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2011.06.17

●日本の「発送電分離」の経過:かつて潰された「発送電分離」案

 電力会社の高収益体制は地域独占、発送電一体、総括原価方式によって支えられている。

 電力自由化で誰もがクリーンエネルギーの発電に参入できたとしても、送電網が一社独占で、その送電網を使って電力を売ろうとすれば送電網使用料(マージン)が上乗せされ、市場の自由競争を削ぐばかりか、低コストのエネルギーも結局は電力会社を儲けさせることになってしまう。

 10年ほど前、この発送電独占システムを根本から変えようとした官僚がいた。
 経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二氏だ。


【村田氏による発送電分離案:経過】

 1994年    村田氏・通産省公益事業部長となる。

 1995年    電気事業法の改正を実現。電力会社に電力を売る「卸」発電事業者
           の設立解禁にこぎつける。

 1997年       官房長に就任。電力の小売り部門の自由化を仕掛ける。

 2000年3月  電力の大口需要家向けの小売りを、商社や鉄鋼など新規参入者に
           解禁した。

 2001年11月 総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の分科会で、家庭
           まで含めた小売り自由化の議論が始まる。

           自由化の実を上げるため、通産省は村田氏を中心に「発送電分離」
           案を提案。

 2002年4月  東京電力社長・南直哉は、家庭まで含めた自由化までは受け入れを
           表明する。
           しかし、「責任ある発送電一貫のシステムが日本において役割を果た
           している」と、発送電分離を拒否。
           電力業界は自由化が進んだ米カリフォルニア州で01年に起きた
           大停電の例を使って、電力の「安定供給」には発送電一体が必要と
           PRに努めた。

 2002年7月  村田氏、経産省(01年通産省から改称)の事務次官に就任。
 
        8月  東電が長期にわたり原子力発電所のトラブルを隠していたことが発覚。
          経産相・平沼赳夫は30日の記者会見で「言語道断。自浄作用を発揮
          することを強く求める」と経営陣の退任を迫る。

       9月  東電・南社長は「全く弁解の余地はない」と陳謝、相談役の平岩を
          はじめ歴代トップ4人の退任を発表。

           この件で、東電の怒りは激しかった。「トラブル隠しは発覚のずっと前
           から経産省と相談し、調査にも協力してきたのに、独り悪者にされ
           た」から。
           そして、電力業界は経産省への巻き返しに出た。

           京都議定書が求める二酸化炭素排出抑制のため経産省が導入を
           進めていた石炭への新たな課税制度を、発送電分離に対する「人
           質」に取った。

           自民党の電力族議員が「発送電分離」に強硬に反対した。
           当時、自民党エネルギー総合政策小委員会委員長は、後の経産相
           で電力族として知られた甘利明、事務局長は東電副社長を経て
           参院議員になった加納時男だった。

           村田氏らは、石炭課税制度の導入を優先することを決め、発送電
           分離の主張を弱める。温暖化対策は待ったなしだが、電力制度改革
           はいずれまたできる、との判断だった。

      12月  総合資源エネルギー調査会分科会より「発電から小売りまで一貫
           した体制の存続」と明記した答申案が出された。

           こうして、村田氏らの推し進めようとした発送電分離はあと一歩で
           頓挫した。

 2004年    村田氏退官。村田氏に近い官僚は主流から外され、省内の電力改革
          への熱気は薄れた。


  2007年    NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
           の理事長に村田氏就任。石油危機が大問題だった約30年前、
           村田氏がエネ庁総務課長補佐としてその設立に携わった組織。

 2009年    NEDO、太陽電池の発電コストを既存電力並みに引き下げる技術開
           発戦略を発表。スマートグリッドの実証研究にも乗り出す。
     


 90年代のバブル崩壊と景気低迷を背景に、割高な電気代への批判が産業界に出始めた。しかし、電力側は自己変革の兆しさえなく、発送電一体の高収益体制を維持しようとした。

 このままでは「高い電気代」で日本の競争力が損なわれる。そう考えた村田氏とその部下たちは電力制度改革に着手。

 村田氏は改革の本丸を「発送電分離」と見定めた。
 電力会社から送電線網を切り離し、新規の発電事業者にも公平に送電線を使わせることが、必要な条件整備と考えたのだ。


 しかし、電力側の強力なロビー活動で、発送電分離案は潰された。


 現役官僚だったころの村田氏は、政治家や財界人にこびることなく、城山三郎の小説「官僚たちの夏」のモデルとなった通産次官・佐橋滋のイメージを重ねる同僚もいたという。


 村田氏のような気骨溢れる官僚もいたのかと思うと、救われる思いがする。
 
 現経産官僚には村田氏のDNAを引き継いだ官僚はいないのか?

 第二の村田氏が現れ、世論の後押しで今度こそ「発送電分離」が実現するよう願う。


参考

 memo 東京電力の「発送電分離」、日本のエネルギーイノベーションに不可欠
             5月31日ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版
             尾崎弘之東京工科大学教授のコラム

 memo 経産官僚が仕掛けた電力改革 「発送電分離」は時を経て蘇るのか
             朝日新聞 Globe 
             小森敦司編集委員






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