2015.05.16

『ヒッチコック映画術/トリュフォー』:PC不調のおかげで一挙に読み終えた!

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昨年の夏購入して半分ほど読んでいたけど、PC不調で立ち上がりなど動作があまりにも遅くなったので、待ち時間の間に読み進めてやっと読了。

『ヒッチコック映画術』 フランソワ・トリュフォー (著)  山田宏一・蓮實重彦 (訳)

全編、トリュフォー監督によるヒッチコック監督へのインタビューで構成。

なによりも感動的なのは、トリュフォーのヒッチコックとその作品への愛。
本当に本当にヒッチコックの作品をよく観ているし、きちんと分析している。


トリュフォーやゴダールなどヌーヴェル・バーグで敬愛されたハワード・ヒッチコック主義というのがいまいちピンと来てなかったんだけど、この本を読むと彼らの言う作家主義というのが理解できた。


それから、ヒッチコックの言葉の中に、小津安二郎監督と共通する点も.

「シナリオライターの一番大きな罪は難しいシーンになるとすぐ『ここに台詞を入れればよかろう』 といって難関をあっさり切り抜けようとすることだ。台詞というのは単にサウンドのひとつに過ぎないということを知るべきだ。人物の口から発せられるというだけで、他の音と変わらない。人物の眼や動きのほうが、視覚的に語る力を備えているのだから」

これを読んだ時、小津さんが笠智衆さんに言ったという言葉を思い出した。
俳優の演技について、笠さんが自分なりの演技プランを伝えようとした時、小津さんは「俳優の演技なんてどうでもいい。(自分にとって)大事なのは構図だ」(意訳)ということを言ったとか。
つまり、映画は“絵”で見せることが大事ということ。

デビッド・リンチも『インランド・エンパイア』のインタビューで同じことを言っている。


『ヒッチコック映画術』には、作品分析、映画の裏話だけでなく、各作品ごとに映画技法も詳しく語られており、映画を志す人は一度は読んでいたほうがいいと思うよ。


さて、一度目はまず読み通すことが目標だったが、次はヒッチコックの言葉を拾い集めながらじっくりと二度目、読んでみよう。

  

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2013.10.14

『女といっしょにモスクワへ行きたい』・・少年の夢が詰った忘れられないタイトル。永い時を経てこの詩と再び再会した。

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amazonで見つけて、注文していた本が届いた。

『女といっしょにモスクワへ行きたい』

一人の少年の書いた詩のタイトルがこの本のタイトルになっている。

この詩と出会ったのはずっと昔、私が20代で、自分が脚本家になるなんて夢にも思ってなくて、同人誌に詩を発表していた頃。

短大の社会福祉科を卒業後、思うところがあって歯科衛生士の専門学校で資格を取得。障害児・者専門の歯科診療所で5年余仕事をした。

この診療所では、盲学校・聾学校・養護学校などへそれぞれ月に一度、歯科衛生士2名でブラッシング(歯磨き)指導に行っていた。

国立・宇多野病院筋ジストロフィ病棟の子どもたちへの指導も月一で行われていた。その時に読ませていただいた文集の中にあったのが『女といっしょにモスクワへ行きたい』というタイトルの詩。

このタイトルに私は激しい衝撃を受けた。
この詩の作者・春田君はとても賢くて利発そうな少年に見えた。

そんな春田少年の印象と『女といっしょにモスクワへ行きたい』というタイトルの言葉がどうしても結びつかなかった。そんなミスマッチと同時に、このタイトルの音楽的かつ詩的な響きや果てしなく広がる少年の夢などが強烈に印象に残り、このタイトルは今でも私にとってベストワンといえるほどのタイトルとなっている。

歯科衛生士の仕事を辞め、夫の仕事の都合で東京へ転居して、脚本の勉強をしている頃、俳優の菅原文太さんの手によって、春田君はじめ宇多野病院筋ジストロフィ病棟の子どもたちのそれまでの詩や短歌、俳句、小説などが一冊の本となって出版された。それがこの本だ。

この本が出版された頃だったと思うが、菅原文太さんがラジオ番組でこの本の中の作品を朗読すると知り、ラジオにかじりついて聞いたことを覚えている。

改めて今、この本を手にして、93人の子供たちのプロフィールを読んでいると、当時、ブラッシング指導をしていた子供たちの名前がある。中には今でもハッキリと顔を覚えている子供もいる。

そして、生年月日を見てちょっと驚いたのは、“少年”のイメージがあった春田君は、私が指導に行っていた頃は16才~20才くらいの思春期の年頃だったということ。

なが~いこと、『女といっしょにモスクワへ行きたい』と思った少年の夢とは、一体どんな夢だろう?  なぜモスクワなんだろう? と思い続けていたけど、春田君が思春期の男の子らしい夢を持っていたことに納得。そして、なんだか安心した。

なぜモスクワ? については、当時モスクワオリンピック(1980年)のボイコット問題がクローズアップされており、結果として日本はオリンピック参加をボイコットした。春田君はそんな世の中の動きを筋ジストロフィ病棟から見ていて、それがこの詩になったのかもしれない。


『女といっしょにモスクワへ行きたい』 作・春田茂行

人間はいつもしごとであけくれる
人間はいつもあそびにあけくれる
人間なんてかってきままである

人間関係はむずかしいものだ
人間関係はいつも楽しくありたい

人間はいつもダンスにあけくれる
人間はいつもあたらしいぶきをつくりたがる
人間はとみとちえがひつようだ

人間はいがみあってはいけない
人間はしんじつをのべるひつようがある

人間は一生愛に生きそして愛に死ぬ

だから私は女といっしょにモスクワへいきたい




春田君は、この本が出版される前年、筋ジスによる筋の萎縮が内臓にまで及んだものの、呼吸を楽にするための気管支切開を拒否して、26才で逝去されたそうです。

他にも名前に記憶のある子供たちが筋ジスの進行によって亡くなられたことが記録されている。

この本が出版されてから28年。
私は彼らの傍を通り過ぎた人間に過ぎないけど、この本の中に記された多くの名前と作品と、そしてこの本のタイトルは、ずっとずっと、これからも忘れないと思う。

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2013.09.27

小説『サクリファイス』:自転車ロードレースを舞台にした青春ドラマでありサスペンスドラマ。ロードレースのルールが分かると同時に、その奥深さがよく分かり、サスペンスとしても面白かった!

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ここ数日、資料読みの日々。
約29冊・・・といってもほとんどコミックなんだけど。

その中でとても面白かったのが小説『サクリファイス』(中島史恵著)。

自転車ロードレースといえば映画『シャカリキ!』(2008年・監督:大野伸介)を観た程度で、ほとんど未知の分野。

有名なロードレース、ツール・ド・フランスは名前だけは知っているし、ヨーロッパでは自転車競技はとても人気のあるスポーツらしい・・・とその程度の知識しかなかった自転車競技に無知の人間でも、とても面白く読めた。

高校時代、陸上のトップアスリートだった主人公はいつも優勝を期待されるプレッシャーにさらされており、

一番になることに、どんな意味があるのか?

と心に鬱屈したものを抱いている。その彼が

一番を目ざさなくてもいい」スポーツ、

自転車ロードレースと出会う・・・。

ロードレースは個人競技に見えて、実は団体競技。エースが優勝するためには優秀なアシストが必要であり、主人公はそのアシストの道を選ぶ。

アシストは自分の勝利を犠牲(サクリファイス)にして、エースのために働く。

そんなロードレースの人間模様に“ある事故”を巡ってのサスペンスが絡まり、ドンデンに次ぐドンデンで、さらなる壮絶なサクリファイスの事実が見えてくる。

その事実が明らかになった時、思わず涙がこみ上げた。

人間ドラマと同時に、ロードレースのルールや魅力を知るにはとても良い一冊でした。

小説を原作にしたコミック『サクリファイス 1~3』(漫画:菊地昭夫)も読んだけど、とても原作に忠実に書かれていた。絵は迫力あります!


  

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2013.06.07

24年目の“こんにちは”と23年目の“さようなら”

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先日、探し物をしていたら本棚に桂文珍さんの『落語的学問のすすめ』を発見!

発行日を見たら、1989年・・・な、なんと今から24年前!

脚本家デビューして間もなく購入したのに、24年間、積読だったわけで・・・(ーー;)

それにしても、ここ十数年、引越しのたびに本を整理して、ダンボール箱20箱分位は古本屋さん行きになり、今残っている本は本当に大事に思っている本か、必ず読みたいと思っている本だけ。

おお、生き残ってくれてはりましたか! 
読むなら「今でしょ!」

というわけで、読み始めたら、面白いのなんのって・・・24年積読して、2日で読み終えました。
こんなことなら・・・・ねぇ。

24年前なのに、落語についてのお話は全然古く感じません。
さすが300年の時代を生き抜いてきた落語、大事なことは今も昔も同じなのですね。


一方、今日はさよならの日です。
毎日毎日私の食生活をサポートしてくれた、オーブンレンジさんがついに力尽きてしまいました。

製造年をみたら、なんと1990年製!
一度も患うことなく、いつも明るく「ち~ん!」と応えてくれた愛しい相方。

数日前、突然、冷たくなり、二度と温かくなることがありませんでした。

虫の知らせと言うものはあるもので、最後の使用直前に唐突に「君もそろそろ寿命かもね」と思ってしまい・・・その通りになってしまいました(泣)

なんとか息を吹き返そうと足掻いてはみたものの・・・
未練を吹っ切るように、電話しました。市の粗大ごみ受付センターへ。

今日回収です。
長い間、ありがとね~。

出会いは嬉しく、別れは寂しい・・・人だけでなくモノもそうですね。


昨日は、京都の大学時代のフォークソング同好会の先輩たちとFBで出会い、繋がることができました。
これまたン十年振りのネット上での再会。
気持ちは青春時代にさかのぼり、ちょっとワクワク、ドキドキ。

現実に目を戻すと、時はちゃんと進んでいるんだということを実感。
これまた楽しきかな人生!




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2013.03.05

電車の中で、やはり泣いてしまった沢野ひとしさんの『クロ日記』

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西葛西からの帰り、電車の中で『クロ日記』(沢野ひとし著)を最後まで読み通す。

この本は「よみかき座」の仲間の一人・Mさんがプレゼントしてくれた。

私が未だにラブとセントに心を残していることや、1年以上前から東北大震災の被災動物についての作品を書こうとしていることなど知っていて、昨年の忘年会の時にひそっと渡してくれた本。

電車に乗った時に少しづつ読んでいたけれど、今日は最後まで読み通すぜ!と気合を入れて往復の電車の中で読みきった。

1ページの2/3が沢野さんの絵で1/3が出来事を綴った短文。
両手に乗るほど小さかったラブラドールレトリーバーのクロが、15歳で亡くなるまでの記。

淡々と綴られた沢野さんのクロ観察日記に、一人で笑ったり、頷いたり、犬と暮らしている人には共感できることばかり。

クロが果物大好きと知れば、ああ、ラブもセントも果物大好き、野菜も大好きだったなぁと思い出す。
散歩の気配を感じれば、嬉しくて嬉しくてしっぽ、パタパタも同じ。
暑い夏は、家に残していくのが心配、というのも一緒。

クロの乳がんが見つかり・・・ああ、ラブも・・・

クロが亡くなったという記述は沢野さんらしく淡々と。

1ページ目からクロの成長を見続けてきた読者としては、沢野さんの淡々とした記述に言いようのない深い悲しみを感じ取り、涙がこみ上げてしまう。

沢野さんちは、歴代のわんちゃんの遺骨をお庭に埋めているそう。

私はまだ、ラブとセントの遺骨を手放す気持ちになれない。
できれば、私が死んだ時、一緒に埋葬して欲しいという願いが捨て切れなくて・・・。

でも、やはり埋葬すべきなんだろうか?
そんな宿題をいただいた本でもあった。

Mさん、ステキな本をありがとう!

 
   

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2011.06.26

今更ながら愕然:『放送禁止歌』を読んで

ずっと前から気になっていた森達也さんの『放送禁止歌』。
読み出したら止まらなくて、あっという間に読んでしまった。

放送禁止歌の実態・・・
メディアのあり方・・・

それらに今更ながら驚いたのはもちろんだが、個人的にもっと衝撃的な事実が分かった。

私が、『竹田の子守唄』の竹田のすぐ近くに住んでいたという事実!

なんということだろう・・・
なぜ、今までそのことに気がつかなかったんだろう・・・




私が赤い鳥の歌う『竹田の子守唄』を知ったのは京都の大学(短期大学部)のフォークソング部にいた頃。

クラブの誰かが歌っているのを聴いて、いい曲だなぁと思い、1人でギターを弾いて歌ってみたりした。

その頃、私の関心はアメリカンフォークに向いており、日本のフォークソングを人前で歌ったのは五の赤い風船の曲ぐらい。

日本のフォークソングはクラブの人が歌っているのを聴いて、心動かされた曲(岡林信康とか休みの国とか)は家で1人で弾き語りしていた。

それで『竹田の子守唄』は初めて聴いた時から、私の出身県大分県竹田市の竹田だと思い込んでいた。

私が幼い頃、寝る前に祖母が『五木の子守唄』(熊本県)や『稗搗き節』(宮崎県)を歌ってくれたのが記憶の底に残っている。

子供心に祖母の歌う『稗搗き節』の悲しいメロディーに心惹かれていた。

なので竹田&子守唄で大分県の竹田の子守唄と思い込んでしまったのかもしれない。



『放送禁止歌』を読み進めているうちに、竹田が京都の地名だと分かり、いろいろな記憶が蘇ってきた。


京都の大学に進学して、初めて住んだのは学校から紹介された女子専門の下宿。
といっても、南区東寺のすぐ近くのお寺の中に作られた女子大生専用の寮のような建物だった。

そこから伏見区深草の大学まで通っていた。

いろいろ経過があって、社会福祉の勉強がしたくて選んだ学校がたまたま京都にあったわけで、京都のことは何も知らないまま京都に住み始めた。

それから間もなく、誰かから京都市内のある地域について、そちらは行かないほうがいいよと忠告された。
理由を聞いてみたらいわゆる“部落”といわれる地域だからと。


私は驚き、そしてショックを受けた。
九州の小さな地方都市で育った私だけど、部落の差別については全く聞いたことがなかった。
韓国人や朝鮮人の友達はいた。しかし、普通に友達だったし、親からも友達について一切差別的なことは言われた記憶がないし。


私の周りには“差別”はなかった。
そう思った瞬間から、私の中に“差別”という言葉が重く沈んでいった。
本当に“差別”はなかったのか?
私が「なかった」と思っているだけではないのか?


(この思いは、シナリオ習作時代、初めて書いたコンクール用の長編シナリオに繋がっていった・・・。そして、やがてこの作品がプロデビューのきっかけを作ってくれた)


ともあれ、知人から忠告された地域には行く機会もなく、学生生活を送っていた。


やがて、お寺の中の女子寮のような下宿から、大学の近くの伏見区深草のおばあさんが1人暮らしをしていた家に下宿先を変え(他の大学の女子学生と2人で一部屋づつ借り)、さらに伏見区深草七瀬川のアパートに転居。

そして『放送禁止歌』を読んでいて、突然、思い出した。
確か、伏見区深草七瀬川の近くに“竹田”という地名があったことを。

大学のすぐ傍の道は師団街道といい、さらに竹田街道の地名も記憶に蘇る。


『放送禁止歌』に書かれた駅名や川の名前を地図で辿ってみたら、やはり、かつて私が住んでいた伏見区深草七瀬川のすぐ近くの“竹田”が『竹田の子守唄』の竹田だったのだと分かった。


なんてことだ・・・
そもそも『竹田の子守唄』が放送禁止歌としてステージから消えていたことも、
その歌が歌われていた場所が京都だったことも、
かつて住んでいたすぐ近くに重い歴史を抱いた土地があったことも知らなかった。


身近な“大事なこと”に、気づかずに人生は過ぎてしまう・・・。

『放送禁止歌』にそのことを突きつけられ、愕然としてしまった。

今、自分の中で何かが揺れている。
この痛い教訓をどう生かして生きていくべきか・・・と。


          

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2009.10.03

『向田邦子の恋文』

amazonで注文していたdocomoのUSBケーブルと数冊の本が届き、早速、届いた本の中から『向田邦子の恋文』を読み始める。


向田邦子さんの作品は文庫になったもの十数冊持っており、最近、改めて読み直したいと思っていた。
そんな時、脚本展のイベントに妹さんの向田和子さんがお見えになり、妹さんから見た向田邦子さんのことも知りたくなって、この作品を注文してみた。

30代の半ば近く、向田邦子さんは雑誌のカメラマンと恋をしていた。そのカメラマンはかなり年上でしかも戸籍上は既婚者。
第1部は向田さんから彼にあてた手紙と、彼の日記で構成されている。


衝撃的なのは、彼は最後の日記を書いた次の日、自殺している・・・・・


一番大事だと思っている人に突然自殺され、残されてしまった人の胸中は、苦悩は、計り知れない。


その彼のことはどんなふうに彼女の作品に昇華されていったのだろうか。

今度から彼女の作品を読むときはそこらへんも意識して読んでみたいと思う。



第2部は妹・和子さんから見た姉・邦子さんのこと。

読んでいて、昨日見たDVD『ママの想い出』のママと向田さんの存在が重なってくる。
どんな時も家族を第一に考えて、不平不満を言わずに太陽のように明るく、逞しく、家族のために尽力し、支える存在。

向田邦子さんは素晴らしく頼りになる一家の長女だったんだということが分かる。

しかし、単純に今の家族のありようと比べることは出来ないと思う。
なぜなら、向田邦子さんは私の母と同じ昭和4年生まれであり、母の時代の家族観と今の時代の家族観では明らかに違ってきているから。

でも、一つ絶対に言える事は、女性はいつも粘り強く、逞しいということ。


この原作はタイトルはそのままに、2004年のお正月に主演・山口智子さん、演出・久世光彦さんで放送されたんですね。見逃してました。

 

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2009.10.01

『デカい女』

09dekaionna2_2 体力、気力、ようやく回復の兆し。

で、オオタスセリさんからいただいた『デカい女』を読む。

←スセリさんのサインとスセリさんが描いたポストカード入り。





オオタスセリさんって知ってます?

もと“ペコちゃん”というお笑い女性二人組の大きい方。

それから、『ストーカーと呼ばないで』が話題になったシンガーソングライター。


2005年だったか2006年だったか、ネットストーカーと長年係わっていた私はネットで『ストーカーと呼ばないで』という歌があると知り、即検索。

歌詞を読んで大笑いすると同時に、ちょっと切なくもなった。
あのストーカー女性もこんな気持ちなんだろうか・・・とか。
もっとも、私の知っているネットストーカー女性は(自分が構ってもらえないことに対して居直って)慰謝料と称して相手に金を要求したりしていたので、悪質な恐喝者に近かったけど・・・・・。


そんなことがあったために、オオタスセリさんのお名前は強烈に私の中にインプットされていた。


50周年イベントの後半、会場で放送作家の奥山侊伸さんがとても大柄な女性とお話をしていた。

な、なんとそれがオオタスセリさんだった!

スセリさんは、奥山さんの落語ライブにゲスト出演したりの仲なんだそう。

周りにいた数人にスセリさんは著書『デカい女』を贈呈してくださった。
体だけでなく心もデカいスセリさんでした。



「なぜか気の合わない人を好きになる」
「いつか飽きてしまう日」
「飲んで目が覚めたら、」

など、B型人間同士“わかる、わかる”って感じのとても楽しい内容の本で、爆笑しながら一気に読みました。


オオタスセリさんホームページの「ストーカーと呼ばないで」歌詞
オオタスセリさん 視聴できます

                 

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2009.09.06

黒澤明「夢のあしあと」&黒澤デジタルアーカイブ

何度目になるのか、久々にDVDで映画『椿三十郎』を観た次の日、北千住『K』のマスターから『黒澤明 夢のあしあと』(黒澤明研究会編)という本を教えてもらった。


黒澤明監督全作品の解説、そして写真などがビッシリ。

シナリオ概論、夏休み明け最初の授業は時代劇。黒澤作品に触れないわけには行かないので、この本は多いに参考になりそう。
というわけで、早速、『黒澤明 夢のあしあと』を手に入れた。


本日届いた本、改めて手に取るとズシリと重く、読み応えありそう。





1月30日に書いた龍谷大学によって進められていた黒澤明監督作品のデジタルアーカイブ化は5月に完成、一般公開されています。


黒澤デジタルアーカイブ
利用目的:黒澤明デジタルアーカイブは全作品のシナリオをはじめ、今まで公開されていなかった、撮影現場での写真や記録、創作ノート、直筆メモなど、多数の貴重な資料の永続的な保存・保管・管理を目的として、デジタル・アーカイブ化されたものです。
そのアーカイブ・コンテンツの一部を教育・研究に資するために作成されたものです。
   (http://www.ss.i.ryukoku.ac.jp/pearl/pages/pearl/index.html より)


作品ごとに貴重な写真など資料を見ることができます。

         

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2009.05.20

「オイスター・ボーイの憂鬱な死」

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amazonのマーケットプレイスにかなりお安くでていたので、即購入。

短編ばかりで、届いてすぐに読み始める。

私の目当てはステインボーイ(StainBoy=しみ少年?)

一冊読み終えて、ひどく悲しく、切なくなって、泣いていた。

ステインボーイの話はたった6ページ。ショートアニメ・ステインボーイには描かれてないお話。

その他、アニメに登場したキャラクターたちの他、初めて出会うキャラクターたちがたくさん登場。


09oysterboy12ステインボーイと初めて出会ったのは、確か2000年。

稼動始めたばかりの動画サイト「Shockwave」 のコンテンツの一つで、連続6回の3分間アニメだった。

(「Shockwave」は今年の1月に閉鎖。まさにショック!)


不可思議で深くて切なくて哀しくて愛おしくなるステインボーイとその他の登場人物たち。

みんな異形。


最終回、ステインボーイの出生の秘密が明かされる回を見て、泣いていた。

そしてやっと、作者があのティム・バートンと知り、彼は天才だと思った。

そんな ティム・バートンが書いた絵本が「オイスター・ボーイの憂鬱な死」(1998年)



「オイスター・ボーイの憂鬱な死」登場キャラたち
shadowはアニメ「ステインボーイ」に登場するキャラたち) 

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左より
 
ロボット・ボーイ(shadow

ステインボーイ(shadow

たくさん眼のある女の子(shadow

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針やま女王


まんまるチーズ坊や(shadow


じーっと見つめる女の子(shadow

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ミイラ少年


有毒少年ロイ(shadow


ジミー、みにくいペンギンのこ(shadow

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両眼に釘がささった男の子(shadow


オイスター・ボーイ


ガラクタ・ガール

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マッチ・ガール(shadow


スティック・ボーイ







その他、「オイスター・ボーイの憂鬱な死」登場キャラクターたち。
ヴードゥー・ガール、ベッドに変身した女の子、ジェームズ、メロンヘッド、スー(接着剤を嗅ぐことが好きなあの娘)、黒焦げ少年、いかりの赤ん坊。

09oysterboy8アニメ 「ステインボーイ」も「オイスター・ボーイの憂鬱な死」も、切なくて哀しくて愛おしくなる。

なぜ?

もし、映画「シザーハンズ」を見た人なら、あの作品を観終わった時のことを思い出して欲しい。

哀しくて切なくて愛おしくなる……って分かってもらえると思う。

「シザーハンズ」でティム・バートンが描こうとしていたのはなんだったのか?

異形人間の愛と恋?
愛した人を抱こうとすると相手も自分をも傷つけてしまう異形人間。



では、異形とは?


人間は、いつも自分がスタンダードであり、自分以外の人間は異形といえる。
もちろん、見た目のことだけじゃない。
心の異形も含めて。

つまり、ティム・バートンは、自分以外の他人を、受け入れ、愛することの難しさと大切さというシンプルなことを「シザーハンズ」「ステインボーイ」「オイスター・ボーイの憂鬱な死」などの異形のキャラクターを通して、我々に伝えているのではないのか。
(もちろん、地球環境問題や社会問題なども作品のベースにあったりするが)


一見見た目はショッキングな風貌のキャラクターたち。
彼らは人間の親から生まれ、異形であるがゆえに親から捨てられた子供たちだ。

人間の身勝手を痛烈に批判する部分に心が痛み、同時にキャラクターたちが切なくて哀しくて愛おしくなるのは、もしかして自分の異形の部分と重なるところを自然に感じているからかもしれない。


【参考】
 アニメ『ステインボーイ』全作品が観られるサイトleftright クリック
 

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