすべてのものは、より良いものへと進化させられると僕は思っている。問題は、誰がいつやるかだ。

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アリ・プレスラー
機材メーカー:シリコンイメージング社 CEO


『スラムドッグ』で ドッド・マントルは、街を駆け回る子供の姿を同じ目線で撮ろうとした。当時はサイズ的にSI-2K以外に選択肢がなく、彼はバックパックにMacBook Proを入れ撮影データを保存した。

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アレック・シャピロ
機材メーカー:ソニー社 販売マーケティング上席副社長


ソニー創設者 盛田昭夫は、ハリウッドに傾倒していた。35mmフィルムと同等の映像を撮影できる電子カメラを設計するのが彼の夢だった。


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映画の製作を始めた時は、僕はどちらかとういうとフィルム派で、監督のクリスはデジタル派だった。
僕は「フィルムがなくなって失うものは何だろう」と考え、クリスは「デジタルで得るものは何だろう」と考えたんだ。
だから製作サイドとして意見の偏りがなく、それが映画に現れたんだと思う。
この作品の製作を通じて僕は多くのことを学んだ。そして、ミヒャエル・バルハウスが言う「情熱と愛情を持って何かをするなら手段は関係ない」という境地に達したんだ。


Title7

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フィルム技術は発展し洗練され、 100年以上にわたって映画制作の唯一の方法でしたが、 それが時代遅れになる日も近いかもしれません。
キアヌと私は、映画産業が大きな転換点に立っているという点で意見が一致しました。映像の歴史が大きく動く時期にきているのです。

私たちはデジタル技術の起源と、それがいかに進化してきたかを探りたいと思いました。私たちの議論を内輪にとどめず、監督や撮影監督をはじめ映画産業に携わる人々に広げ、彼らがこの革命をどうとらえているのかを知りたいと思いました。キアヌと私は小さなチームを結成し、映画産業のこの変化を記録することにしました。

             以上、公式サイトより http://www.uplink.co.jp/sidebyside/ 


Title8

■フィルムからデジタルシネマへの変化

◇フィルムカメラ撮影 → デジタルビデオカメラ撮影
◇フィルムを切ったりつないだりの編集作業 → PC画面での編集作業 
◇上映用フィルムの焼増・現像 → デジタルデータの複製
◇フィルム映写機での上映→デジタルシネマサーバー&プロジェクターでの上映

■フィルムの特徴


◇映像に"温かみ"や"味がある"
◇解像度が高く、ダイナミックレンジが広い
◇撮影時間が限られている分、俳優が演技に集中しやすい
  flairフィルム1巻で撮影できるのは9~10分。1巻ごとにフィルムを取り替え撮影
◇編集に技術が伴う分、作品の質が上がる
◇長期保存できる
  flair適正な温度と湿度の環境下であれば、数百年以上保存できる
◆2台以上のデッキを使いテープからテープへ映像をコピーするリニア編集
◆監督が撮影したラッシュ(ベタ焼きポシ・フィルム)を見るのに(現像で)1日かかる

■デジタルの特徴


◇低コストで機動性の高い撮影
◇CGIによる加工などコンピュータを駆使したさまざまな効果
◇撮影データの編集、カラー補正などの加工、合成作業の全てが一台のコンピューターで可能
◇ノンリニア編集
 コンピュータを使用した非直線的(ノンリニア)な映像編集方式。
 編集箇所を自由に選択でき、映像データを即座に追加・削除・修正・並べ替えることができる
◇現像の期間が必要ないので、いま撮ったショットをその場で監督が確認できる
◇俳優はフィルム切れで演技を中断されることがなく、より集中力を持続できる
◇誰でも映画を作ることが可能になった
◇フイルムコストの削減
 撮影から上映までの一連の流れを完全にデジタル化することによって、フィルムを用いた従来スタイルに比してコストをはるかに節約できる。

 flairフィルムのプリント費用は1本およそ20万円。500館に配給するには1億円ものプリント代がかかる。
 デジタルの場合、配給されるのはデータ。データであれば、簡単にコピーができ、プリント代にかかるコストを削減できる。
 さらにDCPの場合、データを映写機にダウンロードするだけで上映が可能。フィルムと違って、映写技師も不要となり、人件費が削減できる。

◇様々な上映形態の実現
 1本のファイル転送で複数スクリーンでの上映や、オンライン配信によるスポーツやライブの生中継が可能。字幕版と吹替版の切り替えも簡単に。
◆デジタル機器の導入には1000万円もの投資が必要で、資金力のない劇場は存続を諦めざるをえない
◆長期保存ができない
 デジタルでの長期保存の場合、数年置きに規格が変わり、そのたびにコピーを繰り返す必要がある。その結果、フィルムの11倍ものコストがかかるだけでなく、保存の安全性も保証されない:アメリカ映画芸術科学アカデミー論文「デジタル・ジレンマ」

 flair東京国立現代美術館フィルムセンターではデジタル化全盛の今も、4万本に上る映画をすべてフィルムで保管している。
    (NHKクローズアップ現代「フィルム映画の灯を守りたい」より)


■役割分担の変化


◇撮影監督(Director of photography=DP)の地位が失墜
 DPは、フィルムだけでなく、カメラやレンズの個性を熟知し、監督が思い描いた画を具現化するスキルを持っている。撮影から現像までの間、どんな画に仕上がっているかを知っているのはDPだけ。
 デジタル撮影の場合、撮ったその場でプレイバック出来る為、フィルム撮影のDPほどの権限は持たない。

◇新たに生まれたポジション
 ◯VE(Video Engineer)
  ビデオカメラの調整や各種映像機器の操作、運営を行う技術スタッフ
 ◯DIT(Digital Imaging Technician)
  ポストプロダクションにデータを受け渡すメディア管理者
 ◯カラリスト(Colorist)
  ある映像のなかの色彩を部分的にカラー補正する役割。
  樹木なら樹木、車なら車と、気になる部分の対象の色彩だけをボタンひとつで自在
  に修正するスタッフ
 

Title10

映画を見る時、フィルムかデジタルかを意識して観たことはほとんどない。
SFXやVFXの進化に驚嘆することはあるけれど。

仕事では脚本の決定稿を渡した後に、撮影現場に立ち会うことはあまりない。
連続モノの場合、最初の顔合わせや読み合わせで出演の俳優さんたちに会ったり、脚本打ち合わせで撮影所に行った時にスタジオにご挨拶がてら顔を出すことはあるけど、機材がどんなものが使われているかなど気にしたことないし。

やはり一番気になるのは、ストーリーがどのように映像化されていて、何を描きたいのかがちゃんと伝わっているかどうか。大事なのはストーリーテリング。

そういうふうに映画を見て来たので、『サイド・バイ・サイド~』を観て、ここまでフィルムからデジタルへと変化しているとは、正直とても驚いた。

日本では2013年にフジフィルムが映画用フィルムの生産終了。
続く2014年コダック社がニューヨーク州ロチェスターのフィルム製造工場の閉鎖を検討していたがクエンティン・タランティーノ、クリストファー・ノーラン、ジャッド・アパトー、J.J.エイブラムスら監督たちが映画フィルムの救済に立ち上がり、スタジオ(映画会社)連合の各社が年間一定量の映画フィルムの購入契約をすることで、フィルム製造工場の閉鎖は免れたという。

というわけで、このブログ記事を書きながら(書き始めてから書き終わるまでに2週間くらいかかってますcoldsweats01)、改めてちょっと意識しながら下記作品を観てみた。

『28日後...』(2002)監督ダニー・ボイル:長編映画で初めて全編デジタル撮影の『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』と同年にこの作品も全編デジタル撮影で撮られた。

『バットマン ビギンズ』(2005年)『ダークナイト』(2008年)『ダークナイト ライジング』(2012年):断然フィルム派のクリストファー・ノーラン監督作品。

ダニー・ボイル監督は『28日後...』のあと『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)でデジタル撮影では初めてのアカデミー賞撮影賞(撮影監督アンソニー・ドッド・マントル)を受賞している。

『28日後...』は確かに冒頭からデジタルを意識させられる映像で始まっており、非現実の荒涼感が鮮明に伝わってくる。

クリストファー・ノーラン監督の一連の作品は夜の闇の深さが感じられフィルムの特徴が生かされた作品となっている。

ついでに、映画版『デアデビル』(2003)監督マーク・スティーヴン・ジョンソン
テレビ版『デアデビル』(2015)シーズン1 (2016)シーズン2 全26話を一挙見。
映画版はフィルムで撮られている。
テレビ版はどっちだろう? テレビ版は映像がとても印象的で主人公の盲目の弁護士マット・マードック(デアデビル)の部屋の窓の照明などが日本の必殺シリーズの照明と重なり、もしやフィルムで? と思ったんだけど、単にカラー調整されているだけなのかもしれない。

まあ、どっちだろうが、どの作品もキャラクターがしっかり描かれており、主人公の苦悩や活躍にどっぷり感情移入して観ることができ、面白かった。

監督がフィルムを選ぼうが、デジタルを選ぼうが、選択肢があるということが大切。時代はデジタル全盛に向かっていることは確実だけれど、フィルム派もぜひぜひ頑張って欲しい。

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DI(Digital Intermediate:デジタル・インターミディエイト)
 現像したネガ・フィルムをスキャン後、デジタル処理を行い上映素材を作るまでのプロセス。

DCI(Digital Cinema Initiatives:デジタルシネマ・イニシアティヴ)
 デジタルシネマの映写及び配給に関する技術仕様を制定することを目的に、2002年にハリウッドのメジャー映画制作スタジオ7社が設立した業界団体。

DCP(Digital Cinema Package)
 デジタルデータによる配信上映。
 暗号化・圧縮化された映像・音声・字幕データ等全てを含む上映用ファイル。今まで映画の共通フォーマットであった35mmフィルムプリントに替わり採用されたデジタルデータを使用した上映方式。

ODS(Other Digital Stuff)
 映画以外のデジタルコンテンツ。
 映画館におけるデジタルシネマ機器の設置により、複数の映画館を次世代光ネットワークでつなぎ、サッカーや舞台挨拶の中継、オペラ・バレエ・宝塚歌劇団の公演や人気アーティストのライブなど、これまで映画館では不可能であった作品の上映が可能になった。

VPF(Virtual Print Fee:ヴァーチャル・プリント・フィー)
 デジタルシネマ興行の漸次的普及を念頭に置いた映画館のデジタル設備投資の負担を緩和するためのファイナンス・システム。映画館がデジタルシネマ化すれば、配給会社が35mmプリントを製造するコストが軽減し、そのかわりにヴァーチャルなプリント代を払うというもの。日本では2012年にはほぼ全てのシネコンでこの金融システムが導入された。

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『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 キアヌ・リーブスが製作&ナビゲーターのドキュメンタリー映画(1)映画を見るその前に

ドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』
2012年 
監督:クリス・ケニーリー 
企画・製作・ナビゲーター:キアヌ・リーブス 
昨年の12月末、Gyaoのラインナップでこの作品を見つけて、早速、視聴。
映画製作がフィルムからデジタルに移行しているということは理解していたけれど、実のところ技術系については疎いもので、半分勉強のつもりで観.る。
俳優キアヌ・リーブスによるさまざまな監督、映画制作関係者へのインタビューが中心で、それぞれが係った作品の裏話なども含めて、ハード系に疎い私でも、十分に楽しめる内容。
映画は技術革新とともに発展してきた。
サイレントからトーキーへ、モノクロからカラーへ、2Dから3Dへ。そして、フィルムからデジタルへ・・・これからの映画製作がどのように変化していくのか、とても興味深く、勉強になる作品だった。
ということで、各映画人の発言内容をまとめる前に、その前提としての映画史の流れを超速で復習。


映画のはじまり

1893年
:キネトスコープ~トーマス・エジソンによりシカゴ万博で公開
1895年:シネマトグラフ~ルイ&オーギュスト・リュミエール兄弟によりパリで初上映

 slateエジソンのキネトスコープは、箱に仕込まれたフィルムを一回ごとコインを入れ
  て覗くピーピング(覗き見)・スタイルだった。

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 slate一方、リュミエール兄弟のシネマトグラフは、パリのグラン・カフェ地階のサロン・
  ナンディアンで映像をスクリーンに拡大投影して有料公開。

  よって、現在の公開形態と同じリュミエール兄弟のシネマトグラフが映画の起源
  とする説が有力。

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slateパリのグラン・カフェでシネマトグラフを観て、映画製作に乗り出したのがSF
 映画の祖と言われるジョルジュ・メリエス。

 『月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術』  『ヒューゴの不思議な発明

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 slate1877年から8年間、染色技術の習得でフランスに留学していた京都の稲畑
  勝太郎
はリュミエール兄弟の兄・オーギュストと学友で、パリでシネマトグラフ
  を観てリュミエールと契約。1897年、シネマトグラフを日本に輸入した。

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 slate日本の映画の日(12月1日)は、1896年に神戸市で日本で初めて映画が一般
   公開されたのを記念して制定された記念日。
   この時、公開されたのは1人ずつ覗き込んで見るエジソンの「キネトスコープ」
   だった。


サイレントからトーキーへ

1926年:伴奏音楽と効果音をシンクロさせた『ドン・ファン 』(アラン・クロスランド監督
      公開(WB社)。             

1927年
:俳優の声と歌をシンクロさせた『ジャズ・シンガー 』(アラン・クロスランド監督
      発表(WB社)・・部分トーキー。                

1928年
:セリフ、伴奏音楽、効果音などすべての音を聞くことの出来る
      『紐育の灯火』(ブライアン・フォイ監督)(WB社)・・完全トーキー

 slateジャズ・シンガー』の大ヒットよって、映画はサイレントからトーキーに移行していく。よって、映画史的にはトーキーの始まりは『ジャズ・シンガー』から。

 slateジャズ・シンガー』の有名なセリフ
    「Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!」
     (待ってくれ、お楽しみはこれからだ!

 slate音楽やセリフ、効果音のおかげで映画はよりドラマティックでエキサイティングになり、豪華な歌と踊りが売りのミュージカル映画、テンポの速い会話を売りにしたソフィスティケーテッド・コメディ、カー・チェイスやマシンガンの派手な効果音を売りにしたギャング映画など新しいジャンルを生んだ。

 slate日本初のトーキー映画
 1931年 マダムと女房 』監督:五所平之助 脚本:北村小松 主演:田中絹代

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モノクロからカラーへ

1935年:本格的なカラー長編映画『虚栄の市 』公開。
      「テクニカラー」と呼ばれる3色法を採用(総天然色映画)。
      『風と共に去りぬ 』(39)、『オズの魔法使 』(39)などのハリウッド黄金期の
      カラー映画に多用される。

 slate日本初の国産カラー映画
1951年 カルメン故郷に帰る 』 監督・脚本:木下恵介 主演:高峰秀子

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3D(立体)映画のはじまり


 1903年 初めての立体映画がフランスのリュミェール兄弟によって公開。

 1950年代 ハリウッドでは、テレビに奪われた観客を取り戻すために「ナチュラル・
      ビジョン」と銘打ってギミック(仕掛け)映画として売り出す。

     3D映画第一弾の『ブワナの悪魔』(52)や『肉の蝋人形 』(53)の成功によって
     立体映画はブームに。しかし、厚紙で出来た3Dグラスをかけることを観客
     は嫌がり、長時間の観賞は目を痛めたり頭痛の原因となったりした上に、
     質の悪い3D映画の乱発で観客に早々に飽きられた。


デジタルシネマへの道程

 コンピュータグラフィックス(computer graphics、略称:CG)の始まり
 
 冷戦時代(1945~1989)の米軍がソ連の大陸間弾道ミサイルを迎え撃つための
 シミュレーション技術としてスタート

1964年 ニューヨーク世界博覧会にてグラフィックスフィルムズ社が全天周映像
     作品『To the Moon and Beyond』を上映。
     これに興味持ったスタンリー・キューブリック『2001 年宇宙の旅』特撮
     チームにスタッフを招聘。

1968年
 『2001年宇宙の旅 』 
     監督・脚本:スタンリー・キューブリック
     ダグラス・トランブルの特殊撮影と「スリット・スキャン技術」によって見事に
     再現された宇宙世界はSF映画のイメージを一変させた。

1977年 『スター・ウォーズ エピソードIV/新たなる希望 』 
     監督・脚本ジョージ・ルーカス
     SFブームを巻き起こす。また特殊効果(SFX)が注目を浴びる。

 slate当時のコンピュータでは、3ヶ月かけて90秒のシーンを作成するのがやっとで、かつそのコストは膨大なものだった。

1982年 『トロン
     監督・脚本:スティーブン・リズバーガー
     世界で初めて全面的にコンピューターグラフィックスを導入した映画として
     話題を集める。     
     フルCGシーンは15分(286カット)。
     当時最速のスーパーコンピュータを使用して6ヶ月かけて作ったCG画像を
     ディズニーのスタジオに集め、実写部分と手描きのアニメーションを加えて
     フィルムに。CG画像作成以外はすべて手作業によって制作された。

 slate『スター・ウォーズ』第一作の1977年から『トロン』の1982年までの5年間でコンピュータを使って映画用のCG画像を作るコストは劇的に下がり続け、約8分の1に下がったといわれる。



1980年代後半
 ソニーによるCCDキャメラやアヴィッド社のノンリニア編集ソフト
     の開発

1993年 『ジュラシック・パーク
     監督:スティーヴン・スピルバーグ  
     脚本:マイケル・クライトン、デヴィッド・コープ
     CGが従来のストップモーション・アニメーションに全面的に取って代わった。


1995年 『トイ・ストーリー
     監督・脚本:ジョン・ラセター   
     脚本:ピーター・ドクター、アンドリュー・スタントン、ジョー・ランフト
     世界初長編フルCGアニメーション

         


 同年 デンマークで ドグマ95 運動が始まる。
     『ドグマ95 』:ラース・フォン・トリアーを中心とした新人監督たちによって
     はじめられ、ロケーション撮影や手持ちカメラによる撮影、種々の視覚効果
     の禁止といった無数の制約(純潔の誓い)を課した特異な映画製作集団。

     第1作は『セレブレーション』(1998年)監督:トマス・ヴィンダーベア
     予算の都合上、ソニーのハンディカムPC7を用いた先駆的なデジタル撮影
     を行い、映画界に大きな波紋を呼んだ。

     当時のデジタル撮影は解像度がきわめて粗く、とてもフィルム撮影の実現
     する美しい肌理を補いうるレヴェルのものではなかった。

     撮影監督A・ドッド・マントルはドグマ95のキャメラを手掛けたあと、
     『スラムドッグ$ミリオネア 』(2008年)でデジタル撮影初のオスカーを獲得。

  同年 「インターネット元年」でもある。
     マイクロソフトが「Windows95」をリリース。
     「Yahoo!」と「Amazon.com」が事業を開始。

2002年 『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
     監督・脚本ジョージ・ルーカス
     この作品からヨーダも完全CGIで表現。
     長篇でははじめて全編ソニーのF900によるデジタル撮影。
     デジタルシネマの評価が上向きに変わりはじめる。

slateHDW-F900:デジタルHD映像と映画界で長年愛用されてきた24fpsのフレームレートを組み合わせるという革新的な組み合わせのもと生まれた。
 同年 『28日後... 』 監督:ダニー・ボイル 脚本:アレックス・ガーランド
     全編を固定デジタルハンディカムで撮った低予算ながらも野心的な作品。

 同年 ハリウッドメジャーがDCI(デジタルシネマ・イニシアティヴ)設立。
      デジタルシネマを正式に規格化。
slateDCI(Digital Cinema Initiatives:デジタルシネマ・イニシアティヴ)
 デジタルシネマの映写及び配給に関する技術仕様を制定することを目的に、ハリウッドのメジャー映画制作スタジオ7社が設立した業界団体(①ウォルト・ディズニー・カンパニー②20世紀フォックス③メトロ・ゴールドウィン・メイヤー④パラマウント映画⑤ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント⑥ユニバーサル映画⑦ワーナー・ブラザーズ

2005年
 DCIが制度化される。
     これによって、2000年代後半のハリウッドはデジタルシネマ化へ大きく舵を
     切っていく。

slateDCI規格 例えば下記のような要件が規定されている
◆映像は2K (2048×1080) または4K (4096×2160) の解像度でJPEG 2000で圧縮
◆フレームレートは24fpsまたは48fps(2Kの場合の3Dなど)
◆音声はWAVEフォーマットで量子化深度は24ビット
◆サンプリング周波数は48kHzまたは96kHz
 などなど。詳しくはこちらを(英文)


 同年 YouTubeが生まれる。

2008年 『スラムドッグ$ミリオネア
     監督:ダニー・ボイル 脚本:サイモン・ビューフォイ
     撮影監督アンソニー・ドッド・マントル
     デジタル撮影初のオスカー。

2009年 『アバター 』 監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
      全世界歴代興行収入新記録を達成。
      ジェームズ・キャメロン監督はハリウッドにおけるVFX技術の先駆者・
      牽引者。『アバター』の成功でデジタル革命を決定的なものにした。
      3D映画ブーム。

 同時期 TwitterやFacebookがキャズム(市場に浸透するための深い溝)を超え、
      世界的に普及していく。

2012年 クリストファー・ノーランダークナイト ライジング 』(2012年)をフィルムで
     撮る。クリストファー・ノーラン監督は断然、フィルム派!

      


2013年4月
 富士フィルムが国内唯一の映画用フィルムの生産終了を発表。

2014年
 米・パラマウント・ピクチャーズが前年公開の「アンカーマン2: ザ・レジェン
     ド・コンテニューズ」を持って35ミリフィルムの配給を終了したと発表。

 同年 コダック社フィルム製造工場閉鎖の危機に。
     コダック社の映画フィルムの販売量は2006年以降96%下落。工場閉鎖に
     踏み切ろうとしたところ、クエンティン・タランティーノJ・J・エイブライムス
     クリストファー・ノーランジャド・アパトーマーティン・スコセッシ監督らが
     立ち上がり、ハリウッドの映画会社と交渉の末、工場閉鎖の危機を救った。

     タランティーノ監督らによるハリウッドの映画会社との交渉の末、コダック社
     からフィルムを長期的に購入する契約にこぎつけた。
     これにより、コダック社から4億5,000万リニアフィート(約1億3,716万メートル)
     のフィルム生産が決定。 
     富士フィルム撤退後、大手で映画撮影用フィルムを生産している会社は
     コダック社のみとなった。

J・J・エイブライムス監督
 フィルムには紛れもない美しさと、本質的で自然な素晴らしさがあると述べ、
 もはや今では到達不可能な水準を設定したのは確実にフィルムであると、
 フィルムがあってこそ現代の映画があるのだと力説。

クエンティン・タランティーノ監督
 「僕の意見にすぎないが、デジタル撮影になることは映画の死だ」、「デジタル
 撮影は映画の中のテレビにすぎない
」とまでの過激なコメントを残す。
 

日本の現状
◆映画製作で最も早くデジタル化されたのはポストプロダクション:編集やカラーコレクションなど

2000年代初期映画館ではフィルム上映がまだ主流
 撮影はフィルムで行い、そのフィルムをデータに変換してデジタル上でポスト
 プロダクションの作業を行う=DI(Digital intermediate)

 DI作業後、データをフィルムに再度変換してネガを作り上映用プリントを作成。

slateDI(Digital Intermediate):現像したネガ・フィルムをスキャン後、デジタル処理を行い上映素材を作るまでのプロセス
2006年:デジタル上映可能なスクリーン数は96スクリーン

2010年VPF(Virtual Print Fee)が日本にも導入される
slateVPF(Virtual Print Fee):映画館がデジタルシネマ化すれば、配給会社が35mmプリントを製造するコストが軽減し、そのかわりにヴァーチャルなプリント代を払うという金融システム

2012年:
2011年末、40%強だった映画館のデジタル化は、1年の間にシネコンを
    中心に倍の80%以上(約2800スクリーン)にまで急増。

2013年12月:
全国の映画館3318スクリーンのうち3172(約96%)のスクリーン
        がデジタル設備

2014年末:全国スクリーン総数3,364のうち、デジタル設備3,262スクリーンと
       増加(約97%)

現在:映画館でのDCP(Digital Cinema Package)での上映が主流
 DI作業を経たデータをDCPデータ(現状では2Kが主流)に変換して上映用
 素材を作る
 フィルムでの撮影は高価なものとなり予算に余裕のある作品でしか選択できず、
 国内のインディーズ映画ではほぼ全ての作品がデジタルカメラで撮影されている。

 地方やミニシアターで、映写のデジタル化ができなければDCP上映ができない。

slateDCP(Digital Cinema Package):暗号化・圧縮化された映像・音声・字幕データ等全てを含む上映用ファイル。


slateフィルム上映館が、デジタル上映システムを導入する為の経費は、最低でも数千万円。デジタル導入の予算が厳しく、惜しまれつつも閉館、または縮小した名画座やミニ・シアターも少なくない。

ということで、フィルムからデジタル化までの映画史を駆け足で見てきました。
さて、では、監督はじめ映画関係者はデジタル化の波をどのように捉えているのか、『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』から、その声を聞いてみましょう。

『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』(2)へ

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2015.12.05

日独合作映画『新しき土』~一つのフィルムからファンク版と伊丹版の2つのバージョンが作られたその原因と時代背景~

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『新しき土』(The new earth:ドイツ語版タイトル Die Tochter des Samurai=侍の娘)

製作:1937年(日・独)
監督・脚本:アーノルド・ファンク、伊丹万作
撮影: リヒャルト・アングスト、上田勇
音楽: 山田耕作(作詞:北原白秋)
撮影協力:円谷英二
製作:東和商事映画部、J.O.スタヂオ、Dr. Arnold Fanck-Film

出演: 原節子/早川雪洲/ルート・エヴェラー/マックス・ヒンダー/小杉勇/英百合子/中村吉次/高木永二/市川春代/村田かな江/常盤操子



【あらすじ】
8年間の欧州留学を終えた大和輝雄(小杉勇)は恋人でもあるドイツ人女性ジャーナリスト、ゲルダ(ルート・エヴェラー)を伴って帰国する。日本では許嫁(いいなずけ)の光子(原節子)が輝夫の帰りを待ちわびていた。貧しい農夫の息子だった輝雄は、名門の大和家の養子になり、将来、一人娘の光子と結婚することになっていた。
東京のホテルで光子とその父の大和巌(早川雪洲)に温かく迎えられた輝雄。だが、西洋文明の影響を受け、古い日本的因習は忌むべきものと考えるようになった輝雄は許嫁という慣習に反発を覚え、その気持ちを光子と巌に告げる。そんな輝雄を見たゲルダは光子に同情し、輝雄の姿勢を非難する。
光子と巌と入れ違いにホテルを訪れたのは、実父・神田耕作(高木永二)と実妹・日出子(市川春代)だった。二人はすっかり変わってしまった輝雄に驚く。兄を思う日出子は欧州にかぶれた輝雄の目を覚まさせようと東京の街を連れ回し、彼が幼い頃教えを受けた老僧のもとへ連れていく。老師の言葉は輝雄の目を開かせた。
一方、大和家では巌と光子の婚約解消について親族会議が開かれていた。絶望した光子は、ひとり婚礼衣装を胸に抱いて噴煙を上げる山を目指し、火口に身を投げようとする。
ゲルダから光子の本心を聞かされた巌は光子の後を追って火山を登る……。


【監督について】

◆アーノルド・ファンク(Arnold Fanck、1889年~1974年)
ドイツの山岳映画の巨匠。
第一次世界大戦で荒廃したヨーロッパで、ダイナミックな自然美を背景にした作品を撮る。処女作『スキーの驚異』(1922)をはじめとしたサイレント映画時代から山岳を主題とした映画を撮り、多くの観客を魅了。映画ファンのみならず、山岳家、スキーヤーを始めとする一般スポーツマンにまで幅広い支持を集めた。
『聖山』(1926・無声)で、ダンサーだったレニ・リーフェンシュタールを主演に起用。レニ・リーフェンシュタールは後に監督としてナチスのプロパガンダ映画『意志の勝利』(1935)やベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』(1938)を撮影。


◆伊丹万作(1900~1946)
日本映画の礎となった監督の一人。
1927年、谷崎十郎プロに俳優として入社。翌年、伊藤大輔の推薦で片岡千恵蔵プロダクションに脚本家兼助監督として入社し、自身の脚本による『仇討流転』(1928・無声)を初監督。その後『春風の彼方へ』(1930・無声)、『花火』(1931・無声)、『国士無双』(1932・無声)など、機知に富んだ作品を次々と生み出す。
新興キネマで、トーキー第1作『忠次売出す』(1935)を作った後、千恵プロに戻ってナンセンス喜劇『気まぐれ冠者』(1935)を監督。ファンクはこの作品を見て伊丹を高く評価。1936年、志賀直哉の短編を縦横無尽に脚色した、日本映画史に残る傑作『赤西蠣太』が生まれる。


【キャストについて】

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◆原節子(1920~2015)
「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後の日本映画の黄金時代に活動。代表作に『わが青春に悔なし』(1946年 黒澤明)、『青い山脈』(1949年 今井正)、『めし』(1951年 成瀬巳喜男)、『東京物語』(1953年 小津安二郎)など。
1963年に女優業を引退し、以降、2015年に逝去が伝えられるまで表舞台には一切姿を表さなかった。2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の第1位に輝いた。
1936年、山中貞雄監督『河内山宗俊』の撮影中に見学にきたアーノルド・ファンク監督の目にとまり、初の日独合作映画『新しき土』のヒロイン役に抜擢される。



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◆早川雪洲(1886~1973)
日本を代表する国際スター。1907年、21歳で単身渡米、1910年代に草創期のハリウッドで映画デビューして1915年セシル・B・デミル監督の『チート』(The Cheat)で一躍トップスターに。日本人排斥運動や二度の世界大戦、私生活での混乱などによるキャリアの中断を挟みながらも、晩年の『戦場にかける橋』(1958)でアカデミー助演男優賞にノミネートされるなど半世紀以上にわたって活躍した国際的映画俳優。

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◆小杉勇(1904~1983)
内田吐夢監督『生ける人形』(1929)で強烈なヒーロー像を演じ、大ヒットした『人生劇場・青春篇』で青成瓢吉を演じた、日活を代表するスター俳優。戦後は映画監督に転じ、東横映画、東映を経て、日活で数多くの娯楽作品を撮った。その一方、俳優としても他監督の作品にも出演。
『新しき土』でのその容貌に関しては、「海外に出すにはあのまま」では「誤解を招く惧れあるのみ」と当時の新聞評に書かれている。欧米の美男俳優に遜色ない、眉目秀麗な二枚目を起用せよと。
しかしファンクが主人公の輝雄に求めたものは、農民の出自を感じさせる風貌、雰囲気であり小杉勇はその点ファンクのイメージ通りだったと思われる。


【エピソード】
◆製作費
六十万円という巨額の制作費。(現在の額で12億~18億円)
ドイツ側(政府)
ゲッベルスは『新しき土』のために三十万円支出。
日本側(民間出資者)
川喜多長政:東和商事社長
大澤義夫:J・Oスタジオ専務
樺山愛輔:日本プレミアを主催した国際文化振興会理事長。伯爵。長男は当時J・Oスタジオ取締役、樺山丑二。
政府が全面的なバックアップをしているドイツとは異なり,日本での興行リスクは一民間人に負わされていた。


◆映画技術
◇ズーム・レンズ
昭和11年の「キネマ旬報」ではファンクを囲んだ座談会「アーノルド・ファンクと語る」を掲載。その中で日本の映画人が一番興味をもったのは,ファンクの芸術的センスではなくて,彼の持ってきたズーム・レンズだったという。
ズーム・レンズは『イット』(1929年・米)以来、欧米の映画で普及していたが、実物が日本にもたらされたのはこれが初めてだった。このズームレンズは1万3000円(現在の価格で約3000万円)というとてつもなく高価なもので、このレンズをファンクは二台もってきていた。


◇スクリーン・プロセス撮影
ドイツにはなかったスクリーン・プロセス撮影(特殊撮影技術の一つ)が、若き日の円谷英二の手によって行われた。当時は未だ特撮という言葉は使われていなかったため、円谷英二の名前は撮影協力としてクレジットされた。


◆シナリオ
ファンクはドイツから日本に向かう諏訪丸船上で、シナリオの第一稿「東の風・西の風」を書き上げていた。これは当時欧米で広く読まれていたパール・バックの同名作品を下敷きにしたものだった。

伊丹は,持ち味のシナリオに自信が持てないという理由で,再三,参加要請を固辞した。
最終的には伊丹が折れて,協同監督に就任することになるが,伊丹の危惧は不幸にも的中する。
製作が進行する中で二人の監督の見解はいよいよ相違し,事態は収拾がつかない所までもつれた。
作品の芸術的価値を基準とする日本側スタッフと、国家の認証を基準とするドイツ側スタッフとの間には、越えがたい溝があった。
ついにはファンク版,伊丹版を別途製作することで,決着をはかることになった 。

なぜドイツ側は伊丹万作の起用を強硬に主張したのか。
ファンクがストーリーを極力切り詰める監督であることは,すでに定評となっていた。
その欠点を補うため、かつて『死の銀嶺』ではG.W.パプストが共同監督に就いて成功を収めた。
ドイツ側は伊丹万作には『死の銀嶺』におけるパプストの役回りが期待されていたのではと言われている。

映画の冒頭に伊丹版では観客の反発を見越して、ファンク版にはない字幕を付け足した。
「これは日本を訪れたあるドイツ人が、彼の見聞を基礎にして作った一つの夢である」

ファンクは映画の完成を記念して、ドイツのプレス記事を集め、また映画の成り立ちを綴った文章を収めてベルリンで『記念帳』を私家出版した。
序文には、伊丹万作にあてた感謝の言葉が記されている。


「親愛なる伊丹さん  あなたは私の撮影の援助者である立場に加え、あなたが考え出したわけでもなく、また本質的に違和感を持たざるを得ないテーマについて御自分の版を製作される決心をされました。そのとき以降、あなたは初めから望みのない課題の前に立たされてしまったのです。
あのときのあなたを、今はっきりと理解できる唯一の人間は、ひょっとしたら私だけかもしれません。
そしてとりわけあなたを悩ましたのは、御自分のものではない映画の様式でした。私自身、芸術家ですので、いかなる芸術上の理由から、当時の私を不意打ちにしたこの決定をなされたのかはよく理解できました。もっともそれがあなたに悲劇的な運命をもたらすのではないかと初めから案じていたことも事実であります。


中略


すなわち、貴国日本をわがドイツの観衆に少なくともある程度合点させるためには、単純化した視点で、数千キロの高さから見下ろさねばならず、日本人の心の襞にわけ入ることは諦めねばならなかったのです。むろん私は芸術家ですから、個人的には共感をもってそれを観察していたわけなのですが。しかし初めて日本人を理解しようとするヨーロッパの多数の観衆に、それを求めることはできない相談なのです。
ドイツで試写会のあった日、宣伝相ゲッベルスは,武者小路駐独大使の晩餐会の席上,ファンクを前にして,(ファンク版について)次のような批評を口にした。


「此の次の映画にはもっと確りした脚本を準備し給え。一貫して纏った力強い筋が映画には一番大切なのだ。美しく変った景色や風俗の異った人間の陣列も一度は観衆の興味をひくが二度と繰り返すべきではないよ。」
さらに、ゲッベルスは当日の日記に次のように書きとめている。


「夕刻カピトール座にて独日合作映画『サムライの娘』の初演。独日協会主催による大々的な公式行事。映画は幻想的な映像を駆使し、日本人の生活と思想について好印象を与えるもの。また筋もまあまあ。しかし耐えがたい長さ。映画の魅力を著しく損なっている。すぐにハサミをいれる要あり、厳格に。」


【作品内容について】


  


◆富士山のふもと辺りに住んでるようなのに、なぜか家の裏に厳島神社(広島県)があって、鎌倉の大仏みたいなのもあったり、また一方には、噴煙を上げる浅間山(?)があったり...
富士山と厳島と浅間山がわけのわからない感じでつながっていたり(日本の地理を無視)
◆横浜に行く船が、まもなく松島の風景を横目に進んだり
◆輝雄とゲルダが夜の東京をタクシーで見物すると、大阪梅田の阪神電車のイルミネーションが光っていたり、あるいは二人の泊まるホテルが甲子園ホテル(ライト門下の遠藤新設計)だったり
◆輝夫の妹・日出子の勤め先が大阪の大阪紡績(現・東洋紡)

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◆富士山(浅間山?)が爆発して、原節子が草履で、さらに輝夫が足袋のまま噴煙もうもうたる火山に登って行くというようなあり得ないシーン。
◆冒頭いきなり地震の場面もある、地震で倒壊する日本家屋は、円谷特撮。
日本を知らない人が見たら、やたらと景色がいい国だが、年中地震が発生して、安心して住めない所との印象を与えてしまいそう。
日本人が観たら「ここはどこ?」「なんでこうなるの?」のオンパレード。


なぜ、こんなトンデモ映画になったのか、その答えは、時代背景にある。


【時代背景】
1925~1926年(大正14~昭和元年)アドルフ・ヒトラー『我が闘争』出版
第1巻第11章: 民族と人種
アーリア人種を文化創造者、日本民族などを文化伝達者 (Kulturträger)、ユダヤ人を文化破壊者としている。日本文明を、欧州文明の模倣に終始する亜流と位置づけている。
外交政策ではロシア(ソビエト連邦)との同盟を「亡滅に陥る」と批判し、「モスコー政権〔モスクワ政権〕は当にそのユダヤ人」であるとしている。また、ドイツが国益を伸張するためには、貿易を拡大するか、植民地を得るか、ロシアを征服して東方で領土拡張するかの3つしかないとし、前者二つは必然的にイギリスとの対決を呼び起こすため不可能であるとした。これは東方における生存圏獲得のため、ヨーロッパにおける東方進出(東方生存圏)を表明したものであり、後の独ソ戦の要因の一つとなった。


1931年(昭和6年)満州事変
ドイツは日本を非難する側に回っており,満州国も承認していなかった


1932年(昭和7年)
ヒトラー『我が闘争』日本語版出版(日本での最初のタイトルは『余の闘争』坂井隆治訳)


1933年(昭和8年)  ヒトラー内閣が発足
3月 ユダヤ系の社員を解雇してウーファを一変させる。
6月 帝国映画院(Reichsfilmkammer)を設立、ユダヤ系や外国人を排除して映画業界をコントロール。

1934年(昭和9年)2月 ドイツ「映画法」制定
強制的同一化のプロセスの一環として、ドイツのすべてのプロダクションはゲッベルス管轄下の国民啓蒙・宣伝省に属する帝国映画院の下に置かれ、映画産業に従事するすべての人々はReichsfachschaft Filmのメンバーでなければならなくなった。


アーリア系でない映画人や、政治的また個人的にナチに受け入れられなかった映画人は業界から締め出されることになる。これによって約3,000 名が影響を受けたと見られている。加えて、ジャーナリストたちも宣伝省の下に組織されることになり、
同年 8月 ヒンデンブルク大統領死去に伴い、大統領の権能をヒトラーが個人として継承(総統)
ヒトラーは人種主義、優生学、ファシズムなどに影響された選民思想(ナチズム)に基づき、北方人種(アーリア人)が世界を指導するべき主たる人種 (de) と主張。


1935年9月15日ニュルンベルク法制定
「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」と「帝国市民法」の総称。
ユダヤ人から公民権を奪い取った法律として悪名高い。
ニュルンベルク法や経済方面におけるアーリア化など、アーリア人の血統を汚すとされた他人種である有色人種(黄色人種・黒色人種)や、ユダヤ系、スラブ系、ロマとドイツ国民の接触を断ち、また迫害する政策を推し進める。
ドイツ民族であるとされた者でも、性的少数者、前衛芸術、障害者、ナチ党に従わない政治団体・宗教団体、その他ナチスが反社会的人物と認定した者は民族共同体の血を汚す「種的変質者」であるとして迫害・断種された(生きるに値しない命)。


1935年(昭和10年)
合作映画の構想は,日独協会の設立者の一人でもある,在ベルリン海軍武官事務所勤務の酒井直衛とハックの会話から生まれた。
ドイツ人の監督に日本人の俳優を使って日本映画を製作してもらったらどうだろう、ドイツ人監督の感覚で日本をとらえれば、観客にもアピールするのではないか。この酒井のアイデアに共感したハックはすぐに友人のファンクに連絡をとった。


日独双方には協定に反対する勢力が存在し,交渉の前途は難航が予想された。日独合作映画の企画には,文化交流によって政治交渉を側面援護する意図が込められていた。

日本の川喜多長政に話をもちかけたのはハック。ハックはすでに日独協会理事としてゲッベルスに接触し,十万マルクの資金援助をとりつけていた。
7月 川喜多長政がファンクやテラ社との交渉のために,ベルリンへ。
9月17日ハックが初めて駐独陸軍武官の大島浩と,日独協定問題について会談。
この頃,『新しき土』のプロジェクトはすでに動き出していた。


『新しき土』は,ドイツ政府の外交政策が反日から親日へ転換したことを国民に告げる役割を担っていた。
ファンクに与えられていた課題は,ドイツの新たな友邦を国民に紹介することだった。


1936年2月8日 ファンク撮影隊の訪日

日独軍事協定締結交渉の秘密使命を戴した政商フリードリヒ・ハック(日本海軍に武器を納入する貿易商)が同行。


1936年11月25日 日独防共協定が締結
スターリン率いるソビエト連邦への対抗を目指す。
ヒトラーは、日本を同列の文明国と見て防共協定を結んだわけではない。東方の生存圏獲得という大目標がなければ、日本に特別の関心をもつことはなかった。


1936年(昭和11年)11月27日ドイツ「藝術批評禁止法」を公布。

映画批評は禁止されFilmbeobachtung(「映画報告」)に取って変わられた。
ジャーナリストたちは映画の内容をリポートすることだけを認められ、作品にいかなる評価を下すことも出来なくなってしまった。


1937年(昭和12年)2月末
『新しき土』が日本で記録的なヒット。ハックは日本国政府より勲四等旭日小綬章を贈られる。


1937年3月10日
ナチス対外組織部東京支部長ルードルフ・ヒルマンは「ハックの滞日中の行動に関し、機密情報漏洩の疑いがある」という告発文をベルリンの本部に送る。


1937年3月23日『新しき土』ドイツ公開
宣伝省の通達によりヨーゼフ・ゲッベルスとアドルフ・ヒトラーが自ら検閲して最終許可を与えたことが大々的に報じられる。
ベルリンでの試写会の翌日、宣伝相ゲッベルスは『新しき土』に最高映画賞を与えた。
最高映画賞を与えることによって,国家の意思を国民に伝えたのだ。


1937年7月
ハック、ゲシュタポによって逮捕される。ナチスドイツでは党,軍,官僚組織の激しい権力闘争があり、ハックは統合参謀本部防諜部のラインに繋がっていた。


1937年の暮れ
日本海軍の尽力でハックは釈放。ひそかにスイスに亡命した。
やがて太平洋戦争に突入する日本にとって,以後ハックは貴重な情報提供者となる。


1937年11月6日  日独伊防共協定


1937年12月
『わが闘争 アドルフ・ヒットラー』 大久保康雄訳出版
日本人に関する差別的記述は削除されての出版だった。


1938年(昭和13年)独満修好条約によって満州国を正式承認


1939年(昭和14年)日本「映画法」制定
昭和10年以降、日中戦争遂行や総力戦体制構築のため、軍国主義政策を推し進める。映画も例外ではなく、この法律によって、日本の映画も娯楽色を極力排除し、国策・軍国主義をうたった映画を強制的に製作させられることになる。台本の事前検閲、映画会社(製作・配給元)の許認可制、ニュース映画・文化映画の強制上映義務、また外国映画の上映も極力制限された。


1939年 独ソ不可侵条約 
 
ソ連との秘密協定を元にポーランド侵攻を開始。同9月3日にはこれに対してイギリスとフランスがドイツへの宣戦布告を行い、これによって第二次世界大戦が開始された。10月中にポーランドはほぼ制圧され、ヒトラーの視線は西に向かった。
ナチスドイツは一時的に領土を拡大。この戦争の最中でユダヤ人に対するホロコースト、障害者に対するT4作戦などの虐殺政策が推し進められた。


【個人的感想】

歴史の流れを見れば一目瞭然。
生存圏獲得で対ソ連を目標にしていたナチスドイツは、日本に目をつけ日本と組もうとした。しかし、ナチスの人種主義では黄色人種の日本は劣等国。そんな国と手を組むことに国民からの反発が予想される。


そこで、日本がドイツと手を組むにふさわしい、いかに素晴らしい国であるかをドイツ国民にアピールする必要がある。そのために企画されたのがこの映画だった。
日本が伝統のある美しい国であることを強調、同時にヨーロッパにはない夜のネオンサインの光の洪水や工場を見せることで工業・産業的にも先進国であることのアピール、さらに、(ココが大事)地震国で国土も狭い日本には新しい土(満州国)が必要であること……ということで、この映画の大テーマは日本の満州国を認めることにより、ナチスドイツの領土拡大をも肯定することにあったのです。
まさに、ナチスドイツの国策映画だったわけで。


伊丹監督がこのシナリオに納得しなかったのももっともです。別バージョンが作れたことは奇蹟のような気もする。日本が舞台だったからこそできたことで、ドイツが舞台だったら、即収容所送りになっていたかもしれない。

ファンクの地理を無視したトンデモフィルムを、少しでも整合性のあるようにと編集し直した伊丹版だったが、日本での1週目の試写会ではぼろくそに言われたそう。どんなに編集し直しても日本人からみたら地理的にあり得ないことが多すぎたから。

2週目の試写会ではファンク版が上映。ファンク版のほうが断然評判が良かった。伊丹版の地理のデタラメぶりを先に知っている観客は、伊丹版に輪をかけたような地理無視には慣れてしまっていて、伊丹版よりも長い部分、たっぷりと山の情景などを見せたファンク版。さすが山岳映画の巨匠ファンク。


ゲッペルスはファンク版を見て「耐え難い長さ」と一刀両断だったが、日本の観客は壮大な火山や美しい日本の情景描写に引き込まれファンク版を支持したというわけ。


私が観たのもファンク版。できれば伊丹版も見てみたい。


さて、『新しき土』での原節子さんは本当に素晴らしかった。
『河内山宗俊』ではしっとりとした美しさゆえか、どうしても16歳には見えなかったが、『新しき土』の中ではしっとりとした美しさに加えて、可愛く、はつらつとした16歳の原節子さんをたっぷりと見ることができた。

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                       河内山宗俊


以下、『新しき土』

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映画の成り立ちはいろいろあったとしても、こんなにも美しく生き生きとした16歳の女優が日本にいたことが再確認でき、この映画を観て本当に良かった。


【余談】
ファンク監督のこの地理無視の編集って、ロシア・モンタージュ理論の元祖レフ・クレショフ(エイゼンシュテインの師匠)の「創造的地理」の概念?

別々の実在の景観の「要素」を組み合わせることにより、ありもしない景観が合成される。
つまり任意のショットによって任意の空間が生み出される「創造的地理」という映画独自の概念。


この映画一本で世界史、映画史をたっぷり勉強できた……

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2015.10.03

S・スピルバーグ監督『宇宙戦争』は傑作? 迷作? 異常事態に直面した“父性の欠落したダメ父”の成長物語

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『宇宙戦争 War of the Worlds』 
2005年 アメリカ 116分
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ジョシュ・フリードマン、 デヴィッド・コープ
原作:H・G・ウェルズ『宇宙戦争』
音楽:ジョン・ウィリアムズ
撮影:ヤヌス・カミンスキー
編集:マイケル・カーン

出演
レイ・フェリエ     :トム・クルーズ
レイチェル(娘)   :ダコタ・ファニング
ロビー(息子)    :ジャスティン・チャットウィン
メリー・アン(元妻) :ミランダ・オットー
ハーラン・オグルビー  :ティム・ロビンス
ナレーター      :モーガン・フリーマン

【あらすじ】
アメリカ東部ニュージャージーに暮らすレイは湾岸労働者。別れた妻メリー・アンとの間には息子のロビーと娘レイチェルがいる。子供たちとの面会日、メリー・アンと再婚した夫がロビーとレイチェルを連れて来た。
二人の子供を預かり、久々に父子三人で過ごす時間。しかし、仕事で疲れたレイが一眠りしている間にロビーはレイの車で勝手に外に。
ロビーを探しに行くレイ。だが、その時、信じられない異変が起きた。突然、稲妻が地上を襲い、割れた地中から太古から埋められてたという異星人の戦闘機械トライポッドが出現、街を破壊し始めた。
息子と娘を連れ、レイの必死の逃避行が始まる・・・。

    


■鑑賞直後の感想
 スピルバーグらしい美しい映像があったり、VFXを駆使した宇宙人による破壊や殺戮の映像の迫力はすごかった。

 だが、ストーリーに関しては、正直、すごく違和感を感じた。その違和感とは、ハリウッド・エンタメ映画のキング、S・スピルバーグ監督作品にしてはハリウッド映画らしくない、という違和感。

 主人公レイ(トム・クルーズ)は、一応、元妻のもとに行くという目標がありながらも、ひたすら逃げるばかりだ。

 主人公は困難に直面し、それと闘うものと思い込んでこの作品を見ていたので、逃げるばかりの主人公像に肩透かしを食らったような気分になってしまった。
例えば・・・


・冒頭、湾岸労働者として働くレイは残業を頼まれるが断る。
 上司らしき男は「(他の)奴は、お前のように1時間に40個のコンテナは下せない」とレイのクレーン操者としての優秀さを愚痴交じりに語る。
 →おっ、この技術が伏線となって敵と戦うのかと期待。


・後半、オグルビー(ティム・ロビンス)と出会う。
 →さて、いよいよ、メンター(賢者)の登場だ。彼の助言を得て、主人公はトライポッ ドを倒すのか!と期待大。
しかし、残念ながら、すべての期待は裏切られ、あのテイム・ロビンスがあんなことになるとは?! の意外な結果に・・・
なんで、そうなるの? を解決するためには、一度冷静になってこの作品を分析してみるしかない。というわけで、分析してみました。
その前に・・・


■原作について
原作は、イギリスのハーバート・ジョージ・ウェルズ(H・G・Wells)が1898年に発表したSF小説『宇宙戦争』
高度に知能が発達した火星人が地球侵略のために攻めてくる。地球人は火器や銃器で応戦するものの歯が立たず、結局、火星人を滅ぼしたのは●●●だったという話。
攻めてくるのが、なぜ、火星人なのかというと・・・


1877年の夏、19世紀最大の火星最接近があり、絶好の観測機会が訪れた。イタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキャパレリは、火星の表面を網目状に覆う筋模様を観測し、これを「カナリ(canali)」と呼んだ。

イタリア語でカナリといえば、「溝」や「水路」を意味する言葉だが、これがフランスの天文学者・作家のカミーユ・フラマリオンの著作を経て、「運河」を意味する英語の「キャナル(canal)」と誤訳されたために、火星には知的生物がいて、巨大な運河を築いているという説が生まれた。
とりわけこの説を信奉したアメリカのアマチュア天文学者パーシヴァル・ローウェルは、精密な運河地図を発表し、「火星の運河説」の啓蒙に尽力した(現在では目の錯覚だったことが判明している)。


おりしもスエズ運河をはじめとする巨大運河建設の時代。運河は科学技術のシンボルであり、もし火星全体を縦横に走るような運河網があるなら、火星には高度に発達した文明があるはずだと推測された。こうして火星人の存在が真剣にとり沙汰されるようになり、沙漠に大規模な火事を起こして、火星に信号を送ろうという提案まで大まじめでなされるようになった。

ということで、この時代「火星の運河説」が流行し、多くの「火星人ロマンス」小説が書かれていたそう。
 2015年9月28日 NASAは火星には今も水があるという観測結果を発表しました。

さて、H・G・ウェルズといえば、映画史的に最も有名なのが、“SF映画の父”と言われるジョルジュ・メリエス世界最初のSF映画『月世界旅行』(1902)

この作品は前半はジュール・ヴェルヌの「月世界旅行2部作」(1865・1870)、後半はH・G・ウェルズの「月世界最初の人間」(1901)を原案とした作品。

また『宇宙戦争』オーソン・ウェルズ のラジオ番組で視聴者にパニックを引き起こしたという有名なエピソードがあります。

1938年10月30日、オーソン・ウェルズと彼の劇団が、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』を舞台をアメリカ東部に変えてラジオ番組で放送。ドキュメンタリー・タッチのその内容は、実際に火星人が侵略してきたと視聴者に信じこませるほど真に迫ったもので、全米に一大パニックが起きたそうです。

ではいよいよ、そんな原作をもとにした映画『宇宙戦争』の私的分析をしてみましょう。






注:ここからいきなりネタバレに入ります。ラストでは
ティム・バートン監督『マーズ・アタック!』(1996)のネタバレもあり。まだ観てない人、結末を知りたくない人はご注意ください。









■始まりと終わり
物語はモーガン・フリーマンのナレーションで始まり、彼のナレーションで終わります。

オープニング・ナレーション
 「21世紀初頭の人類は信じなかっただろう。人類を超えた知的生物が地球を監視していたことを。人類があくせくと日々を過ごしている間も彼らは観察を続けていた。人類が一滴の水の中にひしめく微生物を顕微鏡で目を凝らして観察するように。限りない自己満足で地球上を右往左往する人類・・・。彼らは自らを地球の支配者と信じていた。だが、はるか宇宙の彼方では高度な知能を持つ冷徹にして非情な生命体が地球に羨望のまなざしを注いでいた。そして、ゆっくりと着実に地球攻略の作戦を練っていた」


エンディング・ナレーション
 「侵略者が吸った空気。口にした物・・・それが彼らに破滅をもたらした。彼らを倒し、根絶したのは人間の武器や策略ではなく、神がこの地球に創りたもうた微生物だった。人類は何億もの命を犠牲にして、地球上の生物と共存してゆく権利を勝ち得た。その権利が侵されることはない。無駄に終わる人間の“生”そして“死”はないのだから」

私は原作小説は読んでないけど、始まりと終わりは原作そのままとのこと。
この始まりと終わりの間に、3つの対立が描かれている。
 
 ・人類(地球人)VS異星人(火星人)
 ・人間VS人間
 ・父VS子供

映画のタイトルからして“人類VS異星人”の戦いがメインと思って観ていると、肩透かしを食らってしまう。なぜなら、エンディングで語られているように、異星人を破滅させるのは、地球上の“微生物”。だから武器や特殊能力を持つスーパーヒーローは不要なんです。

“人類VS異星人”の戦いを背景にして、逃げ惑う人間同士の戦いも描かれている。

だが、最も丁寧に描かれているのは、父と子供の戦い・・・というか、異星人の侵略という異常事態に直面した父性の欠落した男が、子供との係り通して父性を獲得していく(父性に目覚めていく)話


■メイン・ストーリーは父親の成長物語
○冒頭からレイ(トム・クルーズ)のダメ父ぶりが分かり易く描かれている

 ▼時間にルーズ、家の中は乱雑、冷蔵庫にまともな食料がない
 ▼自分の都合しか考えてない
 ▼子供の成長にも目を向けていない
 ▼良い父親ぶりを見せようと息子ロビーとキャッチボールをするが、継父と比べ
  られて苛立つレイ。ロビーはレイの投げた球をキャッチせず、窓ガラスが割れ
  る(コミュニケーション不全のメタファー)
 ▼娘レイチェルの指に刺さった棘を抜いてやろうとするがレイチェルはレイに
  触られることを拒絶。
  レイチェル「抜かなくてもそのうち体が自然に押し出すわ」
         (この作品のテーマを提示)

○世界各地で磁気嵐、奇妙な落雷、地震などが起きている。
 レイの住む街でも落雷で空いた穴から巨大な戦闘機械トライポッドが出現し、破壊と殺戮が始まった。街中停電、車も動かず、携帯電話も通じず、時計も止まっている。

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レイは知人の車修理工場で唯一、動く車を見つけ二人の子供を乗せて猛スピードで街を逃げ出す。

 ▼パニックを起こし泣き叫ぶ娘をどうすることもできないレイ。
 ▼ロビーがレイの知らない“いつものおまじない”でレイチェルを落ち着かせる。

○再婚した元妻と子供たちの家に到着。元妻と夫は実家のあるボストンに行っており留守。まともな食料がなく、レイはパンにピーナツバターを塗ってサンドイッチを作ろうとする。


(35分頃 第1プロットポイント)
 ▼レイチェルが生まれた時からピーナツアレルギーだったことを知らなかったレイ。
 ▼ロビーはそんな父に批判的で「腹は減ってない」と食べようとしない。
 ▼良き父親らしく振る舞っていたレイ、子供たちの冷ややかな眼差しに、遂に
  頭にきてパンを窓に投げつける。

○翌朝、墜落した旅客機が家の外に(911のイメージ想起)
 テレビクルーからトライポッドに関する情報を得る。トライポッドは見えないシールドを張っていて、攻撃しても無駄。トライポッドが動き出すとそのエリアは音信不通になる…等。

 レイは子供たちを車に乗せて、元妻の実家のあるボストンへ向かう。
 途中、尿意を催したレイチェルのために車を留める。

 ▼レイチェルは「遠くに行くな」というレイを無視して川辺へ。そこで流れてくる多数
  の死体を目撃してパニックに陥る(川の死体は、ヒロシマを思い出してしまった)
 ▼ロビーは道路を通り掛かった軍隊のジープに「乗せてってくれ。あいつらと戦っ
  てぶっ殺してやる」と頼む。レイは「そんなことより、たった10歳の妹を戦いに巻
  き込まない方法を考えろ」と怒鳴る。

  するとロビーは「ボストンへ行くのは、俺たちをママに預けて面倒を避ける
  ためだろう。アンタはそういう自分勝手な奴だ」
と激しくレイに反発。
  ロビーの言葉がレイの胸に突き刺さる。

 ▼運転に疲れ果てたレイは、ロビーに運転を代わってもらう。無免許運転は絶対
  ダメとロビーに厳しかったレイが初めてロビーを頼りにした。
  父の変化に意外そうなロビー。

○ハドソン川に到着。レイの車は襲われて奪われそうになる。レイは護身用の銃を空に向けて発砲。だが、その銃も奪われ、レイ親子はカフェに逃げ込む。外ではレイの車の奪い合いで銃を撃ち合う音が。


(56分頃 ミッドポイント)
 ▼銃の音に驚いたレイチェルはレイのもとを離れてロビーに抱きつく。
 怯えて抱き合う娘と息子を目の前にして、自分がどれほど頼りない父親かを
  思い知り、あまりの情けなさに手で顔を覆い泣いてしまうレイ。

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○難民に混じってフェリー乗り場に向かうレイ父子。その時、背後にトライポッドが出現。レイは子供たちを連れて必死にフェリー乗り込んだ。しかし、フェリーはトライポッドの攻撃を受けて転覆。川に投げ出されたレイたちは何とか陸に上がる。
トライポッドと戦っている軍隊を見たロビーは一緒に戦うと言い出す。レイチェルを木陰で待たせ、ロビーの説得に向かうレイ。

 ▼レイ「戦いたい気持ちは分かる。だけどダメだ!俺が嫌いなら、それでいい。
     俺はお前を愛してる」
  ロビー「どうなるか見届けたい」
  レイ「妹のことを考えろ!」
 
 ▼レイチェルが難民夫婦に連れていかれそうになる。
  父と息子は反対の方向に走り出す。ロビーは軍隊へ、レイは娘の方へ。

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○レイ父娘は農場のハーラン・オグルビー(ティム・ロビンス)に出会い、彼の家でホッと一息つく。

 ▼レイチェルは母がいつも歌ってくれる子守唄を歌ってとレイに言う。だが、
  レイは「ブラームスの子守歌」も「お山の子守歌」も知らない。
  レイに背中を向け不安に耐えるレイチェル。

 ▼レイは静かに優しく子守唄のようにある歌を口ずさむ。

 ♪ベイビー自慢じゃないけど、俺の車はいつもブッちぎり。皆、勝負もせず引き
  下がる。翼を付けりゃ空を飛ぶ。俺の可愛いホットロッド。大切な俺の宝物…♪

  ビーチ・ボーイズの「Little Deuce Coupe」という歌だ。


▼レイチェルのために子守唄を歌うレイの目は涙で潤んでいる。
  娘への愛が心からふつふつと沸き上がってくる

○深夜、農場にトライポッドが出現、異星人が家に侵入してくる。
 オグルピーは「戦おうぜ。奴らにも弱点があるはずだ。大阪じゃ何体か倒したそうだ。日本人ができたんだぜ。俺たちだって倒せるはずだ。方法を考えよう」と戦う気満々。しかし、レイはオグルピーを何とか静かにさせて難を逃れる。

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○ところが、トライポッドが人間の血を吸い、残渣を霧のように吐き出すのを見てオグルビーは「俺の血はやらねえ、絶対やらねえ!」などとパニックで激しくわめき続ける。このままでは、トライポッドに見つかってしまう…。


(78分頃~ 第2プロットポイント )
 ▼レイはレイチェルに目隠しをし、オグルビーがわめき続ける部屋に入っていく。
  ドアが閉まり、間もなくオグルビーのわめき声が消えた。オグルビーを殺し、
  レイチェルのもとに戻ってくるレイ。

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 イチェルは初めて自分からレイの手を取り、レイの腕を自分の体に回さ
  せる。レイチェルは、娘を守るために父が“何をしたか”知っているのだ。
 身を寄せ合い、静かに眠るレイとレイチェル。

○翌朝、目を覚ますとトライポッドが家に侵入、斧で戦うレイだが、レイチェルはトライポッドの触手に捕獲されてしまう。レイは乗り捨てられた軍隊の車の中に手榴弾を見つけてトライポッドに投げるが、レイも触手に捕まりトライポッドの檻に放り込まれる。檻の中には捕獲された人間たちがひしめき、トライポッドは一人づつ吸い上げては血を吸っていた。

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 ▼レイチェルに覆い被ぶさって全身でレイチェルを守るレイ。
  娘のためなら自己犠牲も厭わない父親の姿がそこにあった。

 ▼ついにレイが吸い上げられる。その時、レイは持っていた手榴弾を吸い込み口
  からトライボッドの中に投げ入れる。トライポッドは爆発し、人間たちを閉じ込め
  ていた檻は地上に落下する。

○難民に交じって歩き続けるレイ父娘。ようやくボストンまで辿り着いた。
 そしてトライポッドに異変が起きていることを知る。勝手にグルグル回り始めてぶっ倒れたり、シールドも消えている。この時とばかりに軍はロケット砲でトライポッドを攻撃し、ついに総司令官らしい異星人が息絶えた。

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 ▼レイチェルを抱いて、元妻の実家に歩いていくレイ。家の窓から二人に気が付
  いた元妻が飛び出てくる。抱き合う母と娘。元妻はレイに心から「ありがとう」

 ▼レイを嫌っていた元妻の両親もレイの変化に驚いたように出てくる
  (両親役は1953年ジョージ・パル監督『宇宙戦争』の主役の二人)

 ▼さらに家の中からロビーがレイのもとに駆けてくる。お互いの無事を確認し、
  抱き合う父と息子。

 ▼困難を潜り抜け、子供を守り通し、無事母親のもとに子供たちを送り届けた
  レイ。そこには無責任で身勝手だったレイの姿はなく、父親としての責任を
  自覚し、父性溢れる頼り甲斐のある父親としてのレイがいた。

ポイント、ポイントでレイが変化していき、“どうしようもないダメ父”から“頼り甲斐のある父”へのキャラクター・アークがとても分かりやすく描かれています。


■武器は極力使わないヒーロー
もし、この作品に何かしら欲求不満を感じている部分があるとしたら、主人公がひたすら逃げているだけで戦ってないじゃん! っていうのがあるかもしれない。
・唯一、自宅から持って出た武器は護身用のピストル一丁。
・フェリー乗り場で子供たちを守り車を奪い返すために空に向かって威嚇の発砲。
 しかし、すぐに別の男からピストルで脅されて、レイは自分のピストルを投げ捨て
 る。レイ父子がカフェに逃げ込む。とレイのピストルを拾った男たちが車を奪い
 合い乱射の音。
・娘を守るために殺人を犯す。素手で部屋に入って行き、揉み合う音だけで殺人
 をイメージさせる。
・娘が触手に捕獲される直前、側にあったを手にする。
・娘が触手に捕獲された後、手榴弾をトライポッドに投げ入れる。

すべて家族を守るためだけに、レイは戦っています。
そこにスピルバーグ監督の明確なメッセージが込められているよう。
インタビューで、9.11やイラク戦争の影響についてスピルバーグ監督は以下のように語っている。


「SF 映画というのは、しばしばコンテンポラリーな問題に対するメタファーなんだ。1950年代のSF映画というのは原子爆弾に対して、そしてソビエトの核による大量虐殺の脅威に対して反応したものだった。そして、今9.11の後、『宇宙戦争』のような映画は、僕たち自身がテロリストたちに攻撃されるかもしれないことをどれだけ恐れているかを反映している。この映画は、アメリカ人の家族を難民にしてしまうんだ。それは、アメリカがこれまで一度も経験したことがないことだよ」


「この映画は家族というものがどれほど大切なのかを描いているのだ。家族のことを愛し、家族の安全を考えるなら、他国の侵略に賛成するなんて考えられないだろう。家族を愛することが、他国で戦争をすることよりもはるかに重要なことを解って欲しい」

息子は軍隊を目にするたびに「あいつら(侵略者・敵)と戦う!」と熱に浮かされたように軍隊の方へ行こうとします。

そんな息子の姿は“9.11直後のアメリカの(好戦あるいは報復)気分”のメタファーなのかもしれません。


■印象に残ったシーン

◇一つはパニックに陥ったレイチェルを落ち着かせるシーン
 ロビーは泣きわめくレイチェルに、胸の前で腕を組ませる。そして「これがお前のスペースだ。このスペースの中には誰も入ってこれない。だから、もう安心していいよ」と妹を落ち着かせます。

◇もう一つはラスト、レイチェルを抱いたレイが元妻の実家前の道をやって来る。元妻は実家の窓から二人に気が付く。レイはそこで立ち止まります。レイチェルは玄関に向かって走り母の胸に飛び込む。レイは今いる位置から動きません。ロビーが家の中から駆け出て来てレイと抱き合います。この時も、レイは今いる位置から動かない。

二つのシーンともにパーソナル・スペースについてのシーンだと感じた。
人は、自分のパーソナル・スペースを侵される(ズカズカ侵入されると)と、葛藤が起こり、不快、不安、敵意などのネガティブ感情を掻き立てられてしまう。

それは、個人のみならず、家族でも、社会でも、国家同士でも。
そのために喧嘩や対立、戦争までもが引き起こされる。、

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ラストのレイが自分が立っている位置から動かなかったのも、レイが現実を受け入れることができるようになり、相手(の家族)のパーソナル・スペースを尊重できるほどに成長した証だと思う。

物語スタート時のレイは育児や子育てに無関心、無頓着で生活費を稼いでくるだけの形だけの父親。離婚したのも自分のそんなところが原因とは露とも自覚してない。
「父親として、やるこたぁやってるのに、なんが不満なんだよぉ!」という感じ。

そのレイが自分に欠けていたものを学習、自覚し、相手の気持ちや立場を客観視できるようになる。そして、相手を尊重するということは、相手のパーソナル・スペースをも尊重することだと学んだ。


その成果がラストのレイの立ち位置に見事に表現されている。


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以上のことなどから、この『宇宙戦争』は、武器を持って戦うことへの虚しさ(反戦)と、家族愛を丁寧に描いた秀作・・・というのが私の結論です。



■確かに、突っ込みどころは多々あるけれど・・・
私が一番物足りなかったのは、ラスト前のトライポッドが崩壊していく原因について。
終わりのナレーションで“地球上の微生物”がトライポッドを破滅させたとあるのだけど、ここのところ、映像で「そうだったんだ!」と驚かせてほしかったなぁ。

観終わってすぐに思い出したのは、ティム・バートン監督『マーズ・アタック!』(1996)
ジャック・ニコルソン、グレン・クローズ、ナタリー・ポートマン、マイケル・J・フォックスなど豪華出演陣の“とんでも火星人襲撃”コメディ。ここに登場する火星人は、ハッキリ言ってサイコパス! 友好的に装ってバンバン地球人を殺していく。

その火星人を滅ぼしたのは・・・
なんと、おばあちゃんが大好きな1951年のウェスタンソング「インディアン・ラブ・コール」の周波数

ハラハラドキドキのカットバックで、「おばあちゃんが危ない!」と思わせておいて危機一髪、「インディアン・ラブ・コール」の音楽で火星人が滅びていく様は、ホッとすると同時に大爆笑です。

“微生物”にもこういうメリハリが欲しかったかも。

音楽が地球を救う…って素晴らしい発想!
エド・ウッド&ティム・バートン大好きなので、『マーズ・アタック!』はバカバカしくても無条件に好きっ!

『マーズ・アタック!』の問題のシーン ↓ はこれ。 

  



          

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2014.10.13

同じものだけど…ちがった奴をくれ! ブレイク・スナイダーの「10のストーリー・タイプ」

Give me the Same thing… Only Different!

『SAVE THE CATの法則』(ブレイク・スナイダー著)の第2章のタイトルです。

この第2章では、個性的な作品、面白い作品を作るために必要なものの一つとして、自分の作りたい作品のジャンルを知ること、同じジャンルの作品をできるだけたくさん観ることを勧めています。

引用-P49~
平凡でないもの、典型的でないものを作るには、まずはそれまでの歴史や伝統をよく知る必要がある。これまでに製作された何百本という映画、特に自分の書きたい脚本と同じジャンルの映画については徹底的に知っておくべき。

ところが驚いたことに、映画で身を立てようとしている人間が、映画の引用が出来ない。自分が書きたいジャンルの映画さえ引用できないのだ。

いいかい、言っておくけど、名監督はみんな引用できるんだ。

引用とは「その映画がどう機能しているか、その仕組みを説明できる」ということ。

映画というのは、感情を引き起こすために作られた複雑な機械のようなもの。これを部品に分解して、組み立て直すようにならなければ。

そのためには、好きな映画、最近の映画だけでなく、もっともっと歴史を遡って、いろいろな映画の種類を知り、どんな系統にはどんな作品があり、どうして発展してきたのかを理解しなければならない。つまり<ジャンル>

平凡でなく《同じものだけど…ちがった奴》を作るには、自分の映画のジャンルを熟知し、ひねりの加え方を学ばなきゃいけない。

書いてる途中、道を見失った時、同じジャンルの作品を参考にし、プロットや登場人物からヒントをもらう。                                                                                              


【スナイダー独自の10のジャンル】

1 家のなかのモンスター(Monster in the House)

『エクソシスト』(73) 『ジョーズ』(75) 『エイリアン』(79) 『13日の金曜日』(80) 『エルム街の悪夢』(84) 『危険な情事』(87) 『トレマーズ』(90) 『ジュラシック・パーク』(93) 『スクリーム』シリーズ(96~) 『パニック・ルーム』(02) 『ザ・リング』(02) 『ソウ』(04)など

◆「危ない! 奴に食われるな!」という単純で原始的なルール。
◆音声を消して上映しても<話はわかる>映画。
◆取り憑かれた屋敷など幽霊関係の話もこのジャンル。
◆限定空間に“異物(モンスター)”が侵入することで、登場人物はそれとの対決を強いられる。
◆ホラーばかりでなく、おなじ構造を利用したコメディもある。


2 金の羊毛(Golden Fleece)

『オズの魔法使い』(39) 『荒野の七人』(60) 『特攻大作戦』(67) 『がんばれ!ベアーズ』(76) 『スターウォーズ』(77) 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85) 『大災難P.T.A.』(87) 『プライベート・ライアン』(98) 『ロード・トリップ』(00) 『オーシャンズ11』(01) 『そして、ひと粒のひかり』(04)など

◆ギリシャ神話に由来。

◆主人公は何か(金の羊毛)を求めて旅に出かけ、途中で人々と出会い、いろいろなことを経験。最終的に発見するのは別のモノ=自分自身。

◆大事なのは、進んだ距離ではなく、どう変化したか。
◆《ロードムービー》を書く際に知っておいたほうがいいジャンル。
◆《泥棒モノ》も含む。


3 魔法のランプ(Out of the Bottle)

『コクーン』(85) 『ラブ・ポーションNo.9』(92) 『マスク』(94) 『ナッティ・プロフェッサー/クランプ教授の場合』(96) 『フラバー』(97) 『ハート・オブ・ウーマン』(00) 『ブルース・オールマイティ』(03) 『ハービー 機械じかけのキューピッド』(05)など

逆バージョン:願いの代わりに、呪いが叶う(天罰が下る)
『フリーキー・フライデー』(76) 『オール・オブ・ミー/突然半身が女に!』(84) 『恋はデ・ジャヴ』(93) 『ライアーライアー』(97) 『フォーチュン・クッキー』(03)など

◆主人公は魔法に(もしくは呪いに)かかり、最終的に勝利を収める。
◆「もしも~があったらいいのに……」というタイプのお話。


4 難題に直面した平凡な奴(Dude with a Problem)

『コンドル』(75) 『ターミネーター』(84) 『ダイ・ハード』(88) 『愛がこわれるとき』(91) 『シンドラーのリスト』(93) 『ブレーキ・ダウン』(97) 『タイタニック』(97) 『ディープインパクト』(98) 『オープン・ウォーター』(03)など

◆映画のスタイルやジャンルも様々で、引き起こす感情の幅も広い。
◆どこにでもいそうな奴が、とんでもない状況に巻き込まれるストーリー。
◆普通の人間が、勇気を振り絞って、解決しなければならない問題に直面する。


5 人生の岐路・人生の節目(Rites Of Passage)

『失われた週末』(45) 『酒とバラの日々』(62) 『テン』(79) 『クレイマー、クレイマー』(79) 『普通の人々』(80) 『男が女を愛するとき』(94) 『28DAYS』(00) 『ナポレオン・ダイナマイト(旧題:バス男)』(04)など

◆人生の節目になるような出来事や経験を扱う。


6 バディ(相棒)との友情(Buddy Love)

ローレル&ハーディ、ボブ・ホープとビング・クロスビー、『赤ちゃん教育』(38) 『女性№1』(43) 『パットとマイク』(52) 『明日に向かって撃て』(69) 『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬』(79) 『48時間』(82) 『E.T.』(82) 『リーサル・ウェポン』(87) 『レインマン』(88) 『恋人たちの予感』(89) 『テルマ&ルイーズ』(91) 『ウェインズ・ワールド』(92・93) 『ジム・キャリーはMr.ダマー』(95) 『タイタニック』(97) 『トゥー・ウィークス・ノーティス』(02) 『ファインディング・ニモ』(03) 『10日間で男を上手にフル方法』(03) 『ブロークバック・マウンテン』(05)など

◆男同士や警官同士や友情だけでなく、ラブストーリーも含まれる。また女同士、魚同士、少年と犬なども。

◆バデイの仮面を剥がせば、ラブストーリー(逆に言えば、ラブストーリーはセックスの可能性がプラスされた《バディとの友情》映画)

◆最初<バディ>はお互いを嫌っている。旅をしていくうちにお互いの存在が必要だと気がつく。やがて、連れ添ってきたバディと喧嘩になる。しかし、お互いなくして生きていけず、エゴを捨てて仲良くするしかないことを最終確認。二人は覚悟を決める。

◆もし《バディとの友情》の脚本を書きたいなら、このジャンルの構成やパターンをしっかり理解しよう。

◆DVDを何十本も観て、じっくり研究してみると、こんなにパターンがそっくりだったんだ!とわかる。

◆なぜパターンが似てしまうのか? そのパターンだったら、必ず上手く行くと分かっているから。


7 なぜやったのか(Whydunit)

『市民ケーン』(41) 『チャイナタウン』(74) 『大統領の陰謀』(76) 『チャイナ・シンドローム』(79) 『ブレード・ランナー』(82) 『JFK』(91) 『ファーゴ』(96) 『インサイダー』(99) 『ミスティック・リバー』(03) 『BRICK ブリック』(06)など

◆フーダニット<だれがやったのか?>よりも、重要なのはホワイダニット<なぜやったのか?>

◆<犯罪>が<事件>として明るみに出た時、その背後にある想像もしなかった人間の邪悪な性が暴かれるというジャンル。

◆探偵モノや社会派ドラマの共通項:
観客を人間の心の闇へと連れて行き、スクリーン上の探偵が観客の代わりにその謎を解くかに見えるが、真相を突き止めるのは観客自身。観客は探偵が集めた情報をもとに自分でその真相を明らかにし、意外な結果に衝撃を受ける。

◆もし、推理モノを書きたければ、《なぜやったのか?》の名作をいろいろ見るべき。探偵がどういうふうに観客の代わりをしているか、よく観察。そして登場人物の心の闇を探ることが観客自身の内面を探ることになるのか考えてみる。


8 バカの勝利(The Fool Triumphant)

『天国から落ちた男』(79) 『トッツィー』(82) 『アマデウス』(84) 『レナードの朝』(90) 『チャーリー』(92) 『デーヴ』(93) 『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94) 『チャンス』(97)  『キューティ・ブロンド』(01) 『40歳の童貞男』(05)など

◆ストーリーとしては最も古いタイプ、サイレント時代の道化物、チャップリンやキートン、ロイドなどもここに含まれる。

◆負け犬のバカに対してもっと大きくて権力の悪者-たいていは体制側-が存在する。

◆どんなに神聖で立派な体制や組織であっても、<バカ>は容赦せずおちょくり、こてんぱんに批判する。

◆賢いバカのストーリーは、社会のアウトサイダーの人生でもある。アウトサイダーが勝利すると、観客も自分が勝利したような快感を味わう。


9 組織のなかで(Institutionalized)

『M★A★S★H マッシュ』(70 アメリカの軍隊・群集心理の狂気) 
『ゴッドファーザー』シリーズ(72~ マフィア一族) 
『カッコーの巣の上で』(75 精神病院) 
『アニマル・ハウス』(78 大学・
優等生サークルVS劣等生サークル) 
『9時から5時まで』(80 企業・上司 VS OL) 
『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89 ブルックリン・人種) 
『リストラ・マン』(99 コンピューター企業) 
『アメリカン・ビューティ』(99 現代アメリカの郊外) 
『トレーニングデイ』(01 新人刑事の1日) 
『クラッシュ』(05 多民族国家アメリカ)など

◆組織や集団、施設、家族や一族のストーリー扱うジャンル。
◆組織や集団を動かす根底に狂気や自滅的なものが多いという共通項。
◆個人よりも集団を優先することの是非を描く。


10 スーパーヒーロー(Superhero)

『レイジング・ブル』(80 ミドル級チャンピオン) 
『バッドマン』(89 犯罪都市ゴッサム・シティ、億万長者) 
『ライオンキング』(94 動物たちの王国プライド・ランドの王子) 
『マトリックス』(99 天才クラッカー) 
『グラディエーター』(00 聖剣士) 
『ビューティフル・マインド』(01 天才数学者・統合失調症) 
『スパイダーマン2』(04)

◆《難題に直面した平凡な奴》の対極。超人的な力を持つ主人公が、ありきたりで平凡な状況に置かれ、周囲から理解されない。超人的な才能を持つ一方で、辛さや苦しみも抱えている。

◆フランケンシュタイン、ドラキュラ、X-メンなども同じジャンル。





ボグラー独自の10のジャンルかどうかは別にして、プロの脚本家は作品に取り組む前に、同じようなテーマの作品をたくさん観るって、自然にやっていることではないでしょうか。

私は観ますね。構成の段階から、とにかく自分の作りたい作品のキーワードに引っかかりそうな映画、本、資料はできるだけ多く観て、読む。

そして、頭の中に100の情報が集まったとして、作品の中に投影されるのは10~20くらいか。作品の中で使わない情報は取捨選択して、バックストーリーで使うこともあります。

しかし、たくさんの作品を観たら、似てこないか?

ボグラーは次のように言ってます。

これパクリじゃない? と思ったら……パクるのをやめる

これってお決まりのパターンじゃない? と思ったら……ひねりを加える
よくあるやり方? と思ったら……新しい方法を考える

しかし、まずは、お決まりのパターンを使いたくなる理由と利点をきちんと理解しておこう。パターンやルールが生まれるのには、それ相応の理由がある。

ルールをしっかり理解し、応用できるようになると、そういったものに制約されている感覚がなくなり、開放感を感じるはず。
打ち破りたいものを理解してはじめて、本物の創造性を発揮できるのだから。

これも、プロは(経験値から)自然に、やっていることだと思う。


ところでクリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナの『物語の法則』に【プロの映画脚本家になりたい人のための五カ年計画】という章があって、ラストに
           
□100日間で100本の台本を読む を挙げています。
  ○脚本を読み終えるごとに、ストーリーのシノプシスを2~3ページにまとめる。
   中心となるキャラクター、主眼となる対立、相互アクション、話の始まり、
   中盤、終わりなど物語の根幹を見つけ出す。
  ○脚本の内容を一文でまとめる(ログライン)
◆脚本を読むことで、自分がマスターしたい形式が分かってくる
◆脚本の構成要素を分解することで、それぞれの要素がどう機能しているかを学ぶことができる。

結局、スナイダーもボグラーたちも同じことを言ってるわけです。

映画の歴史を遡って、できるだけ映画をたくさん観て、たくさん読んで、分析してみること。そして、それぞれの要素がどう機能しているかを知り、身につけることで、それらのルールを応用して、より新しい独自の個性的なものとして創造できる、と。

ということで、映画の仕事をしたければ、歴史を遡り優れた作品をたくさん観ようね、学生諸君!

   

 

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2014.04.13

ジョルジュ・メリエス『月世界旅行』(1902):シナリオ採録してみた!

  


世界最初のSF映画といわれる『月世界旅行』(1902年)


この時代にはまだ今のような形式のシナリオ(脚本)というものはなく、メリエスはストーリーの流れと撮影のアイディアをしっかりと紙に書き留めて、カメラマンや役者に配り、撮影を行ったそう。

【スタッフ】
製作・監督・脚本:ジョルジュ・メリエス
原案:ジュール・ヴェルヌ「月世界へ行く」(1865)
    H・G・ウェルズ「月世界最初の人間」(1901)
撮影:ミショー、リューシャン・テンギィ
美術:クローデル
衣装:ジャンヌ・ダルシー

【登場人物】
バルバンヒューイ会長(ジョルジュ・メリエス)
月の女神(ジャンヌ・ダルシー)
その他(ヴィクター・アンドレ、、アンリ・デラヌー、ブリュネ、デピエール、ファージョー、クルム)

【あらすじ】
天文学会の議場で、会長(ジョルジュ・メリエス)が月世界探検旅行の提案をする。天文学者たちは賛否両論、喧喧諤諤の議論が沸き起こる。その結果、会長を隊長として5名の天文学者が隊員として選ばれ月世界旅行に行くことが決定。
一行は砲弾の形をしたロケットに乗り込むと、大砲によって宇宙へと飛び出した。     
月は大きな顔になっていて、砲弾船は目のあたりに不時着。                
一行が疲れ果てて眠っていると月の女神(ジャンヌ・ダルシー)が現れ、侵入者を懲らしめるために雪を降らせる。
寒さに震えて探検隊員達が地下の洞窟に入っていくと、一面に不思議な巨大キノコが生えている。  
会長が傘を地面に突き刺すとそれがキノコとなってぐんぐん伸びていく。
やがて、角を生やし 手が巨大な蟹の鋏のような月世界人(月人)が現れる。
彼らは傘で叩くだけで簡単に煙となって消えてしまうほど弱いのだが、あまりの数に探検隊一行は捕らえられ、月の王の前に連れてこられる。

しかし、会長は隙を見て王をやっつけ、皆で逃げ出す。
崖の淵に繋がれた砲弾船を見つけ、隊員たちは乗り込んだ。その隊員たちを守るために一人で月人たちと戦う会長。
そんな会長の機転で砲弾船は再び地球へと戻り、熱狂する市民たちの前に凱旋するのだった・・・。


【シナリオ採録】


 N は英語ナレーションバージョンの日本語翻訳字幕


1 天文学会・議場
     大勢の天文学者が集まっている。
     女性たちが天体望遠鏡を持ってきて天文学者たちに渡す。
N 「ホールに集まるのは大勢の天文学者たちと、学会の偉い人たち」
N 「着席すると、うやうやしく運ばれてくる天体望遠鏡」
     会長がやって来て、一同着席。
     会議が始まる。
     黒板を使って月世界探検旅行の説明をする会長。
N 「会長が月世界旅行の計画を提案をする。賛成多数だが、一名が強固に反対」
     議論が沸騰し、荒れる議場。
     会長はたまらずデスクの上の書類を投げつける。
N 「議論は紛糾し、会長が物を投げつける」
N 「何はともあれ、実施が決定」
     会長が5名の科学者を選んでいく。
     探検用の服が運ばれてくる。
     会長はじめ探検隊のメンバーたち、早速、探検用の服に着替える。
N 「同行者として、5人の学者が選ばれ、早速準備に。行くのは会長のバルバン
   ヒューイ以下、ノストラダムス、アルコフリバス、オメガ、ミクロメガス、パラファラ
   ガムスの6人」
     着替えた一同、それぞれ傘を手に意気揚々と議場を出て行く。

2 巨大工房・中
     砲弾型宇宙船が造られている。
     大勢の職人たちが働いている。
N 「ここは工房の中、大勢の職人たちがそれぞれの仕事をして・・・」
     やって来る探検隊のメンバーたち。
     製造途中の砲弾船の中に入って乗り心地を確かめたりと動き回る。
     と、メンバー同士がぶつかり、一人が桶にはまり込む。
N 「ミクロメガスが桶にはまり込む」
     職人に助けられるミクロメガス。
N 「職人の話によると屋根の上に行けば、大砲の鋳造が見物できるらしい」
     探検隊一行、階段を登っていく。
N 「一行はハシゴをのぼって・・・」

3 巨大工房・屋上A
     屋上に昇ってくる探検隊一行
     鋳造所の全景が見える。
     溶鉱炉では巨大な大砲が鋳造されている。
N 「屋根の上にたどり着く。遠くの煙突から立ち上る大量の煙」
     溶けた鉄が巨大大砲の鋳型の中に流し込まれる。
     蒸気と炎がひときわ大きく立ち上る。
N 「旗を合図に、溶けた鉄がそれぞれの炉へ一斉に流し込まれる。熱い蒸気と炎!
   一行はこの光景に大興奮する」

4 屋上・B
     完成した巨大大砲。
     階段を登って、会長を筆頭に探検隊一行が屋上に現れる。
     見送りの人々に挨拶をして、砲弾船に乗り込む探検隊一行。
N 「街の屋根の上で、おごそかに準備が進み、待ちかまえる大砲」
N 「学者たちは、拍手で迎えられ、船に乗り込む」
     全員が乗り終わると、砲弾船の扉が閉められ、ハシゴが外される。
N 「ハシゴが外され・・・」
     10人の女性たちが砲弾船を押して、巨大大砲の中に装填する。
N 「大勢で砲弾船を筒のなかへ押し込む」

5 発射台
     砲弾船が装填された巨大大砲。大砲の先端は月に向けられている
N「装填完了 準備よし。人々は船の発射を、今か今かと期待して待つ」
     見送り隊の女性たちが並び、ラッパを吹いてファンファーレが響き渡る。
     発射の合図が振り下ろされ、同時に大砲に点火される。
     大砲の先端から白い煙が立ち上る。
N「発射の合図で火がつけられ、弾は宇宙へ飛び出す」
     興奮して見送る大勢の人々。

6 宇宙空間A
     月が少しづつ近づいている。
N 「どんどん(地球から)遠くへ・・・」
     さらに月に近づいくと、月の顔がハッキリと見えてくる。
N 「月が見えて・・・大きくなっていく」

7 月の顔
     月の顔の片目に砲弾船が突き刺さる。
N 「そして月の瞳にキスをする」

8 月面(月世界)A
     月面に着陸した砲弾船から会長を先頭に探検隊メンバーたちが出てくる。
N 「船は月面に激突」
     月面の光景に驚く探検隊一行。
     (砲弾船は画面から消える)
N 「一行は初めての月の景色に目を奪われる」
     奥のほうに地球が昇ってくる。
     地球を見守る探検隊メンバーたち。
N 「地平線から地球が徐々に上ってきて、不思議な光で月を照らす」
     月面を見渡す一行。
N 「辺りを見ても、穴ぽこだらけだ」
     と、突然、火山が噴火して、その爆風で倒れる探検隊メンバーたち。
N 「いきなり爆発が起り、一行はよろめき倒れる」
     やっと起き上がるが、皆、疲れてもうへとへと。
N 「過酷な旅に、もうへとへとなのだ」
     会長が毛布を配り、とにかく横になって寝る一行。
N 「その場で仮眠を取る」
     背景に星が流れる。

9 月面空
     一行が眠っている背後の空に、七つの星が現れる。
N 「いきなり現れる、大きな北斗七星」
     そして、七つの星の中央に女性の顔が現れる。
N 「それぞれの顔は女性で、月への侵入者にご立腹。一行に、隕石の降り注ぐ、
   恐ろしい夢を見せる」
     ×  ×  ×
     背景が変り、左に星を掲げた二人の女性、真ん中に三日月に腰掛けた
     月の女神。右に土星が現れる。
N 「そして、次に現れたのは、三日月の女神。土星の神様に、星を掲げた双子の
   少女」
     月の女神が雪を降らせ、消える。
     ×  ×  ×
     雪が降り注ぐ中、目を覚まして起き上がる探検隊一同。
N 「地球人を懲らしめようと、女神は辺りに雪を降らし、月面は銀世界。寒さが
   厳しくなる」
     窪みの中へ入っていく一行(それぞれ傘を手に持っている)
N 「目を覚ました一行は、凍えそうなので何も考えずにくぼみのなかへ向かい、
   吹雪の中、ひとりづつ、姿を消してゆく・・・」  

10 月の地底・巨大キノコの洞窟
     探検隊一行が迷い込んでくる
N 「穴の中は、不思議な世界。巨大キノコがいっぱい」
     会長が丸木の橋を渡って、傘を差してキノコの大きさと比べてみる。
     と、傘がキノコに変身。
N 「傘を差して、大きさ較べ。すると根が生え、傘もキノコに変化。そして、どんどん
   伸びていく」
     その時、キノコの陰から何かが飛び出してくる 
     頭に角が生え、手は蟹の爪のよう。
N 「キノコの裏から突然、妙なものが登場。化け物だろうか。いや、月面に住む
   月人たちだ。襲い来る月人たちに立ち向かう一行」
     会長が、傘を手に月人に向かっていく。
     傘で叩くと、月人は煙とともに消える。
     二人目が現れるが、同じように傘で撃退。
N 「傘で叩くと、月人は粉々に砕け散った。二人目も撃破」
     ところが月人の大群が現れて、襲われる一行。
N 「すると大群が襲来。一行は迫り来る月人から逃げようとしたものの・・・」

11 月の王宮・中
     月人の護衛兵たちや星の女たちできらびやかな王宮
     王座に座る月の王。
     捕らえられた探検隊一行が連れてこられる
N 「数に圧倒されて捕縛。月人の王宮へ連行された」
N 「星々にかしずかれ、月の王は鎮座まします」  
     月の王が立ち上がり、捕らえられた一同に向かって怒る。
     と、会長が月の王の前に躍り出て、月の王を抱え上げると地面に叩き
     付ける。
     すると、煙とともに消えてしまう月の王。
N 「その時、会長が王へ走り寄り、(王を)軽々と持ち上げ地面に叩きつけた。
   あわれ、王も粉砕」
     驚く星の女たちや月人護衛兵たち。
     その隙に逃げ出す探検隊一同と会長。

12 月面B
     逃げる探検隊一行
N 「混乱に乗じて一行は逃げ出す」
     月人兵士たちが追って来る。
N 「追撃する月人たち。全速力で逃げるが、差は詰まっていく」
     探検隊を守るべく、傘を振り回して一人で月人の追っ手と戦う会長
     月人を砕き、やっと一行の後を追い逃げる会長。
     だが、大量の月人兵士が追いかけてくる。
N 「なおも応戦する会長。追っ手はとどまることなく、もうダメかと思ったとき・・・」

13 月面C・断崖の上
     崖のふちにロープに繋がれた砲弾船がある。
     先に砲弾船に乗った隊員が会長に一生懸命「急いで!」と手招きする。
N 「なんと船を発見。慌てて中へ乗り込む」
     追ってきた月人を振り払い、一人戦う会長。追ってきた月人を粉砕。
N 「追っ手が来るまでまだ時間がある」
     会長は外に残ったまま砲弾船のドアを閉める。
     そして、砲弾船をつないでいたロープを解くと、そのロープを握ったまま崖に
     ぶら下がる。
     会長の重みで砲弾船が傾き、崖の下に真っ逆さまに落ちていく。
     だが、砲弾船が月面を離れる瞬間、追ってきた月人の一人が砲弾船の後部
     に飛んでしがみつく。
N 「会長はひとり外へ残って、前の綱をつかみ、そのまま船を月の端から引きずり
   降ろす。月人も負けじとしがみつき、落ちる船について行く」
     追ってきた月人兵士たちは悔しそうに崖下を覗いている。

14 宇宙空間B
     宇宙空間を垂直に落下していく砲弾船。
     ロープにしがみついている会長、月人も船にしがみついている

15 うねる海

16 海上
     海に墜落していく砲弾船。
N 「まさに急転直下。海が現れ・・・」

17 海中
     海中深くに沈んでいく砲弾船。
N 「船はそのまま海中へどぼん。だが幸いにも船内は密閉されていたので・・・」
     海上に向って浮上していく砲弾船
N 「船は海面へ浮かび上がる」

18 港
     穏やかな港の風景
     海上を蒸気船がやって来る
     その蒸気船に曳かれて港へ向かう砲弾船。
     砲弾船の上で、会長が意気揚々と手を振っている。 
N 「船を見つけた蒸気船が港へ運び、無事帰還できた次第」

11分48秒バージョンはここで終わり

19 広場A
     月世界旅行の成功を祝って多くの市民が集まっている。
     軍楽隊、砲弾船のパレードに続き会長ら探検隊メンバーが現れる。
     探検隊の勇気と栄誉を称えて6名に冠と勲章が授与される。
     誇らしげに喜び合う探検隊メンバーたち。
     そこに捕虜となった月人が連れてこられて一般公開される。
     異様な月人の姿に驚きと興奮で歓呼する市民たち・

20 広場B
     中央に月を征服した天文学者の銅像がそびえる。
     市民が取り囲む中、軍楽隊がパレード。
     銅像を取り囲んで、楽しそうに輪になって踊る市民たち・・・。

14分バージョン  END



世界中で大成功を収めたこの作品。

エンタメ脚本の基本中の基本、【日常→非日常→日常】 の構成にはきちんとハマっています!

前半、大きな砲弾に人間が乗り込んで月に打ち上げられるという話はジュール・ヴェルヌの「月世界へ行く」、後半、月面の地下に月人が生活しているという話はH・G・ウェルズの「月世界最初の人間」をヒントにしたそうだけど、全体のストーリーは見事、メリエスのオリジナル!


【カラーバージョン】

 

1993年にスペインで発見された着色版です。
長い時間を掛けてデジタル処理で修復されたもので、修復の過程が映画になっています。( 映画「メリエスの素晴らしき映画魔術」 )


1985年12月28日、パリのグラン・カフェで行われたリュミエール兄弟の「シネマトグラフ」による世界初の映画上映会で、メリエスはたちまち映画に魅せられます。

1986年春には、仲間を集めて「カード遊び」という映画を撮影(ほとんどリュミエール兄弟の模倣だったけど・・・)

1896年後半、マジシャンとしての本領を発揮。たまたま発見した“止め写し”と“置き換え”の手法を駆使して「ロベール・ウーダン劇場における婦人の雲隠れ」(1分)を上映。その映像マジックが話題になりました。

1896年から1897年にかけてメリエスは100本以上の映画を撮りました。といってもフィルム1巻が約1分。なので、1本あたり数十秒から1分前後の作品だけど。

そんな中、メリエスは新しい挑戦をします。
長編映画で、しかもカラー映画!

そして出来上がったのが、「悪魔の館」(1896)3分。
当時、3分は長編だったのです!
カラーの色は・・・もちろんカラーフィルムなどなかった時代、色はすべて手描きで着色!


メリエスは1896年9月にパリ近郊のモントルイユに映画スタジオを建て始め、翌1897年3月、世界初の本格的映画撮影スタジオが完成しました。

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アメリカではエジソンが1894年に「キネトスコーピック・シアター」というスタジオを持っていたけれど、これは大きなターンテーブルの上に小屋が乗っている感じの建物で、内側も外側もタールで黒く塗られてた。その奇妙な外観が囚人護送車に似ていたところから、このスタジオは囚人護送車のあだ名と同じ「ブラック・マリア(ブラック・マライア)」と呼ばれていました。とても本格的とはいえないスタジオだったよう。


1897年、メリエスは撮影スタジオと同時に、巨大な彩色アトリエも作りました。

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女工さんたちが出来上がったポジフィルムに1コマずつアニリン染料で色を塗っていく。
一人が1色を担当し、多い時には20色以上使うこともあったそうです。セルアニメの彩色作業と同じことが、拡大鏡を覗きながらここで行われていたのです。
無声映画は1秒16コマなので、3分では2880コマ。
それをプリントの本数だけ塗るという、まさに気の遠くなるような作業が続けられて完成したのが「悪魔の館」カラーバージョンでした。

メリエスは一つの作品のモノクロ版とカラー版を興行主らに販売しており、フランスだけでなく世界中でメリエスの作品が上映されました。

「月世界旅行」のカラー版もそういう訳でスペインで発見されたのでした。

この作品が作られた頃から1907年くらいまではメリエスの絶頂期でした。

ところが、1914年に第一次世界大戦が勃発。
フランス陸軍はフィルムに含まれるセルロイドと銀を再利用するため、メリエスの映画の原版400本以上を没収。陸軍は軍靴のかかと部分などにメリエスのフィルムを使ったそう。
さらに1923年には新しい大通りを建設するためという理由で、メリエスが所有していたロベール・ウーダン劇場が取り壊されてしまった。そしてその年、メリエスのスター・フィルム社とモントルイユの撮影スタジオを製作費の借金の形にシャルル・パテに明け渡すことになった。やけになったメリエスは、モントルイユのスタジオに保管されていた全てのネガやセットや衣装を燃やしてしまいました。→この辺はマーチン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』の中でパパ・ジョルジュが語っていましたね。
  

そんなこんなで、メリエスの全531作品のうち現存するのは約200作品といわれています。メリエスの作品は、見れば見るほど、
「メリエスって人は、人を驚かせたり、楽しませたりするのが大好きで、そして、なにより映画作りが大好きな人だったんだなぁ」と嬉しくなります!

  

    

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