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2006.05.03

●慟哭に耳ふさぐ人

「首相なぜ来ない」水俣で不満の声も 水俣病確認50年

 5月1日に行われた水俣病の犠牲者慰霊式。
 水俣病公式確認から50年という節目の式、小泉さんはアフリカにいた。

 地元は今年2月、環境省に小泉首相の出席を求めていた。首相の出席は「被害者と市民の長年にわたる切なる願い」(宮本勝彬・水俣市長)だったという。

 しかし、省内では意見がまとまらず、手をつけられずにいた。消極派は「地元に何の土産もない。首相に恥をかかせるわけにはいかない」。積極派は「行くこと自体が土産だ」と主張。

 首相周辺は「地元は出席が当然と言うだろうが、すべての出席要請には応えられない」と話す。小泉首相は外遊前の4月28日、「率直におわびする」と談話を発表。翌日、アフリカに旅立った。

 認定患者のお一人は「これまで国は患者に対して敵対的とも言える態度を取ってきた。首相が現地に来て謝罪すれば、そうした過去から踏み出せる一歩になるのに」と話した。

 このニュースをテレビで見ていて、長い長い水俣病との闘いを想い、首相出席叶わなかった公害被害者の方々の無念そうな表情に涙が出てしまった。

 確かに、従来の首相だって「すべての出席要請には応えられない」で、水俣病の犠牲者慰霊式には過去、村山さんが一度出席しただけ。

 なのに、小泉さんに関してはその非情さがどうしても気になってしまうのはなぜなんだろうと我ながら思ってしまう。

 例えば、この人は広島・被爆六十年の昨年、「10分でもいいから会って欲しい」という被爆者代表の皆さんの願いを無視して、美術館に行ってしまった。

 例えば、この人は一刻も早い北朝鮮拉致問題解決のために再三、面会を求めている拉致被害者家族との面会を拒み続けている。

 確かに、この人は過去三回拉致被害者に会うことは会っている。
 2002年 初の平壌訪朝後、家族会と面会。
 2003年 帰国した拉致被害者5人と面会。
 2004年 インドネシアで家族と再会するため上京した曽我ひとみさんと面会。

 しかし、それらから見えてくるのは、まさに、自分の功績を国民にアピールする時だけ面会しており、経済制裁などの拉致被害家族の要望に関しては、はなから面会を拒絶し続けているということ。

 他人の痛みにはあくまで鈍感で、自分の痛みには公私の区別さえ見失ってしまうこの人のもう一つのエピソードを思い出すたびに、私は怒りを感じてしまう。

 「知覧特攻平和会館」を訪れたこの人が、展示されている特攻隊員の遺書などに涙を流したというエピソードだ。
 私はネット上の多くのサイトで「知覧特攻平和会館」に展示されている特攻隊員の遺書を読み、何度涙を流したか知れない。
 おそらく、「知覧特攻平和会館」を訪れた国民のほとんどは、涙を流すと思う。
 なので、この人が涙を流したのも特別なことではないと思っていた。

 しかし、この人の涙は、この人の個人史を辿っていくと一般人とは違う、私的な思いが込められているようだ。
 知覧から西に15キロの旧万世町(現加世田市)に飛行場があった。1944年に完成したこの飛行場は、実はこの町の出身である小泉首相の父、小泉純也・元防衛庁長官が、当時、陸軍に掛け合って誘致したのだという。
 そもそも、この飛行場は純也氏が親しかった万世町長、吉峰喜八郎氏の「町おこし」策で誘致したもので、戦況の悪化とともに沖縄戦の特攻基地となり、ここから201人が出撃したまま帰らなかった。
 喜八郎氏の長男は 「生前父は『すまんかった。死ぬまで責任を取る』と 飛行場建設を悔やんでいた」と父親の言葉を伝える。
 松野頼三・元自民党総務会長は純也氏が「多くの青年が無謀な戦争のために死んでしまった」と語ったのを覚えており、小泉純也氏にも喜八郎氏と似たような感慨があったらしい。

 もし、父親のそんな思いを引き継いでの涙だったら・・・

 やっぱり、変だよ小泉さん。
 「お国のため」に命を落とした若者たちに涙を流した人が、なぜ平然とイラクという戦地に「国益のため」と自衛隊員を送り出せるのか?

 この人の頭の中には「国益」=「アメリカの言いなり」で、私的な個人史から湧き上がってきた涙も、「国益」=「アメリカの言いなり」のためのプロパガンダに利用したとしか思えない。

 他人の流した涙は「便利な武器だ」と一笑した本人が、自分の涙は目一杯利用している。
 自分の情動が動き、それが自分にとって有利な武器になると思った時だけ相手を受け入れる。
 自分では処理しきれない、対応できないと思ったことに対しては、「聴く耳を持つ」以前にとりあえず逃げる。
 水俣病から、被爆者から、拉致被害者家族から・・・

 こんな「相手が利用できる時だけしか会わない」首相なんて、人間として信用も信頼もできない。
 早く福田さんにでも変わってほしい。
 せめて他の人になれば、この国の政治ももう少しましになる、ような気がしてならない。

参考:チンピラ発想の小泉首相
http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20050810tinpira%20koizumi.htm
  

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