2017.01.23

メキシコ国境に壁って・・・あの人、まさかこのドラマを観て・・・ということで、アメリカドラマ『ブル~ス一家は大暴走!』(Arrested Development)


昨年、一挙見したTVドラマの中の一つブル~ス一家は大暴走!』(原題: Arrested Development)

1話が30分弱なので、ついつい、スイスイ、見てしまいました。

シーズン1 全22話 放送2003年11月~2004年6月 FOX
シーズン2 全18話 放送2004年11月~2005年4月 FOX
シーズン3 全13話 放送2005年 9月~2006年2月 FOX
シーズン4 全15話 放送2013年 5月26日 Netflix一挙公開


この作品、根強いファンがいるみたい。

実は第1シーズンの視聴率は悪くて打ち切り寸前の一方、視聴者や批評家からの支持は高く、この第1シーズンはエミー賞コメディ部門で作品賞を受賞。
しかし、このままでは採算が取れないということで、FOXは第3シーズン終了の2006年に打ち切り決定。

ところが、2013年に新シーズンとしてNetflixで復活。
このあと、第5シーズンの製作も決まってるよう。
IMDb のエピソードガイドにシーズン5があるので、多分製作されるものと。


【内容】

カリフォルニア州オレンジカウンティの不動産開発で資産を築いたブルース一家。
社長である父、ジョージ・シニア(ジェフリー・タンバー)が引退したその日、父は不正会計で逮捕されてその資産は凍結されてしまう。この一家、家族全員が超個性的で、早く言えば変人ばかり。

唯一まともなのが次男のマイケル・ブルース (ジェイソン・ベイトマン)とその息子のジョージ・マイケル(マイケル・セラ)。マイケルは妻に先立たれ、今は独身。息子とは良い関係で良き父でもある。

そのマイケルが、いわゆる機能不全家族を養うために奮闘するというのがメインストーリー。サブストーリーは家族それぞれの個性に応じて、ハチャメチャです(笑)

Arrested_development1

左から:ウィル・アーネット、トニー・ヘイル、アリア・ショウカット、マイケルセラ、ジェイソン・ベイトマン、デヴィッド・クロス、ジェシカ・ウォルター、ジェフリー・タンバー、ポーシャ・デ・ロッシ


【主な登場人物】

マイケル・ブルース(ブルース家 次男):ジェイソン・ベイトマン
  妻に先立たれ、一人で息子を育てている。リンジーとは双子。
  この10年、ワンマンの父のもとでブルース社の経営を引き受けてきた。やがて
  父の引退の日、後継者に指名されると思っていたのに、父が指名したのは母。
  傷つき失望したマイケルはブルース一家と縁を切り、自分の道を歩み始める。
  しかし、母に会社経営などできるはずもなく、呼び戻され・・・。

ジョージ・マイケル・ブルース(マイケルの息子):マイケル・セラ
  シャイで素直で心優しい青年。従妹のメイビーを好きになるが・・・。

ジョージ・ブルース・シニア(ブルース家 父):ジェフリー・タンバー
  大企業ブルース・カンパニーのCEO。シーズン1の1話で不正経理で逮捕される。
  刑務所に服役中もCEO気質が抜けず、我がままを言っては会社を任せたはず
  のマイケルを支配しようとして、マイケルを困らせる。
  双子の弟、オスカー・ブルース(二役)がいて、なんともややこしい話に・・・。

ルシル・ブルース(ブルース家 母):ジェシカ・ウォルター
  CEOの妻気質が抜けずいつもゴージャス。終始、高圧的で浪費癖あり。

ジョージ・オスカー・ブルース2世(ジョブ)(ブルース家 長男):ウィル・アーネット
  プロのマジシャン。ある時、公の場でついマジックの種明かしをしていまい
  マジシャン連盟から除名されてしまう。以来、なかなか舞台復帰ができず
  迷走。プライドだけは異常に高いために、普通の仕事はムリっ。

バスター・ブルース(ブルース家 三男):トニー・ヘイル
  ルシルが夫と間違って、夫の双子の弟・オスカーと寝てしまい生まれた子供。
  知的障害(あるいは行動障害)とパニック障害があり、ルシルが溺愛したため
  スーパー・マザコンに。

リンジー・ブルース・フンケ(ブルース家 長女):ポーシャ・デ・ロッシ
  医者の妻になって何不自由ない生活・・・のつもりだったが・・・実は夫は
  とんでもない奇人変人だった?!  贅沢な環境で育ち母に似てゴージャスな
  ライフスタイルから抜けきれない。
  
トビアス・フンケ(リンジーの夫):デヴィッド・クロス
  もと精神科医。なのだが、あるとんでもない医療ミスをしでかし病院をクビに。
  それを機会に、夢だった役者の道を歩みだす。しかし、勘違いも甚だしく・・・。
  裸恐怖症で妻のリンジーにも裸を見せられないとか最高の変キャラ。

メイビー・フンケ(リンゼイの娘):アリア・ショウカット
  非現実的な両親の間に生まれたにもかかわらず超現実的でしっかりしている。
  まだ10代にもかかわらず年齢を偽って映画会社に潜り込み、プロデューサー
  として大活躍。

ナレーター:ロン・ハワード


【見どころ】


◆製作総指揮&全シリーズ全話のナレーターはあのロン・ハワード

Ronhoward_2

ロン・ハワードと言えば映画『コクーン』(1985年)、『アポロ13』(1995年)、アカデミー賞作品賞・監督賞の『ビューティフル・マインド』(2001年)、『ダ・ヴィンチ・コード』 (2006年)、『天使と悪魔』(2009年)などの監督、テレビドラマ『24 -TWENTY FOUR-』のプロデューサーとしても有名。

両親が俳優で子供の頃から役者としても活躍しており(子役時代の名前はロニー・ハワード)、テレビシリーズ『メイベリー110番(原題:アンディ・グリフィス・ショー)』などで人気だったらしい。

『ブル~ス一家は大暴走!』ではナレーションだけでなく本人役でもかなり出演してます。
特にシーズン4では、ブルース一家をモデルにドラマを作るという話がロン・ハワード監督から出て、マイケルがその件でロン・ハワード監督のイマジン社に打ち合わせに行くシーンが。

その時のロン・ハワード監督とマイケルの会話で、まず『メイベリー110番』が40年ぶりに復活か?という話が出たり、オフィスにでんと置かれた月面着陸船の中で打ち合わせして、『アポロ13』の話が出たり、ロン・ハワード監督の作品着想のヒントが明かされたりと裏話が聞けて、かなり面白い!


◆シャーリーズ・セロンがゲスト出演!


英国人街でマイケルが出会い一目惚れした英国訛りイングリッシュの超美人。
愛らしく、純真無垢で、無邪気。話によると幼稚園の先生らしい。マイケルは英国籍の彼女がアメリカに滞在できるよう彼女との結婚を決めるが、ブルース一家は大反対。
ところが、ある事実が発覚してブルース一家はリタとマイケルの結婚に超乗り気に。

その事実とは、リタは実は知的障害者。「幼稚園に行く」のは先生だからではなく、彼女は園児だったのだ。
ではなぜ、ブルース一家がそんな彼女との結婚賛成に転じたか・・・理由は明快。リタは莫大な財産を持つイギリスの大金持ちだったから。
すべてを知ったマイケルは、リタの財産に態度を一変させた家族に激怒。そして、二人の結婚は・・・。

シーズン3(2005)のエピソード2から6まで5エピソードに登場。最初にリタを見た時、「まさか、シャーリーズ・セロン?!」とIMDdでキャスティングを調べたほど。で、本物のシャーリーズ・セロンでした。

リタの保護者である叔父さん曰く。
「アメリ人は(彼女が知的障害者とは)気づかない。彼女の発音と整形のせいだろう。去年なら問題なかった」

そしてインサートされた1年前の写真というのが・・・な、なんと、映画『モンスター』(2003)の連続殺人犯アイリーン・ウォーノスの顔写真!!!

Blues0

映画『モンスター』(2003):実在の連続殺人犯アイリーン・ウォーノスを描き、シャーリーズ・セロンは体重を13キロ増やし、特殊メイクでアイリーン・ウォーノスを熱演。この役でアカデミー賞女優賞受賞。

1年後のリタ・・・

Blues1

Blues3










こんなキュートな姿も ↓
リタは、いつもピヨコちゃんバックを背負ってる(笑)

Blues22

Blues2











◆ベン・ステイラーやセス・ローゲンもゲスト出演

ベンス・テイラ―は長男ジョブのライバル・マジシャンとして登場。

Blues4

 Blues5




 




お互いに相手の弱みを握るためにゲイを装って接近するが・・・。
なぜか。妙な雰囲気に・・・。

◆あのライザ・ミネリがセミ・レギュラー

この人も、「まさか本人?!」と思ってしまった・・・

Cabaret_2

Blues8_3

  











『キャバレー』(1972年)でアカデミー賞主演女優賞(26歳)→2003年で57歳

50代でもお色気があってゴージャス! 現在は71歳です。


◆主人公親子は『JUNO』でも共演

主人公の父と息子は『JUNO』(2008)でも共演。

Juno1_2


息子のマイケル・セラはジュノの子供の父親。
ジュノの気持ちが分からなくてオロオロしてたけど、
最後は二人、ハッピーエンドで良かった良かった!








Juno2_2

お父さんのジェイソン・ベイトマンは、ジュノの
子供を養子として望む夫婦の夫役。

まだ父親になる覚悟ができてないからと
逃げちゃったあの役。






◆その他

Figureskate_2


ウィル・アーネットは昨年後半に観たばかりの
『俺たちフィギュアスケーター』(2007)に、
ウィル・フェレルとジョン・ヘダーの男性ペアの
ライバルとして実際の奥さん(当時)と双子の
スケーター役で登場。


Blues9_2

ポーシャ・デ・ロッシは『アリーmy Love』のネル役。
『アリーmy Love』は当時仕事をしていたプロデューサーから、こんなドラマを作りたいと言われて、ビデオ屋さんに置いてあるだけのVHSビデオを借りて見まくった作品。アリーと違うタイプのネルはクールでかっこ良かった! そのネルをこの作品で久々に観て満足! 





◆さて、最後に話題の(笑)メキシコ国境の壁建設問題


メキシコ国境に壁を建設するという話はシーズン1~3(2003~2006)でも出ていたようだけど、本格的に建設話が出て来るのがシーズン4(2013)。

Arrested_development2

まず父と母(刑務所に服役中)がメキシコ国境の壁建設を決めます。

そして、父が政治家に壁建設を持ちかけます。その政治家は右翼の変人と言われる政治家ハーバート・ラブで、父に賄賂を要求。

Arrested_development3

Arrested_development4








父は母が孫に整形手術代として送った5万ドルの小切手をくすねて、ハーバート・ラブに賄賂として贈ります。

Arrested_development5

Arrested_development6









するとハーバート・ラブは早速、メキシコ国境の壁建設をテレビで主張し始めます。

ところが、父と母は信じられない勘違いに気が付きます。

メキシコ国境の壁建設を政府に働きかけたのは、実は自分たちの土地がメキシコ国境のアメリカ側にあり、壁を造ることで自分達の土地をアメリカ政府に買い上げさせるのが目的でした。

しかし、実際に政府からの国境の測量が開始されると、自分たちの土地はアメリカ側ではなくメキシコ側にあるという事実が発覚。

Arrested_development7

父と母が信じていた地図は大学で地図作成を学んだという三男のバスターが描いたもので、全く信頼できない地図だったのです・・・。

※三男バスターはその言動から知的障害や行動障害など何らかの障害があると思われるけど、ドラマ内の説明では「大学院生で、大学では全学科を専攻。先住民の儀式から新航路の地図作成まで学んだ」ということになっている。

アメリカ政府に土地を売ることができないと分かると、今度はハーバート・ラブの対立候補(ライザ・ミネリ)に「壁建設反対」を働きかける。

メキシコ国境の壁建設はシーズン4ではここまで。どうなるかはシーズン5に持ち越されそう。

このドラマの中では、メキシコ国境の壁建設は自分達の土地を政府に買い上げさせるという欲まみれの発想。

当然、メキシコ人たちが壁建設に反対して暴動を起こすというミニ・エピソードも盛り込まれています。

このドラマ全話を見たのが昨年の11月。トランプ氏のメキシコ国境の壁建設話とリンクして「まさか、このドラマが新大統領の発想のヒントに? そんなアホな・・・」と一人で大爆笑。単純で通俗的なトランプ氏ならありうるなぁとか。

荒唐無稽なメキシコ国境の壁話って、合衆国では一部の人たちにとって、昔からある発想なの? 
果たして表向きの理由だけなの?
一兆円はかかると言われている国境の壁、このドラマのブルース夫妻のように土地が売れて潤う一部の人はいないの?

他国のこととはいえ、現実もドラマも、今後の成り行きから目が離せませんね(笑)

【参考記事】

 映画から読み解く「メキシコ国境の壁」

『ワールドシネマ・スタディーズ 世界の「いま」を映画から考えよう
     小長谷有紀、鈴木紀、旦匡子(著)勉誠出版


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.12

キーラ・ナイトレイの歌が最高!映画『はじまりのうた BEGIN AGAIN』



『はじまりのうた BEGIN AGAIN』 2013年 104分  アメリカ

監督・脚本:ジョン・カーニー
出演:キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、アダム・レビーン、ヘイリー・スタインフェルド、ジェームズ・コーデン、シーロー・グリーン、キャサリン・キーナー
音楽:グレッグ・アレキサンダー

【Logline】
恋人に裏切られた失意のシンガーソングライターが、落ち目の音楽プロデューサーと出会うことで、音楽を通じて運命を切り開いていく物語。


【Story】
 自作の曲が映画に採用された恋人のデイヴ(アダム・レヴィーン)とともにイギリスからニューヨークへやってきたシンガーソングライターのグレタ(キーラ・ナイトレイ)。しかし、デイヴの浮気が発覚、彼と暮らす部屋を飛び出て、友人のミュージシャン、スティーヴ(ジェームズ・コーデン)を頼る。

 スティーブは失意のグレタを励まそうとライブバーに連れていき、彼女を無理やりステージに上げる。
 そこに偶然居合わせた落ちこぼれの音楽プロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)はグレタの才能に惚れ、彼女にデビューの話を持ちかける。

 ところが、その録音はニューヨークの街角で行うという。
 セントラルパークやチャイナタウン、橋の下、路地裏、ビルの屋上、地下鉄のホームなど、グレタのゲリラレコーディングは続いていくが、この無謀な企画が小さな奇跡を起こし始める。

 やがてアルバムが完成したその日、誰も予想できなかった最高のはじ まりが待っていた……。

【コメント】

「君は美人だし、きっとヒットする」
というマーク・ラファロに対して
「顔が関係あるの?音楽に大事なのは耳よ。目じゃないわ。私はスターを夢見たジュディ・ガーランドとは違う。悪いわね」
と名刺を突き返す気難しいシンガーソングライターのキーラ・ナイトレイ。

「君が本物だと思うアーティストは誰だ?」と聞かれ即座に答えたのは「ディラン」。
すると「あいつこそ印象重視だ。髪型にサングラス、10年ごとに変えてる」。

確かに映画『アイム・ノット・ゼア 』 (2007)では6人のイメージの違うボブ・ディランが登場している(女優ケイト・ブランシェットが演じたボブ・ディランが一番カッコ良かった!)

『はじまりのうた』は音楽業界のバックステージものとしても面白かった。

また第一幕の構成がちょっと凝ってる。
グレタとダンの出会いが、時系列を戻して、それぞれの立場から描かれているのだ。

また、キーラ・ナイトレイが歌う曲はすべて彼女自身が歌っている。
冒頭にギター一本で歌う『Lost Stars』から彼女の歌声に魅了された。
こんなに生き生きと可愛いキーラ・ナイトレイは『ベッカムに恋して 』(2002)以来かも。

劇中歌『Lost Stars』は第87回アカデミー賞の歌曲賞にノミネート。




マーク・ラファロはなぜかどの作品を見ても『刑事コロンボ』のピーター・フォークとイメージが重なる。
アネット・ベニングとジュリアン・ムーアがレズビアンカップルを演じた『キッズ・オールライト 』(2010)だけはなぜかすごくカッコ良く見えたんだけどねえ。

『はじまりのうた BEGIN AGAIN』 ふわっと幸せな気分になれるいい作品でした。

Netflix  で視聴。
dTV  は+課金で10月30日まで視聴可。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.06

スティーヴン・キング原作、ジョニー・デップ主演のミステリー『シークレット ウインドウ』

『シークレット ウインドウ』 SECRET WINDOW 2004年 96分 アメリカ

監督・脚本: デヴィッド・コープ
原作:スティーヴン・キング 『秘密の窓 秘密の庭』
音楽:フィリップ・グラス
出演:ジョニー・デップ、ジョン・タトゥーロ、マリア・ベロ、ティモシー・ハットン、チャールズ・S.ダットン

【Logline】
妻の浮気による別居からスランプが続いている人気作家が、過去に葬った盗作疑惑のことで脅迫を受けて追い詰められていく中、ある衝撃の真実が見えてくる。

【Story】
 人気作家モート・レイニー(ジョニー・デップ)は、別居中の妻エイミー(マリア・ベロ)との離婚協議による疲労のため公私共にスランプに陥っていた。

 そんなある日、彼の家にシューター(ジョン・タトゥーロ)という男が現われ、モートが自分の小説を盗作したと主張。
 モートは身に覚えは全くなかったが、シューターは執念深 くモートを追い詰めていく。

 モートは友人の探偵ケン(チャールズ・S・ダットン)に調査を依頼。
 しかしエイミーの家が燃え盗作疑惑を晴らす証拠を失い、 シューターの目撃者やケンが殺害される不可解な事件が重なる。

 モートはシューターを操る影の存在について、エイミーの今の恋人、テッド(ティモシー・ハットン)を疑い始めるが・・・。


【コメント】
主人公の状況設定は『思いやりのススメ』とほぼ同じ。
◆仕事は小説家
◆子供を亡くす
◆妻と別居
◆離婚協議中。主人公が離婚届に判を押さない
◆スランプで小説が書けなくなる

あまりにもバックストーリーが似ているので、ジャンルが違うとこうも作品が違ってくるのかと、ちょっと感心(笑)
こちらはスティーヴン・キング原作のミステリー。
だが、最初の数シーンで主人公の抑圧された感情が描かれているので、その後の展開がほぼお見通し。
この作品の少し前に『ファイト・クラブ』(1999)や『メメント』(2000)という名作が作られ、同年には『マシニスト』(2004)という異色作も。
それらを超えるくらいのドンデンがないので凡作になってしまった作品。
若いジョニデやジョン・タトゥーロを楽しむにはいいけど。
ちなみにジョン・タトゥーロは監督・脚本・主演した『ジゴロ・イン・ニューヨーク』 (2013年 共演ウディ・アレン)が最高に渋い!
dtv で930まで視聴可。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.05

筋ジスの少年+介護士+セレーナ・ゴメスのロード・ムービー『思いやりのススメ』


『思いやりのススメ』 Fundamentals of Caring 2016年 97分

アメリカ Netflixオリジナル

監督:ロブ・バーネット
脚本:ロブ・バーネット、ドナ・ジリオッティ、ジェームズ・スパイズ
原作:ジョナサン・エヴィソン
出演:ポール・ラッド、クレイグ・ロバーツ、セレーナ・ゴメス、ジェニファー・イーリー、ミーガン・ファーガソン、フレデリック・ウェラー

【Story】
 ベン・ベンジャミン(ポール・ラッド)は新米介護人。ある悲しい出来事がきっかけで作家をやめ、介護士に転身した。妻とは別居し、離婚するように迫られているが、どうしても書類にサインをすることができない。

 ベンは6週間の介護士研修を受け、トレバー(クレイグ・ロバーツ)という初めての依頼人と出会う。
 トレバーは筋ジストロフィーという進行性の不治の病に冒され、車椅子生活を送っている。全身の筋肉が衰えていく病気で、やがては呼吸すらできなくなってしまう。トレバーは母親と二人暮らしで、彼女が仕事に出かけている間の介護人としてベンが選ばれた。しかしトレバーは病気のせいか独特のユーモアと気難しさを併せ持っており、介護人もなかなか長続きしないのが常だった。

 そんなある日、あることがきっかけでトレバーがいつも地図で眺めていた「世界で一番大きな牛」とか「世界で一番大きな穴」などを見るための旅に出る。
 2人はその道中、家出してきた生意気な少女・ドット(セレーナ・ゴメス)や若い妊婦ピーチズ(ミーガン・ファーガソン)と出会う。
 彼女たちをとおして、2人は想定外の状況下でも生きてゆくための自分たちのスキルを試され、やがて希望をもつことの大切さや真の友情とは何かということを理解するようになる。 

【コメント】
 ワシントン州シアトル(多分この辺?)出発→アイダホ州(ドットとの出会い)→モンタナ州(ピーチズ同乗)→ユタ州→ソルトレーク→「世界で一番大きな穴」

 この道中にいろいろな事件が起こり、そして最後に・・・。

 ある出来事のために、作家として行詰まり介護士になった男と筋ジストロフィー症少年のロードムービー。ジャンルで言えば障害者ドラマになるんだろうけど、日本の障害者ドラマとはちょっと違う。

 アルフレッド・アドラー的にいうと、登場人物たちが、自分と他者との「課題の分離」(仕事の課題<交友の課題<愛の課題)が出来ているので、一方的な感情の押しつけによるベタベタ感がない。

 途中から加わる生意気なヒッチハイカーの少女・ドット(セレーナ・ゴメス)もキャラが個性的。
 ストーリーもキャラ設定も全体的にとても好きになった作品。


 まず、印象に残ったのは介護の基本の「ALOHA」
 A ASK     (問いかけて)
 L Listne    (聞いて)
 O Observe   (よく見て)
 H Help     (手伝い)
 A Ask Again (また問う)
  なるほどアロハ!

Slimjim_2

 一番ハラハラしたのは、旅が始まって間もなくベンは旅のお供にゃこれだろうなどとスリムジム(サラミ)を食べるようトレバーにけしかけるシーン。

 トレバーの食事は彼の母親がメニューを決めておりワッフルとソーセージと決まっている。でも、これには理由があるんだよね。筋ジストロフィーの場合、症状が進んでくると嚥下する筋力も衰えてくるので、喉に物が詰まらないようにとの配慮から。
 なのでベンがしつこく食べるようにけし掛けるのでハラハラしてしまった。
 一瞬、ヒャッとするものの、トレバーは自分の身体のことはよく分かっており・・・最後は笑わせてくれました。

 ロードムービーであると同時に、三組の親子の物語でもある。
 ベンと亡くなった息子。
 トレバーと彼から逃げた父親。
 ドットと彼女が棄てた父親。
 旅の終わりには、それぞれが自分なりの結論を見出します。

 メインのロードムービー・プロット、それぞれが抱えるサブ・プロットが上手く収斂され観終ってホッとできる作品でした。

Netflixオリジナルフィルム
http://www.netflix.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.08.31

iPhoneで撮った映画『タンジェリン』

夏休み最後の日。もう一本ご紹介。



『タンジェリン』 Tangerine 2015年88分 アメリカ
監督/編集/撮影/脚本:ショーン・ベイカー
脚本:クリス・ベルゴッチ
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン

ジャンル:コメディ

【Story】
ロサンゼルスの夏のようなクリスマス・イブ。
トランスジェンダーの娼婦シン・ディは、恋人の浮気相手を見つけてとっちめようと躍起になる。

歌手を夢見る同業の友人アレクサンドラは、カフェでのライブが迫っている。

アルメニア出身の心優しきタクシードライバーのラズミックは、変態ちっくな欲望を満たそうとしている…。

危険な香りが漂う街を舞台に、3人の大事な夜がカオティックに交差する様を描く爆笑コメディドラマ。

スラングとF××Kがマシンガンのように飛び交い、スピード感溢れる展開とリアリズムに圧倒されるが、ベイカー監督はストリートで出会った女性たちと脚本の構想を練るうちに、実際の彼女たちに出演してもらうことにしたという。

破天荒な物語ながら、セクシャル・マイノリティや移民に対する温かい視線が貫かれ、アメリカン・インディの層の厚さが実感できる痛快作である。
iPhone5Sにアナモレンズを装着して撮られた映像の効果にも注目。
                       (東京国際映画祭公式サイトより)

【コメント】
iPhoneで撮ったことで話題の作品。
フィルムを買う予算がなくてiPhone5s(三台)で撮ったとのこと。


映像はとてもキュートでキレイで全く普通の映画と同じ。
ワイドスクリーンを撮影するために付属のレンズをつけ、フォーカスをロックできるアプリを入れ、編集で様々なフィルターを駆使して、独特の映像美に仕上げています。音は普通の映画と同じ手法で収録したそう。

IMDbの「Camera」には「Apple iPhone 5S, Moondog Labs anamorphic adapter」と書かれてました。
ストーリーはトランスジェンダーの娼婦シン・ディ・レラ(シンデレラ)と歌手志望の親友、アルメニア出身のタクシードライバーの三人を中心に展開。


それぞれのセントラル・クエッションが明確で、ロサンジェルスの街を一緒に連れ回されているようなリアリティとスピード感。

低予算でもこんなにポップでキュートで凶暴(笑)な作品作れるんだね!って感じ。
Netflixでいつでも視聴可です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『シックス・センス』M・ナイト・シャマランが仕掛けるソリッド・シチュエーション・ホラー『デビル』

『デビル』 DEVIL  (2010) 80分 アメリカ

原案・製作:M・ナイト・シャマラン
監督:ジョン・エリック・ドゥードル
脚本:ブライアン・ネルソン
出演:クリス・メッシーナ、ローガン・マーシャル=グリーン、ジェフリー・エアンド

『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランが長い年月をかけて練り上げてきたアイデアを、将来有望な映画作家たちが映画化するプロジェクト「ザ・ナイト・クロニクルズ」の第1弾。

【Story】

高層オフィスビルで一人の男が墜落死した。
現場に急行したフィラデルフィア市警殺人課のボーデン刑事(クリス・メッシーナ)は、ロザリオを握りしめた死体に 不自然な思いを抱きつつも、状況から自殺と断定する。
その頃、エレベーターの一基が突然停止し、セールスマン風の男(ジェフリー・エアンド)、老女(ジェ ニー・オハラ)、警備員のラーソン(ボキーム・ウッドバイン)、身なりのいい若い女(ボヤナ・ノヴァコヴィッチ)、そして整備工の若者(ローガン・マー シャル=グリーン)の5人が閉じ込められた。
状況に気が付いた警備室の警備員ラスティグ(マット・クレイヴン)とラミレス(ジェイコブ・バルガス)は整備 担当のドワイトに故障したエレベーターの確認に向かわせる。
エレベーターの中で5人はパニックになりながらもなんとか冷静さを保とうとしていたが、突然照 明が消えて再点灯したとき、若い女の背中が切られて出血。
5人は誰が犯人かお互いを疑う。
その状況を監視カメラのモニターで見たラスティグは警察に連絡。
無線を聞いたボーデンは警備室に向かい、中の5人に落ち着くように話す。
だが、エレベーターにはボーデンの声は届いているもののエレベーターからの声は まったく聞こえない。
ボーデンは消防署のレスキューに連絡、閉じ込められている5人の身元を調べるためにロビーの入館者名簿を調べに行く。
その間にエレ ベーター内では再び照明が消え、鏡が割れた音が聞こえたと同時に点灯すると、そこには首に鏡の破片を突き立て、セールスマンの男が死んでいた。
そんな中、 屋上からエレベーターのワイヤーを伝って下りようとしていたドワイトが墜落死。
敬虔なクリスチャンのラーソンはこれが悪魔による仕業だと言う。
最初はラー ソンの戯言だと考えていたボーデンは、自殺者がオフィスに残していた「悪魔の足音が聞こえる」という謎のメモや、閉じ込められている5人の素性が明るみに なることで、ラーソンの言う悪魔の存在が頭をよぎる。
閉じ込められた5人がなぜ死ななければいけないのか、その事実を知った時、ついにその恐怖の正体が目 の前に現れた……。

                        (dtvストーリーより)

【コメント】             

高層ビルのエレベーター内という密室で次々に起こる殺人というソリッド・シチュエーション・ホラー。
オープニング・クレジットの間、天地逆さまの映像が流れ続けるけど、1分20秒も天地逆さま映像見ていると三半規管がおかしくなりそう(笑)
で、その意外性にホレた! 
が、内容的には「神と悪魔オチ」は「夢オチ」と同じくらい「何だかなあ」。
「復讐心」は悪魔の大好物? それに対抗するために必要なものとは・・・って伝えたいことはわかるんだけどね。
dtvでの視聴は今日までです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.05.25

『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 キアヌ・リーブスが製作&ナビゲーターのドキュメンタリー映画(2)監督、映画関係者の声


ドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』
2012年 アメリカ 99分
監督:クリス・ケニーリー 
企画・製作・ナビゲーター:キアヌ・リーブス

 およそ100年間の映画史において、唯一の記録フォーマットはフィルムだった。だが、過去20年間のデジタルシネマの台頭により、今やフィルムは消えつつある。
 本作は、デジタルとアナログが肩を並べ─ side by sideで─併存する現在を俯瞰しながら、映画におけるデジタル革命を検証していく。

 長年、俳優として表舞台に立つ一方、スクリーンの裏側でプロセスの変遷を見てきたキアヌ・リーブスが、自らホスト役となり、映画関係者へのインタビューを通じて、映画史の過渡期である今を切り取っていく。

 ハリウッドの錚々たる映画監督たちと、撮影監督、編集者、カラリスト、現像所やカメラメーカーの社員らが、キアヌの質問に答えていく。

 これは、「デジタルシネマの未来」についての映画ではなく、モノクロからカラーへ、サイレントからトーキーへと、技術とともに常に変化し続ける「シネマの未来」についての映画である。
             公式サイトより http://www.uplink.co.jp/sidebyside/ 

Title1l_2

1martin_scorsese_2

マーティン・スコセッシ Martin Scorsese
『タクシードライバー』『グッドフェローズ』『シャッターアイランド』監督
『ヒューゴの不思議な発明』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリ Alexa)

デジタルという新たなメディア改革にワクワクしている。フィルムが支えてきた映画文化にはさらに先がある。新たな手段は有効に使えばいい。

2george_lucas_3

ジョージ・ルーカス George Lucas
『THX 1138』『アメリカン・グラフィティ』『スター・ウォーズ』監督
『レッド・テイルズ』(2012年/製作総指揮) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F35)

『スターウォーズ』を撮り終えた1978年には、デジタル映像の実験を始めていた。専門部門を立ち上げ、専用のコンピュータを開発した。「業界を破壊する悪魔の化身だ」と大いに非難されたよ。

13james_cameron2_2

ジェームズ・キャメロン James Cameron
『ターミネーター』『アビス』『タイタニック』監督
『アバター』(2009年) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F950)

想像したことを実現するために、フィルムではできなかったことをすべて試したかった。デジタルの登場で、可能性の扉が開いたように感じた。

3david_fincher_2

デヴィッド・フィンチャー David Fincher
『セブン』『ファイトクラブ』『ソーシャル・ネットワーク』監督
『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One, Epic)
デジタルを見下す人もいるだろう。金の卵を産むガチョウを殺すだけではなく、まず辱めようとするのさ。

4david_lynch

デヴィッド・リンチ David Lynch
『エレファント・マン』『ブルーベルベット』『マルホランド・ドライブ』監督
『インランド・エンパイア』(2006年) 撮影:デジタル(カメラ/ソニー PD150)
全員に紙と鉛筆を持たせたからといって、秀逸な物語がたくさん生まれるわけじゃない。今の映画の状況も同じだよ。

5christopher_nolan

クリストファー・ノーラン Christopher Nolan
『インソムニア』『インセプション』『ダークナイト』監督
『ダークナイト ライジング』(2012年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex235)
デジタルメディアによって可能なことは、一見、魅力的だが中身がない。クッキーにたとえると、焼き立ては軟らかくてとてもおいしい。でも数か月経ってみるとひどい味で食べられたものじゃない。

17steven_soderbergh2

スティーヴン・ソダーバーグ Steven Soderbergh
『トラフィック』『オーシャンズ11』『チェ 28歳の革命/39歳 別れの手紙』監督
『マジック・マイク』(2012年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Epic)
初めてレッドの製品を試した時、これこそ未来だと、誰かに伝えたいと思った。解像度もトーンカーブも光も新しい感触だった。撮影者とカメラ製作者の密な関係は、フィルムカメラの時代には考えられなかった。

18lanaandy_wachowski2

ラナ&アンディ・ウォシャウスキー Lana&Andy Wachowski
『暗殺者』『マトリックス』『クラウド アトラス』監督
『スピード・レーサー』(2008年) 撮影:デジタル(メインカメラ/ソニー F23)
デジタルカメラのおかげで、とても安上がりに物語を伝えられるようになった。限られた人たちのみによって作られてきた芸術が、多くの人々に開放された。

6lars_von_trier

ラース・フォン・トリアー Lars von Trier
『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『アンチクライスト』監督
『メランコリア』(2011年) 撮影:デジタル(メインカメラ/アリ Alexa)
僕にとってデジタルへの移行は当然のことだった。カメラに収められる映像の量が圧倒的だからね。役者との向き合い方を変えようとしていたから、必然だった。

20danny_boyle2

ダニー・ボイル Danny Boyle
『トレインスポッティング』『28日後...』『スラムドッグ$ミリオネア』監督
『127時間』(2010年) 撮影:デジタル(メインカメラ/シリコンイメージ SI-2K)
伝統的なフィルムのリズムを破る自由を僕は楽しんでいる。デジタル撮影を通じてその魅力を知った。求めていたものだと思った。

21robert_rodriguez2

ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
『デスペラード』『フロム・ダスク・ティル・ドーン』『シン・シティ』監督
『スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
デジタルはまだまだ発展する。僕らはその一翼を担ってるんだ。フィルム撮影で気に入らないのは、成果がすぐ見えないこと。暗闇で絵を描くようなものだ。だからこそ僕は自分でカメラを回し演技を指導する。

22richard_linklater2

リチャード・リンクレイター Richard Linklater
『スクール・オブ・ロック』『ファーストフード・ネイション』『スキャナー・ダークリー』監督
『バーニー』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
フィルムの時代には、映画製作なんて途方もないことに思えた。仲間たちとよく喫茶店で、もし誰かがチャンスをくれたら、すごい映画を作ってみせるなどと話したものだった。

23joel_schumacher2

ジョエル・シューマカー Joel Schumacher
『評決のとき』『バットマン・フォーエヴァー』『ヴェロニカ・ゲリン』監督
『ブレイクアウト』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/アリAlexa)
先人たちは、僕らに夢を見る新たな手段を提供してくれた。それと同じことを続けていって、新たな夢を見る手段を人々に与えるのが僕らの仕事だと思う。

7lena_dunham

レナ・ダナム Lena Dunham
『Girls』『タイニー・ファニチャー』『ディーリング』『クリエイティブ・ノンフィクション』監督
『タイニー・ファニチャー』(2010年) 撮影:デジタル(カメラ/キヤノン 7D)
デジタルビデオがなければ映画は作らなかった。私は脚本家としてスタートしたから、機械の知識もないし、撮影は無理だと思っていた。

25barry_levinson2

バリー・レヴィンソン Barry Levinson
『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』『レインマン』『グッドモーニング, ベトナム』監督
『トラブル・イン・ハリウッド』(2008年) 撮影:デジタル(メインカメラ/アリ Arricam ST/LT)
デジタルは変化を続け、ストーリーテリングの性質も、想像もできない形に変わり続けるだろう。大きな革命だよ。

Title2_3


26side_by_side2

ヴィットリオ・ストラーロ
『地獄の黙示録』『ラスト・エンペラー』撮影監督
『フラメンコ、フラメンコ』(2010年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One)
撮影監督には芸術の知識も必要だ。芸術と技術のいずれも、今の映画には欠かせない。この革命に参加しなければ置き去りにされる。無関心を装い、他人任せにしてはならない。関わるべきだ。

27side_by_side2

アンソニー・ドッド・マントル
『セレブレーション』『スラムドッグ$ミリオネア』『127時間』撮影監督
『第九軍団のワシ』(2011年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex 235)
ソニーのPC3でサッカーの試合の観客を撮影していて、その親近感と明るさが神秘的に感じられた。映像を見てそのカメラの可能性に気づいた、カメラの動きが醸し出す情感がカギになると思った。

28side_by_side2

ウォーリー・フィスター
『インソムニア』『インセプション』『ダークナイト ライジング』撮影監督
『マネーボール』(2011年) 撮影:フィルム(カメラ/アリ Arriflex435ES)
映像の質が劣る手段がフィルムを脅かしている現状を残念に思う。油彩画を捨ててクレヨンを使うようなものだ。僕は一番最後までフィルムを使う撮影監督になるよ。でも、10年以内には自分もデジタルを使うと思う。

29side_by_side2

リード・モラーノ
『フローズン・リバー』『リトル・バーズ』『ザ・マジック・オブ・ベルアイル』撮影監督
『フォー・エレン』(2012年) 撮影:フィルム(カメラ/アリ Arricam LT)
フィルムは独特の質感と粒状構造が魅力ね。個人的には、温かみがあるフィルムの味わいに、とても心を癒やされる。5年後10年後にもフィルムが残ってほしいわ。

30side_by_side2

ミヒャエル・バルハウス
『グッドフェローズ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『バガー・ヴァンスの伝説』撮影監督
『ディパーテッド』(2000年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arricam ST)
あらゆることに共通する真理がある。自分が納得した上で誠心誠意、真剣にやるなら、何を使おうが関係ないよ。

31side_by_side2

ヨスト・ヴァカーノ
『U・ボート』『トータル・リコール』『スターシップ・トゥルーパーズ』撮影監督
『インビジブル』(2006年) 撮影:フィルム(メインカメラ/アリ Arriflex 435)
デジタルカメラはフィルムほど明暗の幅が広くない。だからフィルムなら撮れる範囲内でも、デジタルでは撮り切れない事態が起きる。

32side_by_side2

ヴィルモス・ジグモンド
『未知との遭遇』『ディア・ハンター』『ブラック・ダリア』撮影監督
『死と乙女という名のダンス』(2011年) 撮影:デジタル(カメラ/レッド・デジタル・シネマカメラ Red One)
フィルム撮影には100年の歴史があり、今も健在だ。ルーカスは20年前にフィルムは死んだと言ったが、今もフィルムを好む人がいる。映像が美しいからだ。

Title3_3

33side_by_side2

ウォルター・マーチ Walter Murch 
『ゴット・ファーザー』『イングリッシュ・ペイシェント』編集


デジタル技術によって、映像も音声も加工の幅が広がった。映像と音声の加工をする僕らにとって、それはフィルムにはない魅力だ。
フィルムではあれほどの加工は実現できない。

34

アン・コーツ
『アラビアのロレンス』『エレファントマン』『エリン・ブロコビッチ』編集


コンピュータの習得は素人の私には大変だった。マウスは床を這うと思ってたけど、一から勉強して使えるようになった。すっかり気に入ったわ。

35

クレイグ・ウッド
『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』『あの日、欲望の大地で』『ランゴ』編集


フィルムを扱うことで、コンピュータでは得られない訓練ができる。フィルムにハサミを入れ接合する作業には、決断力が要るからね。

36side_by_side

クリス・レベンゾン
『トップガン』『PLANET OF THE APES /猿の惑星』『ダーク・シャドウ』編集


編集室は静かなものだよ。フィルムの回る音はもう聞こえない。昔は騒々しくてにぎやかだったが、今はとても静かだ。香をたけるくらいだね。ロウソクもいい。

Title4_5

37side_by_side_2

ティム・スティパン
テクニカラー社  DIカラリスト


仕上げにおけるカラリストの役割は重要だ。僕のボタン操作1つで作品が変わる。もちろん監督たちから指示は受けるが、調整は直感に頼る部分が大きい。映像を完成させる最後の人間なんだ。

38side_by_side_2

ジョナサン・フォークナー
フレームストア社 VFXスーパーバイザー


視覚効果部門は、まるでサンドイッチのようにフィルムを重ねていた。それがフィルムを劣化させる原因になっていた。デジタル化の利点は、劣化がまったくないことだ。

39side_by_side_2

デニス・ミューレン
ILM社 VFXスーパーバイザー


視覚効果も100年の間は模型で工夫が重ねられた。だが昔の方法では限界があった。スターウォーズでは、大変な苦労を強いられた。

40side_by_side_2

ゲーリー・アインハウス
コダック社 最高技術責任者


フィルムは撮影と保存のための媒体だ。だから正しい条件の下に保管すれば、100年後でも映像を見ることができる。フォーマットは変わらない。

41side_by_side_2

ヴィンス・ペイス
キャメロン・ペイス・グループCEO



3Dにするにはカメラだけでなく、レンズ効果などもペアにする必要がある。2倍大変だと言われるが、それ以上だね。僕にとってのだいご味は、人びとを想像を超える世界に運べることだよ。


Title5_2

42side_by_side

ジム・ジャナード
機材メーカー:レッド・デジタル・シネマカメラ社 創設者


デジタルはフィルムの良さを軽視し、質もフィルムより劣っていた。地上に存在するすべてのものは、より良いものへと進化させられると僕は思っている。問題は、誰がいつやるかだ。

43side_by_side

アリ・プレスラー
機材メーカー:シリコンイメージング社 CEO


『スラムドッグ』で ドッド・マントルは、街を駆け回る子供の姿を同じ目線で撮ろうとした。当時はサイズ的にSI-2K以外に選択肢がなく、彼はバックパックにMacBook Proを入れ撮影データを保存した。

44side_by_side

アレック・シャピロ
機材メーカー:ソニー社 販売マーケティング上席副社長


ソニー創設者 盛田昭夫は、ハリウッドに傾倒していた。35mmフィルムと同等の映像を撮影できる電子カメラを設計するのが彼の夢だった。


Title6

Side_by_side1

映画の製作を始めた時は、僕はどちらかとういうとフィルム派で、監督のクリスはデジタル派だった。
僕は「フィルムがなくなって失うものは何だろう」と考え、クリスは「デジタルで得るものは何だろう」と考えたんだ。
だから製作サイドとして意見の偏りがなく、それが映画に現れたんだと思う。
この作品の製作を通じて僕は多くのことを学んだ。そして、ミヒャエル・バルハウスが言う「情熱と愛情を持って何かをするなら手段は関係ない」という境地に達したんだ。


Title7

Side_by_side12

フィルム技術は発展し洗練され、 100年以上にわたって映画制作の唯一の方法でしたが、 それが時代遅れになる日も近いかもしれません。
キアヌと私は、映画産業が大きな転換点に立っているという点で意見が一致しました。映像の歴史が大きく動く時期にきているのです。

私たちはデジタル技術の起源と、それがいかに進化してきたかを探りたいと思いました。私たちの議論を内輪にとどめず、監督や撮影監督をはじめ映画産業に携わる人々に広げ、彼らがこの革命をどうとらえているのかを知りたいと思いました。キアヌと私は小さなチームを結成し、映画産業のこの変化を記録することにしました。

             以上、公式サイトより http://www.uplink.co.jp/sidebyside/ 


Title8

■フィルムからデジタルシネマへの変化

◇フィルムカメラ撮影 → デジタルビデオカメラ撮影
◇フィルムを切ったりつないだりの編集作業 → PC画面での編集作業 
◇上映用フィルムの焼増・現像 → デジタルデータの複製
◇フィルム映写機での上映→デジタルシネマサーバー&プロジェクターでの上映

■フィルムの特徴


◇映像に"温かみ"や"味がある"
◇解像度が高く、ダイナミックレンジが広い
◇撮影時間が限られている分、俳優が演技に集中しやすい
  flairフィルム1巻で撮影できるのは9~10分。1巻ごとにフィルムを取り替え撮影
◇編集に技術が伴う分、作品の質が上がる
◇長期保存できる
  flair適正な温度と湿度の環境下であれば、数百年以上保存できる
◆2台以上のデッキを使いテープからテープへ映像をコピーするリニア編集
◆監督が撮影したラッシュ(ベタ焼きポシ・フィルム)を見るのに(現像で)1日かかる

■デジタルの特徴


◇低コストで機動性の高い撮影
◇CGIによる加工などコンピュータを駆使したさまざまな効果
◇撮影データの編集、カラー補正などの加工、合成作業の全てが一台のコンピューターで可能
◇ノンリニア編集
 コンピュータを使用した非直線的(ノンリニア)な映像編集方式。
 編集箇所を自由に選択でき、映像データを即座に追加・削除・修正・並べ替えることができる
◇現像の期間が必要ないので、いま撮ったショットをその場で監督が確認できる
◇俳優はフィルム切れで演技を中断されることがなく、より集中力を持続できる
◇誰でも映画を作ることが可能になった
◇フイルムコストの削減
 撮影から上映までの一連の流れを完全にデジタル化することによって、フィルムを用いた従来スタイルに比してコストをはるかに節約できる。

 flairフィルムのプリント費用は1本およそ20万円。500館に配給するには1億円ものプリント代がかかる。
 デジタルの場合、配給されるのはデータ。データであれば、簡単にコピーができ、プリント代にかかるコストを削減できる。
 さらにDCPの場合、データを映写機にダウンロードするだけで上映が可能。フィルムと違って、映写技師も不要となり、人件費が削減できる。

◇様々な上映形態の実現
 1本のファイル転送で複数スクリーンでの上映や、オンライン配信によるスポーツやライブの生中継が可能。字幕版と吹替版の切り替えも簡単に。
◆デジタル機器の導入には1000万円もの投資が必要で、資金力のない劇場は存続を諦めざるをえない
◆長期保存ができない
 デジタルでの長期保存の場合、数年置きに規格が変わり、そのたびにコピーを繰り返す必要がある。その結果、フィルムの11倍ものコストがかかるだけでなく、保存の安全性も保証されない:アメリカ映画芸術科学アカデミー論文「デジタル・ジレンマ」

 flair東京国立現代美術館フィルムセンターではデジタル化全盛の今も、4万本に上る映画をすべてフィルムで保管している。
    (NHKクローズアップ現代「フィルム映画の灯を守りたい」より)


■役割分担の変化


◇撮影監督(Director of photography=DP)の地位が失墜
 DPは、フィルムだけでなく、カメラやレンズの個性を熟知し、監督が思い描いた画を具現化するスキルを持っている。撮影から現像までの間、どんな画に仕上がっているかを知っているのはDPだけ。
 デジタル撮影の場合、撮ったその場でプレイバック出来る為、フィルム撮影のDPほどの権限は持たない。

◇新たに生まれたポジション
 ◯VE(Video Engineer)
  ビデオカメラの調整や各種映像機器の操作、運営を行う技術スタッフ
 ◯DIT(Digital Imaging Technician)
  ポストプロダクションにデータを受け渡すメディア管理者
 ◯カラリスト(Colorist)
  ある映像のなかの色彩を部分的にカラー補正する役割。
  樹木なら樹木、車なら車と、気になる部分の対象の色彩だけをボタンひとつで自在
  に修正するスタッフ
 

Title10

映画を見る時、フィルムかデジタルかを意識して観たことはほとんどない。
SFXやVFXの進化に驚嘆することはあるけれど。

仕事では脚本の決定稿を渡した後に、撮影現場に立ち会うことはあまりない。
連続モノの場合、最初の顔合わせや読み合わせで出演の俳優さんたちに会ったり、脚本打ち合わせで撮影所に行った時にスタジオにご挨拶がてら顔を出すことはあるけど、機材がどんなものが使われているかなど気にしたことないし。

やはり一番気になるのは、ストーリーがどのように映像化されていて、何を描きたいのかがちゃんと伝わっているかどうか。大事なのはストーリーテリング。

そういうふうに映画を見て来たので、『サイド・バイ・サイド~』を観て、ここまでフィルムからデジタルへと変化しているとは、正直とても驚いた。

日本では2013年にフジフィルムが映画用フィルムの生産終了。
続く2014年コダック社がニューヨーク州ロチェスターのフィルム製造工場の閉鎖を検討していたがクエンティン・タランティーノ、クリストファー・ノーラン、ジャッド・アパトー、J.J.エイブラムスら監督たちが映画フィルムの救済に立ち上がり、スタジオ(映画会社)連合の各社が年間一定量の映画フィルムの購入契約をすることで、フィルム製造工場の閉鎖は免れたという。

というわけで、このブログ記事を書きながら(書き始めてから書き終わるまでに2週間くらいかかってますcoldsweats01)、改めてちょっと意識しながら下記作品を観てみた。

『28日後...』(2002)監督ダニー・ボイル:長編映画で初めて全編デジタル撮影の『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』と同年にこの作品も全編デジタル撮影で撮られた。

『バットマン ビギンズ』(2005年)『ダークナイト』(2008年)『ダークナイト ライジング』(2012年):断然フィルム派のクリストファー・ノーラン監督作品。

ダニー・ボイル監督は『28日後...』のあと『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)でデジタル撮影では初めてのアカデミー賞撮影賞(撮影監督アンソニー・ドッド・マントル)を受賞している。

『28日後...』は確かに冒頭からデジタルを意識させられる映像で始まっており、非現実の荒涼感が鮮明に伝わってくる。

クリストファー・ノーラン監督の一連の作品は夜の闇の深さが感じられフィルムの特徴が生かされた作品となっている。

ついでに、映画版『デアデビル』(2003)監督マーク・スティーヴン・ジョンソン
テレビ版『デアデビル』(2015)シーズン1 (2016)シーズン2 全26話を一挙見。
映画版はフィルムで撮られている。
テレビ版はどっちだろう? テレビ版は映像がとても印象的で主人公の盲目の弁護士マット・マードック(デアデビル)の部屋の窓の照明などが日本の必殺シリーズの照明と重なり、もしやフィルムで? と思ったんだけど、単にカラー調整されているだけなのかもしれない。

まあ、どっちだろうが、どの作品もキャラクターがしっかり描かれており、主人公の苦悩や活躍にどっぷり感情移入して観ることができ、面白かった。

監督がフィルムを選ぼうが、デジタルを選ぼうが、選択肢があるということが大切。時代はデジタル全盛に向かっていることは確実だけれど、フィルム派もぜひぜひ頑張って欲しい。

Title11

DI(Digital Intermediate:デジタル・インターミディエイト)
 現像したネガ・フィルムをスキャン後、デジタル処理を行い上映素材を作るまでのプロセス。

DCI(Digital Cinema Initiatives:デジタルシネマ・イニシアティヴ)
 デジタルシネマの映写及び配給に関する技術仕様を制定することを目的に、2002年にハリウッドのメジャー映画制作スタジオ7社が設立した業界団体。

DCP(Digital Cinema Package)
 デジタルデータによる配信上映。
 暗号化・圧縮化された映像・音声・字幕データ等全てを含む上映用ファイル。今まで映画の共通フォーマットであった35mmフィルムプリントに替わり採用されたデジタルデータを使用した上映方式。

ODS(Other Digital Stuff)
 映画以外のデジタルコンテンツ。
 映画館におけるデジタルシネマ機器の設置により、複数の映画館を次世代光ネットワークでつなぎ、サッカーや舞台挨拶の中継、オペラ・バレエ・宝塚歌劇団の公演や人気アーティストのライブなど、これまで映画館では不可能であった作品の上映が可能になった。

VPF(Virtual Print Fee:ヴァーチャル・プリント・フィー)
 デジタルシネマ興行の漸次的普及を念頭に置いた映画館のデジタル設備投資の負担を緩和するためのファイナンス・システム。映画館がデジタルシネマ化すれば、配給会社が35mmプリントを製造するコストが軽減し、そのかわりにヴァーチャルなプリント代を払うというもの。日本では2012年にはほぼ全てのシネコンでこの金融システムが導入された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 キアヌ・リーブスが製作&ナビゲーターのドキュメンタリー映画(1)映画を見るその前に

ドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』
2012年 
監督:クリス・ケニーリー 
企画・製作・ナビゲーター:キアヌ・リーブス 
昨年の12月末、Gyaoのラインナップでこの作品を見つけて、早速、視聴。
映画製作がフィルムからデジタルに移行しているということは理解していたけれど、実のところ技術系については疎いもので、半分勉強のつもりで観.る。
俳優キアヌ・リーブスによるさまざまな監督、映画制作関係者へのインタビューが中心で、それぞれが係った作品の裏話なども含めて、ハード系に疎い私でも、十分に楽しめる内容。
映画は技術革新とともに発展してきた。
サイレントからトーキーへ、モノクロからカラーへ、2Dから3Dへ。そして、フィルムからデジタルへ・・・これからの映画製作がどのように変化していくのか、とても興味深く、勉強になる作品だった。
ということで、各映画人の発言内容をまとめる前に、その前提としての映画史の流れを超速で復習。


映画のはじまり

1893年
:キネトスコープ~トーマス・エジソンによりシカゴ万博で公開
1895年:シネマトグラフ~ルイ&オーギュスト・リュミエール兄弟によりパリで初上映

 slateエジソンのキネトスコープは、箱に仕込まれたフィルムを一回ごとコインを入れ
  て覗くピーピング(覗き見)・スタイルだった。

1895kinetophonebis2


 slate一方、リュミエール兄弟のシネマトグラフは、パリのグラン・カフェ地階のサロン・
  ナンディアンで映像をスクリーンに拡大投影して有料公開。

  よって、現在の公開形態と同じリュミエール兄弟のシネマトグラフが映画の起源
  とする説が有力。

1895lumerecinematographe5

 
slateパリのグラン・カフェでシネマトグラフを観て、映画製作に乗り出したのがSF
 映画の祖と言われるジョルジュ・メリエス。

 『月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術』  『ヒューゴの不思議な発明

1902melies


 slate1877年から8年間、染色技術の習得でフランスに留学していた京都の稲畑
  勝太郎
はリュミエール兄弟の兄・オーギュストと学友で、パリでシネマトグラフ
  を観てリュミエールと契約。1897年、シネマトグラフを日本に輸入した。

1895lumereinabata

 slate日本の映画の日(12月1日)は、1896年に神戸市で日本で初めて映画が一般
   公開されたのを記念して制定された記念日。
   この時、公開されたのは1人ずつ覗き込んで見るエジソンの「キネトスコープ」
   だった。


サイレントからトーキーへ

1926年:伴奏音楽と効果音をシンクロさせた『ドン・ファン 』(アラン・クロスランド監督
      公開(WB社)。             

1927年
:俳優の声と歌をシンクロさせた『ジャズ・シンガー 』(アラン・クロスランド監督
      発表(WB社)・・部分トーキー。                

1928年
:セリフ、伴奏音楽、効果音などすべての音を聞くことの出来る
      『紐育の灯火』(ブライアン・フォイ監督)(WB社)・・完全トーキー

 slateジャズ・シンガー』の大ヒットよって、映画はサイレントからトーキーに移行していく。よって、映画史的にはトーキーの始まりは『ジャズ・シンガー』から。

 slateジャズ・シンガー』の有名なセリフ
    「Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!」
     (待ってくれ、お楽しみはこれからだ!

 slate音楽やセリフ、効果音のおかげで映画はよりドラマティックでエキサイティングになり、豪華な歌と踊りが売りのミュージカル映画、テンポの速い会話を売りにしたソフィスティケーテッド・コメディ、カー・チェイスやマシンガンの派手な効果音を売りにしたギャング映画など新しいジャンルを生んだ。

 slate日本初のトーキー映画
 1931年 マダムと女房 』監督:五所平之助 脚本:北村小松 主演:田中絹代

     Xmadam_2     
 

モノクロからカラーへ

1935年:本格的なカラー長編映画『虚栄の市 』公開。
      「テクニカラー」と呼ばれる3色法を採用(総天然色映画)。
      『風と共に去りぬ 』(39)、『オズの魔法使 』(39)などのハリウッド黄金期の
      カラー映画に多用される。

 slate日本初の国産カラー映画
1951年 カルメン故郷に帰る 』 監督・脚本:木下恵介 主演:高峰秀子

     Xkarumen


3D(立体)映画のはじまり


 1903年 初めての立体映画がフランスのリュミェール兄弟によって公開。

 1950年代 ハリウッドでは、テレビに奪われた観客を取り戻すために「ナチュラル・
      ビジョン」と銘打ってギミック(仕掛け)映画として売り出す。

     3D映画第一弾の『ブワナの悪魔』(52)や『肉の蝋人形 』(53)の成功によって
     立体映画はブームに。しかし、厚紙で出来た3Dグラスをかけることを観客
     は嫌がり、長時間の観賞は目を痛めたり頭痛の原因となったりした上に、
     質の悪い3D映画の乱発で観客に早々に飽きられた。


デジタルシネマへの道程

 コンピュータグラフィックス(computer graphics、略称:CG)の始まり
 
 冷戦時代(1945~1989)の米軍がソ連の大陸間弾道ミサイルを迎え撃つための
 シミュレーション技術としてスタート

1964年 ニューヨーク世界博覧会にてグラフィックスフィルムズ社が全天周映像
     作品『To the Moon and Beyond』を上映。
     これに興味持ったスタンリー・キューブリック『2001 年宇宙の旅』特撮
     チームにスタッフを招聘。

1968年
 『2001年宇宙の旅 』 
     監督・脚本:スタンリー・キューブリック
     ダグラス・トランブルの特殊撮影と「スリット・スキャン技術」によって見事に
     再現された宇宙世界はSF映画のイメージを一変させた。

1977年 『スター・ウォーズ エピソードIV/新たなる希望 』 
     監督・脚本ジョージ・ルーカス
     SFブームを巻き起こす。また特殊効果(SFX)が注目を浴びる。

 slate当時のコンピュータでは、3ヶ月かけて90秒のシーンを作成するのがやっとで、かつそのコストは膨大なものだった。

1982年 『トロン
     監督・脚本:スティーブン・リズバーガー
     世界で初めて全面的にコンピューターグラフィックスを導入した映画として
     話題を集める。     
     フルCGシーンは15分(286カット)。
     当時最速のスーパーコンピュータを使用して6ヶ月かけて作ったCG画像を
     ディズニーのスタジオに集め、実写部分と手描きのアニメーションを加えて
     フィルムに。CG画像作成以外はすべて手作業によって制作された。

 slate『スター・ウォーズ』第一作の1977年から『トロン』の1982年までの5年間でコンピュータを使って映画用のCG画像を作るコストは劇的に下がり続け、約8分の1に下がったといわれる。



1980年代後半
 ソニーによるCCDキャメラやアヴィッド社のノンリニア編集ソフト
     の開発

1993年 『ジュラシック・パーク
     監督:スティーヴン・スピルバーグ  
     脚本:マイケル・クライトン、デヴィッド・コープ
     CGが従来のストップモーション・アニメーションに全面的に取って代わった。


1995年 『トイ・ストーリー
     監督・脚本:ジョン・ラセター   
     脚本:ピーター・ドクター、アンドリュー・スタントン、ジョー・ランフト
     世界初長編フルCGアニメーション

         


 同年 デンマークで ドグマ95 運動が始まる。
     『ドグマ95 』:ラース・フォン・トリアーを中心とした新人監督たちによって
     はじめられ、ロケーション撮影や手持ちカメラによる撮影、種々の視覚効果
     の禁止といった無数の制約(純潔の誓い)を課した特異な映画製作集団。

     第1作は『セレブレーション』(1998年)監督:トマス・ヴィンダーベア
     予算の都合上、ソニーのハンディカムPC7を用いた先駆的なデジタル撮影
     を行い、映画界に大きな波紋を呼んだ。

     当時のデジタル撮影は解像度がきわめて粗く、とてもフィルム撮影の実現
     する美しい肌理を補いうるレヴェルのものではなかった。

     撮影監督A・ドッド・マントルはドグマ95のキャメラを手掛けたあと、
     『スラムドッグ$ミリオネア 』(2008年)でデジタル撮影初のオスカーを獲得。

  同年 「インターネット元年」でもある。
     マイクロソフトが「Windows95」をリリース。
     「Yahoo!」と「Amazon.com」が事業を開始。

2002年 『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
     監督・脚本ジョージ・ルーカス
     この作品からヨーダも完全CGIで表現。
     長篇でははじめて全編ソニーのF900によるデジタル撮影。
     デジタルシネマの評価が上向きに変わりはじめる。

slateHDW-F900:デジタルHD映像と映画界で長年愛用されてきた24fpsのフレームレートを組み合わせるという革新的な組み合わせのもと生まれた。
 同年 『28日後... 』 監督:ダニー・ボイル 脚本:アレックス・ガーランド
     全編を固定デジタルハンディカムで撮った低予算ながらも野心的な作品。

 同年 ハリウッドメジャーがDCI(デジタルシネマ・イニシアティヴ)設立。
      デジタルシネマを正式に規格化。
slateDCI(Digital Cinema Initiatives:デジタルシネマ・イニシアティヴ)
 デジタルシネマの映写及び配給に関する技術仕様を制定することを目的に、ハリウッドのメジャー映画制作スタジオ7社が設立した業界団体(①ウォルト・ディズニー・カンパニー②20世紀フォックス③メトロ・ゴールドウィン・メイヤー④パラマウント映画⑤ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント⑥ユニバーサル映画⑦ワーナー・ブラザーズ

2005年
 DCIが制度化される。
     これによって、2000年代後半のハリウッドはデジタルシネマ化へ大きく舵を
     切っていく。

slateDCI規格 例えば下記のような要件が規定されている
◆映像は2K (2048×1080) または4K (4096×2160) の解像度でJPEG 2000で圧縮
◆フレームレートは24fpsまたは48fps(2Kの場合の3Dなど)
◆音声はWAVEフォーマットで量子化深度は24ビット
◆サンプリング周波数は48kHzまたは96kHz
 などなど。詳しくはこちらを(英文)


 同年 YouTubeが生まれる。

2008年 『スラムドッグ$ミリオネア
     監督:ダニー・ボイル 脚本:サイモン・ビューフォイ
     撮影監督アンソニー・ドッド・マントル
     デジタル撮影初のオスカー。

2009年 『アバター 』 監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
      全世界歴代興行収入新記録を達成。
      ジェームズ・キャメロン監督はハリウッドにおけるVFX技術の先駆者・
      牽引者。『アバター』の成功でデジタル革命を決定的なものにした。
      3D映画ブーム。

 同時期 TwitterやFacebookがキャズム(市場に浸透するための深い溝)を超え、
      世界的に普及していく。

2012年 クリストファー・ノーランダークナイト ライジング 』(2012年)をフィルムで
     撮る。クリストファー・ノーラン監督は断然、フィルム派!

      


2013年4月
 富士フィルムが国内唯一の映画用フィルムの生産終了を発表。

2014年
 米・パラマウント・ピクチャーズが前年公開の「アンカーマン2: ザ・レジェン
     ド・コンテニューズ」を持って35ミリフィルムの配給を終了したと発表。

 同年 コダック社フィルム製造工場閉鎖の危機に。
     コダック社の映画フィルムの販売量は2006年以降96%下落。工場閉鎖に
     踏み切ろうとしたところ、クエンティン・タランティーノJ・J・エイブライムス
     クリストファー・ノーランジャド・アパトーマーティン・スコセッシ監督らが
     立ち上がり、ハリウッドの映画会社と交渉の末、工場閉鎖の危機を救った。

     タランティーノ監督らによるハリウッドの映画会社との交渉の末、コダック社
     からフィルムを長期的に購入する契約にこぎつけた。
     これにより、コダック社から4億5,000万リニアフィート(約1億3,716万メートル)
     のフィルム生産が決定。 
     富士フィルム撤退後、大手で映画撮影用フィルムを生産している会社は
     コダック社のみとなった。

J・J・エイブライムス監督
 フィルムには紛れもない美しさと、本質的で自然な素晴らしさがあると述べ、
 もはや今では到達不可能な水準を設定したのは確実にフィルムであると、
 フィルムがあってこそ現代の映画があるのだと力説。

クエンティン・タランティーノ監督
 「僕の意見にすぎないが、デジタル撮影になることは映画の死だ」、「デジタル
 撮影は映画の中のテレビにすぎない
」とまでの過激なコメントを残す。
 

日本の現状
◆映画製作で最も早くデジタル化されたのはポストプロダクション:編集やカラーコレクションなど

2000年代初期映画館ではフィルム上映がまだ主流
 撮影はフィルムで行い、そのフィルムをデータに変換してデジタル上でポスト
 プロダクションの作業を行う=DI(Digital intermediate)

 DI作業後、データをフィルムに再度変換してネガを作り上映用プリントを作成。

slateDI(Digital Intermediate):現像したネガ・フィルムをスキャン後、デジタル処理を行い上映素材を作るまでのプロセス
2006年:デジタル上映可能なスクリーン数は96スクリーン

2010年VPF(Virtual Print Fee)が日本にも導入される
slateVPF(Virtual Print Fee):映画館がデジタルシネマ化すれば、配給会社が35mmプリントを製造するコストが軽減し、そのかわりにヴァーチャルなプリント代を払うという金融システム

2012年:
2011年末、40%強だった映画館のデジタル化は、1年の間にシネコンを
    中心に倍の80%以上(約2800スクリーン)にまで急増。

2013年12月:
全国の映画館3318スクリーンのうち3172(約96%)のスクリーン
        がデジタル設備

2014年末:全国スクリーン総数3,364のうち、デジタル設備3,262スクリーンと
       増加(約97%)

現在:映画館でのDCP(Digital Cinema Package)での上映が主流
 DI作業を経たデータをDCPデータ(現状では2Kが主流)に変換して上映用
 素材を作る
 フィルムでの撮影は高価なものとなり予算に余裕のある作品でしか選択できず、
 国内のインディーズ映画ではほぼ全ての作品がデジタルカメラで撮影されている。

 地方やミニシアターで、映写のデジタル化ができなければDCP上映ができない。

slateDCP(Digital Cinema Package):暗号化・圧縮化された映像・音声・字幕データ等全てを含む上映用ファイル。


slateフィルム上映館が、デジタル上映システムを導入する為の経費は、最低でも数千万円。デジタル導入の予算が厳しく、惜しまれつつも閉館、または縮小した名画座やミニ・シアターも少なくない。

ということで、フィルムからデジタル化までの映画史を駆け足で見てきました。
さて、では、監督はじめ映画関係者はデジタル化の波をどのように捉えているのか、『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』から、その声を聞いてみましょう。

『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』(2)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.05.23

2016年度 主なシナリオ・映像作品コンクール一覧

主なシナリオ・映像作品コンクールを表にしてみました。

【注意】

2016年5月時点で2016年度の募集要項が公表されているコンクールに加えて、2016年度分は未公表(2015年度のまま)のコンクールも含まれています。

募集要項など詳細は公表されている情報の一部のみ記載しています。応募したいコンクールがあれば、必ずホームページで応募要項詳細を確認してください。

 コンクールごとに、枚数はもとより、原稿の綴じ方、あらすじの有無や枚数、送付の仕方などに違いがあります。

 特に映像コンクールの場合は、記録媒体、出品票、出品料など要注意。

シナリオコンクールの応募数は、各団体が公表した数字を集計したものです。

記載したコンクール(コンペ)は、多くのコンクールの中の一部です。

では、応募したいコンクールが見つかったら、プロ目ざして頑張って!!!


※表をクリックすると拡大します。


■シナリオ・コンクール

20160512competitionscenario12


■シナリオ・コンクール 応募者数

20160512competitionscenario2

■映像コンクール 

20160512competitioncinema1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.12.05

日独合作映画『新しき土』~一つのフィルムからファンク版と伊丹版の2つのバージョンが作られたその原因と時代背景~

The_new_eart

『新しき土』(The new earth:ドイツ語版タイトル Die Tochter des Samurai=侍の娘)

製作:1937年(日・独)
監督・脚本:アーノルド・ファンク、伊丹万作
撮影: リヒャルト・アングスト、上田勇
音楽: 山田耕作(作詞:北原白秋)
撮影協力:円谷英二
製作:東和商事映画部、J.O.スタヂオ、Dr. Arnold Fanck-Film

出演: 原節子/早川雪洲/ルート・エヴェラー/マックス・ヒンダー/小杉勇/英百合子/中村吉次/高木永二/市川春代/村田かな江/常盤操子



【あらすじ】
8年間の欧州留学を終えた大和輝雄(小杉勇)は恋人でもあるドイツ人女性ジャーナリスト、ゲルダ(ルート・エヴェラー)を伴って帰国する。日本では許嫁(いいなずけ)の光子(原節子)が輝夫の帰りを待ちわびていた。貧しい農夫の息子だった輝雄は、名門の大和家の養子になり、将来、一人娘の光子と結婚することになっていた。
東京のホテルで光子とその父の大和巌(早川雪洲)に温かく迎えられた輝雄。だが、西洋文明の影響を受け、古い日本的因習は忌むべきものと考えるようになった輝雄は許嫁という慣習に反発を覚え、その気持ちを光子と巌に告げる。そんな輝雄を見たゲルダは光子に同情し、輝雄の姿勢を非難する。
光子と巌と入れ違いにホテルを訪れたのは、実父・神田耕作(高木永二)と実妹・日出子(市川春代)だった。二人はすっかり変わってしまった輝雄に驚く。兄を思う日出子は欧州にかぶれた輝雄の目を覚まさせようと東京の街を連れ回し、彼が幼い頃教えを受けた老僧のもとへ連れていく。老師の言葉は輝雄の目を開かせた。
一方、大和家では巌と光子の婚約解消について親族会議が開かれていた。絶望した光子は、ひとり婚礼衣装を胸に抱いて噴煙を上げる山を目指し、火口に身を投げようとする。
ゲルダから光子の本心を聞かされた巌は光子の後を追って火山を登る……。


【監督について】

◆アーノルド・ファンク(Arnold Fanck、1889年~1974年)
ドイツの山岳映画の巨匠。
第一次世界大戦で荒廃したヨーロッパで、ダイナミックな自然美を背景にした作品を撮る。処女作『スキーの驚異』(1922)をはじめとしたサイレント映画時代から山岳を主題とした映画を撮り、多くの観客を魅了。映画ファンのみならず、山岳家、スキーヤーを始めとする一般スポーツマンにまで幅広い支持を集めた。
『聖山』(1926・無声)で、ダンサーだったレニ・リーフェンシュタールを主演に起用。レニ・リーフェンシュタールは後に監督としてナチスのプロパガンダ映画『意志の勝利』(1935)やベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』(1938)を撮影。


◆伊丹万作(1900~1946)
日本映画の礎となった監督の一人。
1927年、谷崎十郎プロに俳優として入社。翌年、伊藤大輔の推薦で片岡千恵蔵プロダクションに脚本家兼助監督として入社し、自身の脚本による『仇討流転』(1928・無声)を初監督。その後『春風の彼方へ』(1930・無声)、『花火』(1931・無声)、『国士無双』(1932・無声)など、機知に富んだ作品を次々と生み出す。
新興キネマで、トーキー第1作『忠次売出す』(1935)を作った後、千恵プロに戻ってナンセンス喜劇『気まぐれ冠者』(1935)を監督。ファンクはこの作品を見て伊丹を高く評価。1936年、志賀直哉の短編を縦横無尽に脚色した、日本映画史に残る傑作『赤西蠣太』が生まれる。


【キャストについて】

Harasetsuko1_2

◆原節子(1920~2015)
「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後の日本映画の黄金時代に活動。代表作に『わが青春に悔なし』(1946年 黒澤明)、『青い山脈』(1949年 今井正)、『めし』(1951年 成瀬巳喜男)、『東京物語』(1953年 小津安二郎)など。
1963年に女優業を引退し、以降、2015年に逝去が伝えられるまで表舞台には一切姿を表さなかった。2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の第1位に輝いた。
1936年、山中貞雄監督『河内山宗俊』の撮影中に見学にきたアーノルド・ファンク監督の目にとまり、初の日独合作映画『新しき土』のヒロイン役に抜擢される。



The_new_eart1

◆早川雪洲(1886~1973)
日本を代表する国際スター。1907年、21歳で単身渡米、1910年代に草創期のハリウッドで映画デビューして1915年セシル・B・デミル監督の『チート』(The Cheat)で一躍トップスターに。日本人排斥運動や二度の世界大戦、私生活での混乱などによるキャリアの中断を挟みながらも、晩年の『戦場にかける橋』(1958)でアカデミー助演男優賞にノミネートされるなど半世紀以上にわたって活躍した国際的映画俳優。

800pxkosugiisamu

◆小杉勇(1904~1983)
内田吐夢監督『生ける人形』(1929)で強烈なヒーロー像を演じ、大ヒットした『人生劇場・青春篇』で青成瓢吉を演じた、日活を代表するスター俳優。戦後は映画監督に転じ、東横映画、東映を経て、日活で数多くの娯楽作品を撮った。その一方、俳優としても他監督の作品にも出演。
『新しき土』でのその容貌に関しては、「海外に出すにはあのまま」では「誤解を招く惧れあるのみ」と当時の新聞評に書かれている。欧米の美男俳優に遜色ない、眉目秀麗な二枚目を起用せよと。
しかしファンクが主人公の輝雄に求めたものは、農民の出自を感じさせる風貌、雰囲気であり小杉勇はその点ファンクのイメージ通りだったと思われる。


【エピソード】
◆製作費
六十万円という巨額の制作費。(現在の額で12億~18億円)
ドイツ側(政府)
ゲッベルスは『新しき土』のために三十万円支出。
日本側(民間出資者)
川喜多長政:東和商事社長
大澤義夫:J・Oスタジオ専務
樺山愛輔:日本プレミアを主催した国際文化振興会理事長。伯爵。長男は当時J・Oスタジオ取締役、樺山丑二。
政府が全面的なバックアップをしているドイツとは異なり,日本での興行リスクは一民間人に負わされていた。


◆映画技術
◇ズーム・レンズ
昭和11年の「キネマ旬報」ではファンクを囲んだ座談会「アーノルド・ファンクと語る」を掲載。その中で日本の映画人が一番興味をもったのは,ファンクの芸術的センスではなくて,彼の持ってきたズーム・レンズだったという。
ズーム・レンズは『イット』(1929年・米)以来、欧米の映画で普及していたが、実物が日本にもたらされたのはこれが初めてだった。このズームレンズは1万3000円(現在の価格で約3000万円)というとてつもなく高価なもので、このレンズをファンクは二台もってきていた。


◇スクリーン・プロセス撮影
ドイツにはなかったスクリーン・プロセス撮影(特殊撮影技術の一つ)が、若き日の円谷英二の手によって行われた。当時は未だ特撮という言葉は使われていなかったため、円谷英二の名前は撮影協力としてクレジットされた。


◆シナリオ
ファンクはドイツから日本に向かう諏訪丸船上で、シナリオの第一稿「東の風・西の風」を書き上げていた。これは当時欧米で広く読まれていたパール・バックの同名作品を下敷きにしたものだった。

伊丹は,持ち味のシナリオに自信が持てないという理由で,再三,参加要請を固辞した。
最終的には伊丹が折れて,協同監督に就任することになるが,伊丹の危惧は不幸にも的中する。
製作が進行する中で二人の監督の見解はいよいよ相違し,事態は収拾がつかない所までもつれた。
作品の芸術的価値を基準とする日本側スタッフと、国家の認証を基準とするドイツ側スタッフとの間には、越えがたい溝があった。
ついにはファンク版,伊丹版を別途製作することで,決着をはかることになった 。

なぜドイツ側は伊丹万作の起用を強硬に主張したのか。
ファンクがストーリーを極力切り詰める監督であることは,すでに定評となっていた。
その欠点を補うため、かつて『死の銀嶺』ではG.W.パプストが共同監督に就いて成功を収めた。
ドイツ側は伊丹万作には『死の銀嶺』におけるパプストの役回りが期待されていたのではと言われている。

映画の冒頭に伊丹版では観客の反発を見越して、ファンク版にはない字幕を付け足した。
「これは日本を訪れたあるドイツ人が、彼の見聞を基礎にして作った一つの夢である」

ファンクは映画の完成を記念して、ドイツのプレス記事を集め、また映画の成り立ちを綴った文章を収めてベルリンで『記念帳』を私家出版した。
序文には、伊丹万作にあてた感謝の言葉が記されている。


「親愛なる伊丹さん  あなたは私の撮影の援助者である立場に加え、あなたが考え出したわけでもなく、また本質的に違和感を持たざるを得ないテーマについて御自分の版を製作される決心をされました。そのとき以降、あなたは初めから望みのない課題の前に立たされてしまったのです。
あのときのあなたを、今はっきりと理解できる唯一の人間は、ひょっとしたら私だけかもしれません。
そしてとりわけあなたを悩ましたのは、御自分のものではない映画の様式でした。私自身、芸術家ですので、いかなる芸術上の理由から、当時の私を不意打ちにしたこの決定をなされたのかはよく理解できました。もっともそれがあなたに悲劇的な運命をもたらすのではないかと初めから案じていたことも事実であります。


中略


すなわち、貴国日本をわがドイツの観衆に少なくともある程度合点させるためには、単純化した視点で、数千キロの高さから見下ろさねばならず、日本人の心の襞にわけ入ることは諦めねばならなかったのです。むろん私は芸術家ですから、個人的には共感をもってそれを観察していたわけなのですが。しかし初めて日本人を理解しようとするヨーロッパの多数の観衆に、それを求めることはできない相談なのです。
ドイツで試写会のあった日、宣伝相ゲッベルスは,武者小路駐独大使の晩餐会の席上,ファンクを前にして,(ファンク版について)次のような批評を口にした。


「此の次の映画にはもっと確りした脚本を準備し給え。一貫して纏った力強い筋が映画には一番大切なのだ。美しく変った景色や風俗の異った人間の陣列も一度は観衆の興味をひくが二度と繰り返すべきではないよ。」
さらに、ゲッベルスは当日の日記に次のように書きとめている。


「夕刻カピトール座にて独日合作映画『サムライの娘』の初演。独日協会主催による大々的な公式行事。映画は幻想的な映像を駆使し、日本人の生活と思想について好印象を与えるもの。また筋もまあまあ。しかし耐えがたい長さ。映画の魅力を著しく損なっている。すぐにハサミをいれる要あり、厳格に。」


【作品内容について】


  


◆富士山のふもと辺りに住んでるようなのに、なぜか家の裏に厳島神社(広島県)があって、鎌倉の大仏みたいなのもあったり、また一方には、噴煙を上げる浅間山(?)があったり...
富士山と厳島と浅間山がわけのわからない感じでつながっていたり(日本の地理を無視)
◆横浜に行く船が、まもなく松島の風景を横目に進んだり
◆輝雄とゲルダが夜の東京をタクシーで見物すると、大阪梅田の阪神電車のイルミネーションが光っていたり、あるいは二人の泊まるホテルが甲子園ホテル(ライト門下の遠藤新設計)だったり
◆輝夫の妹・日出子の勤め先が大阪の大阪紡績(現・東洋紡)

The_new_eart8

◆富士山(浅間山?)が爆発して、原節子が草履で、さらに輝夫が足袋のまま噴煙もうもうたる火山に登って行くというようなあり得ないシーン。
◆冒頭いきなり地震の場面もある、地震で倒壊する日本家屋は、円谷特撮。
日本を知らない人が見たら、やたらと景色がいい国だが、年中地震が発生して、安心して住めない所との印象を与えてしまいそう。
日本人が観たら「ここはどこ?」「なんでこうなるの?」のオンパレード。


なぜ、こんなトンデモ映画になったのか、その答えは、時代背景にある。


【時代背景】
1925~1926年(大正14~昭和元年)アドルフ・ヒトラー『我が闘争』出版
第1巻第11章: 民族と人種
アーリア人種を文化創造者、日本民族などを文化伝達者 (Kulturträger)、ユダヤ人を文化破壊者としている。日本文明を、欧州文明の模倣に終始する亜流と位置づけている。
外交政策ではロシア(ソビエト連邦)との同盟を「亡滅に陥る」と批判し、「モスコー政権〔モスクワ政権〕は当にそのユダヤ人」であるとしている。また、ドイツが国益を伸張するためには、貿易を拡大するか、植民地を得るか、ロシアを征服して東方で領土拡張するかの3つしかないとし、前者二つは必然的にイギリスとの対決を呼び起こすため不可能であるとした。これは東方における生存圏獲得のため、ヨーロッパにおける東方進出(東方生存圏)を表明したものであり、後の独ソ戦の要因の一つとなった。


1931年(昭和6年)満州事変
ドイツは日本を非難する側に回っており,満州国も承認していなかった


1932年(昭和7年)
ヒトラー『我が闘争』日本語版出版(日本での最初のタイトルは『余の闘争』坂井隆治訳)


1933年(昭和8年)  ヒトラー内閣が発足
3月 ユダヤ系の社員を解雇してウーファを一変させる。
6月 帝国映画院(Reichsfilmkammer)を設立、ユダヤ系や外国人を排除して映画業界をコントロール。

1934年(昭和9年)2月 ドイツ「映画法」制定
強制的同一化のプロセスの一環として、ドイツのすべてのプロダクションはゲッベルス管轄下の国民啓蒙・宣伝省に属する帝国映画院の下に置かれ、映画産業に従事するすべての人々はReichsfachschaft Filmのメンバーでなければならなくなった。


アーリア系でない映画人や、政治的また個人的にナチに受け入れられなかった映画人は業界から締め出されることになる。これによって約3,000 名が影響を受けたと見られている。加えて、ジャーナリストたちも宣伝省の下に組織されることになり、
同年 8月 ヒンデンブルク大統領死去に伴い、大統領の権能をヒトラーが個人として継承(総統)
ヒトラーは人種主義、優生学、ファシズムなどに影響された選民思想(ナチズム)に基づき、北方人種(アーリア人)が世界を指導するべき主たる人種 (de) と主張。


1935年9月15日ニュルンベルク法制定
「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」と「帝国市民法」の総称。
ユダヤ人から公民権を奪い取った法律として悪名高い。
ニュルンベルク法や経済方面におけるアーリア化など、アーリア人の血統を汚すとされた他人種である有色人種(黄色人種・黒色人種)や、ユダヤ系、スラブ系、ロマとドイツ国民の接触を断ち、また迫害する政策を推し進める。
ドイツ民族であるとされた者でも、性的少数者、前衛芸術、障害者、ナチ党に従わない政治団体・宗教団体、その他ナチスが反社会的人物と認定した者は民族共同体の血を汚す「種的変質者」であるとして迫害・断種された(生きるに値しない命)。


1935年(昭和10年)
合作映画の構想は,日独協会の設立者の一人でもある,在ベルリン海軍武官事務所勤務の酒井直衛とハックの会話から生まれた。
ドイツ人の監督に日本人の俳優を使って日本映画を製作してもらったらどうだろう、ドイツ人監督の感覚で日本をとらえれば、観客にもアピールするのではないか。この酒井のアイデアに共感したハックはすぐに友人のファンクに連絡をとった。


日独双方には協定に反対する勢力が存在し,交渉の前途は難航が予想された。日独合作映画の企画には,文化交流によって政治交渉を側面援護する意図が込められていた。

日本の川喜多長政に話をもちかけたのはハック。ハックはすでに日独協会理事としてゲッベルスに接触し,十万マルクの資金援助をとりつけていた。
7月 川喜多長政がファンクやテラ社との交渉のために,ベルリンへ。
9月17日ハックが初めて駐独陸軍武官の大島浩と,日独協定問題について会談。
この頃,『新しき土』のプロジェクトはすでに動き出していた。


『新しき土』は,ドイツ政府の外交政策が反日から親日へ転換したことを国民に告げる役割を担っていた。
ファンクに与えられていた課題は,ドイツの新たな友邦を国民に紹介することだった。


1936年2月8日 ファンク撮影隊の訪日

日独軍事協定締結交渉の秘密使命を戴した政商フリードリヒ・ハック(日本海軍に武器を納入する貿易商)が同行。


1936年11月25日 日独防共協定が締結
スターリン率いるソビエト連邦への対抗を目指す。
ヒトラーは、日本を同列の文明国と見て防共協定を結んだわけではない。東方の生存圏獲得という大目標がなければ、日本に特別の関心をもつことはなかった。


1936年(昭和11年)11月27日ドイツ「藝術批評禁止法」を公布。

映画批評は禁止されFilmbeobachtung(「映画報告」)に取って変わられた。
ジャーナリストたちは映画の内容をリポートすることだけを認められ、作品にいかなる評価を下すことも出来なくなってしまった。


1937年(昭和12年)2月末
『新しき土』が日本で記録的なヒット。ハックは日本国政府より勲四等旭日小綬章を贈られる。


1937年3月10日
ナチス対外組織部東京支部長ルードルフ・ヒルマンは「ハックの滞日中の行動に関し、機密情報漏洩の疑いがある」という告発文をベルリンの本部に送る。


1937年3月23日『新しき土』ドイツ公開
宣伝省の通達によりヨーゼフ・ゲッベルスとアドルフ・ヒトラーが自ら検閲して最終許可を与えたことが大々的に報じられる。
ベルリンでの試写会の翌日、宣伝相ゲッベルスは『新しき土』に最高映画賞を与えた。
最高映画賞を与えることによって,国家の意思を国民に伝えたのだ。


1937年7月
ハック、ゲシュタポによって逮捕される。ナチスドイツでは党,軍,官僚組織の激しい権力闘争があり、ハックは統合参謀本部防諜部のラインに繋がっていた。


1937年の暮れ
日本海軍の尽力でハックは釈放。ひそかにスイスに亡命した。
やがて太平洋戦争に突入する日本にとって,以後ハックは貴重な情報提供者となる。


1937年11月6日  日独伊防共協定


1937年12月
『わが闘争 アドルフ・ヒットラー』 大久保康雄訳出版
日本人に関する差別的記述は削除されての出版だった。


1938年(昭和13年)独満修好条約によって満州国を正式承認


1939年(昭和14年)日本「映画法」制定
昭和10年以降、日中戦争遂行や総力戦体制構築のため、軍国主義政策を推し進める。映画も例外ではなく、この法律によって、日本の映画も娯楽色を極力排除し、国策・軍国主義をうたった映画を強制的に製作させられることになる。台本の事前検閲、映画会社(製作・配給元)の許認可制、ニュース映画・文化映画の強制上映義務、また外国映画の上映も極力制限された。


1939年 独ソ不可侵条約 
 
ソ連との秘密協定を元にポーランド侵攻を開始。同9月3日にはこれに対してイギリスとフランスがドイツへの宣戦布告を行い、これによって第二次世界大戦が開始された。10月中にポーランドはほぼ制圧され、ヒトラーの視線は西に向かった。
ナチスドイツは一時的に領土を拡大。この戦争の最中でユダヤ人に対するホロコースト、障害者に対するT4作戦などの虐殺政策が推し進められた。


【個人的感想】

歴史の流れを見れば一目瞭然。
生存圏獲得で対ソ連を目標にしていたナチスドイツは、日本に目をつけ日本と組もうとした。しかし、ナチスの人種主義では黄色人種の日本は劣等国。そんな国と手を組むことに国民からの反発が予想される。


そこで、日本がドイツと手を組むにふさわしい、いかに素晴らしい国であるかをドイツ国民にアピールする必要がある。そのために企画されたのがこの映画だった。
日本が伝統のある美しい国であることを強調、同時にヨーロッパにはない夜のネオンサインの光の洪水や工場を見せることで工業・産業的にも先進国であることのアピール、さらに、(ココが大事)地震国で国土も狭い日本には新しい土(満州国)が必要であること……ということで、この映画の大テーマは日本の満州国を認めることにより、ナチスドイツの領土拡大をも肯定することにあったのです。
まさに、ナチスドイツの国策映画だったわけで。


伊丹監督がこのシナリオに納得しなかったのももっともです。別バージョンが作れたことは奇蹟のような気もする。日本が舞台だったからこそできたことで、ドイツが舞台だったら、即収容所送りになっていたかもしれない。

ファンクの地理を無視したトンデモフィルムを、少しでも整合性のあるようにと編集し直した伊丹版だったが、日本での1週目の試写会ではぼろくそに言われたそう。どんなに編集し直しても日本人からみたら地理的にあり得ないことが多すぎたから。

2週目の試写会ではファンク版が上映。ファンク版のほうが断然評判が良かった。伊丹版の地理のデタラメぶりを先に知っている観客は、伊丹版に輪をかけたような地理無視には慣れてしまっていて、伊丹版よりも長い部分、たっぷりと山の情景などを見せたファンク版。さすが山岳映画の巨匠ファンク。


ゲッペルスはファンク版を見て「耐え難い長さ」と一刀両断だったが、日本の観客は壮大な火山や美しい日本の情景描写に引き込まれファンク版を支持したというわけ。


私が観たのもファンク版。できれば伊丹版も見てみたい。


さて、『新しき土』での原節子さんは本当に素晴らしかった。
『河内山宗俊』ではしっとりとした美しさゆえか、どうしても16歳には見えなかったが、『新しき土』の中ではしっとりとした美しさに加えて、可愛く、はつらつとした16歳の原節子さんをたっぷりと見ることができた。

Kouchiyamasousyun1
                       河内山宗俊


以下、『新しき土』

The_new_eart3_2

The_new_eart51

The_new_eart7




映画の成り立ちはいろいろあったとしても、こんなにも美しく生き生きとした16歳の女優が日本にいたことが再確認でき、この映画を観て本当に良かった。


【余談】
ファンク監督のこの地理無視の編集って、ロシア・モンタージュ理論の元祖レフ・クレショフ(エイゼンシュテインの師匠)の「創造的地理」の概念?

別々の実在の景観の「要素」を組み合わせることにより、ありもしない景観が合成される。
つまり任意のショットによって任意の空間が生み出される「創造的地理」という映画独自の概念。


この映画一本で世界史、映画史をたっぷり勉強できた……

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧