« ようやく・・・ | トップページ | 新しい年 »

動く湯たんぽが恋しい季節

あっという間に秋を通り越して冬。

あれまま様、のんち様、ポテチママ様、心のこもったコメントをいただきながら、長くご無沙汰して、申し訳ありません。

この数ヶ月、いろんなことがありました。

8月の後半のある夜、車で帰宅途中、反対車線の路上にピカッと光る二つの目を目撃。
信号を一つ通り過ぎて、その目の事が気になって・・・。
路上に横たわっていたということは、車に撥ねられたのでは???

車をコンビニの駐車場に置き、車中にあったバスタオルを手に二つの目を見た場所に急ぎました。
怪我をしているのなら、動物病院に連れてってあげなくちゃと。
暗い道を車が何台か通り過ぎていきます。

どうか、どうか、無事でいますよう・・・

しかし、祈りも虚しく、まっ黒い猫ちゃんが、血だまりの中に倒れていました。

目が光って見えたということは、その時はまだ生きていたのに・・・

なぜ、直ぐに車を停めて助けてあげなかったのか、申し訳なくて。


猫ちゃんの体をバスタオルに包んだ時、太くて長くてふわふわした尻尾の毛が私の腕に触れました。

漆黒の綺麗な長い尻尾・・・

野良ちゃんではなく、きっと飼い猫だと感じました。

明日の朝になり、飼い主さんは帰ってこない猫ちゃんを探し回るのではなかろうか?

いなくなった猫ちゃんを毎日毎日心配して待ち続けるより、飼い主さんの手できちんと葬ってあげた方が、飼い主さんにとっても猫ちゃんにとっても幸せではなかろうか?

バスタオルに包んだ猫ちゃんを、傍の車の通らない小路にそっと横たえて手を合わせてゴメンね、ゴメンねと心から冥福を祈りました。

猫ちゃんは何も悪くない。
かといって、車社会を呪っても仕方ない・・・

ラブとセントに猫ちゃんと仲よくしてあげるよう、お祈りしました。
それしかしてあげられなくて・・・

それから間もなく、ツイッターで行方不明になったワンちゃんを探し続けている人のことを知りました。

なんと、数ヶ月前の5月にペットホテルに預けたところ、そのホテルから脱走したまま見つからないのだそうです。

ペットホテルは1週間で捜索を打ち切り、ワンちゃんが逃げ出したのは飼い主さんの躾が悪かったからだと主張しているそう。

動物にも個性があり、個性に応じて人間の予測できない動きをするということは、動物のプロであれば分かりきったことのはず。
プロだと思って信頼して預けたペットホテルで逃がしてしまうという重大なミスを侵したというのに、その自覚さえない経営者にペットへの愛があるとは思えません。


失踪してから半年、飼い主さんは今も毎日毎日、必死でワンちゃんを探し続けています。

※「ワキュのぶろぐ:ペットホテルから失踪した迷子犬捜索中。

もしや、黒にゃんこちゃんのように・・・
そんな思いもチラッと脳裏をよぎります。

しかし、もし、ラブが、セントが預けたペットホテルから忽然と失踪したとしたら・・・
私も探すことを諦めないでしょう。

もしかしたら、誰かのところで暖かく保護されているのかもしれません。

生きていても、最悪の場合だとしても、どんな姿であろうとその姿を自分の目で確かめるまでは、諦めることはできない・・・

飼い主さんはどんなにか心配で辛いことだろう、家に帰れないワンちゃんはどんなにか心細く淋しいだろうと、その気持ちを想像するだけで涙が出てしまいます。

ワンちゃんは何も悪くない。
プロとしての能力のないペット業者に預けてしまったことの不幸・・・


以前にもまして、ペットの生と死が気になって仕方のない日々です。

そんな中、ついに引っ越しをしました。

セントの通院に少しでも近いようにと引っ越した家。
そして、ラブを見送ることになった家。

どこにいても、ラブとセントの想い出に満ちていて、何をしていても突然、悲しみがこみ上げて、心が痛くて仕方がなくて・・・

仕事の忙しさの中に逃げ込んでも、ふとラブとセントの気配を感じてしまい・・・

家そのものがラブとセントを記憶しており、まるで針の筵のように痛くて仕方ありませんでした。

そんな私を心配して九州から妹が手伝いに来てくれ、なんとか引っ越しました。


駅を挟んで北側から南側に10分ほど移動しただけ。
車で仕事に出かける時は、走り慣れた道を通ります。
ラブとセントがお世話になった病院の傍を通ることもあります。
まだ、心はチクチク痛みます。

でも、新しい部屋にはラブとセントの記憶がありません。

ラブとセントのコーナーは前と全く同じで、毎日毎日、ラブとセントに話しかけ、お祈りしています。
今でもラブとセントは私に笑顔をくれます。
どんなに辛いことがあっても、ラブとセントに話かける時は笑顔なっています。

淋しくて突然、号泣してしまうこともありますが・・・


私がラブとセントに出会えたこと、神様が私にラブとセントを与えてくれたこと、きっときっと何か意味があると感じています。


ラブとセントが私に与えてくれたこと、彼女たちが残してくれた贈り物・・・それが何か、じっくりと考えてみようと思っています。

夏休み前から、貧乏暇なしで忙しく動き回っており、あっという間に日が過ぎてしまいますが、何もかもがきっと意味のあることのような気がしています。


そんなふうに、泣いたり笑ったり、忙しく日々を過ごしています。



家族や皆様に支えられ、しっかり生きています。
心から感謝です。
こんなに強く感謝の気持ちが持てることも、ラブとセントが教えてくれたと思うと、ラブとセントにも本当に感謝の日々です。

|

« ようやく・・・ | トップページ | 新しい年 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ラブ&セントママ様
お久しぶりです(^^)
お元気そうで、安心しました。

お引っ越しをされたんですね。
ラブママさんが、どんな気持ちで以前の住まいで過ごして居たのだろう…
そして新たな住まいでは、何か気持ちも前進したような感じなのかな…逆に淋しくないかなぁ…など、
自分に重ねる様に色々と思いました。

私は、つい最近、ポテチの愛用品をめぐって両親と壮絶な争いになり、全てを処分しろと言われ、泣きながら自分の狭い部屋へベッドやぬいぐるみなどを移動し、ポテチの部屋とも言える広いリビングを開け渡しました。

たったそれだけですが、
ポテチに済まない…申し訳無いと思いました。


ずっと以前から、ポテチがもし亡くなったら、速攻で家を出て両親とは絶縁するつもりが、今ではポテチの記憶が詰まった家から、離れたくないと強く思う様になっていました…


そんな私も、ラブママさんと同じく、ポテチと話している時は笑顔になります
(^-^)

友人にもメールで、ポテチの事で淋しい辛いと話す事もありますが、会うとウツの私が一番明るいほどです。
でも週に数回ほどは、号泣したりする日々です。


ポテチと居る当たり前の時間や、いちいち可愛すぎる仕草や声や匂い…一緒に食べるおやつや散歩、床を歩く足音も…
あまりにも幸せすぎて楽しくて嬉しくて、些細な出来事の1つだって忘れたく無く、いまだに御飯もおやつも作り、毎日散歩にも行きます。

同時期に我が子を亡くされたママさん達のお話を伺って、皆さん、淋しいのは当然で、それでも前向きに生活していらっしゃって、
私は一体、どーしたらいいのかと思います…


ポテチの心と身体が健康で幸せなら、何でもすると思ってきましたが、今は形を変えて、ポテチの心の幸せを一番に考えて生きていこうと思っていますが、
この場合、何が正解か解りません…

お寺の僧侶さんには、ポテチ用のお経を上げて頂き、仏様同士でわんちゃん友達と自由に遊べて、私がポテチを呼んだ時には隣に居てくれるように、そして私がポテチを愛していき、守らせて欲しい事をお経にしてもらいました。


ラブママさんのお話で、交通事故のネコちゃん、
迷子のわんちゃんの事で、私も本当に同じ様に思いました。
そして今後、我が子としてわんちゃんを育てるつもりが無いですが、よその子にポテチを重ねて見ているうちに、世間のわんちゃん達が幸せでいてほしいと願わずにはいられなくなり、
ラブママさんのお話にありましたように、他の子たちの安全や幸せが気になってしかたなくなりました。

耳を疑う様な虐待や事件を見ると、もしこの子がポテチだったら…
想像で涙が止まりません、人は何故こんな行動が出来るのだろう…心の優しいこの子に…。
行動に移したく、ボランティア団体に入会したり、わんちゃんの看護や介護が出来るようにと勉強始めましたが、自分の為にしている様にも思います。

人のエゴや私利私欲にまみれた心とは、真逆にいる心優しき無垢で賢いわんちゃん達、そのわんちゃんを愛しているママさん達…


ラブちゃん、セントちゃんとの思い出や闘病記録を拝見した際は、こんな方が居てくれて嬉しいと涙が出ました。同じ疾患の子達の励みや道標になっていきますね…
ポテチを連れて行ったいくつかの病院で、今まで私より尽くしている人を見たことは無いと先生方に言われましたが、ネットを見て世間には、もっと頑張ってる方、愛情を注いでいる方は沢山いらっしゃるんだと知って、感動しました。
そして今もこんな風にブログを拝見出来て、コメントを入れさせて頂く事が、有り難くてしかたありませんm(_ _)m


とても長くなりまして、
申し訳ありません…

投稿: ポテチママ | 2010/11/02 20:42

ポテチママさま

その後、お元気にしてらっしゃいますでしょうか。
長く返信できずに、本当に申し訳ありません。

何度か、実際にお会いして悲しさ、辛さ、寂しさを分かち合えたら
どんなにか良いだろうと心から思いました。
きっと抱き合って号泣できるだろうと。

子供の頃に父が病死し、その時、子共心に世の中には欲しくても
絶対に手に入らないもの(=死んだもの)がある知りました。

なので、それ以来、母子家庭の中で一度たりとも「父さんが欲し
い」という言葉は言ったことがありません。

子供の頃から死に対しては諦念を持っていた私ですが、ラブとセン
トの死だけは素直に受け止めることが出来ず、いまだジタバタして
います。

人間の死と愛するペットの死とどう違うのでしょうか・・・

「ミラーイング」という言葉を知って、ちょっとだけ分かってきました。
ラブとセントは私の感情を反映する私の分身だったんですね。

毎日毎日、分身が恋しくて恋しくて・・・

現実の生活は過酷です。
こちらの感情に関係なく、生活がのしかかってきます。
一緒に感情を分かち合ってくれる分身はもういない。

彼らが教えてくれた愛を支えに、一人で現実の中を生きていくし
かない。

お互いあせらずにゆっくり笑顔で生きていきましょう。
きっと、それがあの子たちがいちばん喜ぶことだから・・・。

投稿: ラブ&セントママ | 2011/01/02 18:18

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/25950/49902431

この記事へのトラックバック一覧です: 動く湯たんぽが恋しい季節:

« ようやく・・・ | トップページ | 新しい年 »